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歪んだパズルのつなげ方

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天使とダンス

天使とダンス 第六話「子供達の主張」

 
 第六話「子供達の主張」

 ルーテシアをリビングのソファーに座らせて、既に掃除を終えていたガリューにとってもらった、カップアイスを二人で並んで食べ始める。

その前にはガリューによって、ゴリンッゴキンッとおよそ人体が発してはならない音と共に、脱臼していた右腕の関節をはめられ。
猫の様な悲鳴を上げたのだか、カップアイスを手にした瞬間、そんな事はすっかり『取るに足らない過去の出来事』に放り込まれた。

 最初インフィニティは脚で挟んで固定したカップアイスを、左手のスプーンで掬って食べようとしていたのだが、「お行儀が悪い」とルーテシアにアイスを取り上げられ。
 それならばと、返してもらったカップアイスに直接口をつけ、ぺろぺろ舐めていたら頭を叩かれた。
 しょうがないと諦めて、最後の手段――あーんと大口を開け、ぽこっと丸ごとカップからアイスを口の中に放り込み……未だかつて経験したことのない頭痛に襲われ、目をぎゅっと瞑ったインフィニティが頭を抱えて蹲る。

 ピンポーンとチャイムが鳴ったのは、そんな平和な朝だった。

 蹲っていたソファーから飛び跳ねて、猫のように警戒するインフィニティ
 赤毛の女性がリビングに姿を表したのは、大丈夫だからと宥めながらルーテシアが手を引いて、なんとかもう一度ソファーに座らせた所で……
 一瞬にしてインフィニティの体が緊張するのが、握った手から伝わってくる。

 見上げた横顔には、今まで見たこともないほどに剣呑な色を浮かべた青紫の瞳。
 相手の頭の先から爪先までを素早く確認し……何時でも反応できるよう、無意識に膝を弛めつつ背に力が込められた姿は、まるっきり人に馴れていない野生の獣そのもの。

 いくら初対面の相手とはいえ、インフィニティはこんな反応をしない。

 そう実体験から判断するルーテシアは、何がそれほどまでにインフィニティの神経をとがらせたのかを知る術はない。
 自分と目の前の朗らかに笑っている赤毛の女性、どちらに初対面で警戒するかと無作為な集団にアンケートを取れば、少なくとも自分に有利なようなワンサイドに、答えが固まるとはルーテシアには思えない。

 そもそも、インフィニティは人見知りをしない。
 どころか、自分以外は生存競争の相手としか認識しないはずが、ルーテシアに対してはああで
 ガリューに対しても初対面から全く物怖じせず、普通に近寄って話しかけたくらいで、警戒心や恐怖心がなさ過ぎるんじゃないかと、逆にルーテシアのほうが心配をしたくらいだ。

 それなのに、何かを敏感に嗅ぎ取ったのか、インフィニティが毛を逆立てる様に警戒している。

 肩と肘の両関節をガリューにはめてはもらったが、はめました、治りました、もう動かせます――というほど簡単に脱臼が治る筈もなく。
 ぶら下がっているだけの右腕という状態で……意識してか無意識か、先程飛び跳ねたインフィニティの体は、ルーテシアをかばうように前に出たのだ。
 インフィニティの左手を握る手にぎゅっと力がこもり、それを赤毛の女性にニヤニヤと眺められながらも、ルーテシアは僅かに頬を染めつつ、その頬が緩んでくるのを止められなかった。

「よっス、ルーお嬢様お久しぶりー。この子が新しい同居人?っとチンク姉は?」

 片手を挙げ、快活そうなどこか少年を思わせる風貌通り。パンツスタイルの、カジュアルな格好に似合いの声で投げ掛けられたのは、随分と砕けた口調。
 ちらっとインフィニティにも視線を送るが、警戒している事に別段振れるでもなく。あっさりその存在を無視して、ルーテシアに向かって無警戒に歩を進める。 

