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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第八話 二つある月

 
 硝子の様に張詰めた静かな夜気の中、月の青い光が零れおちる中庭に、衣擦れの音を微かに引き摺りながら歩み出で、夜空にある月を見上げる。
 少女は月光に霞んで、そのまま消えてしまうのではないか、そう見る者に想わせるほど、美しくも儚く在った。
 今が乱世である事を、一時忘却の彼方に追い遣ってしまう程に、穏やかで気品ある佇まいだけでなく、着ている服も装飾品も、一見して判るほど上質な素材を使いながらも派手さを抑え、見えないところにまで精緻に作りこまれた、本当に高価なものばかり。
 その全てが少女のもとより備わる気品を損なわず、美しさを一層引き立てていた。
 
 …少女は月を見上げ

 その淡く冷たい光を目にすると

 表情を曇らせ俯いた。

 夜にしかその姿を見せず

 その光は冷たく
 
 全てを照らすには弱すぎる

 月…私の真名。

 なんて、無力な私に似合う真名だろう…。

 うちひしがれ小さく震えている背中に、誰もいないはずの中庭から声が掛けられた。
「良い月だ」
「…へっ」
 返事をしたのではなく、無意識に反応してしまっただけの、その端正な美しさや気品から想像できない、ごく普通の少女が洩らす少し間の抜けた可愛らしい声。
 そんな自分の漏らした声を耳にし、あまりの恥ずかしさに耳まで瞬時に赤らめた少女は、ぎゅっと目をつぶり手で顔を覆い隠し、振り向いて声の主を確認しようという素振りすら無かった。

 何かあったら大声を出すようにと、大親友の少女からきつく言われていたが、そんなことはすっかり頭の隅に追いやられてしまい。
 とっさに出たさっきの声を思い出し、さらに恥ずかしさが募ってくる。
 誰だか知らないが、誰かにあんな恥ずかしい声を聞かれてしまった、子供っぽいから治せと言われ続けている口癖を、何で治しておかなかったのだろう…きっとあれのせいだ。

 しばらくどんよりと自問自答し続けた少女は、ついにあきらめて声のほうに振り向く。
 青白い月明かりに浮かび上がる東屋に人影が二つ。
「妖しい者だが害意は無い。そう警戒する必要はない・・・といっても無理か」
 そう言って酒杯を空ける男の人は、空の月に視線を戻す。
 夜の闇に溶け込むような黒尽くめの服装の中で、襟巻きだけが輝くような純白なのは、何かの拘りなのだろうか。
 細めた目で月を見上げる様が遠吼えをする狼のように、恐ろしく美しく見えた。
「お月様は、綺麗過ぎて・・・少し切なくなります」
 その隣で、同じように月を見上げる女の子の姿に、息を飲まされる。
 真っ白い外套は闇夜にぼうと浮かび上がり、まるで月の光を集め自ら輝いているようにすら見えるのは、その小さな女の子の規格外な美しさも大きいだろう。
 襟元を飾るフワフワ柔らかそうな兎の毛に、半ばまでうずめている頬を、涙が一粒零れていく。
 あまりにも幻想的で現実離れしたその光景、桃源郷での一幕を不意に突きつけられたかのような現実に、月は警戒するのを諦めて静かにそちらへ足を向ける。

「お見掛けした事がありませんが・・・当家の者ではないのですね」
 二人の姿を視界に納められる位置まで進み、あくまで確認と言う事がわかる声でそう問いかける。
 その立ち姿は、威圧的でも高圧的でもないにも拘らず、細く儚げな少女から目を逸らすのを許さない。
 ほう、と何かに気が付いた男のほうが、空から地へと見る月を変え、すっと目を細める。
「いかにも、無法にも中庭をお借りした。あまりに月が綺麗なので」
 堂々と不法侵入者だと宣言した男の人は、三つあったうちの二つの杯を酒で満たし、一つを私の前に置くと、残る一つにはお茶らしきものをいれ、幼い女の子の目の前に置いた。
 それを見た女の子も、自分の手元にあったお菓子を半分私の前に差し出して、少しはにかんだ笑みを向けてくる。
 その笑顔が酷く儚く透明だったので、私も微笑み返して、空席を埋めるべく腰を下ろした。
 私の行動に、女の子は少し驚いたようだったが、嬉しそうに隣に座る男の人を見上げる。
「名月の下、何をそれ程思い悩む」
 男の人が口にしたその問い掛けが余程意外だったのか、女の子は少し眉を寄せた・・・その横顔を近くで見て息を飲む。

 そこには・・・良く見慣れた顔があった。

 不安気な眼差し

 儚げな雰囲気

 顰められた眉

 色の薄い髪

 真紅の瞳

 そこにいるのは・・・髪を腰より長く伸ばした、幼い私。

「そんな・・・どうして・・・」
 一つ深呼吸して、もう一度女の子を見つめる、よく見れば私とは顔はそんなに似ていない。
 こんな幼い子相手に言うには少し悔しいが、女の子の方が正直美人だろう。
 しかし、そこに浮かぶ表情、仕草、要因、それらを全て集めると本人をして自分そっくりだと言わしめるほど、私と女の子は似ている。
 仕草と言うならば全部同じと言うわけではない、だがふとした拍子に覗く仕草が、自分のものだと感じる。
「訳を問うなら偶然、意味を問うなら・・・己の内だ」
 そっけない言葉で男の人がそう告げると、音も無く立ち上がり、幼い女の子もつられて立とうとするのを、無言のまま手でとめる。

