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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第十八話 月影に淡雪は朧に詠う

 
 暖かな午後の日差しで輝く中庭。

 白い幼い少女が微笑む。

 抜けるように白い肌

 細い銀の髪を風に靡かせ

 その身を包む、白い豪奢な服を揺らし

 唯一、真紅の瞳だけを揺らす事無く

 ふわりと

 儚げに

 楚々とした


 透明な笑みを浮かべる。

 つと、右に伸ばした右の腕の先で、細い人差し指が舞う。

「・・・行きます」

 声だけを残し、少女の姿が掻き消えた。
 まるで光の粒になって、淡く消えてしまったかのように・・・

「ぁぅぁぅぁぅ~」
 ひょいと猫の子の様に捕まった朧が、情けない声をあげ、手足を弛緩させる。
 そのままの格好で、少し悔しそうに、情けない姿のまま一影を見上げる・・・どうやらネズミは取らないタイプらしい。

「五十二点」

 その一言で、悔しそうだった朧の顔がぱっと輝く。
 今までに無い高得点の評価だ、続く言葉を相変わらず猫の子の様に捕まったまま、じっとまつ朧。

「自然な中に不自然な動きで相手の目を引く、これはいい判断だ。
 しかし、やるならもっと目立たせる、爪に朱を曳く等の工夫をすべきだった。
 掛ける声を短くしたのは評価する。
 しかし、目線を向けたままなのは頂けない。
 目を切ってでも、右に流すべきだった」
 ゆっくり朧の足を地につけてやってから、その頭を撫でる。
「最大の評価点は、方天画戟を寝かせ、体の後方に隠し見せなかった所だ」
 その為に、態々服まで新調して来た点は、言うまでもない。
 木の葉を隠すには森の中、白を隠すには白の中。

 ここ数日で、すっかり一影じみた動きを、真似られるようになってきた朧、しかし一影は、訓練のとき以外に、朧が武器を持つ事を禁じていた。
 その事について、朧が尋ねてみると
「朧が武器を持つ事態になる前に、それを回避する手を打つか、逃げる準備をすべきだ」
 そうあっさり言い切られ、反論も出来ずに引き下がるしかなかった。
 あくまでこれは訓練で、実戦で朧に武器を持たせて戦わせる気は無い、一影は言外にはっきりとそう告げ、朧も黙ってそれを受け入れた。
 朧にとっては、寧ろ望んだ答え。
「お前はオレが護ってやる」
 一影の言葉は、朧にはそう聞こえていた。

「そなたら兄妹は、何なのじゃ・・・」
 ぽかんと口を開けた淡雪は、驚き疲れてもう呆れるしかないと、いった態で眉間を押さえる。
 淡雪には武官の素養は無い。
 北郷一刀の様な武道の経験も無い為に、当然ながら目付けなど出来ないし、次の動きを読むための知識も無い。
 朧の姿を、少しはなれた位置から見ていたのにも拘らず、あっさり見失った。

 しかし、馬鹿ではない。

 幼い頃から高度な教育を受けられる、知識階層の生まれで、彼女自身の持って生まれた真面目な性格から、その知識量は広く深い。
 故に、今、目前で朧がどう動いたのかは見えなかったが、朧が何をしたのかは解っていた。
「禁軍武術師範ですら、そんな珍妙な真似はせんぞ。
 虚実は使うだろう、状況も利用するに違いない。
 体の使い方は、朧など足元にも及ばん程に上手くやってのける。
 だが、いま朧がやってのけたのは・・・全くの別物だと言う事くらいは解る」
 淡雪が朧の訓練を見るのは、今日が初めてだ。
 妖術の類だと、驚いて大騒ぎしてもおかしくは無い。
 ましてや、教えているのが一影である、誰が見ても妖の術の練習をしているようにしか見えない。
「ぁぅぁぅ・・・武術師範や武将ごときに、お兄様の動きを出来るはず無いですよぅ、淡雪」
 おかしそうに笑いながら、朧が淡雪を見つめる。
「お兄様は恋姉さんに勝ったんですよ、恋姉さんを超える武将がいない以上、誰も出来るはずないじゃないですか」
 何を当たり前な事を言っているのだと、朧はすこし首を傾げてみせる。
「ふむ、なるほどの・・・説得力がある。
 しかし答えは半分じゃぞ朧、そなたが何故、影の動きを真似られる」
 優雅に頬杖をつき、指を突きつけるように示す淡雪、およそ幼い少女に似合う仕草ではないが、不思議と様になるのは、歳に似合わぬ風格が故だろう。
 問われた朧は今度こそ、何故そんな質問をするのだと、明らかに困惑をした表情を浮かべる。
「そんなの、朧がお兄様の動きをずっと見てきて、覚えてるからに決まってるじゃないですか。
 ぁぅぁぅ・・・淡雪は本当に変な事を言います」

 その瞬間だった。

 大きな影が朧の頭上を一瞬遮った。

 そう思った時には、目前に音も無く恋が降り立ち、一影の手を捕まえていた。
「お兄ぃ・・・来る。詠が呼んでる」
 言葉少なにそれだけ告げると、此方の返事も聞かずに、引張って走り出そうとする恋。
「恋、淡雪と朧も連れて行く。置いていくのは危険だ」
 立ち止まってこくり、と頷いた恋は、淡雪と朧を見比べ、無造作に淡雪を小脇に抱え、朧が一影に飛びつくのを確認して、半ば引き摺るように駆け出す。
「こら、呂布。此処は宮中じゃぞ、市井見学中の無礼は許すが・・・」
「だまる・・・舌噛んで、危ない」

 お互い、人一人抱えているとは思えない速さで走りながら、心が切り替わっていくのを感じる。
 玉座の間の前を通り抜け、月の執務室に飛び込むように、四人が辿り着くと、眉間にしわを寄せた詠と、おろおろ詠の周り歩き回る月、その二人をやれやれといった風に見やるねねの、三人が待ち構えていた。

「・・・ついに来たわよ」

 苦々しげにそう告げる詠は、イラつきを隠そうともせず、月はそれを見て更におろおろしだし、ついには耐え切れなくなったのか、この室内で二番目に身分が高いというのに、茶やら菓子やらを用意しだす始末。
 予想通りの割には、妙にイラついている詠・・・ねねに視線を向けると、目で月の執務机の上に詰まれている書簡の山を示し、肩をすくめた。
「なんじゃ、内容が酷かったのか」
 淡雪の問い掛けに、詠の米噛みに血管が浮く。
「酷いなんてモンじゃないわよ、見るに耐えない、感情丸出しの文よ。
 文字が穢れるわ・・・って、りゅ、劉協様ぁ」

 ようやく、恋の腕から降り立った淡雪に、声を掛けられたのだと気が付いた詠が、時の皇帝に自分がとんでもない口のきき方をした事に気が付いたのか、慌てて許しを請おうとする。
「よい賈文和、許す。代わりに話は全て聞かせてもらうぞ」
 先を打って淡雪にそう言われては、いかな詠といえども畏まって肯定する以外できない。
 一番立派な、月の執務机の椅子を慌てて持っていき、淡雪の近くに据える。
 そんな詠の動揺も、まるで対岸の火のように、無感情な目で見る一影。
「それも予想通りのハズだが」
 皇帝を前にしても全く態度を変えない、そんな一影についつい普段どおりの自分に引き戻された詠が、噛み付く。
「予想通りでも腹が立つの、それも・・・こんなに大量に」
 机いっぱいに山積みになっている竹簡をみて、一影は思う。
 あれを袁紹は有力諸侯全員に送りつけたのだろうか、何と言うか・・・『積極的な馬鹿は大迷惑』のお手本みたいな行動だ。
 しかし、淡雪が同席するのは悪くない、今の世の中の動きを肌で感じておく事は、彼女の今後にとって必ず役に立つ。
「あのぉ・・・劉協様、お茶をどうぞ」
 皇帝を迎えるには向かない場所だが、本人がそれでいいといっている以上、口を挟むことはできず。
 錯乱した月がお茶を入れだしたのは、今となっては、最も身分の高いものが、歓迎の為に自ら茶を入れた、と考えれば最善手であるだろう。
 すかさず恋に、部屋にあった全ての菓子もあたえるあたり、強かと言うか、恋の扱いに慣れていると言うか。
「歓待を受けるぞ董仲穎。それにしても、凄い量じゃな」
 目ざとく、机の横にも後ろにも詰まれている竹簡に目を留めながら、淡雪が会話が淀みかけるのを避けるように水を向ける。
「はい、それが・・・洛陽中から来たのではないかというほどの量で」
 困ったような笑みを浮かべ、小さく頷く月。
「・・・まったく、この忙しい時期に」
 ぶつぶつと小声で文句を言う詠にも、同じ笑みを向けながら。
「詠ちゃん、こういうのはときと場所を選ばないみたいだし、仕方が無いよ」
 なんとか詠を諌めようと、四苦八苦している月、ねねは呆れた表情をもはや隠そうともせずに溜息をつく。
 見た目が朧とそう変わらない子供が、深い溜息を突く様は、見ていてかなりシュールな光景だ。
「ぁぅぁぅ・・・洛陽中から、なのですか」
 朧はその竹簡が何か悟ったらしく、少し不機嫌そうな顔になると、ねねに無言で目を向け、無言のまま何かを語り合っている。

