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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二十一話 朧音に幽し影の散す桃の香、麗しの華

 
 水関の城壁の上で腕を組み、羽織をはためかせるに任せた黒衣の人影。
 その口元を隠すように巻かれた、純白の絹布は柔らかくその頬をなで、優しく勇気付けるよう、揺らめいていた。

 あぁ、いよいよだな風

 願わくば・・・風の勇気を、ほんの少しオレにくれ。

 高みから見下ろす一影の横で、朧と恋が全く別の溜息をつく。

 恋は昼寝の途中で敵が動き、無理矢理起こされた為に、あくびの後に出た、息を大きく吸いすぎた為の、身体反射。
 目じりに滲んだ涙を手でこすり、口をうにゃうにゃさせながら、一影の肩に顎を乗せるようにして、だらしなく体を靠れ掛けさせ、今にも眠ってしまいそうだ。
 朧はといえば、その呆れた表情からも解るように、先の読めない諸侯達・・・主にその軍師達の思考の浅さに辟易したと言った風な、深い溜息である。
 敵の大軍を恐がる振りをして、風に流される髪を片手で抑えながら、空いている腕で一影の足にしがみ付いている。

「ねねは、どう見る」

 あえて、城壁の際で覗き込むように、敵軍の仔細な動きすら見逃すまいと、注視しているねねに話を振ると、くるりと振り向き、少し嬉しそうに顔を綻ばせる。

 一影と朧が来たお陰で、董卓軍の軍師が四人になる前は、軍師は詠とねねの二人だった。
 軍務・政務の両面での最高責任者として、事務方全ての責任と・・・実際の軍師としての頭脳労働を、詠は細い肩で今まで背負い込んできたのだ。

 重圧に、儚げに耐えているイメージ・・・ではなく

 肝っ玉姉さんが、歯を食いしばって

 気合の掛け声とともに

 蟹股で耐えているイメージが湧くが・・・

 兎も角、軍師が四人になったお陰で、詠は軍師より一段上の、事務方の最高責任者としての仕事に専念できるようになった。
 肩書き的には今も変わらず筆頭軍師ではあるが、軍務の実際の直接的な運営からは現在解放され、最終的な認可を与えることでしか関わっていない。
 流石に今回のような事態であれば、最高の頭脳の一人である詠を外して、などという馬鹿な真似は出来ないが。
 事実上の董卓軍軍師は三人、では事実上の筆頭軍師はとなると微妙に難しい問題なのだ。

 序列から言えば、最古参であるねねである。
 しかし、ねねは事実上そして本人が公言して憚らないが、恋の個人軍師である。
 全軍を指揮できる能力がないのかと言われれば、決してそんな事はないのだが、ねねにとっては恋個人に尽くすことを筋と、決めているように見える。 

 能力的に言えば、間違いなく朧である。
 しかし、此方も悪い事に、ねねに負けず劣らずのべったりな、『お兄様の軍師』なのである。
 全軍の指揮どころか、目の前にいる反董卓連合の大軍ですら、鼻歌交じりにやってのけるだろう。
 だが、朧にとっては一影の傍に居られないのなら、軍師など引き受けないと言い切ってしまうほどの、決意がある、事実そう言うだろう。

 年齢的に言えば、一影である。
 ねね、朧の二人は幼すぎる、というだけなのだが。
 だが、本人も自覚している通り、軍師としての能力は『未来(の流れ)を知っている』その一点に尽き、心理戦での駆け引きや、神経戦など、敵の裏や弱いところをつく術には長けているが、奇策頼りなところがある。
 そして、董卓軍での一影の認識は、ごく一部の例外を除いて、軍師ではなく将軍になってしまっていた。

 故に、自称軍師が妹のような二人からの意見を、それぞれ拾い上げて整合し、決断し方針を打ち出すという、奇妙な三党体制になっている。
 幸い、将軍が二人の軍師の意見を酌んでいる形になる為、それ程問題も無く上手く回ってしまっている。
 もっとも、一影が責任を全部一人で被ると言う形に、一影自身は逆に心が楽になったのだが。
 つまりは、何故か将軍としか見られていない自称軍師が、現在の董卓軍の事実上の筆頭軍師なのである。
 ねねは、その筆頭軍師からの問い掛けを、先任として朧より先に向けられた事に気が付いて、微笑んだ。
 人に期待され、気を使われて、悪い気はしないものだ。

