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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二十七話 霞む影に凪ぐ心

 
 前方の劉の牙門旗・・・その横に立つ真紅の呂旗を目指し騎馬を走らせる、曹操軍の軍勢。
 敵は天下無双の豪傑と名高い、あの呂奉先。
 凪も真桜も、自分の力では到底及ばない事は、誰に言われるまでも無く、痛切に自覚している。
 そもそもがだ、たった一人で三万の兵を討ち倒したなどという、胡散臭い事極まりない噂が流れる時点で、呂布がどれだけの化物なのかが全く想像がつかない。
 それでも、と凪達の想像力の翼は飛び上がる。
 仮に、一振りで十人倒せる化物だとして、三千振り
 ・・・戦場と言う、僅かな気の緩みで命を失う・・・極限状態での疲労の速さは、通常状態の比ではない。

 全身に無駄な力が入り

 思考は上手く回らず

 体は泥の中を歩くように重い。

 その状態での三千振りは、通常の素振り三万振りを越すだろう。
 素振りを三万振り・・・体を壊さずに達成するのは不可能ではないのか、それは。
 いやまて、そもそもが、一振りで十人を倒せるという前提条件が異常だ。
 となると、せいぜいが初撃で全員を切り伏せたとして一振一殺で三万振り

 ・・・通常の素振りでは

 ・・・三十万振り。

 そんな化物が居るものか

 誇張しすぎではないのか。

 しかし、桂花様はその情報は事実だと告げた。
 あの魏武の大剣と詠われる春蘭様御本人が、呂布を倒すには自身と秋蘭様が、二人掛りで命がけで挑んでも及ばないだろうと仰った。

 そして、隊長。
「倒そうなどと思わずに、生き残る事を先ず考えろ」
 それは隊長らしい言葉だ、あの方は常に私達の身を案じてくれている。
 無理をするな
 怪我をするな
 生き残る事を考えろ
 命に変えてもなどと決して考えないでくれ、と。
 ・・・自ら剣を帯び、戦場に立って尚、何故あそこまで優しくなれるのか。
 北郷隊の隊長にして、華琳様の盟友、そして『天の御使い』
 ・・・そのどれもが隊長の事を示す名だが
 どれもが隊長の事をあらわさない呼び名。
 甘く・・・優しく・・・そのくせ、芯が強く、決して曲がらない。
 皆に好かれる不思議な魅力を持つ人・・・北郷一刀
 私達の隊長・・・
 私の・・・

 思考が横道にそれる凪の視界の端に、二つの騎影が小さく、此方と逆進していくのが映った。
「春蘭様、敵らしき騎馬が二騎、我らの後方に向かいました。叩きますか」
 振り仰ぎながら、大声で尋ねる。全速ではないものの、騎馬隊での行軍中は、声が聞き取りにくく、どうしても大声での会話になってしまう。
「放って置け。たかだか二騎に追っ手を出すほど、こちらも兵数に余裕があるわけでもない。
 何しろ相手は、あの呂布だ、凪、真桜、気を抜けばあっという間に殺られるぞ」
 引き続き周囲を警戒しろ、春蘭様の声にも緊張が見られた。
 相手は最強の武人・・・それでも、倒されるわけには行かない。
 私は、隊長と約束したのだ・・・春蘭様と真桜の三人で・・・必ず『ただいま』を言う、と。



 さながら戦場は鉛色の楽曲場、軍は不吉な楽団、兵士は青ざめた楽師・・・

 指揮者が振るうタクトは、偃月刀に

 演奏者のもつ楽器は、剣に、弓に、槍に・・・

 命の音色を極彩色に描き殴る。

 煌く白刃が朱の霧を散らし、肺から洩れる最後の呼気が鳴らす苦鳴。

 金属同士が噛み合う鈍く硬質な音、仕損じた敵が上げる、甲高い絶叫。

 軍馬の規則正しく地を蹴る響き、酸素を求める獣じみた呼吸音。

 倒れ伏す体が地を討つ低くくぐもった音、流れ落ちる不吉な紅い水音。

 複雑な音色を幾重にも重ねていく、悪趣味で不気味な、原初のオーケストラ。



 巧みな用兵で袁紹軍を翻弄し、立ち直る隙を与えず、削りに削った霞だったが、それでも袁紹軍を崩壊させるのは無理な話だった。
 何しろ数が違いすぎる。
 袁紹軍は反董卓連合軍の中核をなす、水関に集まっている董卓軍の総数より、その兵数は多いのだ。
 対する霞の軍勢は董卓軍の四分の一、兵数比は単純戦力比にはならない。
 ・・・ならないのだが、それでも敵が多すぎた。
 その戦いを端から不意に今、初めて眺めた者がいれば・・・霞の軍が包囲殲滅されて直ぐにけりがつくと、間違いなく断言するだろう。
 敵の混乱に乗じたとはいえ、本来であれば、攻撃を仕掛ける事などありえない。
 自軍の実に五倍もの敵に対して、奇襲を仕掛けた霞と、その命に従った配下の将兵の胆力こそ賞賛されるべき・・・そんな異常な現実。
 相手に冷静になられたら負け。
 そんな綱渡りな、賭けにも似た戦況に、霞の心は沸き立ち、頭は冷めて冴え渡る・・・『神速の張遼』の本気が、今試されていた。

