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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第六話 揺らめく影朧、雛達の競演

 
「それで、お兄様はどちらに向かって旅をなさっているのですか」
 酒と塩で適当に味付けした雑炊を蓮華で掬いながら、膝の上から朧が問いかけてくる。
 タイプは全く違うが、どうして知り合った少女達は膝に座って飲食したがるのだろうなどと思っていると、頬を膨らませた朧が睨んでくる。
「お兄様、今・・・朧以外の女性のことを考えていました」
「怒るな、有力者の大半は女性だ」
 頭をくしゃっと撫でてやるとすぐに機嫌を直し、上品に食事を再開する。
 こういうところは、そこら辺にいる唯の子供と同じなんだな。
「誤魔化されて上げます、朧はお兄様の事が大好きですから」
 ・・・こういうところは、なるほど天才軍師なわけか。
 そういえば、無理矢理登用されそうになって逃げてきたと言っていたが、司馬仲達が逃げていた相手は確か・・・

「一つ聞きたいのだが・・・曹孟徳から誘いが来ただろう。天下泰平を目指す英雄として、もっとも才気あふれる相手からの誘いを何故受けなかった」
 びくっと体をこわばらせ、ギギギと音が鳴りそうなほど不自然に首だけを回して此方を向く朧。
「な、なな、何故、お、お、お兄様が、ご存知なのでしょう」
「人材集めが趣味のような曹孟徳が、『司馬八達』に目を付けないはずがない。
大方あの軍の雰囲気が嫌で、仮病を使って逃げてきた、という所か」
 この子は驚くとあどけない雰囲気になるな、目を見開き何度も瞬きする幼女。
 口を開くと言葉使いは丁寧な上に、言ってくる事が異常に鋭いが、それでも朧はほんの小さな子供なのだ、それを忘れてはならない、そう自分に言い聞かせる。
「ぁぅぁぅ・・・まるで見て来た様に。でも、正解なのです。そして、逃げてきたのも大正解だったのです」
 フニャッと笑み零れる朧、その空いている器に雑炊をさらによそう。
「こんなに食べられませんよぅ」
 下から見上げ、足を振って抗議の意思を表してくる。
「朧は、少し健康の為に太ったほうが良い。ただ、今でさえ綺麗なのが、一層美しさを増すとなると、兄としては心配すべきか」
「残さず食べます」
 一生懸命食べだす朧、そのくせ下品にならないあたりは生活レベルか教育レベルが高かったのだろう、頭の回転は恐ろしいほど速いのは会話をして来て良く判った。
 その上幼さを残して・・・否幼くともなお美人というしかない・・・華琳に声を掛けられない要素がない。強制連行されかけたというのも、決して誇張表現ではないのかもしれない。

