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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二十八話 秋華の流るる影に霞む心

 
 ・・・寒い
 
 意識を取り戻したのは、その感覚だった

 体中に氷の杭を打ち込まれたかのように

 ・・・痛い

 そう気付いてしまうと
 
 喉の奥から漏れ出す苦鳴をとめることはできなかった

 一体此処は何処

 何で地面で寝ているの・・・

 少女の頭の中は混乱で渦巻き

 周りを見ようとして

 体が動かない事を知った

 嫌だ・・・

 こんなところで一人ぼっちで

 いやだ・・・

 そっと、誰にも気付かれることなく消え去るのは

 イヤだ・・・

 死にたくない

 少女の魂を引き裂くような絶叫も

 戦場の音に掻き消され、誰にも届かない。

「やだよ・・・助けてよ・・・おにいちゃん」

 その弱弱しいつぶやきも・・・


「秋蘭様、後方より砂塵。おそらく報告にあった張遼と華雄かと」
 流琉の声に含まれた緊張を読み取り、ふっと力を抜いた笑みを返す。
 妹のように大切に思っている少女は、『大丈夫か』と声を掛けても『大丈夫です』と少し青ざめた顔をして、そう答えてくる。
 この少女には心配をしてやるよりは、安心をさせてやるほうが良い。
「心配するな、我が軍は精兵ぞろい、数も勝っている。敵も真正面から突撃してくる事はないさ」
 そんなことをすれば、突破力と機動力が売りの張遼の騎馬隊が、足を止められ、包囲殲滅されるだけだと、敵もちゃんと解っている。
 大した戦闘にはならないのだと・・・私は知っている、そう思わせる為の微笑み掛けに、流琉は少し緊張で強張った体から力を抜いた。
 秋蘭はそれを見て少し心を痛める。
 こんな素直な少女を、戦場に引っ張り出してしまった。
 戦力として見過ごす事ができないほどの武力を持ち、素直な性格からか飲み込みも早く、相棒が無鉄砲な為に慎重で思慮深い。
 将として将来大成するだろうことは、贔屓目を差し引いても確信できる。
 しかし、ついこの間まで女童だったような少女だ。
 血で血を洗うような、どす黒い戦場流儀を・・・この妹には見せずに済めば、どんなに良かった事か。
「・・・そうか、お前は初陣だったのだな」
 平和な時代で、戦に関係なく生きて欲しかったものだ・・・

 そう思われる者達が、一人でも減る様に、華琳様による大陸の平定は出来るだけ早く、行われなければならない。
 だから流琉、お前には謝らないが、ともに戦ってくれる決意・・・姉として、誇りに思う。
「大丈夫だよ流琉、ボクも秋蘭様もいるんだから」
 能天気な声で笑いかける相棒に、流琉の顔も綻んでゆく。
 本当にいい組み合わせだな、足りないところを補い合って、支えあって前を向く。
 笑い合う少女達を、戦場であるにも拘らず、穏やかな目で秋蘭は見つめる、姉のような、母のような、優しい眼差しで。
「うん、そうだよね。よ、よーし」
 それは明らかに空元気とわかったものの、流琉の緊張が伝わっていた兵達に、気力と安心を与えた。
「気を抜くなよ二人とも。
 華琳様の軍を敵に回す代価の高さを、確りと敵に刻んでやらねばならんからな。
 伝令、これより我ら後方よりの敵を迎え撃つと本陣に伝えろ」
 鋭い秋蘭の声に、兵達が武器を構える音が波を打って広がっていく。
 華琳様の覇道に立ちふさがる、全ての敵を薙ぎ払う。
 ・・・覇道はわが手中の玉にあり。
 秋蘭の口元に笑みが浮かぶのに、流琉は気が付いた。

「良い心がけよ秋蘭」
 不意に聞こえるはずの無い声が耳に届き、三人が驚いて振り向く。
 その先には正しく彼女達の主、覇王・曹孟徳その人が立っていた。
 北郷一刀と沙和、二人を従えて。
「華琳様、何故ここに。此処は危険ですお下がり下さい」
 秋蘭らしくなく、少し焦った声を出すのに、華琳は可笑しそうに笑った。
「貴女らしくないわね秋蘭。
 戦場に危険でない場所などあるはずが無いでしょう。
 それに、私は見てみたいのよ。あの男の顔を」
 華琳の言葉に秋蘭が眉を顰め、同じように声を潜めた。
「『魔王』ですか、華琳様」
 声を潜めなければ、青州兵は浮き足立ち、劉備軍のように無様な負け、とまでは行かないが、掌握するまでに被害は此方が一方的に被る事になる。
「ええそうよ、前方での戦闘にあの男は出てこない。
 いえ、出て来れない筈よ。
 あの男は、春蘭たち前曲ではなく、私を抑えようとするはず」
 敵の陣形は奇妙なものだったが、それが攻め込む意志を持っていないことを、華琳は鋭く見抜いていた。
 あれは防御陣形、こちらの出鼻を止める為のもの、春蘭の突破力を敵は過小評価してはいないということね。敵ながら、人を見る目は見事、というところかしらね。
 華琳の口元が、知らず笑みに綻ぶ。
「前方の呂布の対応は、春蘭と桂花に任せてきた。
 私は二人の能力を信頼しているし、二人の忠誠を信用している。
 後方の敵は私自身が受けて立つ、いつまでも敵の好きにさせておくのは、私の趣味ではないわ」
 顎を少し上げ、胸を張り、覇王が配下の兵達に号令をかける。
「遊撃陣を組みなさい、あの男を・・・引きずり込むわよ」
 私に力を示してみなさい『魔王』。
 くだらない奇策だけの男なら・・・そのまま殺してあげるから。