 一影からの伝令が来たときには、華雄が蹂躙した袁術軍は既に崩れ、敗走が始っていた。
 あそこは一度、華雄と恋に追い掛け回されて、酷い目にあっとったからな・・・
 袁術の独断専行で仕掛けてきた時に、伏せ討ちからの逆撃で孫呉ではなく、袁術軍に直接打撃を与えたのだ。
 華雄が、伏せ討ちで・・・である。
 幽と『魔王の軍』も当然その伏せ討ちには参加し、孫呉の軍が攻城戦から呼び戻される頃には、惨憺たる有様になった袁術軍だけを残し、後姿も見せずに退いていた。
 袁術本人は、物言わぬ兵に散々に追い立てられ、命からがら後曲に逃げ延びると、陣地構築をやけに頑健にし始め、連合軍の残りが来るまで決して、水関を独力で攻めようなどとは言い出さなくなった。
 しかし、袁紹軍は袁術軍よりさらに兵数が多い上に、顔良、文醜の二枚看板が兵をまとめ、退く事を良しとせず、兵の一部を混乱から治め掌握した為に、追撃を喰らう可能性が出てしまった。
 その為に霞は、袁紹軍から離れられず、袁紹軍を混乱させようと更に攻撃を仕掛け、敵の被害が拡大していた。
 顔良、文醜が兵の一部を掌握したといっても、それは袁紹のいる軍の中核のごく一部な為、霞の軍は反撃らしい反撃も受けず、一方的に混乱した兵を倒していくだけなので、ほとんど損害は出ていないのだが・・・霞の頭の中は焦れていた。

 あかん・・・あかんで・・・今はまだエエけど。
 こっちが疲れでも見せたら一気に引っくり返されてまう。
 さっさと勝ってる内に、トンズラかまして勝ち逃げせんと全滅や。
 顔良、文醜が意外に統率力があったんがアカンかった・・・
 妙に必死になって兵隊手元に引っかき集めとったが、アレが守りや無く、こっちの逃げんのまっとるんやったら、まずい。
 ・・・何か、敵の度肝抜くような事でもやらかして、一気に距離とらんと。
 半端な距離やとこっちの弱気と勘違いされて、ずるずる泥沼に嵌る。
 そんなんなったら、兵数の少ないウチとこが不利や・・・あかんで、こりゃ。
 あんまウチが遅れて、華雄だけで曹操軍と当たったら、あっちも全滅、こっちも全滅で、全滅祭りや・・・

 眉間にしわを寄せていた霞の、目の前にいた敵が、派手に血飛沫を上げて倒れていく。
 一閃ごとに数人の敵が切り伏せられていくのを、霞は信じられないものでも見るような目で、見ていた。
「霞、本命の曹操に行くぞ」
 更には、こんなところに居るはずのない、声が聞こえるなどありえない人物の声が耳を打ち、霞は何も考える事無く、感情の赴くままに言葉を口に出した。


「ダァホ。大将が何ノコノコこんっな混戦の中に、単機で突っ込んできとんねん。
 それも幼女大事に抱えて。
 何やぁ『大将が幼女抱えてやってくる』なんて笑える新標語でも広げんのか、こんボケがっ」


 鼓膜が破れんばかりの大声に、一瞬、戦場の音が消えたように錯覚するほど、周囲が静まり返り・・・霞の部下達がざわめきだす。
 袁紹軍の兵達も皆、怒鳴り散らした霞を、そして雛里を抱える一影を見た。
 その視線の集中した瞬間を逃さず、一影がすかさず動く。
 下手に囲まれでもしたら、厄介この上ない。
「天下無双の方天画戟・・・死出の旅路の土産話に、お前らに見せてやろう」
 言うなり漆黒の方天画戟を一閃、固まっていた袁紹軍の兵が三人、鎧ごと斬り捨てられ絶命するのを見た袁紹軍の兵達が、じりじりと後退していく。
「そちらからこないのであれば・・・此方から行くぞ」
 空を鋭く薙ぐ、耳が痛くなるような甲高い音で、蜘蛛の子を散すように、周りの兵が逃げだす。
 口々に「呂布が出た」「化物だ逃げろ」と叫びながら逃げる兵達に、パニックが伝染して行き、ようやく袁紹軍が予定通り敗走しだすのをみて、霞が溜息をつきながら肩をがっくり落とす。
「まぁ助かったんはホントやから、ありがとう言うとくけど・・・怒鳴ったんはウチ悪ないで」
 口を尖らせながら、ウチは怒ってんねん、と横顔でそう言っている霞の目の前で、幽が小さく手を振る。
「・・・一応、護衛が一人です」
 霞の溜息がますます深くなる。