 チンクを姉と呼ぶ割には、その態度も外見もチンクにはあまり似ていない。
 確かにチンクのほうが、落ち着いた雰囲気から年上のように感じるが、こと外見だけを見るのなら……出っ張る所も引っ込む所も割と立派な目の前の女性とチンクでは、その立ち位置は逆のようにも感じる。

「まだ寝てる……ううん、今起きたみたい」

 廊下を駆け抜ける足音の後、ひときわ大きく鳴り響いたのは、階段を全段抜かして飛び降りた着地の音だろう。
 自動で開く扉を、開くまで待つのももどかしげに、強引に手動でこじ開け、ソファーに目的の人物の姿を見つけるや、一瞬で駆け寄り有無をいわさず抱きしめた。

 元々が姉妹たちの中でも特に面倒見がよく、姉からも妹からも慕われるチンクは、相手との距離を適切にとって構い過ぎることはない。
 自分自身どちらかと言えば姉に面倒を見てもらうより、姉の面倒を見るタイプのウェンディは、チンクのそういった立ち回りを尊敬していたし、常々参考にもしていたのだが……今のチンクの姿は参考にするにしても、反面教師としてしか出来そうにない。

 チンク姉が裸Yシャツ……小さい女の子に……生乳押し付けてる……

 はっ!証拠っ……こういう時は証拠写真っス!

「大丈夫だインフ、コレは私の妹で追手ではないし敵でもない。
 警戒するなとは言わないが、殺す必要はないんだ」

 あまりにも衝撃的なチンクの姿に呆気にとられ、そちらの方にばかり意識が集中してしまい
 そのチンクが口にした、物騒な内容にまで意識の回って居なかった当事者約一名が、我に返り今まさに何か行動を起こそうとした瞬間。

 カツンッ

 ――と、硬質で小さな音が自分のすぐ近くの右側から、やけにはっきりと耳に響いた。

 気がつけばいつの間にかチンクは、右腕一本でインフィニティを横抱きしながら、左腕をウェンディの方へのばすという不自然な格好。
 つーと視線だけで音のした方を確認した赤毛少女の目には、今は大量の荷物を載せキャリアー代わりにしている――試作段階の物だが漸く貰えた――自分だけの専用装備であるライディングボードに、さっき迄はなかった奇妙な突起を見つける。

「挨拶が遅くなったが、良く来たなウェンディ。姉はこの通り至って健康だ。
 妹に会えることが楽しみで、慌ててこのような格好で出てきてしまったが……姉と妹の仲だ、別段騒ぎ立てるほどの事でもなかろう?」

 慈母のように柔らかでにこやかな声と表情のチンク。
 ウェンディは背を流れ落ちる汗の冷たさに、いま自分にされて居るのが脅しでは無く、動くなと言う警告なのだとはっきりと理解する。
 同時に、チンクがあれ程焦って飛び降りて来た理由を――ルーテシアに随分遅れてようやく理解し――ぞっとした。

 チンクが心配しているのは、自分の不名誉な姿の拡散では無く……
 今にも飛びかかりそうな、痩せっぽちで片腕の動かない子供が、これ以上怪我をしないかの心配でもなく
 身体強化された戦闘機人であり、しっかりと戦闘訓練も積んでいる――ウェンディの方を心配しているのだと。

この子供の方が強いって、そう言いたいんスか、チンク姉?

 普通であれば、下手な冗談として笑い飛ばす所で、事実ウェンディも如何にチンクの判断とは言え、信じられない……というより、バカにされた様で流石にちょっといらっときた。
 どんなに油断しようと、片手の動かない小さな子供と戦って自分のほうが心配だと言われれば、なまじ戦闘力が高いだけに表には出さないまでも、心の中では反発心が生まれる。
 だが、この姉が冗談を好まない事はよく知っているし、その身に纏う切迫した空気や警告手段が冗談では無いと示している。
 突然ライディングボードに生えた、良く見覚えのある投げナイフをチラ見しながら――余り納得は行かないものの――とりあえずここは姉に従っておくか、と動きを止めた事がウェンディを救った。