「予定通りの案で問題ないのです。
 袁紹軍の無様な布陣で、敵が統合されていないのは一目瞭然なのですぞ」
 
 隠された一影の口元が僅かに緩む。
 ねねは戦術級での目端が利く、遠目に見た袁紹軍の布陣を見て、連合軍が一枚岩でない事をすかさず見抜いて見せた。
 戦略級では、間違いなく五指に入る朧や詠が、その受け皿となれば、戦闘では負けようとも戦争では負けないだろう。
 そして、なによりねねが居るという事は、そこには最強の武を誇る恋がいる。
 戦闘で負ける事はそれこそ無いだろう、多分ねねだけが、恋の力を過不足なく評価し策に組み込める。
「やはり、戦場に立つのですね、お兄様自身が」
 不安そうな、不満そうな目を朧は向けてくるが、それ以上は引き止めない。
 言ったところで一影は止めない、そして一影の判断は正しいとも、理解しているからだ。
「心配する事はない、恋より強い相手は居ない」
 髪をそっと撫でる手は、ぶっきらぼうな言葉や態度の人物とは思えないほど優しく、朧が思わず騙されかかる。
「ぁぅぁぅ・・・誤魔化されませんよお兄様。
 恋姉さんより強い人は居ないです。でも、二人三人なら超える事も出来ます」
 流石に朧は誤魔化しきれないと悟り、恋を揺すって起こしてから、片膝をついて朧の小さい体を抱き寄せる。

「後二人、強力な助っ人がこの陣営に来る、だから何も問題ない」
 その言葉に朧は逆に不安を掻き立てられる。

 待って・・・

 待ってくださいお兄様

 それは

 その答えは・・・

 助っ人二人が来て問題無いのは

 お兄様御自身ですか

 それとも・・・

 この陣営だけですか 

 朧の手が、一影の襟に掛かる。
「これは、安全のお呪いです」
 宣言と共に一影の頬に唇を押し付けた朧は、真っ赤な顔をして胸に顔をうずめる。
「だから、怪我などしないで、無事に帰ってきてくれないと、ダメ・・・です」
 その小さな背を、骨っぽい無骨な手が優しく撫で付ける。
「あぁ、約束だ」

 そんな二人の場違いなやり取りを全く気にせず、城壁から敵を見ていたねねが大きな声を上げる。
「敵が動き出したのです。
 ・・・まだ遠くてよく見えませんが。
 見えた、旗印は劉と公孫。全て予定通りですぞ」
 ニヤリと、体は子供、中身は大人の幼女が笑いながら振り向く。
 最近は慣れてきたが、ねねの態度は結構シュールに見えることが多い。
「お兄ぃ・・・頑張る」
 ぐっと胸の前で両手で握りこぶしを作ってみせる恋。
 こっちは、体は大人、中身は子供。
 この姿を見たら、誰も恋を天下無双の飛将軍・呂奉先とは思うまい。
 その髪をくしゃっと撫でてやり、抱き上げた朧を恋に預けると。
 一影は城壁の際、ねねのすぐ横まで歩いていく。
 劉備、公孫賛の両軍が弓の射程外で止まり。各旗の下から、それぞれ一騎抜け出して城壁前に進み出てきた。
 両軍の大将だろう二人に、方天画戟を高々と掲げて見せ、仁王立ちのまま二人を睥睨し、鋼のような声をもって命じる。
「止まれ。如何な故あって、我が守りたる関へ軍を進めるか」

