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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第十六話 淡雪の華は朧に

 
 小春日和に似つかわしい、穏やかな空気の街を、肩にひっかけただけの羽織を、ゆるい風に揺らしながら歩く男の襟元で白絹のマフラーが緩やかに輝いている。
 服が和装であれば粋と言うものだが・・・洋装なだけに、明治維新あたりのちぐはぐな和洋折衷にも見える。
 しかし、その隣に寄り添って歩く、ゴスロリ幼女の美しさに、人目は集中し、男の奇矯な服装など人の目には止まりもしない。
 兎の毛で出来た襟巻きに、半ば顔をうずめる日々だったが、今日は極上の笑みを浮かべる顔を、街の皆に惜しみなく見せていた。
 別段、暇な一影と朧が暖かさにつられて、デートをしているわけではない、少なくとも一影にはそんなつもりは無い。
 詠が断行したドラスティックな行政改革により、一新された官僚機構や街並みが、急ピッチで再構築されている現場視察を兼ねた警備巡回の最中なのだ。
 客分だからと遠慮していた月と、「官位もないアンタに、仕事させられるはず無いでしょ」と憎まれ口を叩く詠に、朧の勉強の為だと半ば強引に警備の仕事を引き受ける。

 街中の細かい問題を政治中枢まで持ち込まずに、役所の所定の部署へと割り振る、もしくはその場で解決すると言う、巡回判事のような草の根運動的な、仕事というよりボランティア活動に近い動きである。
 そんな事を何の権限も無しにやっては、逆に混乱することになる為、最近知り合った女の子にちょっと相談したところ、自分も一枚かませるのなら許可してやる、とあっさり許可が下りたのが2週間前。
 座学では解らない実地の学問として、この巡回は朧とその女の子の成長には最適で、朧の目立つ外見が一役買っているともいえる。
「影よ、逸れてそなたが怒られては可哀想じゃ。て、手を繋いでやっても・・・良い」
 艶やかな黒髪に、端正な面差し、見た者が十人が十人、将来の美女を想像する少女は、そっぽを向きながら、手を差し出す。
 チラチラと不安そうな黒曜石の瞳が、上目遣いで一影の顔を伺い、一影がその手を取ると、少しほっとした表情を浮かべつつも
「そなたには、命を救ってもらった恩がある、じゃから、特別・・・いいか特別なのじゃぞ」
 念を押すように、手は『握らせてやっている』のだと、繰り返し言外に匂わせながら、白レースの手袋に包まれた小さな手は、離すまいときゅっと力がこもる。

 それを見た朧は、逆側の手を掴んでいたのを離し、一影の上着の裾を引き、屈めと目で訴える。

 ・・・やはり今日もこうなるのか。

 内心で溜息をつきつつも、ここで屈まなければ屈まないで、大喧嘩が始まるのは今までの経験からわかっていた。
 諦めて屈み込むと、先を争うように左右から首にしがみ付かれ、二人を抱え上げる。
 この状態になったなら、争わないという不戦条約が、二人の間に成立したのが十二日前。
 以来、外をこの三人で回る際には、一影の両腕が塞がっていなかったためしがない。
 街の人がその光景を見て、随分仲のいい三兄妹だと噂をし、いつしかすっかり町中に知れ渡っていた。
 いまでは二人に『白姫』『黒姫』と安直な渾名すらついており、役人や兵の募集を呼びかけなくとも、勝手に人員が集まる程だ。
「逸れはしないが、どうやって身を護るんだ」
 何処をとっても隙の無い正当な反論、横目で二人を見ると。
「お兄様がこの程度で負けてしまわれるなら、朧は既に生きてはいないのですよぅ」
 にっこり無邪気に微笑みながら、物騒な事を口にする銀髪の幼女。
「影にこの身を救われたのじゃぞ、そなたの腕前はよう知っておる」
 何故か上から目線で、勝ち誇ったようににんまり笑う黒髪の少女。
 確かに武将相手でもなければ、逃げ出す事くらいはできるだろうが、咄嗟の対応が出来ないのは確かなのだ。
「それに、みやれ。そなたの知り合いが暇そうにしているではないか」
 顎で指し示すという、随分と高飛車な仕草で、黒髪の少女が示した先に、子供に囲まれた華雄の姿があった。
「三人は相変わらずだな」
 爽やかな笑みを浮かべた華雄が声を掛けてくる、以前は相談事を持ちかけに集まってきた人々が、華雄とその手に持つ巨大な斧を恐れて散ったものだが、今では笑顔で挨拶をし、若い娘達の一部は熱い視線を向け、子供達に至っては華雄の姿を見かけると、集まってきて抱き上げろと、せがみ、纏わり付く様になってしまった。