 彼女は気付いていない……否。気付けるはずも無い。故にチンクの懸念通りの結果になる。
 何か行動を起こし、たとえそれが誤解で有ろうと、インフィニティから仕掛け、それに対応するために仕方なくだったとしても。
 戦闘体勢を取った瞬間、ウェンディは何が起きたのか解らずに敗北をしただろう。

 なぜならその瞬間……無数のバインドに拘束され、背後から黒刃に襲われるのだ



「あっそうだー忘れるところだったー、ドクターから色々あずかってきたものが有るんスよっ!」

 明らかな、そしてこの上なく態とらしく強引な話題転換を、棒読みのような口調でしながら、宙に浮いたままのライディングボードを引っ張り寄せ
 その上にごちゃごちゃと乗っている様々な荷物をウェンディが引っ掻き回し始めると、インフィニティが目を丸くして、もぞもぞとチンクの腕の中から抜け出す。
 青紫の瞳にはまだ警戒の色は強いが、それを興味の色が明らかに上回り。
 付かず離れずライディングボードの周りを一廻りして、下の空間に手を差し入れ腕を水平に振ったり、端の方に触れ揺すってみたりしだした姿に、インフィニティが一体何をしたいのかを理解したチンクが、妙に納得した顔で大きく頷いた。

「それを浮かせているのは魔法ではない。
 だがしかし、ウェンディが固有の能力で行なっていて、ボードの機能でもない。
 だから残念ながらインフがそれをもらっても、空をとぶことは出来ないぞ」

「へ?インフちゃん空飛びたいんスか?う~ん、確かに空飛ぶのは気持ちいいっすからねぇ
 そんじゃ二人でお空の散歩に行ってみます?この荷物下ろしたら」

 ウェンディの一言で、一瞬にして花開く子供らしい明け透けで満開の笑みに
 無意識の内に腕の中に小さな身体を閉じ込めて、ひよこ色のツインテールの頭を――
 ついさっきまで牛乳にまみれ、ルーテシアが泡だらけにして洗った髪を、今度はウェンディが撫でくり回す。

「チンク姉っ!この、この子可愛い。持って返っていいっスか!?」

「ん?あぁ構わんぞ、ドクターも一度直接あって話したいだろうしな」

 ウェンディは姉妹の中で下から二番目。
 唯一の妹であるディードは、クアットロの提唱した余剰排斥の方針により感情に乏しく一種大人びた対応をする為、主観においても客観においても姉妹の中で『末っ子』的立ち位置である。
 その上彼女たち戦闘機人は、――若干の例外や幅はあれど――精神的にも肉体的にも子供という年を皆卒業しており。唯一の子供といえる年齢の知人であるルーテシアは、ディード並に感情に乏しい。
 そんな妹的存在を求め、乾ききっていたウェンディにとって、無邪気な子供そのものであるインフィニティの笑顔は、砂漠で見つけたオアシスに等しく。

 チンクもそんなウェンディの気持ちがわかるだけに、ルーテシアの目の前で『インフィニティを選ぶ』という事を平気でやったウェンディに、少しは気を使えとは思うものの
 まぁ、それが末っ子気質か、と苦笑いをかすかに浮かべるのみで見逃した。
 しかし、意外といえば意外、当然といえば当然だが、そこには待ったが掛かる
 
「ダメ、ドクターに合わせたらポッドの中に入れられるから。連れてっちゃダメ」

 表情も声の調子も、いつも通りに全く平淡なままだが、ルーテシアの小さな手はインフィニティの服の裾をはっしと握りしめ、何度も小さく首を振る仕草に赤紫の色をした髪がゆるゆると振れる。
 目覚めない自分の母親は生体ポッドの中。それは今にも消えそうな命の灯火を消してしまわないための必要な処置なのだが、幼いルーテシアの主観ではそうは見えていないということ。

