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歪んだパズルのつなげ方

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*Edit
   

DR~少女竜騎士物語~

第九幕「私と私達」

 
 少女は決して口にするつもりのなかった言葉を綾子に叩きつけ
 相手の表情が恐怖と苦痛に歪むのをみて
 初めて自分が何を声に出してしまったのかに、気付かされた。

 深く心に傷を負い、蹲りそうになっていた自分が、静馬によって救われた。

 そう自覚しているフィオナにとって・・・
 『相手に認められない』ということが
 どれほど心を焦がし、抉るのかを痛いほど解っていた。

 故に、この事は口には出さない・・・そう、決めていたのに。

 よりにもよって、本人を目の前にして、相手の存在を全否定してしまった

 救ってくれた、恩人を・・・

 言葉には重さがあり
 一度口に出した言葉は無かったことには出来ない
 たった今、綾子にそう言われた現状で
 心の逃げ場を失い、追いつめられたフィオナは、反射的に逃げ出した。



 ・・・そうであったのなら、フィオナは救われる。



 そうであったのなら、駆け出したフィオナが、涙を散らしてはいなかっただろう。

 彼女はもう少し不器用で、意地っ張りで・・・寂しがりだった。

 自分は独りでも大丈夫、やり遂げるという決意は、勝気を核とした反骨の気持ちの結晶

 言い換えるのであれば、意地を通すための噛み締められた奥歯、握りしめられた拳。

 それを持続するためには、不純物が混じっては変質し・・・
 僅かな緩みがあっても成り立たぬ。

 救われてしまえば、持続できない・・・捨て身の気持ち。

 嫌味を並べ立てても、自分から離れていかず
 飄々とした態度で受け流し 
 フィオナが本質的に、寂しがりの子供であると
 そのままを受け止めてしまった静馬の存在は・・・

 傷ついたフィオナの心を癒す救いであり

 救われた分だけ苦しめる毒薬・・・

 人は誰かに理解されることを
 いや、理解されたと感じることを、本能的に求めるものである
 それを拒絶して
 救いを押しのけ、傷を抱えて、フィオナは走って逃げた

 フィオナの行為は盲目的で、狭量で、子どもっぽいものだ・・・と、笑うことは間違いではない。

 しかし、それは彼女の潔さや誇り高さを認めた上でなければならず

 それでも決断を独り下し、自室のベッドの上で膝を抱え
 抱えた枕に顔を押し付けて、泣き声をくぐもらせて泣きじゃくる少女の姿を見ては
 やはり、笑うべきではないのかも知れない。

 相手を突き放すために酷い事を言うと言う行為は
 双方を傷つける愚かな行いであるが。
 それを行い得るということは
 相手が何に傷つくのかがわかる
 相手の気持を解ることのできる
 優しい人間であると言うことにほかならないのだから。

 ・・・

 綾子の予想通りに、フィオナは可愛らしいヤキモチを焼き

 綾子の予想もしない、静馬の拒絶という結論を導き出した。

 からかいとも言えない、ほんの些細な冗談は、少女の心を頑ななまでに凍りつかせてしまった。

「ごめんなさい、軽率だったわ・・・」

 そんな謝罪の言葉や、フィオナからの拒絶という現状すらも
 軽く肩をすくめただけで、飄々と受け入れる静馬だからこそ
 この状況に陥ったともいえる。

「いえ、何れはつきつけられる問題でした。
 それに、フィオナの言っていることは、何一つ間違っていないですから」

 あいも変わらず論点をそらし
 その事によって、綾子が謝った点について論ずる事に、意味が無いことを示す。

 逆説的にそれは、綾子はそれに気付き、自分が言っていることを理解できるという
 評価であり、信頼の表れでもあった。

 人と人との関係などという、不定形で繊細な代物に
 正解はどれであったか、などと論じた所で意味はない。
 同じ言葉を、同じ相手に言ったとして・・・タイミングが、声色が、相手のその時の気分が
 どれか一つの要因ですら、百八十度逆の結果を招き得る。

