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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二十六話 幽に朱に染まる雛、恋すれど星の影

 
 目の前には小さな幽よりさらに小さな少女が、烈火のように怒った表情で、幽の後ろを追いかけていた。
 恋にはそれが遊んでいるように見えたが、逃げる幽も、追う鈴々も抜き身の武器を振り回し、その一閃で人の命を奪うことが出来る存在なのだ。
「幽、遊んでちゃ・・・だめ。もっと、がんばる」
 ぐっと握りこぶしを握り締めて、頷いてやると、幽が泣き出しそうな顔をして、首を振る。
「無理無理無理、張飛のほうが強いです。恋さん、助けてー」
 首をかしげる恋に鈴々が漸く気がついた。
「二対一なのかー、鈴々はそれでも構わないのだ、だから逃げるなー」
 ぶんぶんと蛇矛を振り回し、何処からどう見ても、癇癪を起こした子供でしかない鈴々から、距離をとった幽が恋に火種を放り込む。
「『魔王』様がいま、敵の火計に掛かって、速く助けなきゃいけないのに」
 その言葉で、恋の眼から光が消える。
 そこにはボーっとして、いつも日向で丸くなっている恋の姿はない。
 鈴々が無意識に身構えるほどの、恐ろしい殺気を身にまとった天下の飛将軍・呂奉先だけが、立っていた。
「・・・お兄ぃ助けに行く。だから・・・お前、邪魔」
 大気が断ち切れたような鋭い試し振りに、鈴々が呆気に取られている間の、ほんの一瞬で勝負はついた。
 恋の馬上から繰り出された、方天画戟の斬り上げは、余りに鋭く早すぎた為、鈴々は事の起こりも、その軌跡すら見ることも出来ず、今まで受けたこともない衝撃に軽く三メートルは吹き飛ばされた。
 冷たいと感じることも出来ない刃の一閃で、胸から肩に掛けて深く切り裂かれ、受身を取ることも出来ずに地にたたきつけられた時には、すでに意識はなかった。
「幽、案内・・・すぐする」

 目付けを徹底的に一影に仕込まれた幽ですら、今の一撃はまったく見えなかった。
 地に落ちた鈴々の体の下に、見る間に血溜りが広がっていく・・・誰も何も言えず、幽もぽかんと口を開けたまま頷いて馬首をめぐらせた。

 運が悪かったね、張飛・・・アンタ強すぎて、アタシじゃ勝てないから。

 でも、痛み感じる間もなかったろ。

 幽が馬の腹をけり、今来た道を戻るように走り出す。
 恋の殺気はその身の内に再び納まり、幽を先頭に真紅の呂旗が劉の牙門旗を目指して疾駆する。
「お兄ぃは、恋が・・・助ける。約束・・・」
 朧ちゃん、ごめん・・・二番目は無理。

 『魔王』様・・・こんな人にどうやって勝ったんですか。

 アタシ、そんな人に最初逆らったんですか。

 ・・・どうして、アタシいま生かしてもらえてるの。



 火勢はそれほど強くはないものの、駆け抜けることは出来ないほどの広範囲が天幕を中心に、炎で包まれていた。
 燃えているのは下生えではなく
「・・・粘性の高い油か」
 しゃがみこんで手にした土に鼻を寄せた一影が、誰に聞かせるともなく呟くと、土塊を放り捨て天幕に戻る。
 風がないのが幸いしたが、このままでは熱で死ぬか、焼き殺されるか、煙に巻かれて死ぬか・・・どれにしても、ろくでもない死に方をするのだけは確かなようだ。
 幽は張飛を引き付けてこの場から離れた、残る手勢は劉備軍の残党の対処に追われている。
「すみません、私のせいでお二人を巻き込んでしまって」
 雛里が泣き出しそうな沈んだ顔でそう告げた、珍しく噛まないでいえているあたり、腹が決まったのだろう。
「雛里は頑張った、それはその姿を見れば良く解かる」
 星も穏やかな表情で、雛里の頭を撫でながらそう口にした。
 こと此処に至っては、誰のせいだと騒いでも意味がない事だと、腹をくくったのだろう。

