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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二十二話 刀影に沈む花咲き誇る華

 
「では、貴様らを朝敵と断じ、我が方天画戟をもって討ち滅ぼす」

 なる程、この距離なら本当に勅書を持って見せても、見えない、偽物でも見えない。
 つまりあの箱の中身は『空』なのだ
 実際、勅命は受けているだろう、こんな事をやってのける男が、そこを疎かにする筈が無い。

 こんな男が世の中に居たなんて・・・思わず笑みが洩れてしまう。
 一刀に会うまでは世の中の男と言うものに何かを期待する事など無かった。
 桂花ではないが、突出した才を持つものは女ばかり、男なんて何が出来るというのだ、とすら思っていた。
 少なくとも私の知りうる世界には、その認識で誤りは無かった。

 あの男は、その認識を真正面から叩き壊して来た・・・あれが呂奉先、天下の飛将軍、無双の勇者・・・その武を振るわず、たった一言で三つの軍を潰した男。

 麗羽はしばらく立ち直るのに時間が掛かるだろう。
 正義の使者気取りで、ご高説をのたまった直後に、こうまで見事に正面から自分の存在を悪と断じられた。
 連合軍としては危機的状況だが、麗羽を黙らせたあの男に、酒でも注いでやりたいぐらいだ。

 劉備もダメだろう、麗羽より酷い。
 心の芯を外に求めたりするからこうなる、民のため、朝廷を助けて、などと。
 だから揺らぐ。
 芯が自分の内に通っていないのだから当然だ。
 明確に悪と断じる事のできる、黄巾党相手ならそれでも通じただろう、しかし群雄割拠のこの時代、自分が悪だと断じられたくらいで揺らいで、生き残れるほど甘くは無い。
 『悪で何が悪い』と居直れるくらい、己の内に信念を通さないなら、早々に軍など畳んで、街場の役人でもしていればいいのだ。

 馬超も戦えない。
 馬超の母、西涼太守である馬騰は自他共に認める漢の忠臣だ。
 麗羽のうたい文句にある、『天子をかどわかし』の部分で兵を出していたのだろうが、このまま連合に加わっているのなら、朝敵だと勅書と共に言われたとあっては、その真贋がわかるまでは連合を離れるしかない。
 馬超が独断で参加したとしたら、馬騰に討たれるだろう。

 ・・・凄い・・・見事に心理の盲点を突いて、此方を突き崩しに来た。
 なんという男だろう。

「面白い・・・天下無双と言うならば、見事我らをその武で打ち破って見せなさい」
 言い捨てると踵を返して、馬に飛び乗り自陣に疾走する。

 敵はすぐに来る。

 あの男が篭城戦なんてするはずが無い。

 こんなに崩れかかった、切り崩し放題の烏合の衆を目の前にして。

 立ち直る時間をくれるものか。

 自軍に戻るなり、馬を預けた所で。
 近寄ってきた桂花の姿を認める。
 自分でも解る、今、私は笑みを浮かべている。
「あの男・・・欲しいわね」
 華琳の独り言のような物言いに、桂花が真剣な表情で「おそれながら」と、否定の意を示す。
「春蘭、秋蘭、敵は今すぐにでも来るわ、迎撃の準備を。
 ・・・いいなさい桂花」
 言葉とは裏腹に、どこか心が躍るような声が出るのを華琳は自覚したが、止めようとはしなかった。
 それはまるで、恋人が迎えに来るのを知り、待ち遠しく待つ娘のように。
「あの男を捕らえるというのならば、我が軍に甚大な被害が及びます」
 あの場にはいなかったはずの桂花、そう、細作の集めた情報がそろってきた訳か。
「桂花はどの程度と考えるの。
 そして、あの男の何がわかったの」
 話している内に、臨戦態勢が整っていく。

 一刀の提案で警戒態勢を解かなかったのが幸いした。
 ・・・もしかして一刀は、この事を警戒していたのかもしれない。
 天の知識で、董卓が勅命を振りかざし、連合軍が瓦解する事を・・・知っていたとしたら。

