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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第十七話 朧の描く影ぞ幽し

 
「お呼びにより、参りました」
 恭しく礼をし視線を戻した少女の目は、残念ながら怯えの色を消しきれてはいなかった。
 癖のある栗色の髪が、小さく揺れ、その陰から機嫌を伺うように、伏せがちな碧色の深い眼が、彼女の主が起こす、次の挙動を弱弱しく見守っている。
「これは、どういうことか、説明なさい」
 声に滲んだ感情は、読み違えようも無いほどに強い怒り。
 その矛先は、目前の机上にのった書簡と・・・その製作者である、目前の少女。

 書簡は、要点が簡潔に纏められた見出しに、それに対する所見が実際の情報を元に、理路整然と述べられており、その流れに、無理や強引な論理展開をしている所が無い。
 その上、見る者のことを考えて、直截的な表現が必要な部分は言葉を飾らず・・・それでいて、書いた者の几帳面な性格と、教育レベルの高さを如実に表す、美しい筆使いの画一的な文字の並び。
 美しいと賞賛されこそすれ、『これ』呼ばわりされ、怒られる謂れは無い、ほぼ完璧な書簡と言って良い。
「先日捕らえました、張三姉妹より聞き出しました。
 各勢力についての体感実績を、纏めたものです・・・華琳様」
 猫耳フードの先端を震わせながらも、必死に声を震わせる事だけは抑えた桂花は、一言一言を確かめるかのように、言葉を口にした。
「素人の言葉から、各勢力を解析した情報と言う割りには、有用な資料・・・と褒めてあげたい所だけど。
 桂花・・・まさか、また私を試してみようと、思っているのではないでしょうね」
 幼さを残した、美しい顔立ちの華琳が目を細めると、酷く恐ろしいが、美しさはいや増した。
「違います華琳様」
 ほとんど反射的といっていいほどに、否定の言葉を口にする桂花に、華琳の目から嫌疑の色は消えたが、不機嫌までは消し去ってはくれなかった。
「そう、では桂花は私が不機嫌になるとわかって、それでもこの書簡を私の目に入れる事を選んだと言うわけね」
「はい・・・そうです」
 暗い声で俯きながらも、そう肯定すると、口を不機嫌そうに曲げたまま溜息をついた華琳が、鋭い目で桂花を真正面から見据える。

「なら・・・貴女は私の軍師でいていいわ、桂花。
 私が不機嫌になるからと、自分が必要と思う情報を報告しないような者に、私に仕える資格はない、座りなさい」
 目の前の椅子を目線で示し、手ずから二人分の茶を入れると、一つを桂花の目の前に置く。
「私が何のことを聞きたいのか、解っているわね」
 桂花の喉がつばを飲み込む、華琳本人から報告するよういわれてはいても、口にした瞬間、華琳が激怒するのではないかと思うほど、これから口にする言葉は、華琳の神経を逆なでする・・・。
「・・・『魔王の軍』のことですね」
 桂花の言葉が唇を離れきらぬうちに、華琳の柳眉が片方跳ね上がる。
「続けなさい・・・」
 激怒はすれども、激昂して怒鳴るような事はせず、華琳は先を促す。
「報告によると、黄巾党が相手にして最も被害が大きかったのは・・・涼州の董仲穎配下の軍との戦闘です。
 人和・・・張梁の話に依れば、一番恐ろしいのはやはり呂布で、呂布一人に三万の被害が出たと言っております」
 桂花がいったん言葉を切り、頂きますと一言断ってから、茶で喉を湿す。

「天下の飛将軍・呂奉先にしては、被害が少ないわね」
「いいえ華琳様、文字通り呂布独りに、三万の兵を滅ぼされた事があるそうです」
 一瞬、華琳の表情が凍りつき、桂花に問い詰めるような視線を向ける。
「はい、春蘭でも・・・とても不可能ですが。
 ・・・被害者の言葉ですので、間違い無いかと」
 関係が友好的とは、とても言いがたい桂花の口から、春蘭の名が出ること自体が驚きだが、その内容は春蘭の武力を高く評価し、それでも尚呂布には遠く及ばないと・・・そう言っている。
 更には、聞き流して笑い飛ばすほどの、伝聞での荒唐無稽な内容を、冷静に分析しその情報は正しいと、華琳に伝えている。