 威風堂々と
 
 方天画戟を持ち

 関を守る主将が問いただした今

 敵の目には、この黒衣の青年は

 ・・・一体誰に見えるか

 天下の飛将軍・呂奉先以外の誰に見えるというのか。

 オレは自分が呂布だなんて名乗ってない、相手が勝手に勘違いをするのを、訂正してやる義理も無い。
 華琳達が先鋒だったら、見破られただろうか。

 この遠目で

 戦場の高揚した空気と精神の中で

 一度しか会っていない

 イライラした精神での、無言の恋との面会

 華琳はオレが呂布ではないと

 言い切れただろうか。
 
 否

 顔の見える距離で会っても、否

「洛陽にて暴政を布く董卓を打たんが為、我ら義によって此処にたった。
 民に圧政を布き、天子をかどわかす董卓、今すぐ我ら連合に下るならよし。
 そうでないなら武によって打ち倒す」
 公孫賛が連合軍が掲げる大義名分を、お題目の様に唱えるその隣で、桃香は背筋を走る嫌な気配に、身を震わせた。

 なに・・・これ。

 私、恐がっている。

「連合と言うからには、烏合の衆では無いのだろう。総大将を呼べ、貴様では話にならん」
 素気無く言い捨てると、公孫賛と劉備がさがる。
 此方はまだ話を続けるそぶりをしている以上、いきなり攻め込んで来れないのは、読めていた。
 二人は元々戦って名を上げるために、此処に着たのではない、連合の御題目が真実かどうか確める事と、参加しない事で反感を買うのを恐れた、言ってしまえば、戦いたくなどない、そう思って参加している二人なのだ。
「なかなかの名演技です。しかし、袁紹が来てからが本番ですぞ」
 隣でねねが少しおかしそうに言う。
 二人とも、オレが呂布だと疑いもしないのが、笑えるのだろう。
「幽、それを持って横へ」
「はい、主様」
 流石にここでヒントをやるわけにもいかないので、幽には武器を持たせず、淡雪から貰った文箱を持って隣に立たせる。
「主様、この中身は一体何がはいってるんですか。
 随分立派な龍の細工がしてある文箱ですけど」
 幽の質問に、ねねが噴出す。
「幽はまだ解っていないのですか、華雄だって解ったのですぞ」
 腹を抱えて笑い出すねねを、頬を膨らませて睨む幽。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですかー」
 なんとか笑いを噛み殺そうとして、悶絶するねねは涙を浮かべて真っ赤な顔をしている。
 その姿に、幽はすっかりへそを曲げてしまった。
「悪かったのです。
 でもその幽の態度で、影殿の策が嵌るの確信がもてたのです。
 それは『空箱』ですな影殿」
 一影は肩をすくめる。
「そうとばれない様、幽はせいぜい仰々しく捧げ持っているのです」



「私がこの連合軍を率いる『総大将』、袁本初ですわ。
 白蓮さんではお話にならないと言うからには、此方が大義によって軍を挙げた事は、ちゃんと伝わったのかしら」
 一度見たら忘れられないほど、凄まじい外見の少女が、高飛車な口調も、嫌味にならないほどの板についた調子でそう言ってくる。
 その言葉に公孫賛が歯噛みし、それを諌めに回る劉備。
 彼女たちも付いてきたのは、都合がいい。

 ねねと幽の視線が、彼女の極一部分を親の敵のように睨んだ気がしたが、気が付かない振りをする。
 下手に突っ込んで痛い目を見るのは、北郷一刀のときに既にやった。
「都にいらっしゃる天子と民の皆さんを、悪の董卓から解放して差し上げる為の、これは義挙ですわ、解ったらさっさと観念して開門し、我らに降りなさい」
 高笑いする袁本初の横に立ち、その物言いに頭痛でも我慢しているかのような、苦りきった表情を浮かべつつも、だまって隣に立つ華琳の姿を見た瞬間・・・胸がズキリと痛んだ。
 
