FC2ブログ

歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二十四話 朱桃の香に惑う愛惑わぬ雛を覆う星影

 
 ・・・何、これは・・・一体何が起きているの。

 彼女には目の前の光景が信じられなかった。
 劉備軍の兵達は決して弱卒では無い、関羽・張飛・・・豪傑と名高い二人が、手塩に掛けて鍛え上げてきた精兵だ。

 これが袁紹・袁術の軍であるのなら、分かるとまでは言わないが、まだ自分を納得させられる。
 両袁家の軍には将が居ない。
 正しくは、兵を鍛え上げられるだけの・・・時間的余裕や、能力や、価値観を持つ将がいない。
 その上、あそこの大将は兵を鍛える事より、数をそろえる事を重視する・・・それも強ち間違いとは言いがたい、あの二人にはそれだけの財力もある。
 そして何より、それは目に見えて分かりやすい自身の力であり、他者に対して示す示威行為としても、分かり易いと言う点で最も優れている。
 情報が混乱し錯綜する、通常であれば間違う筈も無い事を間違う・・・戦場という異常な空間では、単純で分かり易いと言う事は、極めて重要なのだ。

 ・・・将や軍師の頭の中をのぞいて。

 訓練で十行った事は、戦場では一しか発揮できない。
 それでは戦場で十発揮するには・・・訓練で百行う以外にないのだ。
 近道や抜け道は無い、只々地道な訓練をひたすらに積み重ねるしかない。
 それを知る関羽や張飛は、配下の兵達を鍛えてきた。
 手を抜いたら、手を抜いた分だけそれが実戦で自らの首を絞めることを、彼女達は知っている、それ故に兵達をひたすらに訓練でしごき、少しでも自分と兵達が生き残れる様、懸命に鍛えぬいた。
 その兵達が・・・関羽・張飛が鍛えぬいた精兵が集う軍が、砂で作った城のように、目の前で瓦解していっている。

 一体誰が、何を、どうすればこんな事が起こるのか・・・

 名将が鍛え上げた兵を、組上げた軍を、策で瓦解させ、打ち破ってゆく。

 ・・・なんて・・・美しいの。

 少女はしばし陶然と、その光景を見つめた。



 前線の兵が持ち直した、愛紗さんが大天幕を飛び出して、大声を上げその姿を見せたからだ。
 鈴々ちゃんが飛び出そうとするのを、愛紗さんが首根っこをひっ捕まえて引き戻さなければ、今頃此処には将とまともに戦える人は残らなかっただろう。
 星さんの声は随分前から聞いていない・・・何かを考えようとすると、頭がズキズキと痛む。
 それでも私は考えなければいけない、時間はそんなにない。
 手足は縛られ、目隠しとサル轡で目と口はつかえない、使えるのは耳と鼻と・・・頭だけ。

 今まで会話を聞いていて、状況はおおよそつかめてきた。
 私を後ろから殴ったのは、やはり朱里ちゃんだった。桃香様が治療をしてくれたらしい、私が生きている事を知って、涙声でよかった、と呟くのを聞いたときに胸が痛んだ。
 朱里ちゃんの様子がおかしいのは判っていた、それでもいきなり議論もせずに、殴りつけてくるとは思っても居なかった、私がもう少し注意深く行動していれば、こんな事にはならなかったのに・・・桃香様ごめんなさい。
 朱里ちゃんには何時も予想の上を行かれるが、こんな歪み方をするのも全くの予想の上だった。
 私が気絶している間に、桃香様の悲鳴を聞きつけた愛紗さんと鈴々ちゃんは、朱里ちゃんに丸め込まれたらしい。

 私はあの人と内通している裏切り者で、今回の反董卓連合は、あの人の計略によって諸侯を一網打尽にする為に、動かされたのだと。
 ・・・そう、私を切り捨ててでも、あの人を殺したいんだね、朱里ちゃんは。
 朱里ちゃんの言葉は、あの人が勝てば勝つほど、二人に朱里ちゃんの言う事を信じ込ませる。
 うまい手だ、途中で此方が巻き返しても、相手の策を打ち破ったと言い張れる。
 負けそうになっている時の言い訳は、誰も聞いてくれないが、勝ちに転じた時の言い訳は、肯定してくれるもの。
 歪んでしまっても『伏龍』は『伏龍』、まだ二人を言いくるめるくらいの力は十分にあるという事だろう。
 頭がまるっきり混乱しているわけではなく・・・あの人の影に怯えて、自分の思考に縛られているだけ。
 関係無い相手には、それなりには対応できるのだろう。

