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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二十五話 星の落とす幽かな影に雛鳥は叫ぶ

 
 『魔王の軍』の十八番を奪うように、声一つ出さず突き出された槍は、完全に一影の隙を突き、下方より閃く様に鋭く疾る槍の軌跡は、芸術的とさえ言っていい程美しく馬上の一影を貫いた。

 星の眼にだけは見えたかもしれない、深淵を覗き込んだ様な虚無の瞳を。

 星の耳にだけは聞こえたかもしれない、愛槍『龍牙』の穂先が上げる涼やかな、微かな泣き声を。

 星の手にだけは伝わった、人を切り裂いた感触が。

 槍先に引っかかった純白の布が、噴出す鮮血に赤黒く染まる、まるで憤怒の様を表現しているかのよう。
 ・・・それは一体、誰の怒りだったろうか。
 赤黒く彩られた白絹に、見覚えのある刺繍だけが白く浮かぶ。
 フラッシュバックする記憶、星の最も気楽だった時の記憶と共に・・・始めての敗北と、旅の仲間の記憶と共に。
「・・・一影・・・殿、なのか」
 星の眼は刺繍に、次いでその深く切り裂かれた一影の頬に釘付けになる。
「流石は星、ぎりぎりまで殺気を殺した見事な一撃・・・」

 ・・・だが、風の勝ちの様だったな、星。

 腹を突いていれば避けられない、だが黒に沈んだ部位は距離感を掴むことが難しく、心理的に狙いにくい。
 一点だけ白で浮かぶ襟巻きに、無意識に刃の先が向くのは当然。
 戦場では・・・通常ではありえないミスを犯す、単純な思考しか回らない、命のやり取りをする極限状態だからこそ、効果的な・・・風の仕掛けた最後の保険。
「返してもらうぞ」
 方天画戟で、槍の石突を叩き穂先が下がったところで、赤黒く染まってしまったマフラーを左手で掴み取ると、無造作に首に巻く。
 斜めに切られた頬を拭いもせず、部下達に顎で進めと命じると、一影は馬首を廻らせ星を馬上よりねめつける。
「再会を祝して、杯でも交わしたいところだが・・・我らにはもっと似合いの再会、そうではありませんかな、一影殿」
 たった今、不意打ちで相手を殺そうとしたというのに、全く悪びれずもせずにそういう星。
「違いない」
 たった今、不意打ちで相手に殺されかけたというのに、全く気にした風もなく肩をすくめる一影。

 『二度目は無いです・・・だから初撃で必ず仕留めてください』、そう朱里に念を押されていたし、言われるまでも無く星も仕留めるつもりだった。
 完全に相手の気の抜けた一瞬を捉えた、完璧な奇襲だった、これ以上はないという距離まで敵に悟られず近寄り、気配を殺し殺気を抑え、ただ相手を殺す事だけを念頭に他の意識を捨てた無想の一撃。
 距離を見誤る部位を避け、その首を狙った一閃。
 かわせる筈は無かった・・・しかし、一影殿はそれを避けた。
 殺してしまわなくて良かったと、ほっとする心と、あれで殺しきれないのかと、歯噛みする心。
 せめぎ合うその二つともが、確かに自分の心情だと、星は受け入れる。
「さて、それでは。今日はどちらの流儀で行きますかな」
 イタズラっぽく笑いながら、意地悪くそう聞いてみた。
 決まっている、此処からは・・・血みどろの殺し合いだ。
 ・・・不意打ちを仕掛けておいて、どちらの流儀も無いものだ。
 一影殿は『武器持て命を狙う輩は殺されて然るべき』そう以前に私に言った。

 自嘲の笑みをうかべつつも、星の心は沸き立つ。
 あれから自分なりに槍技を研鑽し、腕には一層磨きを掛けてきた。
 それが一影殿に何処まで通ずるか・・・試してみたい。
 結果、多分及ばずに、私は殺されるだろう・・・自信を持って、あの時の自分は越えたとは言えるが、一影殿に届いたとは思えない。