 歓喜と苦痛で。

 泣かせてしまった

 約束を破ってしまった

 意地っ張りで

 寂しがり屋の

 最愛の少女がすぐそこにいた。

 今すぐ駆け寄って抱きしめたいほどの、愛しさが胸に溢れてくる。
 大声でその名を叫び出すのを・・・奥歯を噛み締めて耐える。

 耐えろ。
 
 そんな事は、北郷一刀に任せればいい

 お前は、北郷一刀を、止めたのだろう。

 気を引き締めろ、今からそんな事でどうする、これからお前は

 その最愛の少女と舌戦をし

 戦争をするのだろう。

 『愛しい、あの子の為に・・・なのですよ』

 心に風が吹き抜ける。
 やるさ、遣り遂げる。
 彼女に駆け寄った所で、彼女の横にあるオレの居場所には、北郷一刀が居座っている。
 やるしかないのだ、そう決めて始めた事だ。
 誰よりも、俺よりも、オレが華琳を愛していたとしても・・・

「そうか・・・」
 華琳が、魏の皆が悲しまない為に。
「洛陽に攻め込むのが、この連合軍の目標なのか」
 オレは、華琳と・・・最愛の少女と、戦おう。
「さっきからそう言ってますわ、わかったらさっさと降伏なさい」
 オレの手が、幽の捧げ持つ文箱を掴んで掲げる。

 袁本初・・・お前は今

 処刑執行の書類に

 サインしたんだぞ

「つまり、貴様がこの『反乱軍』の首謀者なのだな袁本初。
 我らが主、董卓様は此度の反乱軍討伐の勅命を受けている。
 中山靖王の末を名乗る劉玄徳、西園八校尉である曹孟徳・・・勅命である。
 その賊を殺せ」
 低く言い聞かせるような鋼の声と共に、方天画戟の先を袁紹の胸に向けて指し示す。
 関の城壁からであるのにも関わらず、袁紹は気圧されたかのように、二三歩後ずさった。

「それとも、まさか貴様達も賊なのか」

 劉備の狼狽ぶりは、袁紹の呆然自失ぶりに、勝るとも劣らないものだった。
 連合は正義ではないかもしれない、そう疑いながらの参加であったが、突然連合は『反乱軍』、それに参加するならお前らは賊だと時の皇帝に断じられ、立場は逆転、大義名分は董卓軍にこそありと、目の前に突きつけられたのだ。
 雛里ちゃんの言っていた様に、戦う前に董卓軍に降るべきかも・・・劉備の思考が八割方そちらに傾きかけたその時・・・大きな、本当に可笑しそうな笑い声が上がり、その場の流れを断ち切る。

 やはり、そうだよな華琳。お前は、退かないよな。

「それが切り札だったの、見事と褒めてあげましょう。
 でも残念ねその勅書が『偽物』ではない証明はできない。
 そうである以上、私は官位が上の『麗羽の命』に従い、董卓を討たなければならない。
 そんな大義名分一つで、この曹孟徳を止められると思ったの」

 思ってやしないさ

 やはり華琳はそう動いた、咄嗟の機転で此方に反論してくるとは思ったが。

 『本物』である証明といわず

 『偽物』ではない証明と、細かいところまで抜け目無く。

 これを聞いている兵達に

 あれは『偽物』だと暗に思い込ませるための細かい気遣い。

 さらには

 これは『麗羽の命』に従うだけで

 朝廷に歯向かうつもりは無いとまで

 自身の安全をも計った

 咄嗟にしてはほぼ完璧な回答。
 しかし、連合崩壊の危機は乗り切ったが、士気の低下は止められない。
 確かに曹孟徳は止められないだろう、しかし大義名分を最も欲しているのは兵達なのだ。
 華琳もそれをわかっている。
 解っているからこそ、敢て笑い飛ばし、勅書が偽だと匂わせ、自分は揺らがないと言い切って見せたのだ。
 将、とりわけ大将は軍の背骨である。
 それが袁紹や劉備の様に揺らいでしまってはもはやその軍は使い物にならない。
 舌戦とは本来、こうやって相手の足場を切り崩し、相手の寄って立つ地所をせばめ、揺らがせるためのもので。
 自分の正当性を主張すると共に、相手の正当性を奪う、まさに舌による陣の奪い合い、即ち戦なのだ。
 若い将達には今回の舌戦のお手本のような応酬を目の前で見、耳で聞き、肌で感じられた事は、大きな経験であり、無形の財産となるだろう。
 だが、代償は高い。連合軍は総大将の失態により士気は最低限にまで突き落とされてしまった。


   

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