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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第四話 龍閃は星の煌き風の声

 
 朝靄の立つ中、規則正しい足音とともにその白い影は目の前に立った。
 見下ろす白い趙子龍を、見上げる黒いオレ、皮肉なくらいにその構図は勝者と敗者を明確にしている様だった。
 いっそ片膝をついて剣でも捧げ持ち、『貴女に絶対の忠誠を捧げます』とでも言うべきか。
 皮肉な思考で自分の精神を奮い立たせる、彼女は武人・・・こんな早朝から遊びで槍を持ってここに来る筈も無い。
 つまりは、そういう事だ。
「野暮の誹りは甘んじて受けましょう。よもや風に先を越されるとは、思いませなんだ」
 腕の中の風ごと羽織で包まっている姿を見て、子龍は愉快そうに笑みを浮かべつつも、目は些かも笑ってはいなかった。
 洗練された挙動の一つ一つが、彼女の几帳面さを現し、冗談とも皮肉とも言い難い軽口は、常に相手にその価値を示せと暗示している。
「立合うのは構わないが、聞いておく事が一つ、言っておく事が一つ」
「良いでしょう、お聞きしよう」
 槍を立てたまま鷹揚に頷く子龍から視線をはずし、羽織を広げその上に風をそっと寝かせる。
「槍を修理する間、この街に逗留するだけの金はあるか」
 出来るだけそっけなく聞こえるように、感情を殺した声でそっと告げる。
「・・・その言葉、この趙子龍の槍捌きを見てから再び言えますかな」
 目が殺気をはらみ、瞳の色を深く沈めていく。
 武人が己の武を軽んじられたのだ、当然の反応といえる。
「昨日の言葉を覚えているか」
 子龍の怒りに全く頓着せず話を続け、ダメ押しで怒りに油を注ぐ。
「武力と『強さ』は違う、でしたな」
 その声に僅かな嘲りの色を見て、黙って頷くと傍らに立て掛けておいた野太刀を手に立ち上がり、風から距離を取って静かに抜き放つ。

 右体側に刃を立てるいわゆる『天の型』、まるで悪い冗談の様なネーミングだなと、今の自分の状況を想定など出来様も無い開祖に苦笑を漏らす。
 重い空気が刀を構えたとたんに一影の周りに立ち込める、足元を伝って流れ来るそれが、腕といわず脚といわず体全体に絡みつき、次第に体の自由を奪っていくような感覚に、子龍は恐怖を感じていた。
 斬りつける様な鮮烈な殺気には今まで会った事があるが、それと対峙する時武人としてどこか心沸き立つものを感じていた。
 しかし、一影のそれは全くの別物、原初の森に迷い込んでしまった様な、重苦しく静かで恐ろしい。
 頭より先に体が感じ取っているのだ、目の前にいる人の形をしているものは、人ではないと。
 人が本能的に夜の闇に感じる恐怖、子龍はまさにそれを凝縮していま突きつけられていた。
 焦れる心、刻一刻と重く鈍くなっていく四肢、一体自分は今真直ぐ立っているのか、それすらもあやふやな心持ちは趙子龍をして初めての経験だった。
 恐怖を振り払うように、裂帛の気合の声を上げる。
「せやああっ」
 先ずは一合打ち合ってから、子龍はそう判断した、槍を振るえば体が動く、そう願って。

 一影の武器も構えも見た事がない以上、先手を取りつつもどんな相手の変化にも対応出来る様、体ごとぶつかる様な鋭い踏み込みとともに、相手の胸へと繰り出した最速の突きの一閃。
 相手の手の内が読めない場合の定石であり、模範解答といえる・・・つまりは非常に素直で読みやすく、恐るべき速さではあるが、怖くはない。