「曹操と袁家を外すとなると、孫家か公孫賛の所か」
 朧を見ながらハーブティをすする。劉備はまだ名も売れていない、黄巾騒ぎが起きたときに旗揚げして、今は公孫賛の所に身を寄せていたはずだ、孫呉と二択か・・・何か忘れているような気がする。
 赤い顔をしながらじっと見つめてくる朧に気がついたのは、少し考え込んでからだった。
「どうした朧、妙案があるなら言ってくれ」
「ぁぅぁぅ・・・あの、その・・・そう言う訳では。た、ただですね、馬騰さんの所は外して下さると良いのですけど」
 漢の忠臣と自他共に認める馬騰は、確かに賊を倒すには問題ないが、その後の動乱で天下統一に乗り出すとは思えない。
「孫呉は、古参の結束が強く、新参が重用されないと思います。その結束力こそが孫呉の強さですし」
 申し訳なさそうにそう言うということは、つまり。
「しかし、公孫賛の器には不満がある、と」
 こくっと頷くその仕草がすっかり子供のものになっている、自分には無くなった欲求だったのですっかり忘れていたが、朧の目がすっかり眠そうになっていた。子供はとっくに寝る時間を過ぎている。
「続きは明日にしよう。不寝番は任せて、朧はしっかり眠れ」
「ぁぅぁぅ・・・お兄様に添い寝して頂きたかったのに」
 此方に聞こえない様に小さく洩らした朧の呟きには、悲しみよりも諦めの色が濃く出ていてハッとさせられる。親に我侭を言って甘えるのが当たり前の年齢・・・少なくともそう見える少女が、甘えるのを断られる事に慣れすぎた感情。
 風にはためく白いマフラーに小さく苦笑してみせる、判ってる風、今度は空耳までしてくれなくてもいい。
「荷物を降ろして、靴を脱いで外套に包まっておいで」
 ん、という顔をしつつも素直に言われたとおりにして、とてとてと歩いてくる朧を抱き上げ、胡坐を組んでいる足の間に寝かせる。
「ぁぅぁぅ・・・お、お兄様、あの・・・朧は、朧はまだ心のじゅ、準備が」
「大声を出すと野盗が来るぞ、今日はもう遅いからおやすみ」
 しばらく髪を撫でていると、何か言いたそうだった朧の体から力が抜けて行き、直ぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「・・・ん、お兄・・・様」
 小さな手が服をぎゅっと握りしめ、目の端に小さく涙の粒を浮かべる。
 もう一度髪を撫でてやると、フッと表情が緩み寝息が深くなったのがわかった。
 それを確認してから枯木を焚き火に放る、炎が薬缶を舐め、煙が細くその身をくねらせながら、焚き火の爆ぜる音が静寂を守る中、安心しきった柔らかい寝息だけが、そっとつむぎだされ続けた。



「さて、これが無駄足にならねば良いが」
 直ぐ下で肉まんを、小さな口で一生懸命食べているゴスロリ少女・・・幼女を眺めながら茶杯を空ける。
 肩に引っ掛けている羽織も随分と良い色に焼けつつある。
 幾分旅慣れてはきたが、街で宿に泊まるとなると、やはり野宿では肩に力が入っているのが感じられる。
「ぁぅ・・・朧は無駄足になっても構いません。お兄様と二人っきりでいられます」
 バラ色の頬をした銀髪幼女は、出会った時より随分と健康になり、予想していた通り一層人目を引く。
 まるで萎れかけていた花が、瑞々しさを取り戻し再び輝き始めたかの様に、それも大輪の薔薇が・・・これは確かに華琳が連れ去ろうとする、心のうちで苦笑しながら、チクリと胸を痛みが掠める。
 それなのに、朧のもつ儚さは何故か一向に変わらない、何かの拍子に消えてしまいそうな雰囲気を常にまとっている。
 無意識のうちに髪を撫でていた幼女が、くすぐったそうに首を竦めるが、不意に真顔に戻り真直ぐに瞳を覗き込んでくる。
「私たちの名は狭いながらも売れました、助けた村々からも義勇軍を作られてはどうかと言って貰えたのに、何故お兄様は自ら軍を率いようとなさらないのですか」

 突然、思い出したかのように質問を浴びせかけてくる朧にも、もう慣れてきた。
 普通の人ではいきなり話題が飛び、狼狽してまともに返答できない事もあるだろうという急展開な質問を、普通にしてくる。
「義勇軍に戦える若者を持っていかれた村は、誰が守るんだ。彼らが自警団として村を賊徒から守ると、補給の点で賊達の首が絞まっていくことになる」
 お陰で此方もすっかり思考訓練を積み、即座に反応できるようになってしまった。
「しかし、そうなると賊は集結して多数でもって村を襲う事に・・・ぁぅー朧はまたお兄様に負けたのです」
 膝の上にしょんぼり座るゴスロリ幼女の頭を撫でながら、周囲をうかがう・・・誰かに見られている。
 確かにこれだけ派手な服装をした、朧の様な美幼女であれば人目を引き、注目を集める。
 そういった視線には慣れていたが、この視線の主はもっと張り詰めている。
「そこで、先の先を読んで直ぐに負けと言える朧は、やはり凄いよ」
 さり気無く会話を続けながら、そっと椅子に立てかけてある野太刀を引き寄せ、油断無く視線を配る。