「そういえば、勅書まで用意してたし・・・」

 桃香様がそう呟くと、流れは決まってしまった。
 私は裏切り者の烙印を捺され、誰ももう、私の言葉を信じてはくれないだろう。
「それでは、雛里の処分はどうするのだ」
 裏切ったとなれば、当然死罪。
 皆がそれを解っているだけに、言い出せなかった一言を、愛紗さんが口にする。
 この人は・・・いつもこうやって貧乏くじを引く役を、自分から買って出る。
 必要だとわかっていても、それが出来る人は少ない。
 劉備群の中には愛紗さんと星さん・・・二人も居る。星さんは話を混ぜっ返す事も多いが、桃香様に意見し、愛紗さんの意見に反論し、説き伏せる事もできる聡い人だ。
 あの人と会ったときに、星さんがいれば、もっと違っていただろう・・・星さんがいる劉備軍になら、あの人と仲達ちゃんは、残ってくれていたと思う。

「司馬仲達をあれほど過保護にしていた彼が、雛里ちゃんを見捨てるとは思えません。
 裏切り者の雛里ちゃんには、最後に私達の役に立ってもらいましょう」

 私を餌にして、あの人を誘い込むつもりだ・・・
 でも朱里ちゃんは、やはりあの人を読み違えている。
 彼が拘っているのは、司馬仲達だけだ、誰にでも甘いわけではない。
 寧ろ常に冷酷になろうと、自分の心を殺そうとしている、朱里ちゃんのその策は・・・失敗する。

 星さん、気が付いて・・・今の朱里ちゃんに。
 仲達ちゃんのお兄さん・・・私は見捨ててくれていい、だから・・・出来れば劉備軍の皆を・・・助けてください。

 熱を持った頭が上手く回らない・・・後頭部の鈍痛が、ますます酷くなっているような気がする・・・
 あの人は・・・自分に刃を向けた人を・・・許しはしないだろう・・・
 助けてなんて、馬鹿なことを私は願っている・・・
 私・・・結局・・・最後まで・・・朱里、ちゃんに・・・
 勝てなかったの・・・かな。



 一時持ち直し始めたかに見えた劉備軍の動揺は、再び崩壊し、その崩壊速度はパニックによる後押しを得て、更に増速していった。
 血河を築き錐先と化して劉備軍・・・とは最早言えぬ様な、混乱しきった群衆を、漆黒の騎馬が斬り倒し血霧を撒き散らし、その恐怖と悲鳴によってさらに混乱に鞭打ち拍車を掛け、敗走へと追い立てていく。
 目指すは本陣、劉玄徳の身柄一つ。
 馬の足を止める事無く周囲を方天画戟を薙ぎ払いながら、油断なく四方に目を向ける。
 槍兵に、弓兵が多すぎる・・・。
 こんなあからさまな配置なのかと、逆に愕然とさせられた・・・あの『伏龍』『鳳雛』と呼ばれる、稀代の天才軍師のいる軍の配備が何故。
 突破してきた騎兵を突き止め、追撃を掛ける為とはいえ、素人のオレにも解るような・・・余りに稚拙な・・・。

 そこで思考に雷光駆ける。

 軍略の天才、鳳士元が・・・いないのか。
 前衛を抜き、中軍を切り進み、本陣を目の前にする時間で、士元ならば陣容を整える事、さほど難しくは無い。
 全軍の掌握は無理だとしても、手元の兵を纏め上げ防御線を築けないはずが無い・・・その当然の抵抗が無い。
 胸がざわめく、舌戦に来た劉備の近くに、孔明が居なかった事が。
 暗殺か。
 董卓軍以上に士元暗殺を今望むものが居るとは思えない。
 病にかかった。
 それならば孔明が何か手を打つはずだ、この無様さはおかしい
 
 ・・・謀殺か。

 短く鋭い殺気と共に、一瞬の隙を突いた槍が、横合いから突き出されたのは、まさに一影がそれに気付いた瞬間だった。



   

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

無料アクセス解析
現在の閲覧者数: