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歪んだパズルのつなげ方

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DR~少女竜騎士物語~

第五十九幕「過去からの手紙」

 
第五十九幕「過去からの手紙」

 踵が床を蹴りつける音が、どんどんと自分の精神を追い詰めていくのを自覚した。

 額を流れる汗は悪意をもって目に流れ込み、自分を形成するモノが一歩ごとに重量を増し、足を止めようと圧し掛かってくる。
 呼吸は浅く速く、スカートの裾は脚をからげようと、先程から引っ切り無しに纏わりつく。
 苛立たし気に絡みつく白衣の裾を払いのけ、柊木綾子は走っていた。

 綾子は悩み答えを出せずにいた、スィーリアに静馬が決闘をすると聞いた時から、たった今まで。

 元騎士としての綾子と、医者としての綾子、二人の意見は真っ向から対立し。どんなに悩み考えたところで、答えが出る筈がないということもわかっていたのに、結局は静馬本人の意思を尊重する、という立ち位置に消極的に自分が転がり落ちた。
 いや、消極的に転がり落ちたのだから、そこに綾子の『立ち位置』などがあるはずがない。

 静馬の最後のジョストが始まるという時間になって、それを止めにも応援にも行けない自分に気づいたとき、いかに自分が愚かな選択をしたのかようやく気付けた。
 そして、その愚行が最も後悔する選択だと同時に悟り、唇を噛み締め溢れそうな涙を振り捨て、ようやく答えを出しに向かった。
 静馬の姿を目してしまえば再び迷うかもしれない、躊躇い言葉にできないかもしれない。

 しかし、最後の最後、その場から逃げてはいけないのだと、精いっぱいの勇気を振り絞って。

 元騎士の綾子でも
 医者としての綾子でもなく
 ただの、柊木綾子としての答えを胸に抱いて。

 辿り着いた控室は既にもぬけの殻、へたり込んでしまいそうな震える膝、悲鳴を上げている肺に鞭打って。
 既に走っているとは言えない速さで、光差す闘技場入り口へとその身を推し進め・・・・・・ついには、足が絡まり派手に前のめりに身を投げ出す。

 現実はそんなに格好良く、物語のようにはいかない。
 自分が決断をしたから、それでぎりぎり間に合うなんて、そんな都合のいいことは起こらない。
 何しろここまで結論を出すことから逃げてきたのは、ほかならぬ自分なのだから。

 情けなさに涙が溢れてくるのを、もはや止めようともせず・・・・・・冷たい床に、無様に身を投げ出す感覚がいつまでも襲い来ないことに、ようやく我に返りあたりを窺った綾子の最初に視界に入ったのは、憎々し気なエメラルドの瞳。

「・・・・・・先生、そろそろ自分の今の格好に気付いてください」

 不機嫌を声にしたらきっとこんな風になる、そんなお手本のような声色が耳に流れ込み、冷静さをわずかに取り戻した綾子の、視界と言わず認識世界が一気に広がる。
 耳に飛び込む複数の黄色い悲鳴と同時に、フィオナの言葉に押し流されるように現在の状況を理解した。
 静馬の腕の中で、胸に顔をうずめる様にして抱きかかえられている自分に、気付かされてしまった。

 相手は自分の甥と同年代の子供だというのに、異性を感じてしまい。
 気恥ずかしさと胸の鼓動は抑えようがなく、血流は巡り肌が熱を持っていく。
 浮かぶ疑問にこたえられるだけの冷静さも、羞恥心は根こそぎ消し去ってしまっていた。
 
「先輩も、さっさと降してあげたらどうですか?いやらしい」

「心外だねフィオナ、私は君との約束をこうして公言通りに守っているというのに」

 綾子を抱きかかえたままとは思えないほど、実にいつも通り肩をすくめて見せた静馬だが、片膝をつき綾子の足をそっと地におろす。
 『約束って何ですか、約束って?』と、すかさずフィオナが詰め寄るのに、静馬が片目をつぶって『君の試合の時に、その手はいつ使うのかと聞かれたのを覚えていないかな?』と、あっさり逆襲してのけるのを、どこか遠くの出来事のように呆然と見つめていたが、頭を一つ振って綾子が静馬をまっすぐに見つめる。