 交差は一瞬。

 一影の野太刀の切先が、ぴたりと子龍の喉に添えられている。
「秘剣・・・燕返し」
 妙な風切り音を上げ回転しながら地に突き刺さったのは、子龍の持つ槍のケラ首から先の部分。
 最後の一影の洩らした台詞に至るまで、全てが仕組まれた罠だと、今までこんな事をされた事のなく、愕然と打ちひしがれている子龍は気付かない。
 北郷一刀は元々相手の動きを読み戦う、技や術理を重視する。
 そして、この世界でトップクラスの春蘭や関羽を相手に数合受ける事は出来ていた、すなわち目で相手の攻撃を追え、相手の初動を見極める目付けは実戦レベルで使える。
 しかし、春蘭や張飛、恋相手に同じことをやれと言われても無理だろう。
 恋は別格として、子龍の腕が他の二人に及ばないというわけでは決して無い、子龍と二人には決定的な差がある。

 恋を含めた三人は本能で動く天才型なのだ、言い方を変えれば攻め方がでたらめ過ぎる為、常識で計れない。
 対して子龍は術理を持って攻守をこなす秀才型、故に目付け前の予測段階で何処にどう攻撃するのかの目処がたつ。
 さらには挑発し、冷静さを少しでも削ってから自分の土俵に引きずり込んだ。

 相手はど真ん中にストレートを投げると宣言したピッチャーと同じ、そして一影には北郷一刀にある枷がない、人を傷つけるのを極端に嫌がった心的な枷を今は打ち捨てている。
 決して不可能な綱渡りをしたわけではない、むしろ分の良いイカサマを仕込みに仕込んでバレずに勝ったというだけの事。
 最後の仕上げに、淡々と技らしきものの名を告げ、こちらは技一つで当然の様に勝った、と相手に印象付けて、何食わぬ顔で鞘を拾い上げ納刀する。

 この野太刀にもまた、仕込がある。

「・・・まいり、ました」
 イカサマは、バレなければ高等技術。
「負けを受け止めるその誇りこそ見事、貴女は強い」
 俯いていた顔を上げ、拳包の礼をとる子龍。
「我が真名は星、一影殿に御預けいたす」
「謹んで御受けする」
 目礼を返す一影に、フッと表情を緩ませ。
 あーそうそう、とすっかり砕けた態度にいきなり戻りながら、槍の穂先を地から引き抜き。
「それがし、鍛冶屋に少々野暮用が出来ましてな、先に朝餉を取るよう稟殿に言伝を頼まれてはくださらんか」



「風は少し怒っているのですー」
 羽織をマントの様に羽織って、御機嫌斜めな声を上げる。
「こら風、礼を失していますよ。しかし今日急に出立とは、少々寂しいですね、折角こうして知り合えたというのに」
 そう言ってごく自然に、空いた湯飲みに茶を注いでくれる稟、在りし日の二人の姿と重なり胸の奥へと、沸き立つ感情を押し込めるのを、今度は稟にも見つかった。
「別に責めている訳ではないのですよ」
 声に少し慌てた様な色をにじませる稟は、どうやら勘違いをしてくれたらしい。
 だが、下手なごまかしは逆に誘い水となり、此方に踏み込ませかねない、稟はあの郭奉孝なのだ、風とは違うアプローチで風と同じ所まで鋭く悟ってくるだろう。
「根着いてしまうのが恐い、ここは居心地が良すぎて」
 北郷一刀は、風や稟に素直な心情を曝け出す事に慣れすぎていた。

 言い訳や誤魔化しが意味を成さないどころか、逆に踏み込まれるというのが半分、二人が騙すつもりなら幾らでもそうできるのに、そうはしないでいてくれるから、というのが半分。

