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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第二話 星に授けるは風の調べ

 
 星の言によれば、夕刻には着くだろうと言う話だったので相当に歩くのかと覚悟していたのだが、実際に到着したのは昼を少し過ぎた頃だった。
 道中、自己紹介を済ませ、少しは会話を交わしたものの、三人の態度は変わらなかったが、適当な酒家に入り注文をするなり、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた子龍が口を開いて出てきた言葉に、少しは認められたことが判った。
「一影殿はその服装から、てっきりどこかの貴族の御子息かと思い夕刻と告げましたが、風達の荷まで持って昼に着くとは、少々侮っておりました」
 相手によっては怒り出しても不思議は無い、そう言った口の利き方が、実はしっかり相手の器を計ってのことだと言うのは、この街に着くまでの会話で理解できていた。
 風と稟の二人と旅をして、二人からその武だけではなく星として頼りにされ、真名を許されているのを見れば、頭の良い女性なのだと判る。
 一人だけ昼間から酒を頼んで、頬を薔薇色に染めながら幸せそうな顔をしている子龍をみて、その自然な生き様が美しいと、純粋にそう思った。

 空腹感に支配されていた思考が少し落ち着いた頃合を見て、稟が本題をそれとなく促す。
「お腹も落ち着いたところで、お互いの情報交換を始めましょうか」
 あくまで一方的に聞くのでは無く、そちらも気兼ね無く聞いて欲しい、立場はお互い対等なのだと、さり気無く気を使うあたりが稟らしい、そのくせ『情報交換』などと言う飾り気の無い、実用一点張りの硬い言葉には気を使えない・・・苦笑を噛殺すのに苦労しつつ頷いた、それがあまりにも稟らしすぎて。
「それでは、それがしから。一影殿、最初の問いに答えてもらいたいのだが」
「『捕らえられたのではないか』と問われれば、可能だった」
 そこで捕らえなかったと言う事は、捕らえる気が無かった、つまりはそういう事ですか。とは子龍も口に出して来る程馬鹿ではなく。
「賊に掛ける情けは無い、と言う事ですかな」
 そして、冗談で返してくるほど不誠実でもない。

「武器を抜き、此方の命を奪おうとする者は、相応な理由が無ければ殺されて然るべきだ。
 仮に、風がオレの立場にあればどんな事になったのか、想像出来ない訳でもあるまい」
 自分で喩えに出しておいて、想像するのも胸が悪くなる喩えだと、嫌な気分になる。風本人はいたってマイペースに、ぼーっとお茶を飲んでいるのだか寝ているのだか、よくわからない姿でとまっている。
「しかし、相手は命乞いをし、もはや抵抗する意思さえなかった、そうではござらんか」

 子龍が引っ掛かっていたのはこの点か、なるほど『義人』らしい。

 稟の様子を横目で伺ってみるが、静観する様だ。もしくは子龍とこの話題については既に討論済みなのだろう、多分後者だ。風は最初からこの流れになるのを見越してか、話に興味を向けさえしていない。
「それでも、武器は捨てていなかった。
 自分より弱い相手は殺して奪いつくす、そんな相手の口先だけの改心を受け入れろと言うのか。
 背を向けた瞬間、此方に襲い掛かって来かねない相手の善意を信じて。
 自分が信じてそれをなすのは良いだろう、尊敬と嘲笑に値する。
 だが、それを他人に押し付けようという態度は、自己満足の為に相手の命を軽んじることと同じだ、軽蔑し拒絶する」
 低く感情を抑えた声で静かに告げる、ともすれば酒家の喧騒に掻き消されそうな声は、子龍の耳に届いたのだろう、その眉をひそめさせる。
 言いたいことは良くわかる、人を信じ、許し、罪を償わせる機会を与えるべきだ。
 そう北郷一刀は言うだろう、そして子龍もその思想に賛同する、徳高く器が大きい人物とでも言うのだろう。
 北郷一刀はそれで良い、甘く優しく馬鹿を見ながら皆に好かれて行くが良い、それが彼がすべき事、しなければならない事、出来る事だ。