 ・・・ヒステリックに泣き叫ばれなくて助かった。

 泣いても叫んでも、何も事態は改善されない。
 それにしても星はともかく、雛里がそんな強さを持っているのは意外だった。
「でも・・・仲達ちゃんが、お兄さんを失ったら・・・きっと歪んでしまう」
 上目遣いでそう確認する雛里の目は、否定の言葉を聴きたがっていた。
 朧は強い子だ、だから大丈夫・・・そう言って欲しがっていた。
 ・・・だから、答えてやった。

「朧は、孔明なんか比べ物にならない程、大暴れするだろう・・・それこそ、大陸中を焦土にしかねん」

 二人の表情が見る間に恐怖に歪んで行く、雛里は卒倒しかかり、朧のことを知らない星も、頬のあたリを引きつらせる。
 こんなことで、一影が冗談を言わないことを二人はわかっていた、そもそもこの男が冗談を言ったところなど、見たことも聞いたこともない。
 ・・・つまりは、いまの発言はまるっきり本気で、見る限りでは冷静な彼の、冷静すぎる予測なのだろう。
 そして、最悪なことに・・・この三人がこの場にいるのは、彼の冷静な予測の結果なのだ。
「あわわ・・・何か策、策」
 さっきまで、静かに死を受け入れる様な、諦観した表情の雛里が慌て出す。
「落ち着け雛里、先ずは深呼吸だ」
 そう冷静の仮面をかぶっている星に促され、大きく煙を吸い込んで二人して噎せ込む。
 どうやら、静かに最期の時を迎えさせてはくれないようだ。
 溜息と共に息を吸い込む。
「諸葛孔明、今よりこの策を打ち破る。その暁には、大人しく首を差し出せ」



 鋼の声が、剣戟の鳴り叫ぶ混乱した戦場を貫き、朱里の胸を抉った。
「策を・・・破る。なにを・・・」
 一体、何を言っているのだろう。
 今更どうやって、藁を積んで火を着けているのではないのだ。
 燃焼物質を取り除くことは不可能、油に水を掛けるほど愚かでもないだろうし、そんな大量の水もない・・・
 天幕を倒すのか、無理だあれにも油は掛かっている、一瞬で火が回るだけだ。
 読めない・・・。
 また負けるのか、
 また私には見えていないものが、彼には見えているのか。
 また、彼の瞳には私は映らないのか・・・敵としてさえ。
 憎んで、恨んで、殺されても良い。
 だから、私を誰かではなく、私として認識して・・・
 貴方を殺そうとしている敵は、どこかの愚か者ではなく、諸葛孔明・・・朱里だと。

 そこに追い討ちをかける声。
「朱里よ、すまんな・・・そなたの願いは聞いてやれなかった。
 桃香様、仲間を見捨てその先に何を掴むおつもりか。
 我等二人、今此処に劉備軍と袂を分かつ」
 裏切り者が・・・失敗した挙句、裏切っただけに飽き足らず、桃香様に意見まで。
 でもいい、これは夢にまで見た私と彼の舞台。
 だから・・・台詞をいったら舞台の袖にひっこんで。
 朱里のもとに響いた一影の鋼の声は、朱里の予想通り・・・まったく予想外の言葉だった。

「全軍、西方の弓隊に向かい突撃」

 朱里の手勢として鈴々と一緒に突撃して行った兵と、今まさに交戦中の配下の兵に突撃命令。
 それも、全く見当違いな、弓兵に向かって・・・
 何だそれは、第一に交戦中の兵が、そんな命令を聞くはずがない。
「どうした兵隊、『魔王』様が突撃と仰ったぞ。お前らのすることは何だ」
 先程逃げていった将らしき少女が、真紅の呂旗の軍団と共に砂塵を引き摺りながら、戻ってくるなり、無茶な命令を怒鳴る。
 鈴々ちゃんはやられたのね、呂布に。
 この展開は、既に頭の中で見た。
 それでも、彼は助からない・・・

