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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二十三話 幽かに見えし朱紗朧星の影

 
 朱里の様子がおかしくなったのは知っていた。
 連合の会合に行って帰ってきてからだ。

 利発な少女だと思っていた。
 桃香様の理想を叶えるため、邁進する様は、健気でもあった。
 反董卓連合に声が掛かる程度の規模にまで、この軍が大きくなったのは朱里のお陰。
 ・・・とまで言っては言いすぎだが、間違いなくその一因は朱里だった
 それは間違いなく事実だ。

 無理を推して、疲れが出たのかもしれない。

 朱里の智謀は恐ろしいほどだが、まだ小さな少女だ、自分の限界を超えて、ひた走ってしまったのだろう。
 少しでも休みを取らせようと、その姿を探していると、本人から声を掛けれらた。
 貼り付けたような笑顔で、丁度星さんを探していたところです、そういう朱里は、まるで朱里ではない誰かのように見えた。
「どうしても、董卓軍で消しておかないといけない人が居るんです。
 その人が居る限り、桃香様に未来はありません」
 急に思いつめたような顔をし、必死に頭を下げてくる。
「武人の星さんには抵抗があるでしょうが。
 背後からでも何でも、必ず、討ち洩らさずに討ち取ってください。
 その人だけで良いんです。
 今後はこんなこと言いませんから、お願いします」
 あまりに必死に頼み込んでくる朱里の姿に、とりあえず話だけでもと、聞くことにした。

「星さんが来てくれる前の話なんですけど・・・」

 朱里の説明は何時も通り、解り易いように良く整理されていた、つまりは、標的は悪の元凶で、男らしい。
 だが、その背格好に至るまで、私の良く知っている人物と、重なっている。

 鋼の声
 無感情な瞳
 無表情な顔
 黒衣を身に纏った長身
 そして、その口元を覆う純白の布
 
 水関に居なかったらどうするのかと問うと
「そのときは、星さんは目立たないように、後方に下がってください。
 彼に姿を見られたら、それだけで成功率が下がります。
 でも、彼は間違いなく此処、水関に居ます」
 世に名高い水鏡女学院の主席が、此処まで恐れる智謀の持ち主となると、幸い私の知っている御仁ではないようだ。
 私の知っている彼は、確かに理知的な人物であったが、風と稟に翻弄されており、天才軍師というようにはとても見えなかった。
「して、その者の名は」
 朱里が少し悩んでから、小さく頷く。
「わかりません・・・名を名乗っていかなかったもので」
 申し訳なさそうに、朱里はそういって頭を下げた。
 ますます一影殿ではないな、彼は非情な男だが、礼を知っている。
 名を名乗らんような無頼な真似はせぬだろう。
「あいわかった、この趙子龍、その役目引き受けよう」
 笑ってくれ一影殿、あんな事を言っていた私が、どうやら暗殺者になるらしい。
「して、どのような策を授けてくれるのかな、わが軍師殿は・・・」
 少々皮肉っぽくなったが、朱里は気が付いていないようだった。

 やはり、おかしい。

「そういえば相方の姿が見えんようだが」
 朱里の顔に再び笑顔が張り付く。
「雛里ちゃんなら、病で倒れました。流行り病かもしれないので、隔離してますよ」
 ・・・友が病で倒れたことは、笑顔で言うような内容ではないぞ、朱里。

 星の疑念はますます深まるのだった。



「御武運をお兄様、どうかご無事で」
 今にも縋りつきたいのを我慢するように、伸ばしかけた手を俯いて、胸に抱く。
 敵が動揺している今、時間は金よりも重く貴重だ。
「朧、ねね、関は任せた。恋、幽征くぞ」
 はい、と明るく答える幽と、対照的に黙ってこっくりと頷く恋。
 誰も、味方の兵に長々と士気を挙げるための演説などぶたない。
「・・・本気だして、すぐにお兄ぃの所いく、だから・・・安心」
 恋が朧の頭に手を置く。
 くしゃくしゃと一影にやられるように髪を撫で、自分の馬に飛び乗り部下に振り向く。
「・・・出撃」
 恋の声に反応して鬨の声が上がる。
 それを聞きながら、幽が朧の前でにっこり微笑みかける。
「心配御無用、アタシが・・・『魔王』様には、敵なんぞに指一本触れさせないから」
 にこにこ笑っていた少女が、魔王の右腕に瞬時に変わる。
「・・・みんな、殺してきちゃうから」
 それは幽の優しさ。
 私は非情になれる、だから、一影は何があっても朧のもとにつれてくるよ、と。
 朧は力強く幽の目を見つめながら、無言で頷いた。幽もそれを見て頷き返す。
 軋むような重く腹に響く音と共に関の門が開け放たれ、遠くに劉と公孫の牙門旗が翻るのが見える。
「あとは征くのみ・・・突撃」