 殺気は無い・・・が、そんなものが無くとも人は殺せる。

「ふぇ・・・そこまで話したなら、集団が大きくなって補給が更に厳しくなるにも拘らず、戦力が低下して動きまで悪くなるのは、誰が考えても判る事じゃないですか」
 なんでこんな当たり前のことで褒められるのだろうと、不思議そうに首をかしげる朧。
 周りを頭の良い姉妹達に囲まれて今まで育ってきた朧にとって、先の先を考えて議論の勝敗を直ぐに認めるのは、無駄を省く為に当然の行為だったのだろう。
 しかし、家族を離れ一人で旅に出た朧にとって、それが当然ではない世界が、酷くまどろっこしい物に感じてしまい、いまもってその感覚のずれは埋まらない。
「それならば、何処を目指しているのか、言わなくとも判るだろう」
「交通の要衝にして物資の集積所をかねた場所、ですねお兄様」
 ガタンッと大きな音を立てて立ち上がる、背後の席の人物に、オレはわざと振り向かなかった。
 朧の手が驚いてしがみついて来る。

「あ、あの・・・しゅみましぇん、お二人のお話を盗み聞きしちゃって・・・わ、私の名前は、鳳統でし・・・お二人とも、名のあるお方とお見受けしました・・・是非、御名前を・・・おしえてくれましぇんか・・・ぅぅ」
 わたわたする姿が『暴れあうあう』を思い出させて、思わず噴出しそうになる。
 それを鋭く見咎め唇を尖らす朧の頭をなでてやると、とたんに機嫌が治るあたり、本気で拗ねたわけではないらしい。
 軽く背中を叩いて促してやると、朧が脇の下から後ろを向き。
「ぁぅぁぅ・・・わ、わた、私の名前は司馬仲達です。でもでも、あの・・・お兄様のお名前は教えてあげません」
 そう言うなりまたこちらに戻ってきてしがみ付く。
 突然おかしな事を言い出した朧に、怪訝な表情を向けると、少し不安そうな顔をして再び後ろを向き言葉を足す。
「ぁぅ・・・えっと、その、あの、お兄様は真名しかお持ちではないのです。
 朧は・・・朧は、お兄様の真名をお預けするのは嫌・・・です」
 ギュっとしがみ付いて来る朧が、今にも泣き出しそうな眼で見上げてくるので、小さく頷き返してやると、袖で目元をぬぐって『約束ですよ』と無言の瞳で訴えかけてくる。

「申し訳ないが、こういう事情で名乗れない、無礼を容赦してくれ」
 振り向きながら目礼すると、背後の人物が目に入る・・・この世界の軍師は幼女優勢だったか、忘れていた。
「あわわ・・・ぜん、全然気にしてませんから・・・あの、私の方こそ盗み聞きなんて、失礼な事しちゃってますから」
 帽子のつばを引っ張って顔を隠す仕草が、再び朧の仕草に被る。この二人は似たもの同士だ、という事は軍師的な意見をし始めれば、スイッチが切り替わるか・・・
「それで、先程の話の何処に驚いた」
「あわわ・・・えっと・・・何処というか、全部・・・です」
 同じテーブルの空いている席を引いてやると、鳳統がまだ赤い顔をしながらも、その席に移ってくる。
 その間に適当な点心と茶のお代わりを頼んで、朧を膝に乗せたままそちらの方へ向くように座りなおす。
「私とお友達の朱里ちゃんの二人で、義勇軍の軍師をしていて。二人で話していた予測と同じ事を、仲達さんとお兄さんが話していて」
「ぁぅ・・・それは別に驚くほどの事じゃ・・・」
 おずおずと自分の意見を口にする朧、残念ながら朧のスイッチは切り替わらなかったらしい。
「違います、驚くほどの事です」
「ひゃうっ」
 鳳統の上げた大声に朧が怯えてしがみ付いてくる。
 落ち着かせるように背中を撫でてやると、ゆっくりしがみ付いている手から力が抜けてくるが、びくびくと体は押し付けたままで、顔は半分胸に押し付けたまま鳳統を覗き見るようにしている。
「すみません、大声出しちゃって・・・軍内にいて現状を見ながらそう判断したわけではなく、机上で此処まで推測して・・・お二人はまだその先も読んでいるようでしたから」
 落ち着いた鳳統の説明に、朧の目が色を深める。
「群雄割拠の時代になるという、長期のお話ではなく・・・ですね」