 いや、そんな単純な意味ではないか、あるいはもっと酷く単純な理解なのかはともかく、間違いのない事実は一つだけ。
 頭のどの回路を辿ってかは本人も解り様はないが、ルーテシアは自分の目で見た事実をそう認識し。
 誰かがその考えを解きほぐさない限り、彼女の中ではそれが真実であり。

 ルーテシアは、そうなることを……インフィニティと引き剥がされることを、恐れ拒んだ。

「お嬢様、それは誤解です。
 ドクターはたしかに知的好奇心に溢れては居ますが、インフを閉じ込めたりはしません。
 ポッドの中にインフを入れることが有るとしたなら、それはそうする以外の手段で、生き延びさせることが出来ない状態になった時だけです」

 背後から掛けられたチンクの断言、だがそれでは足りないのか。
 あるいは根本的にその答えが、ルーテシアが求めているものとはずれているのか、ルーテシアはうつむいて、もう一度首を振り、ウェンディの腕をグイグイと引っ張ってインフィニティを離すように訴えかける。

 あっ、と明るい声とともにウェンディが胸の前で――インフィニティ的には頭の上で――両手を打ち合わせると、ルーテシアに少年のような笑みを向ける。

「ドクターにポッドのなかに入れられちゃったら、ルーお嬢様が救い出しちゃえばいいんスよ!
 ほら、ルーお嬢様って結構凄い召喚師なんでしょ?だったらバビューッって転送で呼び寄せちゃえばオッケー!でしょ?」

 ルーテシアが俯けていた顔をゆっくりと上げ、瞬きしながらウェンディの瞳を見つめ……ゆっくり握っていたインフィニティの服の裾から手を離す。

「ちゃんと、返してね」

 平淡で小さな呟きをもらすルーテシアを、ウェンディがインフィニティと同じように抱き寄せ、髪を撫でくり回したのは言うまでもない。

 ☆ ☆ ☆

 高速で後方にちぎれとんでいく風景から一転して、唯自分が青の中へと吸い込まれるような錯覚を覚えるほどの急上昇を経て、高高度での肌を刺すような冷気を少し体験し、空気を押し分けて滑る空の散歩は終わりを告げた。
 長い金髪も、未だぶらぶらの右腕も、後方に引っ張られていたのが、ふわりと体側の有るべき位置へと落ち着き。完全に停止する前に飛び降りたウェンディが手を差し伸べる前に、インフィニティも真似してライディングボードから飛び降り、バランスを崩し掛け慌ててウェンディが抱きとめる。

 頬に当たる風や、髪に纏わり付く大気の粘度をインフィニティが体感できるようにと、今回は態と通常であれば展開するフォースフィールドを張らず
 ソニックブームが発生するほどの高速は出せずじまいであったが、それでもインフィニティが大喜びで大興奮しているのは、宝石のように輝く青紫の瞳が物語っていた。

 そこまで喜んでもらえると、連れて行ったウェンディとしても大満足なのだが。
 一点チンクとルーテシアの表情が、インフィニティとは反比例して暗く沈んでいくのが気になった。
 感情と表情が直結しているようなインフィニティとは違い、普段あまり感情を表に出さない二人だというのに、それが伝わってくるということは、即ちそういう事なのだ。
 ウェンディは独り納得し、それには全く触れずに、普段通りの脳天気な明るい態度で、地上で見守っていた二人……いや、三人?に向い声をかける。

「ドクターの創った『オモチャ』ちゃんと動いたっしょ?
 こっち来る前にひとっとおり確認して来たんで、問題ないと思うんスけど」

 円柱状の機械が三体、大きさはちょうどルーテシアの背丈と同じくらい。
 中央に光学器官らしきレンズが有る以外は、特に外から見て特徴的な部分はない。
 起動させると音もなく5cm程浮き上がり、その場で時計回りに一周回転をする円柱の姿は、見るものの笑いを誘うどこか滑稽で可愛らしくも有った。
 レンズ部分を二度フリックさせ、それ以上は動こうとせず空中で待機している。