 『突撃』

 余りに重い復唱の声に、その場の誰もが怯むなり、兵たちが突撃を始める。
 たった今、斬り合っていた相手を振り切り、後ろから切りかかってくるであろうその敵を、まるで無視するかのように、ただひたすらに命令に従う。
 その余りに異様な光景に、標的にされた弓隊は恐怖に逃げ惑い、ほとんど抵抗もなく蹴散らされる。
「突貫後、反転そのまま東に突撃」
 一影の声は大きくは無い、むしろ普通に話しかけるような、戦場においては聞こえるはずの無い声。
「反転、東に突撃。もたもたするな、役立たずの盆暗は斬り殺す」
 幽が復唱すると、それに続いて『魔王の軍』が重く低く復唱する。
 『反転、突撃』
 その言葉通りに実行される命令。
 次にどんな命令が出されるのか、劉備軍の兵は恐れおののく、心の中は次に自分が標的にされたら逃げることだけに埋まっていく。
「・・・凄い」
 その様を天幕から外に出て眺めていた、雛里が我知らずの内に呟いていた。
 炎に煽られる熱さも忘れたかのように、整然とただ命令に従う軍の動きに、心奪われていた。
 いがらっぽい喉に、コンコンと小さく咳き込みながら、それでも見とれている雛里がそれに気がついたのは、遠く離れた朱里が気がついた瞬間と、まさに同時であった。

 ・・・まさか、そんな手が。

 視界が霞むほどに、白いもやが重々しく漂ってくる。
「星、士元少し、離れていろ」
 手で自分の後ろに下がるよう示し、方天画戟を一閃・・・大天幕の中央を支える支柱を斜めに斬り、蹴り飛ばす。
 支線として張られていた縄を引きちぎり、あるいは杭を引き抜きながら、天幕の布を引き摺り倒す様に、最初はゆっくりと、次第に唸りをあげて支柱が倒れ伏す。
 振動が走り、引き摺られて音がそれを追い抜いた。
 更にその後を追うように、巨大な天幕の布が巻き起こした、強烈に吹き付けるような風が炎に送り込んだのは、大気の中、宙に舞う大量の砂塵。
 地を這うように砂塵を大量に含んだ重い風が、炎を吹き消し、焦げた大地を黄色に覆い尽くしてゆく。



 巨大な砂塵の巻き上がる中を、朧気な影が揺らめくのを、朱里の恐怖と歓喜に見開いたままの眼は映していた。
 次第にその影は濃さをまし、ゆっくりと人の形に結像して行く。
 それは次第に朱里の恐怖の対象へと姿を変え、
 その場の劉備軍全員が、恐怖に飲まれ動けないままの中にあって、
 足音も無く正面から朱里に向かって行く。
 その歩みの前に手を広げ立ちはだかろうとする桃香を、
 数メートル吹き飛ぶほど、歩みを止めることなく殴り飛ばし、
 ゆっくりと朱里の目の前に立ち、その足を止めた。

 『魔王』だ・・・本物の。

 誰かの呟きは、ガラスのように張り詰めた空気の中を、すべるように皆の耳を駆け抜けていく。

「・・・鳴け」
 小さな体が宙を舞う、無慈悲で強烈な蹴りに。
 余りに強烈で、唐突な衝撃と恐怖に、朱里は痛みを受け取るまでに時間が掛かった。
「・・・喚け」
 地に倒れ付したところに再び、蹴り飛ばされ、地を滑りながら腹の鈍痛に、気を失えずにいる。
 滲んだ涙で視界が歪むが、朱里は一影から目を離さなかった。
「・・・苦しめ」
 左肩を凍える寒さと焼ける痛みが貫き、少女の絶叫が埋め尽くした。
 しかし、地を転がってのた打ち回ることは許されず、襟元を掴まれ片腕でその体が吊り下げられる。
「見ろ、お前が足掻いた結果がこの様だ。どうだ、満足か」
 そこには一方的に虐殺されて、藁の様に死んでいった者達の屍の山・・・
 震える朱里の目には、絶対的な恐怖。
 怖いなどと口に出せないほどの恐怖と・・・小さな欠片のような笑み。
「満足したなら・・・そのまま死ね」
 その言葉を聴いた途端、胸倉を掴み上げていた一影の手を、朱里の小さな手が握り締める。
 ぽろぽろと、涙をこぼしながら、懸命に首を振る。
「やだ・・・やだ。貴方に殺されるのは、いいです。でも、忘れられるのは、嫌です。私を・・・忘れちゃ嫌です」