「華姉さんは、今日はお仕事お休みですか」
 朧が華雄を『華』姉さんと呼び続けている為、子供達もそれを真似、いつしか大人たちもそれに習う様になり、董卓軍の三将の中で、一番の知名度を・・・そして人気を、この街で誇る様になっている。
 本人も最初は「華なんてガラではないんだが・・・」と、自分の姓であるのに照れていたが、今では気軽にそう呼び掛けられることに、嬉しそうにしているのをみると、満更ではないらしい。
「ひと段落着いたので、一緒に昼でもと、待っていたら・・・このありさまだ」
 苦っぽく、それでも嬉しそうに笑う華雄、その笑顔を見る一影の目に決意の光が光るのを、朧一人だけが見逃さなかった。
「良い頃合だ、どこか宛があるのだろ、華」
 一影の言葉に頷き返し、一寸屈み込んで。
「私は友人と昼食に行くから、またな」
 そう子供達に手の平を差し出すと、少し残念そうな顔をしながら、子供達がその手をかわるがわる握って、手を振って去っていく。
「華、そなた子供が好きなのか」
 黒髪の少女にそう尋ねられると、華雄が怪訝そうな顔を向ける。
「当然で・・・っだ、将来の国を背負って立つ者達だぞ」
 華雄の裏の全くない言葉に、黒髪の少女は目を細めると一つ頷き。
「まこと、そうであるな。下らぬ事を聞いた」
 そう優しく微笑み返す。

「影よ、なにをぼさっとしておる、華もはよう案内いたせ」
「そう思うなら淡雪ちゃんは歩けばいいのです、その分お兄様の足も軽くなるのです」
 そっぽを向きながら言う朧に、黒髪の少女・淡雪が小さく溜息をつく。
「朧、此処で争っては、影が困るであろ」
「ぁぅぁぅ・・・そうでした」
 しゅんと俯く朧の頭に淡雪が手を伸ばし、髪を撫でる。
「そなた、天才だが・・・たまに馬鹿じゃの」
 優しい淡雪の声に、朧がますますぁぅぁぅと小さくなっていく。
 そんな見慣れ始めた日常。
 二人を見守る無表情の一影の目もどこか優しげで・・・

 急に不安に駆られた華雄が大声で名を呼ぶ。

「一影」

 二人のやり取りを見守っていた一影が視線を上げる、その姿が朧気で・・・

「消えたりしない、よな・・・」

 華雄の不安そうな声。

 淡雪は突然の華雄の動揺に、付いていけずにいる。

 オレは心の動揺を悟られないように、黙ったまま頷き返す。
 口を開けば、余計な事を口走ってしまいそうで。

 朧に、何かを悟られるわけには行かない。
 自分ですら把握してはいないが、朧はある程度の情報さえ揃えば、こちらがどういう存在なのかを理解するだろう。
 それは確信に近い、朧の能力に対する信頼だ。
 そのとき朧は確実に此方の存在を存続させるように動く、此方の目的の達成よりも優先するだろう。
 朧がその気なら、此方に悟らせる事なくやってのけるだろう、オレが朧に知略で勝てる可能性は、万に一つも無い。
 それとも、既に朧には此方の存在を、把握されているのだろうか・・・ウソが下手だと風にも散々言われた、朧も同じ感想を抱いていてもおかしくはない。
 いや、抱いていないとおかしい。
 しかし・・・朧は、オレを助ける為とはいえ、オレの敵に回る事を、受け入れられるのか・・・