 コクコクと頷く鳳統を見て、朧が『話してもいいのでしょうか』と眼で尋ねてくる。
「朧の力を見せてごらん」
「ぁぅぁぅ・・・集積地を潰された賊は、物資不足でより大きな集団に次々に合流して大所帯になります。
 その際、物資は火計で燃やされる経験から平地に置かず、城壁に守られたところに置こうとするはずです。
 官軍の他に、袁紹、袁術、曹操、孫策、公孫賛、馬騰の各勢力が黄巾党討伐で名を上げ、その他の太守達は膝元を治めるので精一杯という所ですから、自然と生き残りが追い詰められるのは冀州あたりです。
 誰が最後の楔を打つかは・・・曹操、孫策のどちらかになるでしょう」
 開いた口が塞がらなくなっている鳳統の口に、ゴマ団子を咥えさせてから朧の頭を撫でる。
「完璧だ」
「えへへ、ここまでは朧だって読めますよ」
 それがどれだけ凄い事なのか、全く判っていない朧は、それを鼻に掛ける事も無く、鳳統の驚愕の理由が理解できない。

「では質問だ、彼女は誰の軍師か」
「ぁぅぁぅぁぅ・・・それが判るのは人知を超えていますよぅ」
 ゴマ団子を朧の口にも押し込みながら、テーブルにトンと指を突く。
「彼女の才覚は『王佐の才』と言って良い」
「うーっ、朧だって負けませんよぅ」
 自分が先程、彼女を圧倒したと気付いていない幼女は、対抗心も露に不満気だ。
「そうだな、では朧が義勇軍に軍師として参加したなら」
「えっと、あっ・・・劉備軍です。ぁぅぁぅ・・・またお兄様に負けましたぁ」
 見る間に鳳統の顔が血の気を失い、真っ青になっていく。
 彼女は『友達と義勇軍の軍師をしている』としか有効な情報は口にしていない、孔明のことは真名の朱里としか言ってもいない、それで・・・たったそれだけの情報で、劉備軍に所属している事を見抜かれたのだ。
 朧の台詞の通り、人知を超えているといってもおかしくない推測。
 一体この司馬仲達という幼女は何者なのか、人間相手に思考の深さが恐ろしいと感じたのは、過去において唯一人朱里だけだったが、仲達にはまた別種の恐ろしさを感じる。

 朱里の恐ろしさは、神仏を前にした時の様な、此方の動きの全てを高い視点から見透かされるような恐ろしさだが、相手が上手なのだと納得できる、ある意味解り易い怖さだ。

 対して仲達の恐さは此方の装いの隙間から忍び込まれ、本質を内から知られるような恐怖。見透かされるという結果は同じなのに、心を見透かされるというより・・・魂に指を這わされている様。

「んむーっ・・・むぐ。あれ、ゴマ団子・・・」
 いつの間にか口を塞がれていたゴマ団子に言葉を遮られ、その様子を朧にクスクス笑われると、鳳統は帽子の影に隠れてしまう。
「ぁぅ・・・あの、その・・・えっと、鳳統さん。黄巾がおさまるまでなら・・・お手伝い、します・・・けど」
 ゾクリと背筋が冷える、今まさに質問しようとしたことに、先に答えが出てきた事にもだが、その内容にも。

 それはつまり、群雄割拠の時代が来たら、劉備は生き残れないという朧の冷徹な判断。

 しかし、その間にこの二人を自陣営に残ってくれるよう、働きかける事ができる大きな機会。
「あわわ・・・ぜ、是非お願いします。桃香様・・・劉備様は私が説得しますから」


   

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