FC2ブログ

歪んだパズルのつなげ方

スポンサー広告

スポンサーサイト

 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit
   

DR~少女竜騎士物語~

第五十八幕「見えるもの、理解したものは、実感の前には無力であり」

 
 第五十八幕「見えるもの、理解したものは、実感の前には無力であり」

 板金同士がぶつかり合い、こすれ合う音を置き去りにするように、石造りの床を打ち鳴らす足音の響き。
 荒い呼吸と上気した頬が、季節はもう初夏にかかっていると言うのに、吐き出す白い吐息を幻視させ。
 額を流れる汗を拭うことも忘れ、散るにまかせたそれが時折目に流れ込んでは、かすかな痛みを伴い視界を滲ませる。

 そのまま辿り着いた扉に手をかけ、力任せに開け放たれたそれは、壊れるのではないかというほど大きな音をたてるも。
 ぼやけた狭い視界の正面に、まさに探していた顔を見つけた主には、その音が耳に届いていなかった。
 今少し正確に記すのであれば・・・・・・

 ただ一点、探していた相手の存在以外のなにも、その時彼女の世界には存在しなかった。

 故に、呼吸も整わないままに、走ってきた勢いのまま、相手の胸に飛び込み。
 自身が鎧っている事も意識にはなく、板金が強く打ち付け合う金属音を鳴り響かせながらも。
 少女の意識は目的の相手から、僅かも逸れることはなかった。

「先輩っ!私、私勝ったんです、ストレートで。だからっ……」

 胸に飛び込んだ、満面の笑みを浮かべた少女は顔を上げ。
 鼻の触れ合うほどの距離で静馬を見あげ、真っ直ぐにそらされることのない深い瞳を見つめながら。
 そこに戸惑いでも羞恥でもなく、何時もと変わらない穏やかな感情のたゆたいを見つけ、ゆっくりと落ち着きを取り戻したフィオナが、邪気の無い笑みを浮かべる。

「ようやくリサと戦えます」

 他の誰が聞いても、フィオナの言葉は正しくない。
 謹慎明けの練習試合、そしてつい先日の大会予選でと、今まで二度フィオナはリサとジョストで闘い、そのどちらでも勝利を収めている。
 だというのに、静けくも淡い笑みを浮かべた静馬は、小さく、だがはっきりと頷き返した。



「リサとの『初めての』対決だが、恐れることは何もない。相手はたかだか天才だ」



「ドラゴンですら無い相手に、負ける筈がない、か?」
「勝利の女神とは比ぶべくもない、ですわよね」
「シズマ様の優勝候補には、名前の上がっていない方ですからね」

 耳を打つの三種の声色に、ん?とフィオナが怪訝な表情を浮かべて周囲を見回し、そこで初めて取り囲むように苦笑いで見つめてくる三人の美女 ―― 内一人はフィオナより幼い少女 ―― の姿に気付く。
 驚きのあまり目を見開くも、「なんで?」と問うような事はせず、次にとったフィオナの咄嗟の反応に、ミレイユを除く二人の瞳が色を変えた。

 はじかれた様に抱きついていた体を離しつつも、異性の胸に飛び込んで抱きついた姿を見られたことに、羞恥で顔を染めるでなく。
 静馬を背後に護るよう軽く腕を広げ、地を踏みしめて胸を張る姿に、二人は何を見たのか。
 振り向くフィオナの勢いに、珠の汗が散ったのを幼い美少女は見逃したが、現役騎士である美女二人は気付かぬ筈もない。

 『お洒落で、汗をかくことを嫌い、練習にもあまり熱心ではない』

 学園中の皆に、そう誤解のままに見られるよう仕向けてきたフィオナが、汗も拭かずに鎧姿のまま控室に飛び込んできたのだ。
 そんな姿を見られることを、一番嫌いそうな『腰抜け気障ナンパ男』の目の前へ、いや腕の中へ。
 この段になってようやくそうと理解した二人が、フィオナにとっての静馬がどういう存在なのかを知る。

 そうか、そういうことかレッド、お前は最初から本気で、私に忠告していたのだな。

 お前は・・・・・・お前だけは本気で、私を倒しに来てくれていたのだな。

 ジョストを禁じられていながら、それでも恨まず曲がらず諦めずに。

 目頭が熱くなるのを振り捨てるよう、スィーリアはたまらず口を開いた。
 声が震えなかった幸運に、自身の自己抑制力を内心で存分に称えながら。
 当然、口をついて出た言葉は、静馬に対する感謝のものなどではない。

 そんな無粋はできない
 そんな無様はさらせない
 そんな無極の想いを言葉でなど、伝えられるはずがない。
 
「フィオナは知らないようだがな、日本の武士は合戦の前夜、身辺より女人を遠ざけ、身を潔斎に保ち、命を預ける武器と共に過ごすと聞く」

 スィーリアが一体何を言いたいのか理解できぬフィオナではなく、それを聞いたとたん真っ青になって静馬より身を離し、唇を引き結んで顔をうつむけた。

「スィーリア嬢の兄妹愛に文句を言うつもりはないのだが、出来れば直接兄君を激励する方向でお願いする。
 勝利の女神の顔を曇らすような、私の敗北を奨励するのではなく、ね」

 重い音と共に立ち上がり、先程とは逆に静馬がフィオナの身を己が体でもって隠すよう踏み出した。
 だが空気が硬度を持ったのも一瞬、いかにもいつもの静馬らしい砕けた仕草で、肩をすくめ片目をつぶってみせると、あっさりほんの一言でシリアスな空気を霧散させてのる。

「フィオナが姫としてせっかく、私を武士ではなく騎士として扱ってくれて、私にしては珍しく恰好が付いたというのに・・・・・・そこに水を差されては困る」

 その一言は、気品と誇りを備えた貴族の御令嬢三人を、一斉に噴出させる程の破壊力を持っていた。

 * * *

「おい静馬、そろそろ時間だ」

 戸口から顔だけ出してカイルが声をかけて来たのは、静馬の投げ込んだ爆弾による笑いの渦が、ようやく収まり始めた時だった。
 あるいはカイルが、貴族の御令嬢に恥をかかせることを避け、気を使ってのタイミングだったのかも知れない。
 カイルは静馬と並ぶほどの変人で誤解はされやすいが、少なくともその程度の気遣いの出来ぬ男ではなく、ここウィンフォードの学生でもある、恥や誇りの重さを知る者である。

 そのカイルがなぜ今ここに来たのかといえば、当然静馬のベグライターとしてである。
 静馬はベグライターに名乗りを上げたカイルを、「必要ない」と断ったのだが、カイルはそれを頑として受け入れなかった。
 正式な届け出の必要ないエキシビジョンであったため、こうして多少強引に付きまとわれ、断ろうとすれば『友人としての手伝いの範疇だ』と強引にねじ伏せられたうえで、カイルが切った啖呵が

「どうせ連盟から目をつけられるだとか、そんな無用の心配をしていたのだろうが、いいかオレはベグライターである前にカイル・L・オルブライトで、お前の親友だ。もう一度断ってみろ、連盟に殴り込みに行ってやるぞ?」

 と、まるで冗談のような声色と内容であったものの、向けられた瞳には冗談の色彩がなかった。
 結局は静馬が折れざるをえず、とはいえ戦う相手の実力こそ嫌になるほど知ってはいるが、静馬が槍を持った姿すら見たこともないカイルが、如何に自称超一流のベグライターであっても、タクティクスの組みようもなければアドバイスのしようもない。

 夜風の世話を静馬が誰かに任せる筈もないため、実際カイルが出来る事といえば、試合の場で槍を渡すくらいのものである。そういった意味では、まさしく『友人の手伝いの範疇』でしかなかった。
 だが、いやだからこそカイルはこの試合の静馬のベグライターを、他の誰かにさせることは考えられなかった。
 ましてや、ベグライター無しで最後のジョストに友人を向かわせる、そんな事が出来る男でもなかった。

 そのカイルが戸口から顔をのぞかせた姿勢で固まる。

 静馬は確かに鎧を身に纏ってはいるものの、戦う相手は自分よりはるか上の実力を持ち、さらにはそんな相手に、必ず勝利するとまで宣言した騎士が。
 さらにはこれが静馬にとって、生涯最後のジョストであるというのに。
 今まさにその試合が始まろうかというときに、まったくいつもと変わらぬ調子で美少女四人と談笑していたのだから、呼びに来たのがカイルでなくとも絶句して固まっただろう。
 いや、カイルでなければ怒りだしていたかもしれない、ジョストを侮辱するなと。

 だが、カイルの口から漏れ出たのは力無い呟きのような、まるで譫言のような声。
 浮かべた表情は、驚愕と困惑の二つ。
 皆がそんなカイルの反応に不思議そうな顔を向ける中、スィーリアだけがなぜかそれを見て自慢げに笑み返す。

「・・・・・・レッド・・・・・・ドラグーン」

「流石だなカイル、超一流を名乗るだけはある。知っているものがまだ他にいるとは思わなかった、いや覚えているものがと言うべきか」

「どおりでいくら調べても、騎士序列からも公式記録からも、静馬の名前が出てこない訳だ」

 苦々しげに吐き出すカイルに、静馬は飄々とした何時も通りの態度で肩をすくめる。

「出来れば、その不名誉な渾名はやめてくれ。私とて騎士の端くれなのだ。それに折角我が麗しのベルティーユ嬢が、私には壮麗すぎるほどの新たな異名をつけてくれたのだしね」

 苦い笑顔を浮かべる静馬、フィオナはそこから視線を外した。
 静馬は今まさにジョストに臨む直前の騎士だ、ナンパ男であるはずがない。
 故にたとえ幾ら問い詰めようがせがもうが、静馬本人が『不名誉』と言った以上、静馬の口からそれ以上の説明はなされないと早々に悟ったのだ。
 
 フィオナの視線がカイル、ベルティーユと辿り、スィーリアで止まる。

「フィオナが言いたいことも、聞きたいこともわかる。だが、私から説明することを静馬は許しはしないだろう」

 スィーリアの返答に、反射的にかみつきそうになるが、寸前フィオナが気付いて口を噤む。

 スィーリア先輩は、意地悪な人ではない。それどころか、リサや水野先輩とも親交があるのに、今もまだ私に気軽に声をかけてくれるかなり私に好意的な人だ。
 最近はからかってくることもあるけど、わざわざこっちが気になる様な態度をとって、そのうえで答えを教えない、というような真似をしてほくそえんで見続けたりしない、絶対。
 だからわざわざ『私から』なんて言ったのだ。

 静馬本人から聞け。

 現にスィーリア先輩は『そう言っている』、と勘違いさせてからかっているが。
 違う、別にもっと相応しい、答えるべき人間。
 説明しても『静馬先輩が許す』人間がいる、と言っているんだ。

 一体誰が・・・・・・あっ、そうか、あの人か。

 とある人物を思い描いたフィオナを見て、スィーリアとベルティーユのみならず、ミレイユまでも小さく口を押さえながら笑みこぼす。

「・・・・・・なんですか、みんなして」

 不機嫌に聞き返すも、それは三人の笑みを止めるどころか一層深めることしかできず、さらにフィオナの不機嫌さを強める役にしかたたない。
 スィーリアとベルティーユが自分のことを妹のように思っているというのは、昨日の静馬の説明によってフィオナは知っていたし、今までの二人の会話や態度を思い返してみると納得もしていた。
 実際この年齢での二年の年の差というものは、無意識に相手に『完璧』を求めてしまうほどに大きく感じるものだと、実体験を経て理解もしていた。

 しかし、明らかに自分より年下のミレイユに、二人と同じような微笑ましいものを見る目を向けられては、はいそうですかと素直に受け入れられるフィオナではない。
 仮にフィオナが抑えきれずに、そのことでミレイユに突っかかっていっても、たぶんミレイユは難なくかわすだろう、短い会話の中でも実年齢に見合わない聡さと品格 ―― 静馬が言うところの貴族精神 ―― を、スィーリアはミレイユから感じていた。
 それ故にスィーリアは、フィオナにミレイユへ噛みつかせなかった。