 寧ろ、越えられない壁で居続けてほしい・・・私がここで、屍をさらす事になるとしても。

「星と殺り合うつもりは無い。
頼みがある、士元を孔明の手より救いに行く、手をかしてくれ」
 流石の星も完全に意表を突かれ、沸きあがっていた闘志が一気に、水を掛けられたかのように霧散する。
「な・・・雛里を朱里から救うとは、一体何を言っている一影殿。
 そもそも我らは今、敵対している将同士ですぞ」
 呆れた表情の星が問い返すのを見ても、一影は蔑みも苛立ちもしなかった、星の頭の中では、いま急速に思考が廻り、真実を見抜こうとしているのを・・・確信していた為に。
 星に必要なのは、たった一言、切欠だけ。
「そんなくだらないものと、士元の命を比べるつもりか、星」

 朱里の態度、劉備軍にあるまじき暗殺と言う手段、友が病で倒れたと・・・笑いながら伝えてきた朱里。
 絶対的な違和感、有得ないほどに後手後手に回っている対応、一向に整わない陣容・・・一影殿の言葉を、どれもが裏付けるように見える。
 気が付いたときには、笑い声が洩れていた。
「相変わらず、おかしな御仁だ。しかし、これが我が軍の崩壊を助長する策であった場合、私は間抜けな将と呼ばれるか、裏切りの将と蔑まれるかという、不名誉な二択を迫られる訳ですな」
 一影が肩をすくめる。
「そのときはオレの首を落として、救世の将とでも後世に詠われればいいさ。
 だが、いまの劉備軍に義はない、義なき場所では立てんだろ星は」
 思わず吹き出す、だめだ、この人には勝てん。
 私が思っている事を、言葉にしてくる。
 星が馬上より差し出された一影の手を取り、その背後にひらりと跨ると、一影が馬の腹を蹴る。
「まったく、それがしは一影殿暗殺と言う大任を、任されているのですぞ。少しは警戒すべきではないですかな」
 星が可笑しそうに言いながら、腕を一影の腰に回す。
 薄布一枚越しの豊かな胸がつぶれて形を変えるのも気にせずに、寧ろ押し付けるようにする星の鼻先を、赤黒く染まったマフラーが小さく叩く。

 なにもそんなに邪険に、引き剥がそうとしなくても良いではないか風。心のうちで苦笑しながら、そっとマフラーの刺繍に指を這わせる。



「孔明は心を病んだ。
 その暴走を止められなかった劉備にも仲間にも責はある。
 だからといって、士元が謀殺されるのを見過ごす事は、星には出来まい」
 馬で疾風のように走り抜けながら、そう問いかけてくる一影に、星も大声で問い返す。
「何故気が付かれた、我が軍のものでも気付かぬ混乱の中で」
 雛里を何故助けるのか、助けてどうするつもりなのか・・・問いかけたい言葉はいくつも思い浮かぶが、それは舌に乗る前に淡く消えていく。
 多分、この人は何も損得を考えていないのだろう、少なくとも今この時は。
「何処を目指している一影殿」
 星には、一影がまるで何処に雛里が囚われているのか、見えているかのように、迷い無く馬を進めているように感じられた。
「劉備の天幕」
 あまりにも単刀直入に、あまりにもあっさり言い切られたため、星がその言葉の意味を理解するまで、一瞬の間が空いた。
 返事をする為に開いた口からは、高らかな笑い声。
「それはいい、流石は方天画戟を武器とする、天下無双の呂布だ」

 ・・・星の態度がどこか余所余所しかったのは、そう言うことか。

 一影はその言葉の奥にひそむ、星の本音を鋭く見抜いた。
「オレは呂布ではない、勝手に敵が勘違いしただけだ。
 最初に言ったとおり、一影と言う名しかない」
 それを聞いて、星の胸に引っ掛かっていたものが消え去った。名を伏せられていた訳ではなかった・・・あの時の三人に彼はウソをついては居なかったのだ。
 どこか、大事な思い出を穢されたかのように感じていた、星の心は吹き抜けた風により涼やかに晴れ渡る。
「それなら尚の事豪儀な事だ。それで、我らの本陣その最深部に攻め入って、囚われの雛里を救い出し・・・生きて帰るおつもりか」
 星のその問いかけに、一影は顎を上げ胸を張り、静かに一言だけ返す。
「無論」