「静馬君」

 掛けられた声の調子に、静馬もフィオナも軽口を引っ込め、周りで見守っていたカイルやベルティーユ達も、思わず息をのんで、綾子の続く言葉を待った。

「赦して、とは言わないわ」

「もちろん赦しませんよ、貴女は私に赦されなければならない、何物をも背負ってなどいない。
 今まで自責の念に責められ続けた貴女には、すべてを語る権利がある」

 穏やかに流れる静馬の声に、綾子はゆっくりと首を振った。
 それだけで、綾子が出した答えを悟ったのか静馬の笑みが淡くけぶり、肩を竦めながら片目をつぶって見せる。

「それに私の記憶が確かなら、貴女はこう言った筈です『学生は多くを間違い、正解を選び取っていく』と」

 ちらっと気づかわしげな眼を、車椅子のミレイユに向けたのも一瞬。
 綾子は一つだけ大きなため息をつくと、カイルを目でせかした。
 ほらいい加減行くぞ、カイルに肩を叩かれ促された静馬が歩みだす背中に、フィオナの言葉が当たり砕ける。

「待ってっ!先輩にとって・・・・・・ジョストって何ですか?」

 彼女にとってのジョストは、存在証明の場。
 『無くては生きていけないもの』ではないが、決して軽く手放せるものではない。
 静馬がジョストをしている姿どころか、練習している姿ですらフィオナは見たことはないが、それでも自分にとってより静馬にとってのジョストは、はるかに重いと感じていたからこその一言。

 捧げられたフィオナが、ちゃんと理解しておかなければならない。
 聞くのは怖かった、同じ重さで静馬に返せるモノを、彼女は自分の中に見いだせずにいたために。
 しかし、今が最後の機会なのだと理解して、勇気を振り絞り震える声をしぼりだす。

 それが失われてしまう決闘後ではなく決闘の前、まだ静馬の手の中にあるうちに聞かねばならぬ事だから。

「一番楽しい遊び、かな?」

 飄々といつもと変わらぬ調子で答える静馬。
 人生、空気、生きる意味、そんな言葉が返ってくるとフィオナは半ば覚悟していた。
 だが静馬から返ってきたのは、『無くては生きていけないもの』ではなく『遊び』。

 楽しいからやっている趣味だと、いかにも静馬らしい軽い口調での返答に、フィオナの肩から力が抜ける。

「負けたら承知しないですからね静馬先輩?」

「君が私を応援してくれている限り、私に敗北はないよ」

 背を向けたまま軽く手を振る仕草は、嫌になるほど自然で
 しかしどうしようもないほど、やはり静馬には似合わなかった。



 * * *



 静馬の背が、闘技場入り口から差す光の中に消えていくのを見送った綾子は、フィオナの手を握って無言のまま引き摺る様に、観客席の方へと歩き出す。
 驚きで反射的に振り払ったフィオナだが、予想外の強さで握っていた綾子の手は離れず。
 握る手の強さと同様の、険しい表情のまま振り向くも、何も言わずに綾子はフィオナの腕を引いて歩を強める。
 その手は、二人が観客席の最前列へと腰を下ろすまで、はなされることはなかった。

「貴女は、静馬君の最後のジョストを、一瞬も見逃してはダメ」

「遊びだから、それほど気にしなくてもいいって・・・・・・静馬先輩が気を使ってくれたのを、無にしてもですか」

 フィオナもバカではない。
 静馬が意地を張ってでも『いつも通り』を押し通した意味は当然わかっていた。
 そして、こちらが真剣で必死な表情や、泣き顔を見せてしまえば――そんなに必死になっている姿を見せてしまえば、静馬のそんな気遣いを、真っ向否定してしまうこともわかっている。

 だから、軽口を返して見せたのだ。
 相手の優しさや気遣いを、気付けないバカな娘として振舞った。
 騎士にとってのジョストが遊びのはずがない、そんなことはフィオナが一番実感している。

 だって、静馬先輩が普段見せない真剣な表情なんて、あの状況で見せるはずないから

 あの人は騎士で、守るべき相手の前で、相手が不安になる様な事、する筈がない

「そんな静馬さんが喜ぶような、素直な反応ばかりして見せるから、貴女は静馬さんからお転婆姫扱いを、まだされてしまうのですよフィオナ」

 少し困ったような、どこまでも愛おしそうな微笑みを湛えたベルティーユが、自らの顎に指を這わせ小首をかしげて見せる。
 咽るような圧倒的色香を伴う仕草、だというのに伸びきった背筋、身に纏う気品のせいで、爽やかさすら感じさせるのはベルティーユの人柄ゆえだろうか。

