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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二十話 桃香の下で雛鳥は飛べず朱に染まる

 
 あの日から・・・
 朱里は懸命にひた走った。
 今までも手を抜いていた訳ではなかったが

 自己ベストを出そうと努力するランナーと
 怪物に追われ、必死に逃げる者

 どちらが自分の限界を超えていくかといえば
 明確に後者と言えるだろう。
 だから走った、知名度が上がるように
 恐怖を振り払う様に必死になってその勢力拡大を計り

 朱里の必死さに引っ張られるように
 一人
 また一人と
 劉備軍の人間が走り出す
 どこまでも、恐怖から逃れるようにひた走る朱里を追いかけて

 次第にその成果が出始め
 勢力は成長拡大の道を順調に進んでいく
 弱小勢力とはいえ
 反董卓連合という一大軍事行動に
 名指しでお呼びが掛かるほどにまで

 群雄割拠の時代
 一大躍進できる時代に漕ぎ着け
 司馬仲達の予測をも此処で振り切れば逃げ切れる

 希望

 ちいさなそれを胸に抱き

 安心にふと脚を緩めた朱里が振り向くと

 ・・・そこには変わらぬ距離で影がいた。



 彼は在野にいつまでもいられる存在ではない。
 雨後の筍のようにそこかしこに現れた、黄巾党討伐のなみにのって旗揚げした勢力・・・
 つまり自分達のような、新興勢力に納まる器でもなければ才でもない。
 あの直後、朱里は可能な限り優秀な細作を、あの二人に貼り付けておいた。

 西に向かいつつあり
 
 その報告を最後に、細作からの連絡は途絶えた。

 世間でもあれほど目立つ二人組みの噂は、流れる様子はなく。
 朧の話しぶりからしても、どこかの有力な勢力に仕官したのだろう、そう思っていた。
 反董卓連合は、ほとんどの有力諸侯が集まっている。
 此処で、どこに行ったかを掴めば、何処を警戒しなければならないのかがはっきりわかる。
 洛陽の民の心配をしている桃香を他所に、朱里は強い意志と覚悟の下、会合に望んだ。
 最悪の事態は判っている、あの二人が曹操の下に仕官していた場合だ。
 『曹操が6を取り、4で勝てる策は我が内に』そう彼はいった。
 私と美周郎の策は、『天の御使い』に看破される、とも言った。
 それは比喩なのか、私と周公瑾はそこまでは生き残るという、未来予想なのか、それとも『天の御使い』を早々に排除しろと言う忠告なのか・・・解らない、彼の言う事は謎掛けばかりだ。

 違う、惑わされるな。
 彼の手の平で、踊らされているのが恐いのだろう、諸葛孔明。
 彼の言に従い、『天の御使い』を排除するなんて、それこそ彼の思惑に乗せられているだけだ。
 手の平で踊らされてたまるものか。
 なにを彼の言葉が、全て正しいと信じているのだ、朱里。
 自分で考え、自分で答えを導き出せ。
 先ずは確認だ、そう事実と状況の確認。

 ソンナコトヲイマシテイテ カレニカテルトオモッテイルノ シュリ

 うるさい、うるさい、私は負けない。
 私は水鏡女学院の主席で、雛里ちゃんにも負けたことが無い。
 先生だって、天下を取れると言ってくれた。

 デモアノヒトニハ オヨバナカッタ

 私はまだ負けていない、誰にも負けない。

 ムリヨ カテッコナイ

 まだ彼がどの陣営に所属しているのかも、わかっていないのに。

 ダッテ・・・

 私はまだ・・・

 アノヒトヲオソレテイルノダカラ

「朱里ちゃん、朱里ちゃん、ご挨拶」
 わき腹を桃香につつかれて、我に返った朱里がはっと顔を上げる。
「はわわ・・・よ、よろしくお願いします」
 困った様な誤魔化し笑いを浮かべる桃香、その影から見える男の人が、自分を見て驚いているのを朱里は見逃さなかった。
 ・・・誰だろう。
 馬超さん、袁術さんに続き、曹操さんが自分と自軍の将を紹介していく。
「・・・典軍校尉の曹操よ。こちらは我が軍の夏侯惇、夏侯淵・・・それから北郷」
 威風堂々とした態度の曹操さんから、『北郷』の名前が告げられると、どよめきがその場支配する。
 彼が、『天の御使い』北郷一刀・・・か。

 連合の作戦会議・・・とも言えないような会合を終えて、桃香と戻ってきてから、朱里の様子はおかしかった。
 心配して話に行った雛里までもが、青ざめ、暗い表情になっていく。