 ざわめきだす曹の旗の下に集う兵達。
 それを見た一影の目が鋭く細まってゆく。
 遊撃陣・・・直接戦場に立って、手足のように兵を動かせる指揮官がいるとなれば、臨機応変、変幻自在な動きを見せる、もっとも性質が悪い陣形。
 その指揮する者の才覚が、如実に現れる代物。

 秋蘭は・・・この状況では選ばない。

 桂花も、こちらの突撃の意図を見抜き、突破のベクトルを受け流すだろう。

 ・・・華琳だ。

 自身の才覚に絶大な自信を持ち、それが過信ではなく・・・その身に確かに備わっている才覚の、冷静な評価でしかないと、誰しもが認める存在。
 前曲での戦闘を捨てたか・・・いや違う、華琳は片方を捨石にして、もう片方を取るような事はしない。
 春蘭と桂花に任せ、何とかすると信じたか。
 ではなぜ、後方に

 ・・・霞か。

 蜀がつぶれた今、董卓軍を止める事が出来るのは実質曹操軍だけ。
 
 これが、歴史の修正力なのか。

 霞が捕らえられたのは洛陽戦のはずだ、水関では撤退している。

 まずい・・・ということは華雄も危険だ。

「敵の気配が変わった」
 霞の顔が真顔に戻る。
 自分には感じ取れなかった何かを、感じ取った一影の言葉を、疑う事もせず。
「気配っちゅうのは、どういうこっちゃ一影」
 もっと解るように言い換えろ、霞が目でそう告げてくる。
「華・・・曹操が直接指揮している。
 先程までは受け流すような陣形を組んでいたが、あの陣形は受け流す気ではない。
 霞、時間差で突っ込んでくれ、華雄が囲まれる。
 いや・・・ダメか、そうなったら孫策が動く・・・なら直接曹操を、オレが・・・」
 目を細める一影、そこには凶悪な光も、決死の覚悟も見えない。
 どちらかと言えば・・・死に行く者の朧気な影が見えた。

 一つ決意するように頷くと、幽に降り返る。
「幽、華雄に伝令しろ。
 決して深入りするな、敵陣の際を掠めるように削って駆け抜けろ。
 お前は、そのまま華雄の護衛。復唱不要、行け」
「はい、『魔王』様」
 短くそれだけ答えると、幽が漆黒の華旗目指して疾走する。
 走り去っていく幽に背中を見ていた雛里が、一影の目を真直ぐ見つめる。
「あわわ・・・敢て敵の策に乗るつもりですね、お兄さん」
 だから、幽さんを手元から外したんですね
 雛里の目はそう告げていた。
「乗って、その上で食い破らねば、曹操は此方を認めない。
 そうなると、ずるずると消耗戦に引き摺り込まれない。
 霞、何があっても馬を止めるな」
 全軍で足を止めてしまえば、包囲殲滅で此方が全滅する、突破力と機動力を生かせているうちは、戦場を混乱させられるだろう。
「ちょっ・・・アンタ死ぬ気ちゃうやろな」
 雛里が小さく息を飲む。
 その結論は、一番先に頭に浮かんでいたのを、無理に底の方に押し込めていたもの。

 確かに、霞がそう言うのも解る。
 華雄や霞の様に武力が高いわけではない。
 生存確率は二人に比べて極端に低いだろう・・・
 言ってしまえば、ハッタリや小細工、トリックが出来ない状況では、オレの戦力などぎりぎり将と呼べるか呼べないか程度、それは自覚している。
 この『恋の方天画戟』の影を借りた、『漆黒の方天画戟』が無ければ将など名乗れない、と言い換えても良い。
「死ぬつもりは無い・・・」
 それは答えになっていない答え、つまりはそう言うことだ。
「曹操と・・・刺し違えるつもりやないやろな」
 霞の言葉に一瞬目の前が暗くなる。

 華琳を・・・この手で、殺す・・・だと。

 全く考えもしなかった言葉を、思考の水面に放り込まれ、一影の思考が波打ちざわめく。

 まさか、ありえない・・・殺せる訳無いだろ、華琳なんだぞ・・・

 止まれ、考えるな。 

 思い出すな、迷うな、今は生き残る事だけ考えろ。

 あの子の・・・華琳の為にも、朧の為にも、絶対に死ねない、死ねる筈が無い・・・必ず生き残る。

「恋に、勝ったとき。
 朧が言ったんだ・・・絶対無敵だ、と」

 霞に向かって小さく頷き返す。
 そこには先程までと違い、恋をも下した・・・霞が恐怖した目が有った。
 そっと相手に死を手渡せる、静かで深い瞳。

「信じたる、ウチもアンタが絶対無敵やて」
「あわわ・・・わた、私も、しんじてましゅ」
 二人の少女からその言葉を受け取ると、もう一度力強く一影は頷いた。



   

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