 だが、北郷一刀は二人要らない。

「反論が無い様なら、この話はここまでだ」
「貴方は、断罪者にでもなったつもりか」
 冷たい声で、反論とも言えない言葉を返してくる。

 そうか、ここで退くなら此方も退いたが、踏み込むのか貴女は。

「いいか趙子龍良く聞け。今オレが風を斬り捨て、武器を捨て許しを乞うたなら、風は黙ってオレを許さねばならない。
 貴女の言っている事はそんな他人事の理想論どころか、自分が気に入らないからと難癖つけている感情論だ。
 ・・・オレの生き方を指図するつもりか」
 前言どおり拒絶すると子龍は黙り込んだが、残りの二人は少し面白い物を見たという顔と素直に感心した顔を向けていた。
「少し意外でした。一影殿がそこまで星に親切にすることが」
 イタズラっぽい笑みを浮かべ、空になったオレの湯飲みに、子龍の元から取り上げた酒を注ぐ稟は随分と上機嫌の様だ。
「美人に酌をされるのなら、お節介の甲斐が有った」
 少し湯飲みを持ち上げて、目礼をしてから杯を空ける。
「びびび美人などと、一影殿あまりからかわないで下さい」
「稟ちゃんは美人ですよ、でもこれ以上そう言うと照れてへそを曲げてしまうのです。なのでお兄さんもあまり言わないでおいてあげてください」
 フフフッと柔らかい笑みを浮かべた風が、一人置いてきぼりで未だ釈然としていない子龍を見て、笑みを少し深める。
「星ちゃんには、先ほどの稟ちゃんの言葉の意味が解らない様ですが、お兄さんは最初から意見が平行線なのを知っていたのですよ。ですから、何時でも『あぁそうだな』とはぐらかせたのですが、星ちゃんが素直に『気に入らない』と言うまで会話を引っ張っていてくれたのです」

「では次は私が、と言いたい所ですが、場所を移しましょう。どうも長く居過ぎたようです」
 店側の視線から、無言の圧力を感じた稟が肩をすくめる。飲み食いしつつ話し込んでいたお陰で、日はすっかり傾き、宿を取るにも少し急いだほうが良い時間になりつつある。
 店のほうはというと、見るからに大酒のみという人達が続々と入って席が埋まりつつあり、話すばかりで碌に飲まない二人と、酒を飲みはすれど険悪な空気を撒き散らす二人という迷惑な四人組に、早く出て行って欲しいという空気が押し寄せている。
「子龍相手のお節介で無罪放免・・・という訳には行かないのか」
「それは、私や風とは話したくないという意味ですか」
 なかなか鋭いことを言う、もっとも言った本人は冗談のつもりなのだろう、穏やかに笑う稟に肩をすくめて返す。
「三人は宿を取るのだろう、オレは街を回って必要なものを買ってくる」
「三人は、ということは一影殿は宿を取らないということですか」
 手持ちの金は先程野盗から奪っただけだと素直に白状することも無い、黙って首肯する。
「それなら風達と・・・」
「却下する。年頃の娘達と同じ部屋に泊まるほど非常識な行いは出来ない」
「でしたら、泊まらずとも宿には顔を出してください。話の続きはそこでと言う事にしましょう」
 これも断っては逆に礼を失するか・・・少し悩んでから頷いて返した。
「わかった、何か目印を宿の部屋が解るように出しておいてくれるならば」
「それがしの槍などどうですかな」
「了解した、では後ほど」



