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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第三話 月下に流れる風の哀歌

 
 全く警戒していなかった。
 相手が風と言うだけで、こうまで心が隙だらけになるのだと、思い知らされて愕然とする。
 前の世界に居たときに、相談する相手は圧倒的に風が多かった、頭が良く、視野が広く、的確に急所を押さえ、尚且つ此方の解りやすい言葉で説明してくれる風を、無意識に心を隠さないで済む相手と認識している。

 声も口調も今まで通り、表情は元々読み取るのに苦労する上に隠すことが異常に上手い・・・そんな風がごく自然に、不自然な質問を口にしている。
 何か確信に近い疑念を抱いているのは間違いない、かま掛けも割りと躊躇なくする風だが、こんな遠い所に話の論点を置くかまの掛け方を風はしない筈だ・・・揺さぶりを掛けてきたのだ、部屋に入ると同時に声を掛けられた、ほんの一瞬の心の隙間を突いて。
「判らない」
 じっと真正面から見つめてくる風呂上りの風。

 つまり、稟の先程した拗ねた振りも時間稼ぎ・・・そうか、オレは二人にとって、今そういう存在なのだ、くそっ服を買った帰り道でそれに気が付いたのではなかったのか。
 北郷一刀を甘いなどと言えた義理ではない・・・甘すぎた自分に自嘲の笑みが浮かぶ、所詮頭で解ったつもりになっていただけで、感傷に浸っていたと言うことだ、あまりにぬるい。

 それを風の背後に立つ子龍は誤解したようだった。
「ほう、腕に自信ありと言う事か、面白い」
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、会話に入ってくる子龍が今にも槍を取り上げそうなのを遮る様に軽く手を振る。
「立合ってみせても良いが、武力と『強さ』は違う」
 淀みなく会話を続けてはいるが、一瞬の逡巡をみのがす風と稟では無いだろう、魏の三大軍師とまで呼ばれた二人に、一体どれほどのことを読み取られたのか、この会話で読み取られているのか。
 それとも、別の目的があっての揺さぶりだったのか。
 下手に彼女達の能力を知っているだけに、思考が縛られ動けない。

 不利な状況で戦い続けるのは、馬鹿のやること、そういう時は退いて体勢を立て直せ、そう教えてくれたのは・・・三人のうちの誰だったか。

 雑嚢から酒を取り出し、宿屋備え付けの湯飲みに満たす。
「子龍の強さは槍の腕もさることながら、その精神の高さにある」
「一影殿とは相容れない所があるようですがな」
 昼間の議論であれだけ自論をもって攻めたのだ、ここぞとばかりに子龍はその点を突いてくる。
「人に言われた程度で曲げるような矜持になど、価値を認めんよ」
 そういって差し出す酒を満たした湯飲みを、子龍はフッと笑みを浮かべ受け取ってくれた。
「お互い頑固で不器用者、そういうことですかな」
 お互い思想は相容れない、それでもお互いを尊重することは出来る、子龍の返してきたのは浮かべた笑みに似た優しい理論。
 多分落とし所が解っていて話に乗ってきてくれたのだろう、風の不意打ちを潔しとせず。
「違いない」
 感謝の念を込めながら、軽く杯を掲げあう。



 見上げた月は、あの時と同じ、大きく、明るく、凍えるようにつめたい。
 子龍と杯を重ねて残った酒を、独り月を見上げながらあおれども、全く酔えない。
 宿のある方向に視線を向け、明かりの無いのを見て取って、漸く街から音が消え虫の音が聞こえていることに気が付いた。
 そんな時間になっても一向に眠気の起こらない体に、僅かな戸惑いを感じつつも、今の自分の体が出来た成り行きを思い返して納得し、夜の闇に飲み込まれて消えてしまってもおかしくは無いのだろうなと、何故か他人事のように冷静に考えている自分に気が付く。
 寧ろ、何故人の形を取っていられるのか不思議なくらいだ。
 凪いだように心が静かな事にも少し驚かされる、普通であればもう少し月に対してトラウマじみた感情を持っていてもいいのではないか、それを図々しくも肴にして酒を呷っているとは、我ながら度し難いものだ。