「ならば、この先も我々と共に旅をすれば良いではないですか。
 貴方の剣の腕は星が認めるほどとなれば、何処へなりと仕官する事は容易い。見聞を広めた後であってもこの乱世です、引く手数多でしょう。
 我らとて、貴方が一緒であれば心強い。旅の途中であっても・・・同じ陣営であっても」
 此処とはこの街の事ではない、稟は此方の言葉を読み違えず汲み取ってくれる。
 それが、あまりに居心地が良すぎて決心が鈍るのが恐いのだ。
 稟の注いでくれた茶で喉を潤すと、風は当然の権利とばかりに一影の膝に座る。
 流石に街中でその行いはどうかと思うのだが、被害者が反対していないので敢て稟も口にしない。
「・・・まったく。風がそこまで男性にべったりなのは、初めて見ます」
 穏やかな稟の声は心にゆったりと染み込んで来る。

 同じ陣営になってからの声はもっとトーンが高かったが、あれは華琳を前にして緊張か興奮をしていたからなのだろう。
 それに気が付き・・・この穏やかな空間に投げかけるべき言葉を、一影は見つけた。
「戯志才は、曹孟徳に仕えるのが望みなのだろう」
「ええ、そうです。風から聞いたのですか、本当に風は貴方に心を許しているのですね」
 呆れを通り越して、柔らかい笑みをこぼす稟。
「稟でいいですよ、一影殿」
「おやおや、稟ちゃんまで懐柔とは、やりますねぇお兄さん。でも風は稟ちゃんの事は話していないのです。お兄さんが知っていたのは、きっと妖だからなのですよ」

 また風が馬鹿な事を言い出した、口には出さずに肩をすくめると、風は子供のようにむーっと睨んでくる、一影殿はどうやら静観するようだ。
「星ちゃんの槍が神掛かった腕なのは、稟ちゃんもみとめているでしょう」
「その星に立合いで勝った、その強さはもはや人ではなく妖だと。馬鹿馬鹿しい強引に過ぎますよ」
 断定して茶をゆったりと飲む様は美人で怜悧な稟だけに様になる。
「お兄さんは一合で星ちゃんの槍を斬り、その喉元に刃を突きつけたんですよ」
 ズズーッと両手で持った湯飲みから茶をすする風、対照的に咽込む稟の姿。
「・・・一影殿、本当に妖なのですか」
「あれは嵌め手だ、星よりオレの腕が勝ったわけではない」
 要領を得ない表情の稟は一影に説明をするよう無言で促す視線を送る、風は我関せずとばかりに、わざとらしくズズーッと音を立ててお茶をすする。
「そうだな、三方を囲まれた騎馬隊はどう動くか、それを読んでどう策を練るか」
「つまり、相手の動きを誘導して、そこに待ち伏せた」
「その通り、だからそう肩を落とす事ではない、そう星に伝えておいてくれ」
「・・・えっ」

 稟の上げたその声には、あまりに多くの感情が込められていた。長い時を共に過ごして来た風と言えど即座に読み取れないほど。

 風は読み取る事を放棄していた、風の思考は稟の言葉を聞き取る前に、一影の言葉に引っ掛かりとらわれていた。

 はじかれた様に風の手は目の前にある一影の袖を掴む、そのあまりに慌てた動きにマントのようにかぶっていた羽織が落ちる程に速く。

 膝の上に座っていて、慌てて捕まえるなど、風は一体何を恐れているのか・・・風の変な行動は今に始ったわけではありませんが、妙ですね。

「まって、待ってください。風はまだ一つ聴きたい事があるのです」
 風らしくない焦った声色の言葉は、稟と共に周囲の視線をも集めたが、風がそんな事を気にするはずも無いですね、元々周りの目など気にしてはいないのだから。
 だが何だろうかこの嫌な感じは、無性に焦れる様に心が追い立てられる。
 多分自分にしか解らない、風の表情を読み取れてしまった事が原因だろう、焦った声以上に余裕の無い表情。
 常に泰然自若な態度を取っている風には珍しい、否今までこんな風を見た事がない。