 前線は春蘭と、季衣と流琉は動かせない、なら凪と真桜か・・・

 孫策はどう動く、袁術を楯に被害を避けるはず・・・

 あの男の次の手はなんだ、どう動く・・・

 華琳の頭が、フル稼働で二つ三つのことを同時に処理していく。
 その全ての処理を、桂花の言葉が止めた。


「あの男が『魔王』です、華琳様」


 凍りついた華琳を動かしたのは、剣戟と悲鳴。
 自軍の後方から鳴り響いた、戦の音色。
「まさか寝返りが」
 桂花すらもその事態は予測できなかったのだろう。
 その声は焦りの色を濃く滲ませ、白い布に、墨を落としたように急速に、自陣に広まっていく。
 それに気が付いた桂花が、しまったという眼をして、顔を顰める。
 これじゃ舌戦の時の、劉備や袁紹を笑えないじゃない、何やってるのよ桂花、自分で自分を叱責しながら、華琳に申し訳なさそうな顔をむける。

 あとで、お仕置きよ。

 目でそう笑いかけて、華琳が声を張り上げる。
「うろたえるな。
 秋蘭は後方の迎撃に向かえるように、陣形を組み直しなさい。
 春蘭、呂布が来るわ。
 凪と真桜をつれて食い止めなさい」
 内心の動揺をおくびにも出さず、即座にそれだけ命令を下す。
「しかし華琳様」
 凪と真桜では・・・呂布を相手にして足止めにもならない、という言葉を春蘭は飲み込んだ。
 華琳がそれくらいの事をわからないはずがない、それでも敢てそう命じたという事は、その戦力でやるしかないのだ。
 華琳の眼が「言い合いしている暇は無いのよ、春蘭」と静かに告げている。
「お任せ下さい、華琳様」
 黒髪を靡かせた春蘭が、一瞬だけ桂花に目を合わせ、強く念じるように小さく顎を引く。
 華琳は春蘭のその背に鷹揚に頷きながら、心の中で無茶を無茶と解って飲み込んでくれた春蘭に、小さく侘びた。

「凪、真桜来い。呂布を止めるぞ」
 それだけ言うと、ひらりと馬上の人となり、自分の部隊へと駆け出す。
 はっ、と凪は短く力強く返事をし、一刀の下へ小走りに駆け寄る。
「隊長、行って来ます。御武運を」
 そう言って一礼する凪の頭に、一刀の手が置かれる。
「駄目だ凪、そんな眼をしている凪を行かせる事は出来ない。
 命に代えても、呂布を討とうと思ってるなら、俺の部下失格だ。
 春蘭と真桜、二人と協力して絶対に生きて返ってくる事。
 真桜も、みっともなくてもいいから、絶対『お帰り』って言わせてくれ」
 一刀が、微笑むと、凪も真桜もつられる様に笑みを浮かべた。
「解りました、必ず、約束します」
「そんじゃ沙和、隊長のことまかせたで」
 二人も春蘭の後を追うように自分の部隊へ駆け出す。
「わかったの、凪ちゃんと真桜ちゃんも気をつけてーなの」
 呂布を相手にするのは、春蘭だってきつい。
 凪と真桜じゃ歯牙にもかけられないだろう。
 何しろ、関羽と張飛の二人でも全く相手にならなかったくらいだ、そこに劉備も加わって三対一で互角だったはず。
 あんなボーッとした子が、本当にそんなに強いのかねぇ。
 少し信じられない思いで、腕を組んで首を傾げる。

「一刀と沙和は、此処で私を守りなさい。
 季衣、流琉、二人は秋蘭の補佐に行きなさい」
 黙って頷く一刀と、わかったのーと、緊迫している空気には似合わない沙和の返事に、華琳の口元が綻ぶ。
「でも華琳様、親衛隊員は・・・」
「本陣直属の兵で十分。
 親衛隊が張子の虎じゃないところを、敵にも味方にも見せ付けてやりなさい」
 統率が取れていて、警戒態勢にあった曹操軍ですらこの慌しさだ。
 最前線の公孫賛、劉備以外の軍は、これの比ではない。
「あなたの勘が当たったわね、一刀。
 でも、これは天の知識だったのではないでしょうね」
 鋭く睨む華琳の目に、小さく溜息をつく。
 勘が当たったら当たったで、こうして疑われるとは思わなかった。
「それは誓って、唯の勘だよ。此処に来る途中で待ち伏せされる、という知識はあった、でも待ち伏せはされなかった。
 どうも俺の知っている知識とは、全部が全部重なるわけではないらしい。
 そして、勘の方もあまり役には立たなかったみたいだし」
 肩をすくめる一刀に、華琳が小さく鼻で笑う。