 雛里はといえば、突然の大声に驚き、一影の胸にしがみ付いて、顔を胸にうずめぶるぶると震えている。
 まともに、霞の顔を見ることも出来ないでいた。
「本物なら二、三人敵が宙に舞うだろうから、その方が良かったか・・・」
 まるっきり見当違いな反省を口にする一影に、すかさず突っ込みを入れてしまう。
「アホッ、んなどーでも良いこといっとらんと急ぐで。
 全員深呼吸三回、それから水飲み。
 次はお待ちかねの曹操軍や、今度は本当の戦争や、みんなきばり」
 騎馬で移動しながら、深呼吸をして水を飲む。
 しきりに手の汗を拭う者、肩を上下させる者など、疲れを抜き自身をリラックスさせる方法は様々だが、次第に効果は現れ、興奮で狭まっていた視界が広がり、血の昇っていた頭が適度に冷えてくる。
「その、一影・・・無茶までして来てくれたんに、怒鳴ってしもて・・・カンニンな」
 妙にしおらしくなった霞に、少し顎を引いてみせ。
 軽く肩をすくめると、そっと雛里を促して、霞の方に顔を向けさせる。
「気にするな、それより、紹介しておく。
 鳳士元、巷で『鳳雛』と呼ばれる天才軍師だ」
 ほーっと顔を覗き込んでくる霞に、帽子を引き下げて顔を隠すのを必死に我慢しながら、雛里が自己紹介をする。
「あわわ・・・鳳統でし、ま、まだ正式ではありませんが、董卓軍に加わりました・・・よろしくおねがいしましゅ」
 一影の腕にしがみ付きながら、霞に丁寧に頭を下げようとして、馬から転がり落ちかけ、慌てて一影にふたたび必死にしがみ付く雛里を、霞は目を輝かせながら見つめる。
 その目は、さながらネズミを見つけた猫のよう。
 その様に、雛里は更にしり込みして一影に身を寄せていく。
 本能的に悟ったのだろう・・・霞から何かを。
 ・・・その直感は正しかった。

「なんやこの、むっちゃ小動物な噛み噛み美少女・・・一影には嬢居るんやから、ウチによこし」
 言うなり、腕を伸ばして掻っ攫おうとする霞。
 その腕から、さっと一影は雛里を守るように身をかわす。
「他の者も同じ事を言うだろう、自分にも軍師をつけろ、と。
 だが・・・この戦の間は霞に預ける方が安全か、任せるぞ霞」
 馬を横付けに寄せると、雛里を抱き渡す。
「おう、ウチにまかせとき、この神速の張遼の名にかけて、かすり傷一つつけずに守ったるよ」
 雛里の体を懐に抱きこむように抱き取り、自信満々な笑みを浮かべた霞が、地響きか、はたまた馬のいななきか、何かに気付き鋭く目を細めるて振り仰いだ先に、砂塵が待っていた。
「華雄は追撃戦しとったらしいな、丁度エエとき来たわ。
 いたで・・・曹の牙門旗。
 挨拶して水関に逃げ込む、でええんやな」
 心なしか声にも緊張感が程よく混じり始め
 次第に顔つきまでもが、精悍に引き締まって行く。
 先程まで、雛里を一影と取り合っていた顔ではなく、そう『神速の張遼』の顔つきに。
「あぁ、疲れ切った霞と華雄の軍で連戦などさせんよ」

 それに・・・此処で白黒つけず、連合でもう一度会議を持たせた方が良い。
 足を引っ張り合うか、自然解散をするか・・・
 よしんば、持ち直したとしても、そのときは今度こそ曹操軍と孫呉以外はまともに戦えない。
 今日の記憶がトラウマになる、五分の一の兵に圧倒的な敗北を負ったのだ、兵の士気は取り戻しようが無い現状・・・内部崩壊するのを待てば良い。
「よっしゃ、そんじゃ予定通りやな」
 そう言って部下に合図すると、紺碧の張旗が大きくぐるりと振られる。
 それに呼応して、漆黒の華旗が同じように大きく振られた。
「一騎打ちしたくても、今は出来まい」
 胸の雛里を見て、唇を尖らせる霞。
「安全て、この子の安全やなく、ウチの暴走防止か。・・・一影のいけず」
しゅんとする霞の姿をみて、幽が吹き出して笑った。
 曹操軍は目の前、強敵は・・・愛する少女は・・・直ぐそこにいる。 


   

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