FC2ブログ

歪んだパズルのつなげ方

スポンサー広告

スポンサーサイト

 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit
   

天使とダンス

天使とダンス 第十一話「月を崇める狂気の光」

 
 天使とダンス 第十一話「月を崇める狂気の光」

 抱えた膝に頬を乗せる――いわゆる体育座りで、ルーテシアは暗がりに独り座り込んでいた。
 近くには彼女の母が中にいる生体ポッドが有るが、今はそちらに目を向けず。
 ただ目の前の、小さな子供が納められた生体ポッド……その前面でカウントダウンされていく電光パネルの数値が、ただひたすらにセロになるのを黙って見守り続けて、もう三日目となっていた。

 ルーテシアの悲痛な想いなど知らかのぬように、淡い水色の液体の中漂う少女は

 長い金色の髪を漂わせ
 グレーのワピースを揺らめかせ
 水の中に閉じ込められた光の妖精のように、目を閉じて浮いていた。



 ☆ ☆ ☆



 三日前、受け入れの許可と同時に運び込まれたインフィニティの状態は、控えめに言っても出来立てほやほやの死体で、もっと直接的に言ってしまえば少女だった成れの果て。
 もしくは、辛うじて息をしていることが生体反応の全てである、肉の塊。

 インフィニティの姿を見たスカリエッティは、零れ落ちんばかりに眼を見開き、何か言いたげに開いた唇は怒りに戦慄いた。
 そこで怒鳴りだすことを何とか押さえ込んだのは、単純にそんなことをしていれば、正真正銘目の前の少女が出来立てほやほやの死体になるためだ。
 驚きの表情に続き、床を蹴りつけるような間隔の短い足音を響かせながら歩み寄るという、およそ彼の娘達ですら見たことのないような姿を引き出されつつも、その動きには迷いも淀みも無く。
 白衣のポケットから、荒々しさとは対極のすべらかで優雅な動きでもって引き出された右手には、無針注射器が握られていた。

 シリンダー部分に見える中の液体が銀色のそれを、辛うじてまともっぽいインフィニティの首筋に押し付け、中身が全て流し込まれるのを確認し終えて、ようやくインフィニティの眼が自分の方を見つめているのことに気付き、小さな吐息を洩らした。
 そこで心の余裕が生まれたのか、彼の耳が小さくかすれるような声を拾い上げ、いまだ血とドロに染まったままの小さな女の子の唇に、身を屈めそっと耳を寄せる。

「……欲しいもの……あったのに……なぁ」

 力ないその呟きが、スカリエッティの口角を吊り上げ、引き攣ったような笑い声を呼び起こす。

 チンクに戦闘訓練で勝ったのだから、スカリエッティに何かをお願いして良い。
 それはインフィニティにとって、空戦をする許可を得る為の勝負であった
 それはインフィニティにとっては、本来必要の無い勝負で……

 だというのにあえて受けて見せたのは、その勝負に勝つことにより報奨をスカリエッティから貰えると、単純に学習した結果だった。
 いやそうではなく、彼女が生まれてからこれまで、全てを戦って勝つことによって得てきたという経験による。

「お願いは後でゆっくり聞こう、今は眠ることだ」

 酷く上機嫌な声に、力なく頷き返したのか、がっくり項垂れたのか、それとも単に気を失ったのかわからない仕草で動きをとめるインフィニティ。
 その小さな体を即座に空いている生体ポッドに放り込み、振り向いた瞳にはいつも通りの狂気と、僅かな困惑が掠めている。

 どうしてここまでインフィニティがボロボロになったのか、という経緯をチンクが改めて説明すると、僅かに眇められた眼に殺意に似た色を滲ませ――『慌てていた為』にインフィニティと一緒にポッドの中にいる――ブルームーンへ、鋭く斬りつけるような視線を投げかけたが、オチまで聞き終えると
 ……大爆笑した。



「凄いなこの子は。空を飛ぶ為に『立ちふさがる星』を一つ押しのけたのか」



 額に片手を当てて天を仰ぎ、本当に腹の底から楽しそうに、酷く歪んだ笑い声を上げる。

 スカリエッティの言葉は事実ではない。
 だが事実ではないと言うだけで、真実である。
 少なくともインフィニティが考えて、やろうと思っていたことは『それ』で
 結果として質量の絶対的に少ないインフィニティが押し負けたが。

 最初からそんなことは不可能だなどとは欠片も思わず

 どころか出来ると信じて疑いもせず

 やってみたら星が思いのほか強かっただけ。

 彼は自他共に――彼のことを蛇蝎のごとく嫌う者ですら否定しない――天才で。
 彼の十二人の娘達も、聡いの、ずるいの、賢いのと、それぞれ異なるが優秀な頭脳の持ち主である。
 仮にインフィニティが彼の手により直接的に生み出されていれば、『そう』なっていただろう。