「大手柄よ。皆が生きて帰れたら、それは自分のお陰だと、胸を張って良いわ」
 華琳が本当に楽しそうに一刀に笑いかける。
 興奮に上気した頬が薔薇色に染まり、一刀はその横顔を素直に美しいと思った。
「それにしても、あんなボーッとした子に舌戦なんか出来たとはね。
 それも、どうやらこっちが負けたみたいだし」
 ボーッとした子・・・一体何のことを言い出したの、一刀は。
 舌戦をするのはその関を守る代表、此処の関に将は呂布だけだという事は、貴方も知っているでしょう。
 まるで呂布がボーッとした・・・
「しまった・・・」
 華琳が小さく呟く、幸いその声は隣の一刀にしか聞こえなかった。
 危なかった、といまさら口に手を当て、華琳が左右を伺う。
 大丈夫、誰にも聞こえていない。
 目のあった一刀も、黙って頷いた。
 一刀もここら辺の勘が良くて助かる、そうでないなら傍には置けないが。

「申し上げます」
 伝令が華琳の三メートル程前で声を掛けて、片膝をついた。
 思わず出掛かった声を飲み込み、そちらに視線を向けると。
「何事なの」
 桂花がすかさず、問い返す。
 その対応から桂花も、此方が何かに動揺したのを悟ったのがわかる。
 もしかしたら一刀の話を聞いて、同じ結論に行き着いたに違いない。
 いや、きっとそうだろう、心なしか桂花の顔も青ざめている。
「袁紹軍を攻撃しているの軍の旗印は張、紺碧の張旗です」
 この報告で確信した、一刀は正解を出していたのだ。
 桂花の顔色が雪のように白くなった、そう、桂花も悟ったのね。
 止めを刺すかのようにそこに伝令が走り込んでくる。
「申し上げます、袁術軍が侵攻を受けています。旗印は華」
「わかったわ、二人とも下がりなさい」
 苦々しげな桂花の声に、伝令が走り去る。

 きつく唇を噛み締め、肩を震わせながら桂花は打ちのめされていた。
 北郷は確かに私に言ったのだ。
 呂布を此処に置く以上、董卓軍は水関で連合を止める気だ、と。
 それを取り上げられなかったのは、軍師である私の失態だ。
 水関で舌戦をした、あの男は呂布ではない。
 私達は呂布に一度会っている、それを知っていて尚、堂々と此方の前に現れ。
 私達が気が付かない事を、あの男は確信していた。

 『魔王の軍』という言葉に踊らされ、もっとも注意すべき目の前の呂布から、完全に意識を逸らされていた。
 あの男が、呂布ではないなどと思いもしなかった。
 北郷の一言が無ければ、今も気が付いていなかっただろう。

 あの男は・・・『魔王』だ。

 人の心の陰に潜み

 此方の油断を伺い

 油断が無くば、無理矢理意識の隙間をこじ開け

 悠々とその隙間を使って 

 忍ぶ事無く此方の背後にたって此方を観察する。

 全てを読み取るか

 読み取る価値がないと断じたときに

 観察する事をやめ、此方の命を奪う

 ・・・あの男は『魔王』だ。

 桂花の溺れかかった思考を救い上げたのは、凛とした強い意思のこもった、どこか楽しげな声。
 
「華雄、張遼は孫策と麗羽に任せて、我々は呂布に向かう。
 桂花、秋蘭に本陣の直近後衛をさせなさい。
 季衣、流琉の二人は、すぐ動けるようにさせておきなさい。
 我々は呂布討伐に向かった春蘭の援護に入れるように本隊を前進させる」

 桂花の心に掛かった靄が一気に晴れ渡る。

 華琳様は、恐れていない

 華琳様は、迷っていない

 華琳様は、楽しんですらいる

 華琳様は、『魔王』になど屈しない

 華琳様は、『覇王』なのだから

「御意」

 私は迷わず、華琳様についていけばいい。

 華琳様があの男に・・・『覇王』が『魔王』になど、負けはしない。



   

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