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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第五話 雛鳥は殻を破る

 
 焚き木の爆ぜる音だけが静かに鳴り続け、まるでその小さな音が他の音が寄って来る事を阻むかの様に、夜の闇を深くしていく。
 肩に掛けた外套代わりの羽織から腕を伸ばし、傍らに集めておいた枯木を火の中へと放る。
 その扱いに抗議するかの様に火の粉が舞い、傍らに置いた薬缶の表面を炎が撫で、細く立ち昇る煙をくねらせた。

 手慰みに木を小柄で削る、その単調な作業が次第に手の中の木切れに形を与えていく。
明確な意思で何を造ろうと言う訳でも無く、眠る事の無い我が身と時間を持て余した半ば無意識の行動、木切れは朧気に人の形を取り出し始める。
 目鼻どころか男女の別もまだつかない、小柄を薄く滑らせ一削りしたそこに何を見たのか、
動揺した刃は鋭い痛みを呼び起こす。
「・・・っ」
 薄っすらと曳かれた朱線が色を濃くしていき、珠を結んで零れ落ちるのを見つめる目には、何の感情も浮かんでこない虚ろな色をしていた。
 作り掛けと言うのもおこがましい、荒く削っただけの木片を炎の中に投げ入れ、一影の口は小さな自嘲の呟きを洩らす。
「・・・弱いな、オレは」
 小柄を戻し、削りカスを叩いて落とすと、野太刀を抱えなおし、目を閉じる。
 焚き木の爆ぜる音が夜を静止させ、心の闇を深めて行く様だった。

 自分は間違い無く『北郷一刀』よりこの世界を動かせる存在だ、我こそは天の御使いと名乗りを上げても、誰にも否定させないだけの事は出来るだろう。
 それを今、自分は何に使おうとしているのか。
 天下泰平、結果的にはそうだろう、言い訳としては上出来だ。唯独りを除いては全員をその言い訳で騙しきれるだろう、だが自分は騙しきれない。
 自分の目的の為に、誰を救い、彼を救わずと、生者と死者の選別をするつもりなのだ。
 
 やってはならない事をやった罪と、やらねばならない事をやらなかった罪。

 その両方を・・・北郷一刀は無自覚に犯した、自覚しているにも関わらず自分はそれをしようとしている。
 一体どちらが罪深いのか。
「どちらも度し難い」
 そう、その通りどちらも救い難く度し難い。
 風が言う通り馬鹿なのだ。
 やると決めたなら迷わなければいい、割り切って切り捨てればいい、その為にはひたすら前回のなぞり直しを同じ位置から見るべきなのだ・・・この世界は良くも悪くも変わる、不測の事態を起こさない為にも内から干渉すべきなのだ。
 北郷一刀に見えているだけの、狭い世界の中から。
 紛れが無い様に心を捨てて、誰を生贄の祭壇に送ろうとも。

 たとえそれが・・・


 耳が捉えた微かな声に、闇に捉えられた意識が瞬時に解き放たれ、感覚を一気に研ぎ澄ます。
「・・・ふぇぇぇん」
 如何な人外な存在とはいえ、一里先で落とした針の音を聞き分けると言うほど耳が良い訳ではない。
 これだけ音の無い荒野で、女子供の高い声はよく通る、目を閉じていたのも幸いした。
 大きさからすると、大声で泣き喚いている訳では無い様だ、距離もそう遠くない、次第に近付いて来ている様に聞こえる。
 声のする方角を目を凝らして見ていると、何かが動いているのがわかる。
 じっとそれを見据えつつ、念の為周囲の気配も探る、何かの罠か。
 次第にその姿が・・・何だか幼い少女がとてとてと走る愛らしい姿で、こちらに向かって走っているのだと判る。