 相変わらず、感情を隠すのが下手です。
 はっきりと動揺したことが伝わり、動揺したその内容に、心が冷える・・・

 お兄様・・・貴方は・・・自分が消えると、消えるかもしれないと思っている。

 身体反応を考えると、消える事に対する恐怖にこわばる体は・・・

 過去に消えた事があるとしか思えない。

 自分と言う存在が無に帰するというのは、一体どんな気持ちだろう。
 一番近いのは多分、死と言う事になるだろうが、死と言うのなら、何故今此処で唐突に、死を突きつけられているのか。
 戦場でもない、穏やかな日常、最も死から遠いといっても良い状況で、お兄様は死に掛ける・・・
 出会ったときは黄巾党が蔓延る前だった、戦乱と言うほどではないが、平穏と言うほどでもない。
 つまりは、平穏になれば消え、戦乱になれば安定するわけではない。
 戦乱で安定するのならば簡単だ、人が死に絶えるまでずっと戦乱を続ければ良い・・・戦乱の世を治める為に自分は旅立ち、乱世を治める事のできる主を探す途中でお兄様に出会った。
 乱世を治めるより、続けるようにするほうが余程容易だ、主となる人間を互いに戦い合わせるか、主となれる人間を・・・殺してしまえば良い。
 野心だけが強く器の小さな人間が、小勢力に分かれて乱立し、いつまでも戦乱の世を続ける事だろう。

 お兄様は止めるだろう。

 例えそれが、自分の存在を消さない為に必要だとわかっても、そうすべきだと言う私の頭を撫でて、否定する、お兄様はそう言う人だ。
 この場合、良かったのか悪かったのか、戦乱である事はお兄様の存在には直接関係無い、社会不安という可能性は捨て切れないが・・・原因はわからない。
 今わからないのは仕方が無い、しかし、わからないままでは、何も解らないままに、私はお兄様を突然失うことになるだろう。

 そんなのは嫌・・・お兄様がこの世の何処にもいないなんて辛過ぎる、とても耐えられない。

 きっと・・・私は壊れてしまう。

 何も感じられなくなるまで壊れなければ、きっと生きていけないだろう。

 今想像しただけで感じる胸の痛み、その何倍の痛みがその時胸を貫くのだろう・・・痛みで心臓が止まってしまう。
 しがみ付く腕に力を込めて体を押し付ける。
 淡雪が、怪訝な顔をして此方を見ている、どうして私の体はこんなに幼いのだろう、涙が出るほど悔しい。
 せめて、月姉様くらいであれば・・・わかっている、矛盾だ。
 私が幼くなければ、お兄様はこんなに甘やかさない。
 お風呂だって、寝台だって一緒と言うわけには行かない。
 お兄様は決して、一緒を許さないだろう。
 ・・・それは嫌。
 幼いからこそ、ずっと一緒にいられるのだ。

 この人を失いたくない。

 私からお兄様を奪おうとする全てのものを・・・

 敵軍、民衆、善意、悪意、天命だろうが、月姉様、皇帝・淡雪、覇王・曹孟徳

 ・・・あの華琳様だろうが、打ち破り、守り抜く。

 優しく髪を撫でてくれる手を

 抱き上げてくれる腕を

 抱きとめてくれる胸を

 寄り添ってくれる足を

 語りかけてくれる声を

 繋いだ手の温もりを・・・決して手放しはしない。



「朧、そなた大丈夫か、顔色が悪いぞ」
 心配そうに気遣う淡雪に、朧が儚げな微笑を返す。
 昼食の少し前から、朧の口数が減り、淡雪としては、張り合いが無いのと心配とで、どうにも居心地が悪い。
 一影の事は、やきもちを焼く朧と言い合い、騒ぎ合うのが楽しくて、必要以上にべたついているのだ。
 同年代の同性と、はしゃぐという経験を今までしてこなかった淡雪にとって、朧やねねとの、屈託無い言い合いや、馬鹿騒ぎは、他のものには信じられないほど、大切なものなのである。
 もちろん嫌いな相手に抱きついたり、甘えたりする事が出来るほど、淡雪も女ではなく。
 一影の事は、甘やかしてくれる兄として、慕っていた。
 今はもういない、大切な姉が引き合わせてくれた、兄として。