「袁紹の檄文が出回ったと言う話ではないのか」
 一影のその言葉に、淡雪の眼が細まる。
「袁本初が檄文をとばすとな・・・」
 淡雪の呟きに気付かなかった詠が、やはり不機嫌なまま、じとっとした目で一影を睨む。
「そんな話で、今更態々呼び付けて話し合う事なんてもう無いわよ。散々それについては話して対策練ってきたでしょう」
 詠の言葉から、袁紹が檄文を飛ばす事も、その内容も既に予測していると知った淡雪が、ますます表情を曇らせる。
 その頭を、無言でくしゃくしゃと撫でる手には、流石に朧も文句をつけずにいる。
 その手は、無言のまま『安心しろ』といっているのを感じ、淡雪の目から険が取れる。
「いい、これはね

           『恋文』

                  の、山なのよ」
噛んで含めるように『恋文』を強調して言う詠の言葉に、即座に朧が反応した。
「ぁぅぁぅぁぅ・・・やっぱりでしたぁ」
 朧が頭を抱えて俯くのを、ご愁傷様という顔でねねが見る。
「数ヶ月、街を警邏している間に、街の民から顔を覚えられた、と考えるなら成功のうちではあるのか」
 腕を組み思索にふけりかける一影の意識を、詠の声が呼び戻す。
「ちょっと、まだ勘違いしてそうね、一影。誰に来たものか判ってるの」
 イライラした顔のまま詰寄り、指を一影の目前に突きつけながら、今にも爆発しそうな詠を、朧が咄嗟に止めた。
「待って、待ってください・・・お兄様には、詠お姉さんの質問の正解は絶対に出てこないのです」
 あまりにも必死な朧の声に、詠のイラつきは一気に沈静化させられた。
「・・・一影、そういえば何か劉協様と話したい事があるとかいってたわよね。
 二人は此処で相談して。
 私達はあっちの角に寄ってこの問題を解決するから」
 あぁ、任せた、という声を背に二人を残して部屋の角に移動する。
 恋は興味なさそうに、コロンと日の当たる場所に横になって昼寝の体勢、当然ねねがそんな好機を見逃すはずも無く、寄り添って横になる。

「で・・・どういうこと、朧」
 声を潜めて問いかける詠、なんだか非常に悪巧みをしているように聞こえる。
「詠ちゃん、声が恐いよぉ」
 月は少し腰が引けたように、それでも場を改善しようと試みる。
「しょうがないでしょ月、大声で話したら離れた意味ないじゃない」
「それはそうだけど、朧ちゃんが話しにくそうだよ」
 月の訴えに、詠が顔を顰め、深呼吸を一つする。
「説明してくれる、朧」
 ようやく普段の詠に戻ったのを見て、朧がほっと安堵の息をつく。
「月姉様の所に来るまで、村を野盗や、小規模な黄巾賊から救ったりしてきたんです。
 当然、救った村にも若い女の人はいて、幾人かはやりすぎなくらい積極的に、言い寄ってきていたのですが・・・お兄様は全く気が付かないのですよぅ。
 お兄様の中には、自分が女性に好意を向けられるという考えが、ほぼ存在しないのです・・・」
 詠が朧を見つめ、無言で肩に手をのせて、物悲しそうな顔をしながら数度頷き、月は何故か少し涙ぐみながら、感動したように朧を抱きしめ、愛おしげに朧の髪を梳いた。
「・・・朧ちゃん、頑張ったんだね」
 月と詠が一影を振り返り、同時に深い溜息をつく。

 未来が読め、知略縦横、神算鬼謀、天下無双の恋と並ぶ程の武をもつとしても・・・
 この男は、つまり、自分自身に全く興味が無いのだ。
 朧がこの歳で、こんなに確りしているのは、もしかして・・・これのせいなんじゃないのか。
 二人の目には今、同じ色が浮かんでいた。

「申し上げます」
 部屋の外から大声で呼びかける声に、熟睡中の恋とねねを除く全員の視線が集まる。
「入りなさい、何事です」
 月の落ち着いた対応に、文官らしき女性が部屋に入り一礼する。
「たった今入りました、細作よりの報告です。
 袁本初の檄文により、連合軍が集結している模様」

 それは、穏やかな日の終わりを告げる鐘。

 平穏の幕は引かれ・・・

 端役から舞台を追い落とされていく

 残酷で

 悲しい

 ・・・戦乱の幕が上がった。


   

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