「一番・・・お兄さんの一番大切な女性は、どんな人なのですか」


 その風の一言が生んだ沈黙の重さと、二人の表情を私は一生忘れる事は無いだろう。

 これは私にしか見えていない世界、風の事を知らない人間が見れば、ボーっとしているように見えるだろうし、一影殿はといえば、此方も常と変わらぬ無表情を装っている。
 ただ、ほんの少しの平静のほころびから垣間見えた風の表情は、今にも泣き出すのではないかと思えるほど痛々しいものだった。
 そこで思い至る、つまり風は一影殿に想いを伝え、振られたのだろう、別に大切な女性が居るからと。

 死中に活路を求め、相手の中枢へと至る楔を打ち込む、風の今持っている最強の手札がこれだったのだろう、此処で出し渋るのは敗北決定の印を押すようなものだ。
 それでも逆転の手にはならない、冷静な自分の頭は即答する、風にだって解っているはずだ、それは最強の手札でも決して勝てない手札だと。
 チラリと盗み見た一影殿の横顔をみて、確信は脆くも崩れ去った。
 表情が凍りつき、胸を押さえる様な姿で動きすら止め、見ている此方までもが胸が痛くなるほど虚ろな目をそれでも風から逸らさずにいた。
 白い襟巻きで上手く隠されていたが、口元が見えていたなら、きつく噛み締めているのが見えたはずだ。

 一影殿は、しばらく口を開けずにいたほど、深く傷付けられていた・・・風によって。

 私は無意識に手を握り締めている自分に気付いた。
 最初は無神経に一影殿を傷付けた風に対する怒りを、ぶつけるべき相手である風自身もまた傷ついた表情をしている事によって、怒りの矛先を失った遣る瀬無さが原因だと思った。
 この判断は間違いではないでしょう、だがそれだけかと言われれば否で、違和感が残っている。

 それでは、私が見た事もない風の表情を引き出した、一影殿への嫉妬なのだろうか。
 あまり自覚は無いものの、成る程そう言う部分も有るかもしれない、風と私はお互い一番の親友で理解者だ、これまでもこれからも。
 では、親友が傷付けられたことに対する怒りを、一影殿に罪は無いと理性が抑え付けているという事なのだろうか。

 考えが収束に向かい始めたのを遮る様に、搾り出すような掠れた一影殿の声が耳を打つ。
「綺麗で・・・とても、寂しがり屋な女の子だよ」
 胸が切なさで張り裂けそうになるほど、愛しい者を想う優しい目と、消えてしまうような寂しげな微笑を浮かべた声の主を、私は初めて見た。

 こんな人を・・・私は知らない。

 それなのに風は『彼』を一影殿から呼び出した、風は・・・きっと最初に会って真名を教えたときから『彼に会っていた』のだ。
 涙が一粒零れおち、漸く無意識に握っていた手の、自分の感情に気付かされる。

 悔しかった

 風と私が見ているものが違う事が。

 羨ましかった

 妖の心に踏み込める天才が。

 悲しかった

 彼を強い人だと、誤解して疑いもしなかった自分が。

 無様だった

 私だけが、解ったつもりになって何も見えていなかった事が。

 哀しかった

 私だけが独り取り残された事が。

 風が息を飲む気配が伝わる、どうやら風には誰の事か判ったらしい、私はまた独り取り残された。
 そんな私の手を引き、膝の上に座る風と一緒に抱きしめた一影殿の手は優しく、胸に溜まっていた澱のような負の感情を全て引き受けてくれるように、心が軽くなってゆく。
「風も稟も、誰も悲しませない、約束する」
「風も、約束を守りますよ」
 強い決意を込めた、端から聞けばボーッとした風の声に、一度だけ小さく頷く一影殿・・・もう『彼』はいない。
「体に気をつけて、また会おう」
 それが別れの言葉だった。

 風が座っていたはずの膝はいつの間にか無くなり、二人を抱き寄せていた腕は消えた。
「約束、全然守れてないじゃないですか・・・嘘つき」
 風の呟きを稟は聞こえない振りをした。


 それを聞くべき人はもうここにいない。


   

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