 自嘲の笑みを浮かべるその鼻先を、ふわりと甘い香りが流れる。
 宿に泊まるには懐が心許無いと、街外れの広場のような場所にある納屋の軒先で酒を友に野宿する事にしたのだが、友には裏切られ、見覚えのある月に見下され、少女特有の甘い香りが鼻先を掠める・・・これは一体、どんな罪の誰が架した罰だ。
 目の前にある立ち木の方へ手招きすると、木の陰から覗いていた人形が驚いた様に背をのけぞらせ、慌てふためいた人でもやらない様に、短い腕を無茶苦茶に振り回した。
 天の技術は凄いと散々言われたが、宝慧の動作原理だけは未だに解らない。
「こんな夜中に独りで来たと言う事は、さて一体何が聞きたいのか」
 そう声を掛けると、全く悪びれた風も無くひょっこり立ち木の陰から姿を現した風が、とてとてと歩いてくる。
「腹の探り合いは無しですか、風としては大助かりなのです。
 それじゃー聞きますねー、お兄さんは人間ですか」

 風の事を凄いとは思っていたが、怖いと思ったのは初めてだった。

 一体何処から導き出してくると、そんな答えになるのか、仮にそんな答えが出たとしても、否定しないのか。

 それを確かめに、深夜に独りで本人に直接聞きに乗り込んでくるか。

「・・・人間ではないかもしれない」
「おぉ、本当に腹の探り合いは無しですか。そこまで風の事を信用されるとは思わなかったのです」
 とてとてと無防備に歩み寄ってくる足を止めず、さも当然の居場所とばかりに、胡坐の上にすっぽりと収まるように座る風に、場の主導権は取られ、今のところ取られっぱなしだ。
「人で無いかもしれない相手に不用意すぎだ」
「今更怖い顔をして、恐い声を出してもだめですよ、お兄さんがさっきからどんな顔をしていたか、風はしっかり見てしまったのです。
 月を見上げて思い浮かべている人は・・・どんな女性なのですか」
「・・・どうして」
 フフフッと口に手を当てつつ笑う風はどこか楽しげで、どこか猫のようだった。
 ころんと背中を預けてよっかかりながら、下から見上げる風。
「とっても優しい顔をしてましたから。お兄さん、その女性の事がだいすきだったんですねぇ」
 先程の問い掛けを咄嗟に否定できず、問い返してしまった以上答えは肯定しかない、風は一体何処まで先を読みきっているのか。
「あぁ、愛していたよ」
 肯定すると決めると心は幾分軽くなり、自然と言葉は突いて出た。

 風の手が此方の手から酒の入っている杯をとり、ちびちびと酒を舐め出す。
「これは余計な事ですが、お兄さん気が多かったんですねー。
 風と稟ちゃんに似ている女性も好きだった、そう顔に出てます」
 突撃陣で中央を突き破り、左右に分断して各個撃破・・・こうも見事に論を封じられると、もはや反撃する気力も無い。天才軍師の恐ろしいまでの切れ味をまざまざと見せ付けられた。
「風は、やはり凄い」
「お兄さんは感情を隠すのが下手ですからねー、あった瞬間にいきなり違和感のある表情で、何かの罠かと思いましたよ」
「戯志才には気付かれなかったんだがな」
 そんなにあからさまでは無かった筈だと、虚しい反論を一応してみるが、フフフと笑うだけで相手にもしてもらえない。

「片目だと差支えがあるでしょうから、せめて口元を隠すのをお勧めします」
 言うなり、高価そうな真白い肩掛けをはずし、マフラーのようにそれを巻いてくれた。
「御忠告、痛み入る」
 口元を包み込むような白いマフラーからは、ほのかに風の甘い香りが香る。
 黒一色の装いに一点白が入る、まるで陰陽の様に欠けたピースを補ってくれた、皆の視点はこのマフラーに集まり、服には向かない・・・一体何処まで凄いのだろうか。
「風の質問に、今ならオレの方が強いと言い切れる」
「思った通りお兄さんは人たらしです。
 仙人と言う程悟っている様にはとても見えない、と言う事は妖怪変化の類ではないかと風は睨んでいるのですが、どうですか」
 少しだけ顰められた眉、稟でなければ気付かない程の微妙な異差に気がつけたのは、きっと風が普通に自分の非現実的な現実を受け入れてくれてそれでもそばにいる、風がくれた『強さの欠片』のお陰で。
「黒の中に一点の白、陰陽思想を知っている風がオレの体から邪な気配がするのを気が付かない筈が無いだろう。
 腹を割って話す、そう約束したはずだ」
「おぉ、これは見事な逆襲。
 邪な想念、妄執の様な気配ですが、お兄さんの目には狂気が無いのですよ。
 強さに拘った殺人鬼というのも考えたのですが・・・あの答えでは有り得ませんねぇ」
 もっとよこせと空になった杯を無言で挙げるので、酒をついでやると再びちびちびと舐めだす風。
「故に妖の類、そう言う結論か」
「なのです」