 星を後ろに乗せて尚、『魔王の軍』に追いつき、そのまま追い越し再び先頭を掛ける一影が振り向きもせず、配下に声を掛ける。
「伝令、華雄、張遼を呼び戻せ。曹操が来る」
 おもむろに振り向き、眼の会った二人に『行け』と目で告げると、二騎が隊列を離れ、有得ない事に、混乱しているとはいえ、敵陣の真っ只中を無人の野を駆けるように駆けだす。
「『魔王』様、そちらの方は」
 合流してきた幽が、眉を寄せながら、あからさまに胡散臭そうな顔をしている。
「旧知の友、趙子龍。滅びる軍には惜しいので引き抜いた」
 一影の無茶苦茶には慣れている幽だが、流石の交戦中の軍の将軍を引き抜いたといわれ、流石に唖然とし。
「一影殿とは奇縁でな。
 そうか、それがしは董卓軍に引き抜かれたことになるのですな。ということは裏切り者の将の汚名は免れんか」
 さも面白い事に気が付いた、とばかりに笑う星に、思わず笑い出してしまう。
「アタシ、徐栄っていいます。『魔王』様の副官やってます。真名は幽です」
 一瞬で顔から険が取れ、戦場であるのに『魔王の片腕』から、少女にもどった幽があっさり星に真名を預ける。
「それがしは趙子龍、真名は星と申す。
 『魔王』というのは一影殿のことかな。それはまた、随分と似合いの通り名だ」
 喉の奥で笑う星には、風に翻弄されていた一影の記憶が蘇る。
 そういえば、あの頃から妖の人外のと、風にも稟にもいわれてはいたな。
「大将の天幕に突っ込む。周囲を蹂躙しろ将が出たら幽が当たれ」
 振り向かずにそう命ずると、応という低い声が返ってきた頃には、星の腰に腕を回し、馬上から身を躍らせ、方天画戟の一閃で天幕ごと、中に待ち構えていた槍兵を一人切り倒す。
「無茶が過ぎるぞ一影殿。雛里居たら返事をしろ」



 劉備軍の軍装を身にまとう兵に、槍を向けるのに星が躊躇った一瞬に、一影は体勢を低くし一気に間合いを殺して一閃。棒立ちのまま此方に振り返った男達全員を斬り捨てる。
 その中央に椅子に縛られた雛里には、悲鳴も苦鳴も届かず、ただ風が吹き付けたようにしか感じられなかった。
「やはり相容れない。
 しかし、今はその行動に感謝する一影殿」
 兵たちの槍先にぬらつく液体が塗られているのを、不快気に眺めながら星は、雛里に駆け寄り、その体を戒めている縄を解く。
 手が縛られていた縄から解き放たれると、雛里はもどかしげに猿轡をされていた布を押し下げ。
 引っ込み思案な少女が、人生今までで出した事がないほどの大声で叫んだ。

「逃げて、火です」

 その言葉を聴いた瞬間、考える前に一影が反射的に命令を下す。
「来るな、退け」
 低い一影の声に、無条件に駆け寄ろうとしていた幽達が、潮が引くように駆け離れ、後を追うように、地面を火が駆け巡る。
「『魔王』さま」
 叫ぶ幽はそれでも、周囲を警戒する事を忘れず、その姿に一影が口元を歪める。
「残るは張飛だ、幽に任せる」
 その言葉は・・・幽の心を貫いた。
 幽に・・・任せる。
 『魔王』様が、私に、任せるといってくれた。
 ・・・やります、お任せ下さい、幽が、『魔王様の片腕』が、張飛如きに遅れは取りません。