 鋼の声に、応と低い声がかえるや否や、解き放たれた『魔王の軍』は影のように早く劉の牙門旗に無言のまま突き進む。

 真紅の呂旗を掲げた騎馬軍は、張り詰めた弓から放たれた矢の様に公孫の牙門旗に、鬨の声を上げながら一直線に突進する。

 一体どちらの軍を相手にするのが幸運か。

 配下の兵達が一糸乱れぬ突撃をするのを見送り、一影が羽織を舞わせ馬上にその身を置く。
 唇を噛み締めた朧が、白の方天画戟を握らぬ手で、親指を挙げる。

 グドラック・・・貴方の幸運を祈ります。

 一影は親指を立ててそれをかえし、崩した敬礼を返し、馬の腹を蹴る。
 それを見送ったねねが、合図をして門を閉じさせ、朧の肩に手を置いて小さく頷いた。
「影殿は、きっと無事に帰ってくるのです。・・・絶対、無敵なのではないのですかな」
 そう笑いかけるねね、に朧は弾かれたように頷く。
「絶対無敵です」
 朧は笑った、お兄様の言葉を信じようと。

 月から贈られた名馬は、精強な涼州騎馬軍においても、体格、持久力、速力のどれをとっても頭一つ抜けているようだった。
 朧などは『これではお兄様が先頭に出て、標的にされてしまいますよぅ』と、冗談とも本気ともつかない文句を言うほどの、足の速さを誇っている。

 並み居る味方を、最後方から全て抜き差って、大きく漆黒の方天画戟を振り上げ、劉の牙門旗に斬りつけるかのように、振り下ろし指し示す。
 その黒馬の騎上、黒の羽織を靡かせ、漆黒の方天画戟を手に駆ける、黒衣の男のそんな姿を見た劉備軍の兵達は・・・戦う前から逃げ出しかける程に、完全に呑まれ、士気を挫かれていた。
 何故なら、篭城するだろうと思い込んでいた桃香は、敵が突貫してくると思ってもおらず、朱里達と共に今後の方針を決めるべく、自分の天幕に戻っており、戦うとも退くとも答えを出せないままで居たからだ。
 この一事を見ても、華琳の異才が際立つ。
 難攻不落の要塞に立て篭もった敵が、相手の士気を挫いたからといって、突撃してくるなど、常識外の出来事である。
 狂気の沙汰といってもいい。
 この場合、桃香の判断が正統。

 だが・・・正統と信じきる心の隙を、『魔王』と呼ばれる男が見逃すだろうか。
 狂気の沙汰を常とする『魔王の軍』を指揮するあの男が。

 桃香は兵法を読み、華琳は人物を読んだ。
 それだけの差だ。
 しかし、その差は果てしなく大きい。

 動揺する兵たちを叱責する、少女の声を遠くに聞きながら、一影は駆け抜けざまに戟を振り、目の前に居た兵の首を切り飛ばす。
 刎ねられた首は宙を飛び、どさりと重い音と共に地に転がった頃、思い出したかのように、体が傾ぎ、首から大量の血を噴出した。
 劉備軍の兵が動揺したまさにその瞬間に、一影の鋼の声が戦場を支配する。

「見よ、賊軍など恐るるに足らず。黄巾党共と同じだ」

 ・・・これが止めだった。
 楔が完全に打ち込まれる。
 元々が黄巾党を討つために、立ち上がった農民達の義勇兵である。
 仕事として戦うのではなく、義によって立った者達が、今・・・賊として討たれようとしている。
 その足場を打ち崩され、アイデンティティが崩壊し、自分が戦う意味を一瞬にして失った兵が、剣を持てるはずが無い。