 だが、インフィニティの生誕に関して彼の関与は良い所で間接的であり、その後の教育に至ってはノータッチであるのは、インフィニティに出会った時のチンクの報告に対する彼の態度からも明らか。
 その後も、少なくともインフィニティの行動をアドバイスはすれど制限しようとはせず、どころかまるで普通の父親のように……いや、それ以上に甘やかしていた。

 その理由が、今の一言に集約されている。

 天才である自分が、ロジックも、計算も、検証すらしない方法を、あっさりどこからか拾ってきて。
 全く疑いもせずに、そのまま実行してしまう……『天辺まで突き抜けたバカ』っぷりに
 スカリエッティは、他の十二人の娘とは明らかに違う、天才性を認めていた。

 彼にすら思いつかない。
 発想の・・・否、魂の自由さに魅せられ癒される。
 インフィニティの発想と行動を見せ付けられては、いかに自分が常識というものに雁字搦めにされているのかを思い知らされた。
 
 つまらなくくだらないゴミタメのようなこの世界で、何もかもに呆れ退屈し飽きていた天才が、全く予想も付かないことをやる、天辺バカを見つけたのだ。
 それは掃き溜めに鶴以上に、スカリエッティの精神には救いだった。
 いうなれば、彼はこの世界を生きていく為の理由を拾ったのに等しい。



 言い換えるのならこうだ、何でも知っている賢者であるスカリエッティは、苦行のようなくだらない世界での生活のさなか、『何も知らない』という発想をもつ――インフィニティという女神を見つけたのだ。



 その行動、思考、ありとあらゆる彼女を縛りつけようとする既成の概念を、彼女に押し付けるわけが無い。

 そんな天衣無縫な彼女に対し、『正しいやり方はこうだから従いなさい』などと、修正するはずが無い。

 まるでビックリ箱のような彼女を、常識などというくだらないものを詰め込んで、ゴミ箱にする訳が無い。

 結果、彼の女神――インフィニティは、惑星一つに喧嘩を売って死に掛けた。

 一体全体、どこの誰が他にこんな馬鹿なことを、本気で出来ると信じてやれるのか。
 こうまではっきりと、『力の差と言うのもおこがましい現実』を見せ付けられておきながら……次は勝つ!と本気で悔しがり、闘志を燃やしたり出来るというのか。
 彼がその行動を、非難などするものか。笑い声を上げ、賞賛する以外の何が出来る。

 スカリエッティは、酷く上機嫌で後のことを任せ、それでも恐ろしく真剣な瞳の奥で狂気の炎で輝く目を向け、くれぐれも事故など無いよう念を押して、自らのラボへと姿を消した。

「そうだねインフィニティ、楽しいことをしよう。とてもとても楽しいことを」

 独り呟く歪んだ笑みのなか、狂気に歪んだ目だけが、子供のように純粋できらきらと輝いていた。

 余談だが、Ⅱ型、Ⅲ型というがジェットが開発されたのは、その直後のことである。



 ☆ ☆ ☆



「ルーお嬢様ぁ、そんなところで待っていてお暇でしょう?この子の監視は私に任せて、少しお休みになった方が良いんじゃありません?」

「……いいの、見ていたいから」

 ルーテシアの返事は、今まで通り短い。
 だが言葉が少ないのは同じだが、インフを相手にしている時より、明らかに素気なく声も硬い。

「そうですかぁ?それなら構いませんけど」

(こんな欠陥品、眺めててもしょうがないでしょ?)

 丸眼鏡の少女が猫撫で声の底で、インフィニティのことを嘲笑っているのを、敏感に感じ取っているのだ。

(とは言え、お父様が何故かその欠陥品をいたくお気に入りなご様子だし)

 誰にも気付かれないように丸眼鏡の少女は、小さくため息をつく。
 何日も眼を覚まさず黙ってポッドの中に浮かぶ半死体を眺めるという、全く意味の無い行為に固執するルーテシアに心底呆れたような目を向けながら、その奥底でインフィニティに向けのと同じ嘲笑を向ける。

(役立たずが役に立たないことしかしないのなんて、どうでもいいか)

 クアットロの失敗の原因は、なまじ優秀な相手としか会えなかった事。
 大人なら、丁寧な言葉とたとえ貼り付けた笑みでも、表面を包んでしまえば勝手に相手の中で補完してくれるために、あっさりと騙しおおせる。
 だが子供は違う。
 貼り付けた笑みも、猫撫で声も、丁寧な言い回しも、解釈せずにそのまま受け取り、類推などしない。