「それが、『魔王』・・・つまり呂布の軍ということか」

 桂花の首が横に振られる。
「張梁の言によれば、次に恐れたのが、同じく董仲穎配下の張遼、華雄の二人。
 その理由が、兵達の士気が挫け、敵の数倍いても必ず負けるからだと」
 今度は華琳も、董仲穎が『魔王』か、とは口を挟まない。
「最終的には、それらの将の旗を見るだけで、士気が挫け敗走したそうです。
 我が軍に取り込んだ青州兵からも、情報を集めたところ、その三将配下の兵も精強であるが、それとは別に付き従い、旗も無く、鬨の声も上げず従う兵達がおり。
 黄巾党内ではその軍を、『魔王の軍』と恐れたそうです」
 華琳にはそこが限界だった。
 なにが『魔王』か、旗も無く、鬨の声も上げず・・・ただの士気の低い黄巾党の、負けた言い訳ではないか。
「倍する程の敵を前に勇敢に戦った、董仲穎の軍に精兵がいる事は認めましょう。
 でもその情報は、自らの半数にも満たない敵に負けた、黄巾党の言い逃れに過ぎないのではない。
 それとも、その『魔王の軍』とやらは、不死身の兵達が死をも恐れず、味方が死しても一糸乱れずに、沈黙のまま此方を殺す事だけを求める化物だとでもいうの」
 淫祠邪教の流言だけでも許せぬと言うのに、さらに言い逃れの罪まで重ね、華琳は机を叩きかねない激昂を、無理矢理精神力でねじ伏せた。
 そうでもしなければ、元青州兵全員の首を刎ねろとすら、口走ってしまいそうで。

「いいえ華琳様」
 その言葉を待っていた華琳に、届いた桂花の声は。

「・・・ご存知だったのですか、華琳様」
 だった。



 第二練兵所に向かう一影の配下の兵を、他の兵達が横目で見ながら言葉を交わす。
「知ってるか、あいつらの給金、俺達より多いらしいぜ」
 聞こえないように声を潜めている。
「そんだけ欲しけりゃ、お前も『魔王』様んとこに行けよ」
 言外に強く『俺は絶対に嫌だがね』と匂わせ、顎をしゃくって第二練兵所を示す。
「じょ、冗談じゃねぇ、やめてくれよ」
 着物の襟をかき合わせ、肩をちじこまらせる。
 その姿をみた相方が笑いながら背中を叩き、顔を見合わせて二人で笑い合う。
「まぁ徐栄様や、『白姫』様はうちの将軍と、タメはる美人だけどな」
「お前・・・ココが違うよ馬鹿」
 相手の胸を軽く叩きながら、再び笑いあって兵達は第一練兵場に歩いていく。



「・・・もういっぺん言ってみろ」
 細めた眼から、射殺すような視線を向けられた相手は、怯む事無く小馬鹿にしたような眼を向け、肩を回す。
「アンタは『魔王様』『魔王様』って呼んでるが、俺にゃぁそんなに強そうに見えねぇっていったんだよ。
 アンタ昔は誰にでも噛み付いてたが、腑抜けちまったんじゃねぇのか」
 二つに縛った真紅の髪が揺れ広がり、細めた琥珀の瞳に剣呑な光が宿り始める。
 周りにいた兵達は、危険を察知して離れ、丁度戦場で一騎打ちを囲むように、綺麗な真円が描かれる。
「アタシの事はどうでもいい、腑抜けだろうが雌犬だろうが言いたきゃ言え。
 だが・・・主様の事を貶めた事は万死に値する・・・抜け」
 ざわめきが湧き上がり、男の顔から小馬鹿にした笑みが消える。
「腑抜けた雌犬に斬られるほど、落ちぶれちゃいねぇぞ」
 言い様、腰から剣を抜き腰を落とす、なかなかに堂に入った構え、黄巾党の乱を戦い抜いてきた古参兵だけの事はある。

 その時、ざわめきが止んだ。

 空気は一瞬で凍りつき、誰が何か言ったわけでもなく、二人を囲んでいた人垣が別れ大きな道を作る。
 その道を朧を連れた一影が、急ぐでも無く真直ぐに、肩に引っ掛けた羽織を風に膨らませながら、二人の下に歩いていく。
 周りを囲んでいた兵達は、直立不動と言うよりは、金縛りにでもあったかのように、道を空けた後は動けなくなった。
 ここ十数日の間、一影は街の警備という名の淡雪のお守りと、どうしてもと珍しく頼み込んできた朧に武器の扱い方を手解きしていた為、訓練に顔を出さず幽に一任していたのだ。
 久しぶりに自分達の将の姿を眼にし、その何の感情も浮かべない眼で一瞥をされただけで、兵達は植えつけられた絶対的な恐怖に、再び火がついた。