「逆賊・劉備に従うものは賊徒として斬れ、武器を捨て降伏する者は、義勇兵として受け入れろ」

 空白になった心に、一影の言葉は忍び込む。
 投降すれば義勇兵として、正義の側に居られる・・・
 揺らぐ心の隙を突いて董卓軍は、熱したナイフでバターを切る様に、劉備軍を突貫し、蹂躙していく。
 『魔王の軍』に慈悲は無い。
 迷っている者、投降しようとしている者は、須らく敵として屠り去られる。
 唯一、即座に武器を捨て『投降した者』だけは、斬られ無い。

 屍の山の中に、武器を捨てたものだけが、ぽつりぽつりと残っている凄惨な光景。
「聞け義勇兵。
 『魔王』様に許されし勇者達よ。
 青布を腕に巻き、朝廷に忠誠を誓う証とせよ。
 我が名は徐栄、『魔王の片腕』なり、我に続け。」
 幽がばら撒いた青布を、我先にと生き残った劉備の兵達が取り合い、腕に巻いていく。
「『魔王』様よりの命だ、槍持て走れ。狙うは貴様らを謀った逆賊・劉備」
 真紅の方天画戟で劉の牙門旗へ指し示す。
「走れ義勇兵、義によって立ちし者よ」
 幽の声に大音響の声が返ってくる。
「まてぃ、それ以上の勝手はこの関雲長が許さん」
 横合いから激怒したような愛紗の声を掛けられ、投降した劉備の兵が顔色を変えるのを、幽はすばやく見て取った。
「進め義勇兵、関雲長などという逆賊の言葉に耳を貸すな。
 ここはアタシが引き受けた」
 その幽の言葉に投降した兵は、安堵した表情を一瞬浮かべ、言葉に従い走り出す、彼らは関羽の強さを知っているのだ。

「アンタが関羽か、張飛はどうした」
 馬鹿め、アタシに関わってたら、兵達を誰が動揺から立ち直らせるんだよ、この間抜け。
 そんなだから『魔王』様に見捨てられんのさ。
 幽の嘲笑が愛紗の神経を逆なでする。
「お前ごときが私を役者不足とほざくつもりか」
 バーカ、周りも見えないアンタじゃ役者不足さ。
 アンタ足止めしとけば、『魔王』様はその分、周りの警戒が楽になるんだよ。

 もう、義勇兵は離れたな。
 それじゃそろそろこの馬鹿とっ捕まえて、アタシも動くか。
 苦戦でもして、そこを見られたら厄介だと思って我慢したけど、もういいだろう。
「黙れ雌犬、劉備のケツでも舐めてろ」
 煽られた愛紗が激怒のあまり幽に切りかかるが、怒りに振りが大きくなっている事に、愛紗は気が付いていない。
 そして・・・幽の左手が背後に回っていることにも。
 幽の左手が振られ、鈎爪のついた細い鎖が数条、愛紗の体に食い込み、地に引き倒し、その首に真紅の方天画戟が突きつけられる。
「な、卑怯だぞ、一介の将が」
「アンタ馬鹿だね。
 アンタの命はいま、アタシの気分次第だって、ちゃんとわかってる」
 卑怯なんて、相手の策を見抜けなかった間抜けの泣き言。
 戦争で綺麗事言うなよこのド間抜け。
 待ち伏せ、騙まし討ち、全部にそう言うつもりかい。
「拘束しろ、うるさいようなら黙らせろ」
 短い返事と共に、縄で自由を奪われる関羽を横目に、砂塵を仰ぎ見る。
 恋さんは・・・早いな、『魔王』様はあそこか・・・
「張飛一人で混乱は抑えられん、『魔王』様の下へ行くぞ」
 応の声に押される様に、馬に飛び乗り馬首をめぐらせる頃には、幽の意識から愛紗の事はすっかり消え去っていた。

 彼女は将、全体を見る。

 彼女は兵、命令をひたまもる。

 彼女は『魔王の片腕』、死ぬ事は禁じられている。

 綺麗も汚いも無い、必ず生き残る。
 赤髪の少女の心は『魔王』の物・・・愛紗の言葉では揺らぎもしない。


   

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