「いやなに、静馬の言っていた通りだと思っただけで悪意はない」

 許せと苦笑われてしまい、フィオナも毒気を抜かれかかるが、ん?とスィーリアの言葉に引っ掛かりを覚える。

「静馬先輩、怒らないですから正直に答えてください。一体どんな説明したんですか?」

「怒らないから正直に言えといわれ、怒られなかったためしが私にはないんだが」

「いいから答えてください!」

 怒らないからと言いながら、もう既に怒っているという、矛盾にすらなりえない現実を、静馬は実に楽しそうに笑い。フィオナに一層きつく睨まれて両の掌を向け、全面降伏の意思を表明する。



「フィオナは自然体でいる姿が一番美しいので、ポーカーフェイスを覚えろなどと、魅力を損ないかねない忠告はご遠慮願う、と」



 思わず噴き出したのは、空気を読んで今まで口を挟まず見守っていたカイル。
 反射的にそちらの方へきつい目を向けるフィオナが、言葉を口にする寸前、幾重にも折り重なる音を身に纏うようにして、静馬がゆっくりとベンチから立ち上がる。
 明り取りの窓から差し込む光に照らされた静馬の立ち居姿に、フィオナは思わず息をのみ、唇に乗りかかっていた文句も、零れることなく息とともに飲み込まれてしまう。

 古ぼけ、所々に補修の跡や、朱の塗装に剥げも見られる、明らかに西洋風の物とは趣の違う和鎧。

 これが人生最後のジョストだと知らなければ、自分の鎧の手入れすらきちんとできないのかと、フィオナは反射的に罵っただろう。
 喉元までせりあがった罵倒を呑み下したのは、静馬への騎士としての信頼か、あるいはあまりに自然なその佇まいが故か。
 威圧感でも存在感でもない、だが静馬の姿には息をのませるだけのものが確かにあった。

 あえて言葉にするのなら静けさ。
 諦めているのではない、決して見せはしないが、その穏やかな姿の内には烈火の意思があり。
 その核となるのが握り締められた拳よりも尚固い覚悟であることが、フィオナにはわかる。

 唐突にフィオナは、自分が陶然と静馬に見惚れていた事実に気づき
 同時に、自分が涙の粒を零していることにも、気付かされた。
 目の前にいるこの騎士が、自分に全てを捧げ、自分の名誉のために戦うのだという事実に、逃げ様もない実感を伴ってようやく今理解が追いついたのだ。
 ベルティーユが言っていた事を、ようやく理解できたと言い換えてもいい。

 騎士が生涯を掛けて貴女の名誉を護ると誓ったのだ

 それを受け止めるのにはお姫様でなければ、重すぎる。

「あー、そのフィオナ・・・・・・あまり真剣に悩むことはないよ。何しろ恰好よく宣言しておきながら私のことだ、ころっと負けてしまうかもしれない」

 たった一言で、フィオナの肩に入りすぎていた力がストンと抜け落ち、唖然とした表情で静馬を見つめ返し。
 みるみるその表情が険しさを増していき、それでいながら口角が笑みに跳ね上がっていく。

 ほんと、この人はこういう事平気で言うから、腰抜けだってみんな誤解するのに・・・・・・

「勝つって約束したんだから、絶対に勝ってくれなきゃ困りますっ!
 変態気障ナンパ男の肩書に、嘘つきまで付けられたいんですか先輩!?」

「それはもう、貴女から頂けるものならどんなものでも喜んで、フィオナ姫」

 どうせ守る相手のことしか考えてないんでしょ?

 自分がどう思われるかなんて後回しで

 ほんと、かっこ悪い変な人だよね先輩は、ねぇ騎士静馬様?

 2015.08.23


   

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
無料アクセス解析
現在の閲覧者数:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。