 三人と別れ独り街を歩く。
 目指す先は服屋だ、子龍にも言われたがこの格好は目立ちすぎる上に、後々のことを考えるとあまり人の記憶に残るべきではない服装だ。幸いにも警備隊の経験から店の並びと大体の物価がわかっているので目的の場所は直ぐにも見つかった。
 さて・・・問題はこの服は脱げるのかというところだが、まさか路上でいきなり脱ぎだす訳にも行かない、となると上から何かを羽織って隠すほうが良い・・・アレでいこう。
 有るか無いか判らないものを探すより、確実にあるものでどれにするかを考えるほうが早い。
 華佗のような派手な服装をするつもりも無いのだから、そうそう探すのに手間取るまいと思っていたら、案の定最初に入った店で飾り気無い黒の羽織を見つけてあっさりそれに決めた。
 それを霞のように肩に引っ掛け、紐を前で結ぶ。
 ついでに安かった雑嚢を買って、必要最低限の鍋やら水筒やらを集めて、余った金の幾割りかを叩いて酒を買っていく。野宿の友に酒はあるに越したことは無い。

 予想より随分と手際よく買い物が終わって、三人の泊まる宿を探し歩いていると、こちらも予想よりあっさり見つかった。
 そうは大きくない街だ、あまり遅くなると『一体何処で油を売っていたのか』と妙な勘繰りをされかねない・・・そうか、今オレは北郷一刀では無かったんだな。
 そんな心配は、杞憂に過ぎないのか。

 ノックをし、返事が無いので声を掛けてみたが人の気配が部屋からしない、部屋の外で待っているべきかとも思ったが、宿の人間の不審者を見るような目つきに流石に居た堪れなくなり、部屋主不在の部屋の中に入って待たせてもらう。
 湯浴みから最初に帰ってきた稟が、上機嫌で戻ってきたのはそれから暫くたってからだった。
「礼儀に反するが、中で待たせてもらっているよ」
「お気になさらず、外で待たれては大変でしょう。なにぶん女の湯浴みは長いので」
「そう言って貰えると助かる。で、戯志才が聞きたかったのは、他人に聞かれると困る質問なのだろう」
 まだ風と子龍の帰ってこない二人きりの部屋で、全く色気の無い会話を単刀直入に切り出された稟がフイッとそっぽを向いて少し怒った様な顔をする。
「・・・美人と自分で言ったのですから、少しくらい興味がある振りをしてくれるものではないですか、一影殿」
「・・・興味はある。美人だというのも事実だ。だが、今口説く積もりは無い」
 ありったけの精神力を動員して、無表情を貫いているのを、風であったなら見抜いたかもしれない。

 今は思い出すな、稟との思い出を、感情を凍結しろ。

 自己暗示じみた言葉で心の動揺を無理やり押さえ込み。それを表に現さないように、小さく首を振る。
「はぁ・・・わかりましたよ、もう。では単刀直入に聞きますが貴方は『天の御使い』ですか」
「・・・何故、そう思う」
 怪訝な顔をして尋ね返す一影に、稟は「簡単ですよ」と別段特別ではない推論を組み立ててみせる。
「先ずその服、黒地に銀糸の飾りがついていますが、そんな服は天の国にしか有り得ません。
 それにその剣、曲刀と言うのでしょうが、それも見たことがありません。
 それを星が遠目に見てかなりの腕と評する程に使い慣れている。
 どれか一つなら違和感で終わりでしょうが、それが全て重なれば確信です。
 貴方はこの国の人間ではない」
 眼鏡の縁に指を這わせる稟、こういう論理的推論構築はまさに稟の独壇場、一部の隙も無い。

「御見事と賞賛したいところだが、『天の御使い』は陳留が刺史、曹孟徳が身柄を確保した、オレの目の前で。輝く様な純白の服を着た、平和そうな顔をした男だったよ」
 ふむ、と呟きながら此方を一瞥して、眼鏡を軽く押し上げるその表情は、此方の言は信じるが、答えは半分しか返していない、そう告げている。
「オレは『天の御使い』ではない」
「解りました」
 断言したからには、これ以上粘っても何も得るものは無いと悟った稟は、早々に話題を切り上げる。
 頭の良いスマートな会話術だが、軍師がそんなに素直な反応で大丈夫かとも少し心配になる。

「それじゃー今度は風の番なのです。お兄さんは星ちゃんより強いですか」

 それは、完全な不意打ちだった。


   

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