「・・・連合の打合せには、いなかったよ、雛里ちゃん」

 朱里が洩らしたのは、ただその一言だけ。
 朱里はそれ以上の会話を拒むように、再び思考の海に潜って行く。
 彼が名指しで指摘した相手、思慮深いようにも、抜け目無いようにも見えない。
 貴族の甘やかされて育ったお坊ちゃんにしか見えない・・・つまり北郷一刀は、彼にとっては見せ札、目をそちらに向ける虚だ。
 『天の御使い』という仰々しい名前と噂で人目を惹き付ける煙、実体は無い。
 不安は一つ減った・・・
 しかし別の不安が頭を擡げる
 どうして彼の姿が会議にはなかったのだろう。
 隠し玉として、どこかの勢力がひた隠しにしているのか。
 まさか・・・そんなはずは無い。
 彼ならこの場を一瞬で支配してのけるだろう。
 そうなると残る可能性は三つ。

 ひとつ、曹操さんが、人数が多くなりすぎて連れて来なかったか

 ふたつ、馬騰さんが、国許に置いて外敵に対処させているのか

 みっつ、孫策さんが、客将故に連れて来れなかったのか

 ヨッツ、コチラデハナイセイリョクニイルカ・・・

 心臓を掴まれた。
 息、息が出来ない・・・
 その可能性を忘れていた・・・否、考えたく無くて、無意識に頭がそれを考えるのを拒んでいた。

 不確定な世の流れを

 算術を解くかの様に

 迷い無く答えを出した

 彼の軍と戦うのだ

 心の奥底に蓋をして・・・閉じ込めていた恐怖が溢れ出す。
 歯の根が合わず、ひっきりなしに歯が鳴り続ける。
 目を閉じる事も出来ず、視界が一気に狭まる。
 一体何処まで此方の先が読まれているのか、私の考える策のうち、一つでも読まれないものはあるのか。
 それとも、こんな戦術級のことは、彼にも全て読み切れはしないのか。
 愛紗さんと鈴々ちゃん、それに桃香様は見られた、雛里ちゃんと私は会話をもした。
 見られ、会話を聞かれた人間は、彼の手の平の上に上がったも同じだろう。
 考え方、感じ方を知った人間の集団の行動予測など、彼にも司馬仲達にも造作も無い事だ。
 彼に対して評価が高過ぎるという事はない、アレは物の怪の類だ。

 だが、いかに物の怪と言えども、見たことも無い相手の動きは読めない。
 星さんがあの後、我が軍に加わった事は知らないはずだ。
 彼女はその武の腕前に比べ、名はそれ程広まっていない。

 鍵は彼女だ。

 仮に彼女の存在を知っていたとしても、彼女の人となりは読めない。

 ・・・彼に、勝てるかもしれない・・・完全に裏をかいて。

 思わず笑みが浮かぶ。

 そうだ、今こうして私が笑っている事を彼は知らない。
 彼は私が暗い顔をして、思い悩んでいると考えるはずだ。
 そう、まるで雛里ちゃんのように青い顔をして、何事かを呟きながら、何度も何度も考え、その度に首を振って自分の考えを否定し、彼の読みから逃げきろうとしている、目の前の可哀想な彼女のように。
 今にも泣き出しそうな表情をした、私を思い浮かべているだろう。
 星さんには、彼を殺す事だけを目標にして動いてもらおう。
 他の暗殺の計画も思いついたが、彼には全てお見通しだろう。

 彼は凄い。

 広く遠くを見えている。

 ただ一本、趙子龍の槍だけを見逃し、その唯一見逃した刃が、殺意を持って彼を襲うのだ。

 天才を殺すには初手で、二度目は無い。
 一度外せば、そんな機会は永遠に来ない。
 この水関で彼を殺せなければ、私達に未来は無い。
 計画は慎重に実行しなければならない・・・桃香様を大陸の王にする為に、彼には死んでもらう必要がある。

 アノヒトニ カテルトオモッテイルノ

 「勝つよ、私と桃香様が」



 朱里ちゃんの瞳の奥に、暗い光を見た。
 何だかとっても朱里ちゃんに似合わない
 アレは・・・人を引き摺り下ろす事を決めた人がする顔だ。
 彼女はずっと主席を守り通してきた、あの目は彼女が人に向けられ続けてきたもの・・・私が朱里ちゃんに向けそうになった目。
 そんな目を朱里ちゃんにさせられる相手は、唯一人あの人だけだ。
 つまり、朱里ちゃんは・・・あの人と戦う前から負けを認めているのだ、多分、いや間違いなく、去り際に朱里ちゃんだけに囁いた言葉によって。

