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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第九話 月に詠うは華霞のごとき影

 
「貴方が昨晩、賊から月を助けてくれた人ね。危ないところを本当に・・・本当に有難う、お礼のしようも無いくらい・・・感謝を幾らしても足りないわ」

 朝食の準備が出来たと呼ばれていった先で、此方を見るなり席を立ってそういった利発そうな眼鏡の少女は、目の端に涙を滲ませながら、少し青ざめた顔に笑顔を浮かべて、深く深く頭を下げた。
 馬鹿丁寧に飾らず、自然な言葉である分だけ、少女からの感謝の言葉は心に直に伝わってくる。
「これ程までに、身を案じてくれる友がいると言うのは、幸せな事だ」
 一つ頷いて、少女の感謝の意を受けたと示してから、周りを見回す。
 月と眼鏡の少女の他に、若い女性が二人片方は笑顔を此方に向け、もう片方は興味を隠さない視線で此方を見ている・・・どちらも隙が無く、相当な腕である事が身のこなしだけで伺える。
 その姿を見て、気を引き締める。

 そうか

 すっかり最初から仲間だった様な気になっていたが

 最初は敵だったんだな・・・霞は。

 昨日の晩は、洛陽で劉備が保護した貴族のお姫様が董卓だと名乗り、今日はすっかり意識の外にあった霞の不意打ち。
 神出鬼没の張文遠・・・こんな思い知らされ方をするとは思わなかった。
「月っち助けてくれてあんがとうな兄ちゃん。ウチは今朝早うに賊討伐から帰ってきてそれ聞かされて、心臓止まるかと思ったで」

 ・・・ああ、こっちもだ。

「我々が董卓様の下を離れた時を狙っての犯行なのだろう。貴公程の者が居合わせたのは正に天佑、感謝する」

 この子はたしか華雄、汜水関で表舞台から消える・・・

 『朧を救って、華雄は見殺しにするのか』
 そう、心の中でささやく声がする。

 ・・・董卓軍は、鬼門か。

 皆言葉は違えど月の無事を喜び、感謝の言葉を口にする。
 一影が内心の動揺を抑え付け、感情の暴走を押し殺している事など、誰も気が付かない。
 席に通され、朝食の配膳がなされ、給仕が時折席を回る。
 和やかな朝食で独り、混乱と愛おしさと罪悪感に塗れ、砂を噛んでいるような苦痛でしかない食事を取る。

 お前が選んだのは、こういう道だ。『北郷一刀』に戻りたいのか、一影。
 
 ・・・表に出すな、誰にも気付かれるな。
 先入観で決め付けるな、考えろ、みっとも無く足掻いてでも、幸せにするために『ここ』に戻ってきたのだろう。
 思考が内側を向いて閉ざしていたせいか、袖を軽く引かれるまで朧が近づいて来る事に気が付かなかった。
「どうした」
 いつもの声が出せた、と思う。
 しかし、朧は泣きそうな眼をして、抱きつこうとして躊躇い、一影の手を小さな手で握った。
「朧が・・・います、から」
 妹に気を使わせたら、兄失格だな・・・抱え上げ、膝の上に座らせる。
「そうだな、朧がいる」

 恐ろしい、とは思わなかった。
 この子は最初に会ったときから、此方が悩んで悩み込むのを止めてくれたんだったな。
 ん・・・何か、思いつきそうな。
「しっかし、兄ちゃん凄腕なんやってな、月っちが言うには何が起こったのか解らんうちに倒した言うてたわ」
 頭の中で形にならない閃きは、霞のその声に霧散した。
「私もそう聞いた、呂布に勝るとも劣らない武の持ち主だと」
 一体どれだけ過大評価されると、呂布に勝るとも劣らない・・・なんてことになるのか、朧の顔をうかがうと、さっと視線を逸らした。

 犯人は・・・お前か、朧。

「それは買いかぶりだ、オレの武力など二人に遠く及ばない、し・・・張遼、華雄」
 二人がむせこむのを見て、此方を眺めながら二人で話していた、月と眼鏡の少女が驚いた顔をする。
「霞さんと、華雄さんのお名前は、まだ教えてませんでしたよね」
 眼鏡の少女の目が僅かに警戒の色を浮かべる。

「お兄様でなくても判ります。
 董仲穎様のもとに集った、一騎当千の方々のお名前は有名です。賈文和お姉さんのお名前も」
 眼鏡の奥の眇めた目を此方に向け、お茶を飲みかけていた眼鏡の少女・賈文和が、朧の不意打ちに噴出す。
「ボ、ボクの名前も知ってるの。
 でもボクも貴女の事は知ってる、噂通りって言いたいけど、噂以上よ。『司馬八達』で最も優秀な子の名前が、仲達ちゃんよね」
 そう返されて朧が目を丸くする。
 食事の最中に交わされた、少しの世間話で此方を計り優秀と認めた賈文和に、驚きとともに、畏敬の念を抱いたのだ。
「ぁぅぁぅ・・・そんなに褒められると、恥ずかしいのですよぅ」
 顔を胸にうずめてくる朧の背中を撫でてやりながら、賈文和の非凡の才に驚かされる。
 戦略を語ったわけでも、政略を語ったわけでもない、朧は唯の世間話を彼女としていただけだ・・・それは聞いていた。
 そこから、朧の才能が噂以上と断じ認めるなど、恐ろしい程鋭い月旦評。