 しばし呆気に取られた。

「ぁぅぁぅぁぅぁ~」
 ドップラー効果を巻き起こし、外套のフードを小さな両手で必死に押さえながら走る姿は・・・どう見ても前が見えていない。
 今まで転ばず、何かにぶつかる事も無く走って来れた強運も尽きたのか『暴れあうあう』は一直線に焚き火に向かって突っ込んで来る。
 感傷に浸れる静かな夜はすっかり跡形も無く消え去り、溜息を一つついて立ち上がる、何だか独りシリアスに悩んでいたのが一寸恥ずかしくすらある。
 『暴れあうあう』の真正面からその両脇に手を入れ、目線を合わせる様に持ち上げる。
足の先が腹まで届かない、こんな幼い子供が何故こんな所に・・・という疑問も取り敢えず後に回す、泣き叫ばれでもしたらまるっきりオレが変質者の様に見える。
「何から逃げているのか知らないが、追っ手は無い様だ。だから落ち着け」
 声を掛けられると、目に見えて判るほどビクッと大きく体を震わせ、恐々フードを押さえていた手が上がる。フードの陰から怯えた色の瞳が、いっぱいに涙をためた目の中から此方を窺っている。
「ぁぅぁぅ・・・ひ、ひひ人買いに売るのは、み、み、見逃してくださいぃ」

 そんなに、人相悪いのか。

「ふ、ふぇぇぇぇ・・・」
 とうとう限界だったのか、ポロポロ涙を零しながら大声で泣き始める気配に、口を塞ごうとして両手が塞がっている事に気が付いた。咄嗟に胸のうちに掻き抱いて、腰を抱えながら『あうあう』の頭を胸に押し付ける。
「ひうっ」
 短い悲鳴のような声が上がるが、上手く服でくぐもったのを聞いて背中をそっと擦る。
「害意は無いから落ち着いて聞いてくれ。
 啜り泣きや高い声は、音が高い分だけ遠くまで届く。野盗を呼び寄せる事になるから、泣くならこのまま泣いて良い。落ち着いたら説明をしてくれ」
 抱き上げられたままの体勢では、落ち着くものも落ち着かないだろう、刺激しないようにゆっくりしゃがみ込んで、足を地に着く様にしてやると、腕の中で幾度か頷く仕草の後、その小さな手でしがみつきくぐもった嗚咽が漏れ始める。
 本来であれば、野盗が寄って来るのは大歓迎だ、なにしろ旅を続けるに当たって追剥ぎを追剥ぎし、強盗野盗を返り討ちにして路銀の大半を賄って来た。
 しかし、自分一人であれば囲まれても問題は無いが、万一この子が人質にでも取られると・・・寝覚めの悪い事になりかねない。

 きっと、オレはこの子を見捨てる。

 目的の為と言い訳しても良い、時代のせいにしてもいいが、見捨てる事実は変わらない以上全ての責任は自分に帰する、故に余り深入りすべきではない。


 啜り泣きが聞こえなくなる頃に、大方の方針が心の中で決まり、単刀直入に話を切り出す。
「明日、日が昇ったら家まで送ろう」
 寸暇を惜しむような旅でもない、寄り道をしても問題なかろう。
「わ、わた、私・・・私、家には帰りません」
「賊にでも邑ごと滅ぼされたのか」
「えっ、えっ・・・違います。私はこの乱世を治めゆ為に・・・ぁぅ」
 言われて改めてまじまじと相手を見る。
 夜の闇とフードに隠れていた顔が焚き火の明かりに照らされて、思わず息を飲む。
 驚くほど綺麗な細い銀髪、吸い込まれそうな透んだ深い紅の瞳、月明かりの下でもぼうとけぶるような真白い肌、将来美人になると約束された、幼い美貌。
 だがそれ以上に驚いたのが儚さ、生命力を感じない存在の薄さ。
 抱き付かれた時にも感じたが、この子は痩せ過ぎている。
 袖口から覗く腕の細さも頬のこけ具合も痛々しい程に・・・幼い子供が旅をする時代では無い、それが大志を抱いて天下泰平の為に家を出て来た。それは、どれだけの決意だろうか。