 その言葉を私は聞いてしまっていた。
 偶然、帽子のつばがその声を拾い、私の耳に辛うじて聞こえたのだが、この事は私以外誰も、全てを知っていそうなあの人でさえ知らないだろう。
 あの人は、曹操さんを破る策を、自分は持っていると言った。
 朱里ちゃんと美周郎さんの策は『天の御使い』さんに見破られる、とも。
 そして今、曹操さんではなく、董卓さんの所に仕えているということは、間接的に私達を助けてくれる、仲間になってくれると言っているのに・・・朱里ちゃんは歪な笑みを口元に浮かべ暗い顔をしている。
 あの人に勝つこと。
 あの人を倒す事だけを考えている。
 あの人が存在すると、自分の全てが利用されているような被害妄想、せん妄状態・・・ちゃんと現実が見えているはずが無い、そんな歪んだ目では。
 私はその目を見て泣きそうになる。
 負けたことの無い人間が、自分を守る為に何とかして相手を否定しようとする・・・天才秀才が全国から集まった水鏡女学院で、地元では一番だった子達が初めて負けたときにする目・・・だから、私にはわかってしまった。

 朱里ちゃんは・・・あの人を殺そうとしている・・・自分自身のためだけに。

 私達が今しないといけない事は、あの人と敵対するのをやめる事。
 刃を交わす前に、あの人の側に付くか、せめて軍を引く・・・どちらも、もう無理な処まで来てしまった。
 今私に出来る事は、皆を説得する事では無く、説得に応じない人を切り捨てる覚悟をするか、此処を出てあの人の下に駆けること・・・つまりは自分をこの軍から切り捨てる事。
 説得されてくれそうな人は二人、桃香様と星さんだ。
 でも慕ってついてきてくれた皆の為に、桃香様は今更説得に応じられない立場にいる。
「全員で投降して、董卓軍に入りましょう」
 なんて私が言われる立場なら、相手の正気を疑う。
 星さんは、此方の意図を見抜いてくれるだろうか、聡い人だから見抜いてくれるかもしれない、でも、星さんはあの人の恐さも厳しさも優しさも、何も知らない・・・となると私だけ、独りであの人の下へ行くしかない。

 桃香様の理想や想いを、此処で潰えさせないためにも。

 皆には裏切り者と言われるだろう、でも、私には見える。
 あの人は劉備軍を確実に潰しに来る、そして・・・予測通りに潰されるだろう。
 主要な人達はきっと生き残れるに違いない、でも大陸中が注目する此処で全滅させられた人物の下に、兵として民が集まる事はない。
 桃香様の志を受け継ぐ者は、誰でもいいが、残さなければならない。
 私が上手く立ち回れれば、桃香様ご自身を。

 引っ込み思案の天才軍師は、常ならざる強い目で、陣営で最も大きい天幕の中に入った。
「あわわ・・・桃香様、お話と、お願いがあります」
「雛里ちゃん、少し元気になったみたいだね。よかったよー」
 無邪気な笑顔で迎えられ、雛里の決意が鈍らされるが、それでもそれくらいで折れる決心ではなかった。
「それで、お願いって何かな」
 雛里ちゃんがお願いなんて珍しいね、初めてじゃないのかな。
 桃香はそう言って微笑む。と、何かに気が付いたように視線を入り口のほうに向けたが、必死に勇気を振り絞っている最中の雛里には、桃香の視線の動きはわからなかった。
「劉備軍は、董卓軍に投降すべきです」
 桃香の笑顔が引きつる。
 鈍く重い音がどこか遠くで鳴り、桃香のものらしい声で、自分の名が呼ばれているのを、やはり遠くに聞きながら、雛里の意識は閉じていった。

「だめだよ雛里ちゃん、裏切ったりしたら」

 薄ら寒い笑みとともに掛けられた声は、ぐったりと床に倒れ、頭から血を流す雛里には届かなかった。
 



   

~ Comment ~

誤字発見したのでご報告を~ 

そうだ、今こうして私が笑っている事を彼は知らない。
 彼は私が暗い顔をして、思い悩ん出いると考えるはずだ。
の思い悩んでとなるところが変換されているかと

Re: 誤字発見したのでご報告を~ 

誤字指摘に感謝を。

修正しました。
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