 ・・・何という、不器用で、はた迷惑で、愚かな告白だろうか。

「朱里ちゃんを、殺さないでください、お願いします」
 予想外というかべきか、想定内と言うべきか・・・助命の声は雛里からあがった。
 雛里の思惑はわかる、此処で朱里を処断されては、全ての罪は桃香が背負わなければならない。
 そうなっては、確実に死罪・・・それを避けるには、実際にそう仕向けた実行犯が生きていなければならない。
 ゆっくり悩む暇は・・・無いか。
「処分は後で決める。両手足を拘束して閉じ込めておけ」
 部下に朱里を投げつけ、桃香以下将を同じようにするように命じる。

 それを聞いて、すかさず幽が質問をする。 
「『魔王』様、張飛はどうします。恋さんがさっき切り捨てちゃったんですけど」
 しれっと人のせいにしつつ、念のために聞いておく。
「こいつらを後送するときに拾っていけ、屍でも構わん、拘束は全員に徹底させろ。
 劉備軍のことはもうどうでもいい、戦闘態勢を取れ。恋の部隊と共同で鶴翼の陣。
 両端に騎馬隊を配備。曹操が来るぞ」
 幽にそういって後のことを任せると、それ程遠くない舞い上がる砂塵の方を睨む。
 一影の発令が終わるのを見計らって、伝令に出ていた二人が声を上げる。
「申し上げます。華雄、張遼将軍ともいまだ交戦中。
 前方より騎馬多数、旗印は夏侯、楽、李」
 春蘭と・・・凪に真桜、か。
 恋相手にその三人とは何を考えている、華琳。
 親衛隊の季衣と流琉はわかるが、何故秋蘭を温存している。
 
 ・・・北郷・・・一刀が気付いたか。

 呂布に本陣を突かれるのを警戒して、か。
 余計な真似を・・・

「士元、この意味が解かるか」
 石突を軽く地に突き刺し、砂にまみれた体を叩く。
「・・・はい」
 雛里が青い顔を向けて頷く。
 桃香を助けても、もう軍は再編できない。
 董卓に従え、そういうことですねお兄さん。
「曹操さんの軍は精兵です。
 そして夏侯将軍の率いる兵は、その中でもとりわけ突破力があり、此方に数で勝っています。
 しかし劉備軍残党は、将を失い指揮系統が回復しません。それを楯にして使えば此方の被害は抑えられます」
 魔女帽の上から頭を撫でてやりながら、小さく頷く。
 今の雛里ならベストな回答。
 しかし一影は、雛里の言葉で一つ思いつく。
「46点。常識的過ぎる上に綺麗過ぎる、そして人心掌握が甘い。後送待て」
 士元、朧ならそうは答えんぞ。
「聞け劉備軍の残党よ。
 正面には曹操軍が迫っている、奴等がお前たちのことを、避けて突撃してくれるなどと思ってはいまいな。
 生き残りたくば槍持て曹操軍と戦え。お前達は義によって賊を討たんと立ったものだろう。
 勅命を受けし我が主董卓様の為、賊軍を打て義勇の兵達よ」
 この言葉だけで動くなら、既に劉備軍には残っては居ない。
 そこで、やつ等の心に芯を入れてやる。

「いまより劉玄徳、関雲長、諸葛孔明の三名を解き放つ。
 彼女達に忠義を誓ったものも居よう・・・見事守って見せた暁には、逆賊の罪を減じるよう帝に言上する事を此処に約そう。義勇兵よ、お前達の忠義と義心、見事見せてみよ」
 三人に武器だけを返し、鶴翼の前に放り出す。
「言葉は違えん、見事生き残って見せろ」
 三人にだけ聞こえる様な声でそう告げると、劉備は俯き、関羽は睨みつけてきたが、一人朱里だけが力強い光を宿した目で頷いた。
「劉備軍の皆さん、三段陣を敷いて下さい。敵は突破力があるので、すぐに突破されて左右に・・・」
 朱里が大声で一人で指揮を取り出す。今は劉備と関羽を説得しているだけの時間が無いのは、見抜いたか、流石『伏龍』。
 去り際に関羽が幽を睨みつけていったが、幽は柳に風とその視線を軽く受け流した。