 出会いは突然だった。

 霊帝の没後すぐに、宮廷はきな臭くなった。
 姉の劉弁と淡雪二人を、それぞれ次期皇帝に擁立しようと二つの派閥に別れ、派閥争いを始めたのだ。
 当事者二人の意思などまるで介在しないままに、宮中は血みどろの策謀渦巻く暗殺劇場とかし。
 権威と政治の中枢であるはずのそこは、悲鳴と、血臭と、怨嗟の呻きと言うペンキを、欲望と言う刷毛で塗りたくられた、狂気の場へと姿を変えた。
 欲望の刷毛は大きく長く、大将軍・何進も十常侍達も有象無象の分け隔ても無く、塗り込められ、描かれた狂気の渦の一部と為さしめた。
 淡雪には、いつしか自分の番が来ると解っていながらも、それを止める事も、それから逃げ出す事もできず。
 きつく唇を噛み締め、じっと足元を見つめ、なるべく凶行が視界に入らないよう、見ても悲鳴を上げないよう、ひたすらに耐え続けた。
 仲の良い姉と、身を寄せ合い、ただひたすらに。

 優しい姉といるときだけが、一時現実を忘れ、ほっと息をつけるそんな生活だった。
 その姉と共に過ごす、僅かな心の平穏を取り戻す時間にも、凶行避けの呪いの効力が尽きるときがついに訪れ。
 甲高い耳障りな声に率いられた、重い足音が部屋になだれ込んでくると。
 姉妹は馬車の中へ押し込まれるように載せられ、何処かへ連れ出され掛けた。
 掛けたというのは・・・結局、馬車は目的地に着く前に御者が逃げ出し、横転して動きを止めた。
 
 投げ出された淡雪を、救ってくれたのは・・・やはり姉だった。

 元々体調の優れる日がすくない程に儚い姉は、淡雪の体を抱きしめ・・・擦り傷以外の全ての被害を、一身に肩代わりしてのけた。
 呼びかけに、薄っすらと開いた目が、微かに微笑みかけてくれる・・・

 その時に悟った、姉は・・・もう助からないのだと。

 姉の目は自分を向いているが、姉の目には自分は映っていなかった。
 泣き叫びそうになるのを止めたのは、自制心でも、姉を失う恐怖でもなく、横転した馬車の側壁、つまり今天井になっている板が、吹き飛んだ衝撃と驚愕だった。
 瞬く間に、馬車は他の壁をも吹き飛ばされ、解体され見上げたそこに・・・黒衣の男が立っていた。
「劉協だな」
 それが、影の第一声・・・その声には何も無かった、欲望も、礼儀も、哀れみも、慰めも・・・何も。
 反応できず呆然と座り込む自分を押しのけ、倒れている姉の脇にしゃがみ込んだ影の次の言葉は、魂に爪を立てられるようだった。
「これ以上、苦しまなくていい・・・止めはいるか」
 姉は息をあえがせるように何かを答える。
 姉様、そいつに答えちゃダメ・・・そいつは姉様を殺してしまう。
 咄嗟に叫びだしかける淡雪の肩を、掴んで姉の口元へ頭を無造作に押し出される。
「聞け、お前を助けて死んでいくものの言葉だ」
 涙と嗚咽を洩らすのを耐え、聞き逃すまいと意識を耳に集中する。
 途切れがちな、細い姉の声は、死んでも忘れない。

 姉は

 ただ一言

「貴女は、生きなさい、淡雪」

 そう言って微笑んだ。

「・・・お願いします」

 そう言ったのは、姉だったのか自分だったのか、いまでも解らない。

「妹は護る、安心して逝け」
 
 そう言って突き出された、真っ黒い方天画戟が姉の胸を貫いたとき。

 姉は確かに「ありがとう」と呟いたのを見た。


   

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