 飲みかけの杯を風から受け取って、一息にあおる。
「風、聞いてくれ」
「おや、妖に誑かされてくれとお願いされるのは初めての経験です。でも、お兄さんのお話なら聞き入れてみたいと、風はそう思うのです」
 流石は人たらしですねーと口元を隠しながら可笑しそうに笑う。
「オレは、風と同じ陣営には行けない。曹孟徳は淫祠邪教の類を許さない、郭奉孝は曹孟徳の元へ向かうだろう」
 風が普段は半眼の目を見開いて、咥えていた飴をポトリと落とす。

 何故教えてもいない稟の名を知っているのか

 何故伝えていない稟の思いを掴んでいるのか

 自分が同じ立場であったなら、それを知りえる事は不可能だと、瞬時に理解してしまったのだ。
「お兄さん・・・どうして」
「妖の術だと飲み込んでくれ。
 細かい忠告は書面にして渡す、絶対に忘れないで欲しい、風にしか頼めない事を今口頭でお願いする。
 オレの介入で歴史は本来あるべき姿から歪む、だから伝えた通りには成らないかもしれないが・・・」
 その後に続いた一影の願いを聞いた風が、睨む様なきつい目で一影を見上げる。


「そこに、お兄さんの席は無いんですよ」
「解ってる」
「それどころか、風が全てを話してしまえば、皆に恨まれる・・・いえ、その前にお兄さんの企みを封じられるんですよ」
 風の小さな体が後ろからそっと抱きしめられる、異性にそんな風に抱きしめられたのは初めてだったが、不思議と恥ずかしさよりも安心感と懐かしさで胸がチクリと痛み、首をかしげる。
「風はそんな事をしないよ」

 昨日今日会ったばかりの相手を、何故そこまで信用できるのですかお兄さん。

 風の何を見て信用するのですか・・・妖の術で、風の心を読み取ったのですか。

 それでも人の心は移ろい行くもの・・・お兄さんの言っている先の約束の時にいる風を、信じてしまうのですか。

 頭の中で数多の疑問が渦を巻く。

 お兄さんは、恐い表情と低い声、黒い服で、一生懸命近寄りがたい雰囲気を作って、恐い人の印象を与えようと努力しているようですが、感情を隠すのが下手で、本当は優しくて・・・甘い人です。
「お兄さんは、それで幸せなんですか」
「自分自身より、幸せになって欲しい人が笑ってくれるなら」
 その笑顔は、本当に優しい笑顔で・・・会ったばかりだと言うのに解ってしまいました。
 この人は、決して頭の回転が悪い訳でもなく、自己犠牲に酔っている訳でもなく、口に出した言葉が心底彼の本心なのだと。

 ・・・つまり、救われないのです。

「・・・馬鹿ですよ、お兄さんは」
 風はそういって、怒った顔のままお兄さんの胸に頭突きをかましてやりました。
「一番好きな人が、別の男と幸せになるのを、下手糞な平気な振りをして見てればいいんです。他の女の子でも侍らせながら」
「あぁ、そうさせてもらう」
 本当に馬鹿、こう言うのを救われない馬鹿というのでしょう、風も見たのは初めてです。
 だから、誰も知らなくても風独りだけは知っていて上げます。

 覚悟を決めた救われない馬鹿がどんなに気高かったかを。

 くぐもった嗚咽が月下に流れ出す、オレは勘違いをしていた、オレは全然『強く』成れていない。
 強いのはオレではなく、風一人だ。
「ごめんな、風」
 腕の中の小さなぬくもりが、ほんの少しだけ、強さを分けてくれるのを感じた。


   

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