 薬缶から中身を注いで、実用一点張りの木のカップを満たし差し出す。
「熱いぞ」
 子供扱いをするのは躊躇われた。
 この子はオレなんかより、ずっと立派な考えで動いている。
 カップを両手で包み込み、香りを楽しむように息を一つ吸い込む。
「あ・・・良い香り」
「一種の薬湯だ、精神疲労に効く」
 荷から鍋を取り出し、飲料用に汲んでおいた水と糒を野菜と一緒に放り込んで焚き火にかける。
 カップを受け取った手も荒れていた、農家の出ならば手伝いで手の皮も厚くなっているはずだがそういう手ではない、そしてあの美貌となると・・・どこかの権力者の娘かなにかだろうか。
 少なくとも前の世界ではあっていないので、有名武将と言う訳では無いだろう。

「それで、乱世を治める為に何処へ行く」
「・・・あのあの、バカにされないのですか」
 今まで散々馬鹿にされて来たのだろう事はその一言でわかった、オレとて街中であってそう言われたなら馬鹿にして取り合わなかっただろう。
 ランドセルを背負うにもまだ早いという子供が『乱世を治めに行く』と言っていれば、取り合う方がどうかしている。
「馬鹿にして欲しいのか」
 聞き返すと首を小さく振り、とても嬉しそうな笑みを浮かべる。
「主を、乱世を治められる器を持った主を探しに旅立ったんです。
 正確には、無理矢理登用されそうになったところを逃げだして、そのまま旅を続けているんですけど。今まで学んできた事を実際に役立てるのは今だと。
 私には英雄たる器は有りません、なので少しでも早く天下泰平を望める主に御仕えしようと。
 しかし、器の小さな主の下で私は生きられません。
 いえ、隠さずに言うと、主の器を私の才が溢れると、主は溺れて死ぬ事になります」
 朗々と語った幼い少女は、とてもあの『暴れあうあう』や、先程まで噛み噛みで話していたのと同一人物とは思えなかった。
 更にはその内容も、予測ではなく確信を持って言い切った、故に今まで旅を一緒にして来た人達とは皆直ぐに別れたのだとも。

 カップの中身を飲み干すと、カップを傍らに置いて立ち上がり、厚手の外套を脱いで幼い少女は真直ぐに此方を見据える。
 長い銀髪は膝をくすぐり、その髪に映えるような黒いリボンは髪と同様に腰を超える程長い。
「遅ればせながら名乗らせて頂きます。
 姓は司馬、名は懿、字が仲達・・・真名を朧と申します。
 失礼を承知で言います、あの・・・えっと・・・ぁぅぁぅ、お、お、お兄様と一緒に旅が、したい・・・です」
 再び呆気に取られた。
 外套を脱いだ幼女は、予想を嘲う程の美人で、一瞬で目を奪われる。
 そんな思考の空白を突く様に、整然とした名乗りとその名前に驚かされている所に、真名まで預けられ、完全に混乱した所で、まるで別人のように真っ赤な顔をして、口にしたのが小さな少女の小さな願い。
 そして、気が付いてしまった事実に愕然とする。
 史実では違うが、この世界の『司馬仲達』は表舞台に出て来ない、つまりこの子は・・・


 前の世界で、このまま死んで行ったのだ。


 フフフッと耳元で小さな笑い声が聞こえた気がした、それは苦しむオレをみて嘲っているのではなく、『馬鹿なんだから、悩んでもしょーがないですよ』と笑ってくれたような、心を軽くする空耳。
「一影、これ以外の名は無い。どうやら人では無いらしいが、良いのか」
 きょとんとした顔の朧は本当に幼く、目を見開いて何度も瞬きをする。
 桂花以上に自分の才に自信を持った物言いをする・・・そしてその自信に見合う才を確実に有している少女が言葉を失う状況に、密かな満足感を得ていると、朧がにっこりと笑みを浮かべて抱きついて来る。
「朧は、お兄様がお兄様であるなら、人かどうかなど気にしません」
 あっさり逆襲されて言葉を失うはめになった


 ・・・司馬仲達恐るべし。


   

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