「これは移動式ターゲットか何かなのか?」

 こんこんと近くの一体を軽くノックしながら聞いてくるチンクに、やっぱりそう思ったかと共感のような苦笑を返しつつ

「戦闘用モジュールってドクターは言ってたっスよ。試作品はもう要らないから、私の新しい娘の遊び相手にしようって。
 ああ、あとそれから、一応出力は落としてあるけど、非殺傷なんて設定にはならないから『死なないように気をつけて遊ぶように』って笑ってたっス」

 ウェンディの言葉が言い終わる前に円筒は音もなく高度を上げ、次いで細い機械音とともにインフィニティの額に赤い光点が三つ灯った。
 意識するより先に身体がのけぞったのは、生まれてからこれまで――、本人の言を借りるのであれば、腹に風穴が空いても続けた、戦闘訓練の賜物だったろうか。

 

 遅れた前髪が一瞬にして炎を吐いて燃え上がり、背後の壁に拳大の穴が三つ重なるように開く。



 突然の事態に、誰もが一拍の思考的空白を強制的に捩じ込まれる中、インフィニティだけが強引に床を蹴りつけた。
 正体不明の機械に、得体のしれない攻撃を仕掛けられ、訳も分からぬまま命の危機に陥った少女が下した選択は、本能的に距離をとる事……ではなく、意図的に距離を殺すこと

 即ち、床を蹴ってインフィニティは、踏み込んだ

 誰しもが、冷静に事態を把握し、答えを出そうとする状況で、三体の内一番近い一体へと近寄り、その事により他の二体の射線を遮る。
 それが、今しか出来ない接敵の最後のチャンスなのだと、生存本能が嗅ぎとったのかもしれない。
 一度距離を取られてしまえば、三条の攻撃を躱しながら近寄らなければならないが、距離を詰めてしまえば正面の一体以外が放つ攻撃は、最前の一体へと当たる。
 敵に近接攻撃手段が有るのか無いのか、有るとすればそれがどんな物なのかわからない現状で、その判断を下すのは非常に勇気がいる賭けであり、無謀といってもいい。

 インフィニティは体勢を低く踏み込みながら、頭を振って真正面から外す。
 本当であれば体ごと横に飛びたかったのだが、それでは折角隠れた後方の二体の、少なくとも片方からはフリーに打たれることに成る。
 苦肉の策だが、正面の一体が放った光線に頭を貫通される所を避けえた事を考えれば、未だ脱臼の後遺症でろくに動かない右肩を貫かれ、ツインテールの髪の先が焦げたことなど、多少の犠牲で済ませて良いだろう。

 肉と髪、人体が焼け焦げる強烈な異臭が鼻を通り抜けて目に染みるが、貫通するほどの高出力だったことで良かった点が1つだけあった。
 出力が高すぎたため、貫通部が一瞬で焼き切られてしまい、出血が殆ど無い。それだけが唯一の救いだった。

 実際は後のことを考えても、今のことを考えても、威力が高くていいことなど何一つ有りはしない。
 正直な所、そうでも思わなければやってられないというのが本音――となるのが普通なのだが。
 光線を肩に受け、折角治したばかりでまだろくに動かない右腕が、再び力なく垂れ下がる中。

 その傷跡を横目で確認したインフィニティの表情は――よしっ!と小さく頷いたのだ。

 まるで、この程度なら何とかなるとでも言うかのように。

 あるいは、その一撃が行動不能にする効果がないことに、安堵するかのように

 まだ自由に動く左手をすぐさま顔の前に翳し、手の平大の小さな魔法陣を展開した瞬間光線を受けて、逸らした時にはインフィニティは既にその場にはおらず、一気に距離を詰めると左手を叩きつける。
 狙いはレンズ、だがそれはただ力任せに叩きつけられただけで、まともに拳すら握っていない。
 ぺちっと、小さく柔らかすぎる少女の手がぶつかった所で、レンズにはヒビ一つ入らず
 逆に光線を放出した際の熱により、少女の手の平は焼けて白煙を上げる。