 故に、綾子が軽率であったのではなく・・・
 ただ、その結果が出ただけだと
 静馬はその事を攻めるつもりはない、と言っているのだと。

「でも静馬君は・・・いえ、そうね。
 出てしまった結果に、謝って許して欲しい
 『赦されたい』のでしょうね、私が」

 小さくため息を付いて、苦っぽく笑う。
 これじゃぁどっちが教師かわからないわね、などと軽口を言って見せ
 心を鎧って、平静を装う。

 あくまで綾子は、大人であり、教師である、そう示したといっていい。

 或いは、静馬を前にして、女を見せることを嫌がった、とも。

「そういう事なら気にしなくていいです。
 貴女には何も罪はなく、科せられるべき罰は何も無い。
 先生が・・・キリスト教徒で無いのなら、ですが」

 此処で当たり前のように許してしまう、静馬であることを知っているから。
 まるで、女を武器にして、相手から許しを引きずりだす
 自分がそんな小狡い女になったと、感じてしまうことが嫌だった。

 なにより、そんな小狡い女として、静馬の前にだけは立ちたくはなかった。

「追いかけてあげないの?」

 心配そうな表情の綾子に、静馬は首を振って応える。
 確かにケンカや誤解ということであれば、追いかけて行って謝るべきだろう。
 たとえ静馬が被害者で、フィオナが加害者であっても
 会ってしまえば・・・静馬がフィオナに謝っている以外の光景が浮かばない。

「追いかけませんよ」

 酷く穏やかに微笑みながら、応える声は短く
 それは、感情的に反発したわけではなく
 何かを確信した者が、己の内にある答えに照らしあわせて出した答え。

 無言で、逸らさずに見つめてくる綾子の目は、その答えの開示を求め
 静馬は小さく、僅かに苦っぽく笑いながら口を開いた。

「フィオナは、確かに短気で口が悪く、子供っぽい所もある為、誤解されやすいですが
 必ず、言い返す余地を相手に与える公平さを持ち
 追い打ちをかけることも、相手の余裕を見ながらする、優しい子です。
 それなのに、今回は全否定をした・・・
 のみならず、相手の反論を逃げることで拒絶した」

 つまり、これはフィオナからの意思表示なんです。

 そう告げた静馬の声は、冬枯れた草原のように、時の概念を遠くに置いて来ていた。

「私に、これ以上関わるな、と」

 綾子はそれを拒絶と誤解し、静馬はその誤解を正さなかった。
 何故なら、綾子は教師として今、静馬の前に立っている
 『生徒』という不特定多数と向き合う、抽象概念的な位置にいる相手に

 フィオナと言う個人を正しく理解する意味はない。

 教師がすべきことは、大多数に正解とされる指針を示すことで
 個々のケースに沿った答えを出すことは、言ってしまえば必要ない
 どころか・・・害にすらなり得る。

 個に向き合うには、抽象概念ではなく、個で有るべきだ。
 責任の所在が曖昧なままに、プライベートに切り込む様な
 そんな卑怯な真似を、するべきでも、させるべきでもない。

 それは、個の問題を断じるのに
 己の意見を、集団の統一見解だと語る意見に、価値を置くことと同様。

 己を賢者であると偽る、愚者の詐称の手管・・・

 否、卑怯な行いを卑劣と感じない・・・

 恥知らずの遠吠え。

 どれほどそれが尤もらしくとも、己の意見を己一人のものだと言えず
 己を薄めて、多数派であると責任を曖昧にする臆病者の語る言葉になど
 耳を傾ける価値など、無いが如く。

 教師であるのなら、教師の範疇を超えた干渉をすべきではない。

 嫌味でも、文句でも、ましてや説教や意見の押し付けでもなく
 お互いの立ち位置を、確認しただけ。

 言い換えるのであれば、個で向きあう静馬は・・・

 フィオナの『これ以上私に関わるな』と言う意思表示に対し

 関わっていく、と言う宣言にほかならなかった。




   

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