 鈍い音が不意に鳴り、幽が地に投げ出される。
 一影の裏拳が幽の頬を打ち、黙ってそれを受けた幽が、受身も取らずに一メートルほど吹き飛ばされたのだ。
「訓練の時間は既に始っている。何を戯れている・・・幽」
 無感情な瞳に真直ぐに見据えられ、幽は痛むそぶりも見せずに立ち上がった。
 唇の端が切れ、血が滲んでいるのをぬぐう素振りすら見せず。
「お前に全て任せると言ったが、遊んでいろと理解したのか」
 一影の問い掛けに、幽が口を開く前に、別のところから答えが返ってくる。
「俺が、あんたにゃついてく価値があるのかっていったら、ソイツが怒った・・・」
 何の予備動作も無く、漆黒の方天画戟が一閃し、男の言葉が最後まで口を出る前に、男の下半身は前にのめり・・・上半身は後ろに倒れ込んだ。
 斬られた男は痛みどころか、何が起こったのか、理解すら出来ずに絶命しただろう。
「幽、お前はオレの片腕だ、その命令を聞かないものは、斬り捨てろ」
 耳が痛くなるほどの静寂の中、一影の鋼のような声が兵達の心を、一気に呑み込む。
「はい、『魔・・・主様」
 打たれた方ではない頬を朱に染め、愛らしい声と共に頷くと。
「お前とお前、そいつを運び出せ。抗命罪で極刑、そう家族には伝えておけ」
 とても同じ人物から出た声とは思えない、ドスの聞いた声で手近な二人にそう命じると。
「遅くなりましたが、訓練を開始します、主様」
 一礼して兵に向き直る。

 その幽の背に声が掛かった。
「幽お姉さん、これ・・・朧からの贈り物です」
 一影から受け取った朧が、とてとて歩みよって、捧げ持つそれを見て・・・幽の眼に涙が浮かんでくる。
「朧ちゃん・・・凄く・・・凄く嬉しいよ。
 本当は、朧ちゃんが白のを使っているのを見て、凄く羨ましかったんだ、アタシ」
 朧を一頻り撫で繰り回してから、真紅の方天画戟を受け取り、強く握り締める。

 幽は朧の気持ちを、間違えなかった。

 それは、朧から幽に対する、一影の副官と認めた証。

「主様の片腕として、恥じない武を身につけます。
 朧ちゃんが、贈った事を後悔しない様に頑張るから」
 軽く眼だけで一影が頷く、初めから心配していない・・・その目はそう告げているように、幽には見えた。
「朧がすぐに追い抜いてあげますよぅ」
 はにかむ様に笑う朧に、笑いながら舌を出し

「『幽お姉さんは、お兄様の次に強いのです』って言わせてやるからね」

 そういうなり、兵達の前に戻り幽が怒声を上げる。

「『白姫』様より賜った、我が方天画戟の錆となりたくなくば、厩まで走れ。
 騎乗での陣形訓練を行う。走れ兵隊」

 絶対、お役に立って見せます・・・私の『魔王』様。



 ・・・払暁。
 夜明けのほんの少し前、朝日に地平と空が綻び始める。
 ふとそんな時に眼を覚まし、まどろんだまま伸ばした手が、空の寝台に触れる。

 あんな事を知る前であれば・・・それはただ、漠然とした不安。
 
 誰かの寝所に、お兄様は行ってしまったのではないか、私が眠った頃合を見計らって・・・
 そんな事をする人ではないという、絶対の安心から来る小さな不安。

 今この胸を締め付けるのは、恐怖。

 眼が覚めたら、お兄様が夜の闇に溶けて消えてしまっていたら。
 黒い羽織だけが椅子に掛かったまま・・・誰も帰ってこなかったら。

 ・・・恐い、泣きそう・・・涙が出てきた。

 体を小さく丸めていると、寝台が小さく軋み、安心する匂いが鼻をくすぐる。
 ほっと安堵し、全身から無意識にこもっていた力が抜けると、少し骨っぽい手が優しく髪をなでてくれた。
 その手がそっと背中に回り、そのまま抱きしめられて、思わず声を出しそうになる。
 声を出さなくても、朧がおきている事はお兄様には伝わっているだろう。
 でも、寝たふりをしている間は、寝ているものとして、気付かない振りをしてくれる。
 今はこのまま眠ってしまおう。

 優しい腕の中で・・・

 きっと、優しい夢が見られるはずだから。


   

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