 ようやく、雑事処理が終わったところで、恋が駆け寄ってくる。
「お兄ぃ・・・遅くなって、ごめん」
 くしゃっと赤髪を撫でながら、張飛とやりあったという幽の言葉を思い出し、孔明が毒でも塗っているかもしれないと、念のため恋の体に怪我でもないか確める。
「くすぐったい・・・恋は無事」
 それでも黙って体を触らせながら立っていた恋は、ようやく星と士元に気付く。
 じっとしばらく二人を見つめていたが、不意にひょこっと頭を下げた。
「・・・こんにちは」
「あわわ・・・こんにちは、です」
 小動物系の二人が、戦場に全く似合わない挨拶をかわすのに、密かに癒されながら。
 幽を目で呼ぶと、慌てて走りよってきた。
「お呼びですか『魔王』様」
 何度『魔王』様は止めろと言ったか忘れる程、幽にしては珍しく此方の言いつけを守らないので、すっかり許してしまった名で呼ばれる。
 そろそろ自分でも、違和感を感じなくなってきていることに、危機感が無いでもない。
「士元を守れ。戦場のどこに行くのも自由だが、お前は必ず横にいろ」
 少し意外そうな顔をした幽が、物言いた気な目で見てくるので、言えと無言で促す。
「あの子、そんなに凄いんですか」
 うちの軍には優秀な軍師がいっぱい居るのに、と言外に匂わせる。
「戦術級では、大陸で最も優秀な軍師だ。朧に戦術を教えることが出来るほど」
 その言葉でどれ程の物か、凄さが解ったらしく、幽の眼が見開かれる。
「恋、星、敵の突撃を受け止めたら、左右の騎馬隊で突撃。中軍は華雄、張遼に任せる」
 喉の奥でクツクツと星が笑う、つい先程降った将に騎馬隊の一翼を任せて、突撃しろと言う・・・やはり変わった御仁だ。
「おやおや、随分と人使いが荒い。しかし、任されよう」
 幽がすかさず部下に馬を調達させ、星の下につれてくるよう命令すると、他に何かいりますかーと、すっかり普段の言葉使いにもどって星と話し出した。

「お兄ぃ・・・此処は任せて・・・霞を助けに、行って」
 珍しく恋が意見を返してきた。
 何かを戦場から感じたのだろう、自分で行くといわない所から、武でだけはなく智も必要と・・・となると、相手は華琳か。
「幽、士元来い。星、恋に此処は任せる。恋、例の仕掛けを星に説明しておいてくれ」
 それ、今アタシがしておきました、と幽が長持を目の前に置きながら返事をする。
「雛里、です。真名・・・あわわ」
 抱き上げられ、あわあわ言っているあいだに、一影が馬上に飛び乗るなり全力で駆け出す。
 雛里はトレードマークの帽子を、飛ばされないよう必死に抑えながらも、一影の胸に押し付けられていた。

 それを慌てて追いかける幽の後姿を眺めながら、星が可笑しそうに笑い声を上げる。
「まさか、捕らえた全員をただで解き放つとは思わなかったぞ。
 頭も切れ、腕も立つが・・・そなたの兄は変わり者だな。そうそう、そなた名は」
 今更ながらに、皆が居るときに自己紹介位すべきだったなと、星が苦笑しつつ聞くと、恋もまだ言ってなかったっけと小首をかしげつつ
「恋は、呂布・・・字は奉先、恋でいい」
 あっさりと真名を許され、星が更に可笑しそうにしながらも笑いを噛み殺す。
「なんと、そなたが呂布か。
 それがしは趙雲、字は子龍、真名を星と言う。で、恋よ、そなた一影殿を此処から逃がしたな」
 コクリと素直に頷く恋に、星が笑いを噛み殺せなくなり、クスクス笑い出す。
「変わり者兄妹とはつくづく面白い・・・話の続きは、生き残って水関でするとしよう。
 それがしは右に、恋は左で」
 手早く話を纏める星を見つめ、恋が少し唇を綻ばせる。
「星も・・・変わり者。・・・ぐっどらっく」
 そういって親指を立てる恋、当然だが、星にはそれが何だか解らず怪訝な表情を返す。
「なんなのだそれは」
 少し何かを考えるように右上に視線を彷徨わせた恋が、一人頷く。
「無事を祈る、お呪い。・・・お兄ぃが言ってた」
 それを聞いて星がにんまりと笑う、妖の術ですかな一影殿、そう心の中でからかいながら。
「ほほう、それはいい事を聞いた。グッドラック、恋」
「うん・・・星もぐっどらっく」



   

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