「月を肴に酒・・・風流を解せぬ犬がいるな。・・・家人を呼んでも大きな騒ぎとなる、か。
 庭を借りた礼だ・・・出て来るがいい」
 立てかけてあった剣を手に、何も無いところへそう呼びかける。

 この人は一体、何をしだしたのだろうと思って見ていると、何も無いはずの闇の中から数人の人影が湧き出てくる。
 一対多数がどれほど勝ち目が無いかは、幾ら私にでもわかる、大声を出そうと息を吸った私を幼い私が止め、自分用にと男の人が入れてくれたお茶の入った杯を手渡してくれる。
「お姉さんは良い人です。でも、心配は無用ですよ。お兄様はお姉さんが知っている、一番強い人にも負けないほど凄いので」
 私の知っている一番強い人・・・頭に最初に浮かんだのは恋さんです、でも恋さんは天下無双と呼ばれている人で、そんな人と比べるのもなんだか大人気ないような気がしてきます、それならその次は・・・思案をめぐらせていると、男の人が鞘から長い剣を抜きました。
 刀身が真っ黒であまりよく見えませんが、その鞘からしてかなり長いと予想できます。それを水平にして正面に向かって突き出すように構えています。
 肩に掛けただけの羽織が、まるで霞さんだなと、そのときになって漸く気が付くほど、どうやら私は緊張していたようです。

 対峙する相手は五人、私には良く判りませんが、多分、皆腕の立つ人達だろうと思います。そうでなくとも、一度に全員に掛かられれば危険です。
「余計な真似をしたな、若造」
 湧き出てきた人影の一番偉い人でしょうか、くぐもったその声を合図に、囲んでいた人達が一斉に男の人に切りかかり、白刃が月光に煌くのに思わず悲鳴を上げかけましたが、次の瞬間起こった事に声を出す事もできずにいるうちに・・・勝負はつきました。

 耳が痛くなる様な甲高い風斬り音が三つなり、男の人が体を半回転させ、五人組が地に倒れ伏したのです・・・一体何が起きたのかは解りませんが、あの五人が絶命した事だけはわかりました。
 剣を一振りして鞘に仕舞うと、何事も無かったかのようにこちらに帰ってきた男の人が会釈し
「庭を穢してしまった、許されよ」
 短くそう告げ、女の子の手を取り、立ち去ろうとします。
「お待ちください。命を救って頂いた、お礼もさせて頂けないのですか。
 どうか、当家に礼儀知らずの汚名を与えない為と思って」
 深く頭を下げる私に、二人の足が止まります。ここで断っては、救った私の命が軽いと侮辱する事にもなる・・・少しずるい言い方ですが、命の恩人になにもせず去られてしまうのは心苦しいので、我侭を敢て言いました。
「頭を上げて欲しい、侵入した咎を問わぬ貴女には感謝している」
「命を救って頂いたお礼は明日、今晩はもう遅いので、どうかこのまま当家に御宿泊下さい。
 申し送れました。私は董卓、字は仲穎、真名を月と申します」
 言葉を挟まれないよう、畳み掛けるように言葉を次いで、話の主導権を取ってしまうなんて、私にできるとは思っても見ない事をやりました。

 そんな私の態度に呆れたのか、男の人は目を細めて此方を見ていましたが、何かを諦めたかのように一つ溜息をつきました。
「・・・朧、返答を」
「はい、私は司馬懿、字が仲達です。お兄様は真名しかお持ちで無いので名乗りを御容赦下さい」
 司馬仲達と名乗った女の子は、随分と幼いのに確りとした受け答えをし、字まで持っていたことに驚きました。それを本人に問いただすような、無礼なまねはとても出来ませんが。
 それより二人を別々の部屋にしていいのかどうかのほうが、当面解決せねばならない疑問です。
 見たところ似ているようには見えませんが、女の子は『お兄様』と呼び、男の人の真名を知っている以上は、御兄妹なのかもしれません。異母兄妹なら、それ程似ていない方達もいますし・・・なかにはそっくりな方達もいますが。
「寝所は二つ、それとも一つのほうがよろしいのでしょうか」
 私の言葉に照れて赤くなった女の子が、男の人の手をぎゅっと握り、身を寄せる様が愛らしすぎて、私は微笑み返して頷くと家人を呼び、直ぐに客間を一つ用意するよう命じた、あわせて侵入者が有った事、お二人が命の恩人である事を言い、失礼の無いよう重ねて言い含めた。
「どうか、おくつろぎ下さい」
 頭を下げ、二人が会釈を返してくれるのを見送ってから、家人に屋敷の警備の人数を増やす様に告げ、中庭にある賊の遺体への対応もしておくように指示を出してから・・・自分がずっと微笑んでいる事に気が付いた。



   

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