「どういうことですかっ?」

 やや唇を尖らせたフィオナが藪にらみに睨みつけるも、そこはベルティーユ。
 ゆったりと微笑みをほころばせ、艶やかな笑みへと咲き誇り、フィオナの反射的な噛みつきなど軟らかく受け止めてしまう。

「お腹がすいたから、早く仕事を片付けて食事にしよう。そう思った経験は貴女にもあるでしょう?」

「ありますよ、それが何だって言うんですか」

「静馬さんならこう言いますわよ?『それが答えだよフィオナ』って」

 ベルティーユの物言いにどきりとさせられる、頭の中でベルティーユの言葉が、静馬の声と笑顔で再生されたのだ。
 同時に胸が痛んだ、悔しさにベルティーユへ向ける視線が、無意識に険しくなる。
 それにも苦い笑いを返しただけで、ベルティーユは足りない言葉を継ぐ。

 また静馬さんの詐欺にあっているわよフィオナ、苦い笑顔はそう告げ、言葉では別のことを告げた。



「『生きるために必要』な食事を、忘れてのめり込むのが、『一番楽しい遊び』ではなくて?」



 ベルティーユのいう事に、ぐうの音も出ない程完全にやり込められ。
 ふぐっ、と悔しそうに唇を噛み締めたフィオナの、ベルティーユを睨む目が一層恨めしそうに歪む。

 あの詐欺師は心底詐欺師で、わざとわかりやすいウソをちらつかせ、そこに気づいた者を安心させて騙した。
 何よりズルいのが、本当にちゃんと嘘をつかずに詐欺する手口だ。
 なのにベルティーユ先輩は、まるで普通の会話でもしていたみたいに、あっさりその詐欺を看破して騙されていない。

「レッドドラグーンって何ですか、ベルティーユ先輩も知ってるんですよね?」

 本来であれば、ここは綾子に尋ねるべき場面。
 スィーリアの言っていた『答えるべき相手』に、フィオナが思い浮かべたのが綾子だったのだから。
 だが名指しで指名した相手はベルティーユ、『自分の知らない』静馬のことを、綾子に聞くのを無意識に嫌がったのか、はたまた単純な八つ当たりなのかは、フィオナ本人にもわからないが。

 フィオナが口にしたのは前置きを何もかも排除した、単刀直入な問いかけ。

 金だ銀だ暗黒だと近年のファンタジーでは、最強のドラゴンは真新しくあるいは禍々しく派手な色を纏っているが、フィオナもミレイユも、いやベルティーユやスィーリアとて同じく、子供の頃に聞いたお伽噺に出てくる悪いドラゴンは赤竜だ。
 そして、静馬が以前フィオナに向け告げた言葉は、未だフィオナの中に残っている。

 『騎士はドラゴンを育てないが、ドラゴンは騎士を育てる』

「先輩が、私を育てたドラゴン、っていうこと・・・・・・ですか」

 これが、一度だけジョストを見せられる静馬から、フィオナへの最後の教育なのだ。
 まるで、もはや死すべき定めの竜が、最後に伏したる我が身より流れる血をもって
 己を倒した英雄に、不死身を与えるかのように。

 綾子に引かれた手の強さが、そう告げているようフィオナには聞こえ、無意識に小さく痛む胸を押さえる。
 はたして、フィオナのかすれた声による問いかけに、答えは返ってきた。
 しかし、それは全く予想外なところからによるもの。

「レッドドラグーンはジョスト連盟が付けた異名で、『赤き竜』ではなく『赤き竜騎兵』という意味です。
 ですからシズマ様は嫌がったんですよ。連盟はあの方を竜騎兵と呼び・・・・・・騎士とは認めなかった」

 今にも消えそうなほど儚く、痛々し気な微笑みを浮かべながら、言葉を差し出したのはミレイユ。
 よりにもよって、唯一の自分より年下の相手に、過去の出来事を告げられたフィオナ。
 全員の視線が感情をのせてミレイユへ向けられるも、最初から想定済みなのか、ミレイユは特に反応することもなく、静馬の姿が現れるであろう辺りを見つめている。