 それ故に見抜くのだ、相手の嘘を――ではなく、人間性を。

 不信感の篭る目をクアットロに向ける寸前、ルーテシアが不意に頬へと押し当てられた冷たさに、大きく体を震わせる。

「ルーお嬢様、スキ有りっス」

 言いながらルーテシアの前に、二つのカップアイスを置いて、ウェンディがすぐ隣に腰を下ろす。

「インフちゃんは素直の塊っスからね、大好物を目の前で人が食べてりゃ自分も!ってすぐ眼を覚まして出て来るっスよ」

 ぱかっと言う独特の音を立てながら、自分用のアイスのふたを開け、スプーンですくって咥えるウェンディ。
 見せ付けるように「美味しい」と大声で騒ぎながらアイスを食べていくウェンディに、ルーテシアがやや呆れた顔を向ける。クアットロに至っては、あからさまに蔑んだ目を向けていた。
 オカルトにすらならない、非科学的なウェンディの行動は、子供だましにすらならない。

「早く起きないと、インフちゃんの分が溶けてもったいないから……クア姉にあげちゃうっスよ」

 インフィニティとウェンディ接触は、時間にして『たった三日』だけ。
 ごく普通に同じ空間で生活しただけで、何か特別なことと言えば、一緒に空を飛んだだけ。
 例の『ドクターのオモチャ』との戦闘には、ウェンディは特に積極的に動いておらず、助ける素振りもなかった。

 だが、行方不明のときは焦って――それこそチンクやルーテシアと同じかそれ以上に必死になって探し回った。

 だからルーテシアは、ウェンディはインフィニティが逃げないように、監視に来たのだと判断していた。
 今回こうして態々足を運んだウェンディの行動は、ルーテシアのその予測を肯定する。
 他の姉妹達――あのインフィニティを溺愛するチンクでさえ――此処には顔を出していないのだ、それなのにウェンディだけが来るのは明らかにおかしい。

「クアットロ」

「はぁい、何ですかぁお嬢様?」

 胸焼けしそうなほど甘ったるい声にも、ルーテシアは表情筋の一筋すら反応させず。
 敵か味方か距離感のわからない相手ではなく、明らかに立ち居地のわかる相手に声を掛けた。

「インフは、ドクターに何をされたの?」

 チンクとルーテシアがインフィニティを此処へ運び込んだとき、インフィニティは文字通り死に掛けていた。
 何か小声でスカリエッティとやり取りをして彼を笑わせていたが、意識は朦朧としていてとても普段どおりの受け答えが出来るとは思えないほどの酷い状態。
 もっとも、インフィニティが普段どおりだったとしても、『まともな受け答え』になるかどうかは解らないが、それはさておき。

 スカリエッティは治療を前に患者の意思を確認する必要のある医者ではなく、インフィニティを患者だと思うことの無い研究者だ。
 インフィニティは一体何の実験台にされたのか?というルーテシアの疑問は、正しくスカリエッティという人物を理解しているということでもある。

「あぁ、そういうことですか。他人に任せずドクター本人が態々直接手を出して、ですからね。でも残念ながら……」

 言いながら自分中心に広がるホロ・キーを叩き、次々に展開されるスクリーンをつまらなそうに確認していく。

「この子は欠陥品のままです。
 機械を埋め込んだり、強化骨筋の移植をしたり、リンカーコアの移植手術も、何もやってません。
 ドクターが一体何を考えているのかは、わかりかねます」

 ため息をついて見せながら、軽く肩をすくめる。

「やめて……インフのこと、欠陥品って呼ばないで」

 平坦すぎるルーテシアの声に、クアットロが冷笑を一瞬だけ目に浮かべ、すぐに眼鏡の奥へそれを隠す。
 その瞳は静かに告げていた。

 お前も、欠陥品のひとつだ、と。

「無駄だ。そいつの心を変えるのも、あの男の考えを知ろうとするのも」

「……誰?」

 聞いたことの無い声に、ルーテシアの肩がピクリと震えた。
 なによりこんなに近づくまで、全く気配がつかめなかったというのに、岩のように深く静かな声を聞き、その姿が明るみへ一歩踏み出てみれば、圧倒されるほどの存在感に目を引かれる。
 だが、不思議とその姿を見て恐怖は覚えず、むしろ安心に心が満たされることにルーテシアは不思議だったが、少しもいやではなかった。

2014.12.14


   

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
無料アクセス解析
現在の閲覧者数:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。