 右腕に続き、左手も使えなくなったにも関わらず、インフィニティは痛みにも絶望にも声ひとつ上げること無く、体ごと目の前の浮遊する円筒にぶつかって、向かって左前方にいるもう一体へと押しやり
 二体の円筒が接触した瞬間、ピタリと円筒の金属部分へ押し付けられた焼け爛れた左手の先から伸びる、藤色の雷に貫かれた円筒は、重い金属がひしゃげる不快な音とともに、スパークを幾つかきらめかせながら細い黒煙を立ち昇らせる。
 一瞬にして操り糸の切れた人形のように、そのまま床に転がった二体の金属円筒を確認もせず、残りは一体へと上体を起こしながら振り向いたインフィニティのちょうど頭が有った高さ――胸を貫くように放たれた光線を、チンクの伸ばした右手が割り込み、その纏う力場がすんでのところで弾き飛ばした。
 よく見れば、いつの間にか残る一体の円筒の中程からは、黒い刀身のようなものが生えており。それがゆっくりと引っ込むや、円筒は他の二体の後を追うように地に転がり、その後ろからガリューの紅の目が真直ぐに、何処か心配そうに向けられていた。

 戦闘はごく短時間、ほぼ一瞬の出来事だったが、インフィニティの状態は控えめに言って大怪我で、ウェンディが苦労して運んできた三体の戦闘モジュールは全て鉄くずとかし、家の壁や床には穴が開いているという惨状。
 サプライズというには、衝撃は大きすぎる上に笑えない。

 救いといえるのは人死にが無かったことと、いきなり命をねらわれた――、どう考えても一番の被害者であるインフィニティがあっけらかんとしていることだろう。
 それでも、ルーテシアによる回復魔法で傷の応急手当が終わると、チンクにドクターへ通信を繋ぐようにせがんだ。
 命を狙われた以上、説明を受ける権利も文句をいう権利も有るとチンクも同意して、ホロディスプレイにスカリエッティを呼び出し。
 そのどこか歪んだ、楽しげな表情が映し出されるなり、インフィニティが上げた第一声が

「ドクター、一人でお空が飛びたい」

 という、あまりに場違いで可愛らしいお願いだったために、スカリエッティを除くその場の全員。
いや、モニターの向こう側で聞いているものを含めた全員が、唖然とさせられる。
 たった今殺されかけ、今現在も右腕が動かない原因を創ったーーどう考えてもそうなるように仕組んだ相手に向かって、理由の説明を求めるでなく、恨み言や怒声を浴びせるわけでもなく……『空が飛びたい』などというのは、正常な対応ではない。

 奇妙な、いや奇っ怪なインフィニティの反応に、ルーテシアは思い出し――、思い知らされる。

 『お腹に穴が開いた時も、戦闘実験はやった』と出会った時に言われたことを
 『痛くても、動ければ戦えるように訓練してきた』と、笑ってルーテシアを連れだそうとしたのが、昏睡から目覚めた直後だったということを。
 つまり、インフィニティに取ってみれば、一歩間違えば命を落とし、理由もなく殺されかけ、それによって大怪我をするなどという事は

 あくまで日常の範疇の出来事でしか無く

 そこに、一々理由を求めたり、恨んだし怒ったりする程のことではない

「ああ、可愛いインフィニティ、君ならそう言うと思っていた。
 誰よりも何よりも空を求めるだろうとね、だが残念なことに君はバリアジャケットを生成維持出来ない。
 つまり、撃墜された場合死んでしまうことになるのだが、それは理解しているかな?」

 こくりっと頷く金髪の少女に、スカリエッティもまた笑顔で頷き返す。
 勿論そう答えると解っていたのだが、その笑顔にはルーテシアに向けた歪みがない。
 面白がっていると言うよりは、どこか満足気で優しげですら有る笑顔。