 天幕が燃え盛るのを見ながら、朱里は笑っていた。
 ・・・これで彼はおしまい。
 星さんの暗殺も、毒槍の待ち伏せも打ち破られたが、雛里ちゃんを助ける一瞬は、絶対に足を止める。
 桃香様を討ちに来たのだろうが、内通していたわけでもない雛里ちゃんを、見捨てては出て来れない、彼は・・・そういう甘い所を持った人だ。
 だから必ず此処で命を落とすことになる、私の計算どおりに。
 まさか燃える物のないこんな平地で火に囲まれるとは、彼にも予想は出来無いだろう。
 軍同士の大規模な作戦行動では、彼には全てを見通せるかもしれない、でもこれは彼だけを狙った、悪意ある罠。
 星さんが寝返ったのは予想外だったが、最初から倒しきれない事は考えていた、裏切り者は皆ここで一緒に炎に巻かれて死んでしまえばいい。
 罠を仕掛ける時間稼ぎには十分なってくれた。
 兵も将もどれだけ減ろうが、彼さえ居なくなれば・・・私が桃香様を大陸の王に押し上げる障害は無くなるのだ。
 後は、予定外の事が起こらないようにするだけ・・・
「鈴々ちゃん、今です」
 兵士の中に一人、将らしき女の人がいる。
 あれを黙らせれば、不測の事態は起こらないだろう、これで完全勝利だ。
 彼を相手にしている以上、最後まで手綱を緩めてはいけない。
「あの人を倒せば、董卓軍は崩れます。
 兵の皆さんの犠牲は多かったですが、こうでもしないと・・・あの人は罠に嵌りません」
 隣で眉を寄せ、悲しそうな顔をする桃香様に、そう声を掛ける。
「そう・・・だよね。
 あの人が、この戦争を仕組んだのなら・・・生きている限り、また同じ事をするかもしれない・・・よね」
 桃香様は私の言葉を信じつつも、犠牲の多くなるこの罠を仕掛ける事に、最後まで難色を示した。
 この人は優しすぎる、そこが、人を惹き付けて止まない所だ、相手の立場に立って、相手の痛みを思ってしまう。
 それはとても大事な資質、しかし、それだけではこの乱世は生き残れない、誰かが冷たい刃にならねば・・・誰かがならなければならないとしたら、それは軍師の私の役目。

 そう、桃香様の為に・・・雛里ちゃんには死んでもらう。



 ちびっこい癖に、やけに強者の匂いのする子供が、先頭をひた走ってくる。
 あれが張飛・・・厄介だ、関羽よりバカだ・・・バカが考えずに突っ込んでくる。
 単純に力と才能でごり押ししてくるバカは、どうしようもなく厄介だ。
 駆け引きも効かず、さっきの関羽のようなだましも効かないだろう。
 『魔王』様はなんていってたっけ・・・そうだ、バカに高度な心理戦を仕掛けるな、だ。
 つまり、アレだ。
 張飛はアタシより強い。これは間違いないだろう、関羽もアタシより強かったし、それより強い張飛にまともにぶつかったら、もって数合。
 その上、絡め手は見破られて、心理戦は理解できない、と。
 どうやって勝つのよ、これ。

 ・・・と、普通は考えるんだろうけど、答えは簡単。

 『魔王』様はアタシに『張飛は任せる』といった、『張飛に勝て』なんていわなかった。
 そして最初の命令は、生き残れだ。

 なら、あたしのやる事は決まった。

「やーい、チビの胸なし男女。
 アンタどっちが前か後ろかわかんないじゃん」
 指を刺して、大笑いながらながらそう言ってやると。
 ちびっ子は顔を真っ赤にして怒り出した。
「なんだとー、お姉ちゃんだって胸がペタンこなのだ、鈴々を馬鹿にするななのだー」
 お、やっぱり食いついた、子供の悪口くらいで丁度いいと思ったら、本当に丁度よかった。
 やるなアタシ。

「あー男女は認めちゃうんだー。
 まーねーアンタ顔もいまいちだし、そのまま男女極めたほうがいいよ。
 男の人に相手にされっこないしさー」
 手を叩きながら大爆笑してやると、頭から湯気でも出しそうなくらいに怒り心頭のご様子、よし・・・のせた。
「アタシさ、男だか女だかわかんないやつの相手するなって、言われてんのよねー」
 体をぶるぶる震わせながら、怒りに目を吊り上げている張飛。
 何か言われる前に仕掛けとこう。
「そんなわけで、それじゃねーボ・ク」
「まつのだー、絶対・・・絶対許さないのだー」
 馬を走らせて、『魔王』様から離れ過ぎないように走り出すと、張飛は走って追いかけてきた。
 おーおー必死に頑張るねー、馬に追いつくわきゃないのに。
 アンタさ、アタシがいま何処に向かってるか解ってないでしょ。
 ・・・アンタの処刑台はすぐそこだよ。
 天幕からも、自分の連れていた兵からも離れていることに、張飛は気が付かない。
 アタシは目的のものをすぐに見つけて、そっちに張飛を振り切らないように、つかずはなれず引っ張っていった。
 あーあー可哀想だけど、アンタ此処でおしまい。
 幽はそこで大きな声を上げて方天画戟を振った。

「恋さーん、アタシじゃ勝てないから助けてー」

 真紅の呂旗のもとに居た恋さんが、気が付いてこっちに駆け出してくれる。

 ・・・天下無双の方天画戟喰らってぶっとびな張飛。


   

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