「公式大会への出場は数年前に一度だけ、初出場のその大会で初優勝なさっています。
 しかし、その優勝は後から取り消され、公式記録から削除されてしまった」

 ミレイユは痛々し気な微笑みのまま、視線を静馬からフィオナの横にいる綾子へとむける。
 一瞬交差した視線に、フィオナが気圧されるほど、底冷えするような氷の瞳。

「その時の対戦相手、のちに繰り上げ優勝になったのが・・・・・・」

「水野貴弘・・・・・・私の甥よ。
 貴弘が騎士を続ける事を断念したキズを負わせたのが静馬君。静馬君の騎士の道を断ち切ったのが貴弘。
 試合後直ぐに病院に運ばれたから、貴弘は相手の鎧姿は知っていても、顔も名前も知らない。
 調べようと思った時には、もう公式記録からも騎士序列からも、静馬君の名前は消されてしまっていた」

 綾子先生が静馬先輩のことを気にしていたのは
 好きだからじゃなくて、自分の甥っ子が騎士をやめた原因だから?
 静馬先輩がジョストを禁止されたのって、あの腰抜け男に怪我させたからってこと?

 連盟、そう静馬先輩のジョストを禁じたのは連盟だ
 何故?試合中に相手を怪我させたから?それが将来有望な天才騎士だったから?
 それとも、スィーリア先輩のお兄さんの、弟子だったから?

 フィオナの頭の中をめぐる、とりとめもない考えを、ミレイユの弾劾の剣のような一言が一閃で切り捨てる。

「でも、貴女は知っていた、ユリアーヌス卿も、スィーリア様も。
 なのにシズマ様のことを、水野貴弘には黙っていた。
 それは・・・・・・彼が騎士に復帰する重荷にならないため、ですか?」
 
 沈黙が一瞬にして場を支配する、それ以外の答えはそこにはなかった。

「シズマ様はおっしゃってました、『スィーリア様に比肩する男の騎士を知っている』って、『水野貴弘は天才騎士だ』って。
 でも、そうやって周りが甘やかして罪にも負けにも向き合わせないから、彼は『自分が捨てられた』という思いに逃げる癖の付いた、負け犬のままなんじゃないんですか」

 貴族の子女が使うには余りに品がなくきつい言葉、だがそれ故に伝わるミレイユの心。

 彼女は貴弘を非難しているのではなく、『負け犬』に甘んじさせている周りを非難しつつ、二人の騎士がジョストから失われてしまったことを嘆いている。
 彼女は本当にジョストが大好きで、ジョストで戦う騎士の姿に憧憬を抱いているのだと。

 故に、綾子は苦く躊躇いの表情を浮かべながら、それでも言葉を切り出した。

「向き合わせるには重すぎた、当時の貴弘は丁度貴女くらいの年齢。
 そんな子供が、師に見捨てられ、一生完治しない傷を負わされ、夢を断ち切られ、毎日悪夢にうなされて飛び起き、食事もできない程絶望していたの。
 貴女の言っていることは正しいけど、『貴方のせいで相手の騎士は、もうジョストが出来ない』なんて追討ち、貴女が家族なら言える?私には無理だった。
 ・・・・・・だから、いまの静馬君も私には止められない」

 最後に差し挟まれた言葉は、余りに不吉な響きを持って流れ、氷の手に心臓が撫でられる。
 ミレイユだけでなくフィオナを含む皆が、弾かれた様に一斉に綾子を振り向く顔は真っ青だった。
 もう一言も綾子の言葉を聞いてはいけない、そう理性は告げているのに、耳を塞ぐこともその場から離れることもできず。
 ゆっくりと、ルージュのひかれた唇から、凍える言葉が吹きすさぶのを、ただ見ていることしかできない。

「決勝で貴弘は最後の一本を反則で落としたの。
 その反撃で、貴弘は脚に完治しない傷を負ったけど、静馬君は騎士の道を断たれたってさっき言ったでしょ。
 貴弘が静馬君から奪ってしまったのが距離感、薄ぼんやりしか見えていないのよ、静馬君の左目は。
 だけじゃなく、極度の集中や緊張状態が長く続けば最悪・・・・・・だからドクターストップがかかった」

 フィオナが反射的に何かを口にする寸前、綾子が冬枯れた立木の様な淋しい笑みを向け

 呟きのように小さく流れる言葉が、それを押しとどめる。

「あの人は騎士なのよ、誇りを持ち、名誉を重んじ、驕らず、言葉の重さを知る」

 2015.08.31


   

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