「あー、つまりあれか。二人は恋とねねみたいな関係、ちゅうことでええんか」
 話題を変えるためにか、胸にしがみ付く朧にニヤニヤ笑いかけながら、霞が口にした例えに朧は首を傾げる。
 流石に相手と得物を見て名を当てる様には、真名だけを聞いて相手を類推する事はできない。
「陳宮と言う名の、呂布直属の軍師がいるのを聞いた事はないか。張遼はその二人の関係を准えているのさ」
 優しい笑みを浮かべ、ひどく上機嫌に首を傾げる朧に説明する華雄に対しても、朧は不思議そうに首をひねる。
「ぁぅぁぅ・・・皆さん誤解しています。お兄様は朧のお師匠様みたいな人ですよぅ」
 ほーっという顔をして霞が身を乗り出す。
「ちぅ事は、嬢も剣術習ってる訳か」
 ちっこいのに偉いのぅと、わしわし頭を撫でられ、撫でられ猫のように不満はあるが撫でられるのは好き、と複雑な顔をする。
「ぁぅぅ・・・違います。文和お姉さんなら聞いた事ありませんか、『伏龍』『鳳雛』と呼ばれる天才二人の事」

「そりゃぁね、流石に知ってるわよ。
 でもねボクがその二人に劣っているなんて思ってない。
 ・・・って、何、もしかしてこの人が、その二人のどっちかだなんて言わないわよね」
 そうであるなら、幼い少女が師と仰ぐのも、これほどの智を持っているのも頷けるのだが・・・
「その二人は、水鏡女学院の出だって聞いてるわよ」
「なんや、兄さんやのうて姐さんやったんか」
 混ぜっ返す霞、そういう会話に慣れていない朧が少し涙目になって言い返す。
「ぁぅぁぅ・・・お兄様はお兄様で、お姉様じゃありませんよぅ。
 それに、その二人には朧でもいい勝負が出来ます・・・でもお兄様には勝てません」
 朧の表情と言葉に、賈文和の目が色を深くする。
「霞、ごめん・・・ちょっとこの子と話させて。それで、貴女のお兄さんはどれだけ凄いの」
 焦燥に駆られる心を落ち着かせ、身を乗り出しかける自分を押しとどめた賈文和は、勤めて平静な声でそう尋ねる。
「・・・人ではない、といっても怒りませんよ朧は。何しろお兄様曰くは、本当に人ではないそうですから」
「そんな事言われて、信じられる訳「ウチは信じるでぇ」ちょっと霞」

 話に嘴を挟まれて怒った顔を向ける賈文和の、怒鳴るような声を柳に風と受け流し、ニヤリと笑い返す。
「まぁちょお聞きや詠。嬢はちっこいけど詠と言い合いしても一歩も退かん、下手したら詠も言い負かされかねん、そんな嬢がそこらの薄っぺらい男つかまえて『お兄様ぁん』なんぞと呼ぶかい。
 それにな、うちらほど『人ではない』なんて言葉が身近に感じられる人間居るか、そんな相手に嬢が言葉選ばんと『人ではない』なんて言う訳あらへん。
 ついでに言うと、兄さんから尋常やない気配を感じとる、なぁ華雄」
 途中、朧は『お兄様ぁん』なんていわないのですよぅ、という抗議があがったが、あっさり無視して霞が一気に説明する。
「うむ、董卓様の恩人でなければ、一手手合わせと言っているところだ」
 武将二人にそういわれて、眼鏡の少女が口を噤み、すこし逡巡するのを、月が優しく穏やかな目で見守る。
「・・・そうね、ボクもまだまだ未熟。信じたくない物を信じないなんて、軍師失格だわ。ありがとうね霞」
 目線を上げ、照れくさそうにお礼を言う眼鏡の少女に、霞は大雑把に手を振る。
「えぇねん、今のはウチもズルッコしてたしな。
 兄さんが只者じゃないのを最初からわかっとったから」
 あっけらかんと笑って流した霞。
 少し前に『口を挟むな』とも取れる事を言われたにも拘らず、口を挟み的確に核心を突く様は実に霞らしい。

 そんな仲間のやり取りを、安心しきった微笑で眺めていた月が、茶杯を置いたコトリという小さな音で、全員が月のほうを見る。
「あ、あの・・・不躾ですが。
 特に目的が無いようでしたら、当家の客分としてお二人のお力をお貸し頂けませんか」
「なっ、月ぇ命を救ってもらったお礼も返してないのに、それは失礼なお願いよ」
 眼鏡の少女は隣に座る月に、はっきりと怒ってみせる。
 順を追い、筋を通せ、それが君主である月がするべき対応だと。
「へぅ~、詠ちゃんの言うのももっともな事なんだけど、お二人を見ていると、突然いなくなっちゃいそうで」
 赤い顔をして手を頬に当てながらオロオロする月を見ていると、朧が不機嫌そうに眉を寄せ『どうせまた、朧に似ていると思っているのでしょう』と無言の非難をしてくる。
 その頭をなでつけながら、朧の体からこの前のような、警戒して毛を逆立てる猫のような気配が無い事に気が付いた。
「礼を失しているとは思っていない。朧がここまで楽にしているのを見ても、客分として此処に身を寄せるのは寧ろありがたい申し出だ」
「それなら・・・」
 月がぱっと表情を明るくすると、朧の手が無意識に服を握るのを感じた。
 一瞬嫌がっているのかとも思ったが、表情からは読み取れない。

「朧はお兄様のものです。初めてお会いした日に、そう決めたのです」
 真紅の瞳は揺れず、真直ぐに見つめてくる。
「わかった・・・。
 客分と言うからには、安く見積もられるつもりは無い。そちらも余分に出す気は無いだろう」
 眼鏡の少女が、鼻を鳴らしてにやりと此方見て笑う。


「・・・つまり、お互いどの程度できるのか、試してみようって言うのね」




   

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