「では、私から君へ勝者への報奨を渡そう。
 倒した三体の中のどれかに、君の望みを叶えるものが入っている」

 多少損傷していても、コアさえ完全破壊されていなければ自己修復する自信作だよ、と手を振って通信を切るスカリエッティに、包帯を巻かれた左手を振り返して
 振り向いたインフィニティは、目を輝かせた外見相応の子供の表情。

 見守っていた三人は、話している言葉は理解できるものの、全く理解出来ない会話を聞かされ、立ち直れていないのだが。
ご褒美に欲しくてたまらないものをあげるよと言われてしまった子供には、たとえそれが視界に入ろうと気にかける余裕など有るはずが無い。
 部屋の隅に取り敢えず転がされていた円筒の方へ、再びーー今度は本格的に動かない上に、痛みも感じない右腕をぶらぶらさせながら、てててっと早足で近寄るなり、破損箇所に包帯だらけの左手をかけ、右腕が動いていないことをようやく思い出すほどの浮かれっぷりなのだ。

 無いとは思いつつも、念のために警護に付いて来たのだろう。音もなく背後で見守っていた黒い長身の影の気配に振り向いたインフィニティが、二対の紅瞳を見上げて横に避ける。

「ガリュー、それ開けてくれる?」

 戦闘用である為、見た目より重装甲のそれを、子供の細腕でどうやってこじ開けるつもりだろう?という疑問はあっさりと答えが出た……『どうやって』など、子供は考えずに行動するのだと。
 問題に直面し、途方に暮れて初めて悩み、出した答えが『出来そうな相手に頼む』という――所謂丸投げ。単純で確実な方法は、実にインフィニティらしいとスカリエッティなら笑うだろう。
 片手で少し下がるようにインフィニティに示しながら、円筒を並べて立てると、腕から巨大な爪が迫り出し伸びた、と思った時には円筒の上面の装甲だけが綺麗に切り取られていた。

 目を輝かせて駆け寄ろうとするインフィニティの眼の前に再び腕が差し出され、言葉を語らぬ長身の黒影が、近寄って安全を確認してからおもむろに左手を円筒の内部へと差し込む
 ゆっくりと引き出した手には、レースの台座の上に、花びらのように青空の色をしたリボンが四方八方へと結ばれた形の髪飾りが二つ収まった、A4サイズのクリアケースをつかんでいた。
 二つ有る髪飾りの内一つの中央には、深い青色のクリスタルが鎮座しており、はやくつけて!とインフィニティが子犬のように駆け寄りぴょこぴょこ跳ねる。

 片腕が完全に機能停止している現状、確かに付けてもらう以外の選択肢はないのだが、インフィニティの言動を見ていると、最初から自分でつけるという意識がないのがはっきりと判る。
 この件に関しては、インフィニティをネコっかわいがりして甘やかした、チンクとルーテシアに全面的に責任があり、本来であれば二人が責任をとるべき所。
 ましてや、誰がどう見ても戦闘用としか見えない、鋭く太いガリューの手指が髪飾りをそっと摘み上げる光景はなかなかにシュール

 だが、インフィニティもガリューもそんなことは気にもせず、その上全く以て意外で、シュールこの上ないことにガリューは尖った指の先をちまちまと動かし。
 実に器用にレースの台座の下から長く伸びる青空色のリボンで、ひよこ色のツインテールの根本に髪飾りをちゃんと飾りつけてしまった。
 サムズアップして頷くガリューに、全力全開の笑顔を浮かべ首に一度抱きつくと、インフィニティはそのままてててっと外へと飛び出していった。

 2013.08.12


☆☆☆☆☆

下書き段階のものに、二三回文章を書き足し削りを繰り返し、ちょっと難産でした。

コメントも付けていただけましたし、とある方からもご意見もいただけましたので
取り敢えずは続けてみようかと思っております。
お盆休みの間程の更新速度は、現実不可能ですが、楽しみながら書ければいいかなと。
その上で、読んで楽しんでくれる方がいれば僥倖です。


   

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