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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第十五話 影詠いし音は朧に流る

 
 深い泉の底にたゆたったような意識

 ・・・どうして
 
 悲痛な問い

 ・・・離れるのは・・・いや

 運命への拒絶

 ・・・ずっと一緒に

 儚い願望

 ・・・手を、離さない・・・

 絶対の決意

 ・・・だから

 躊躇い
 
 ・・・だから

 縋る想い

 ・・・私を置いていかないで

 ほんの小さな願い


 黄巾党の首謀者・張角が、曹操の手により討ち取られた・・・と言う情報は、瞬く間に大陸中を席巻し、黄巾の乱は取り敢えず沈静化された。
 未だ残党は残れども、中心人物を失った為か、組織は急速に瓦解し。
 大陸は再び平和を取り戻しつつあった・・・などと言う甘い話は無かった。
 涼州自体は、元々が月の善政と外敵の脅威により乱に加担するものが少なかった為か、それ程には大きな変化は無いように見えた。
 だが、大陸全土を見渡せば、そもそもが厳しい税の取立てで、生きていけない不満と、熱狂的な張角達への傾倒から乱が起こり、ただでさえ少ない食料を、賊とそれを討伐する為の軍に取られた為に、各地での飢餓が加速するという悪循環。

 良い事は一人で来るが、悪い事は必ず友と連れ立ってくるもので・・・飢餓は疫病を連れて訪れ、栄養状態の悪さに、瞬く間に大陸を席巻し、死はどこまでもその腕を広げた。
 いつ死ぬとも知れぬという絶望に曝され、その原因を作った官に見放された人々は、気力を折られ願う事しかできず、ただひたすらに願った。
 この状況から脱する事の出来る答えを、それを実現できる人物を。

 ・・・即ち英雄の出現を。

 しかし、そんな民の祈りは洛陽を牛耳る者達の耳に届くはずが無かった。



「ぁぅ・・・この涼州を護持するほうが、月姉様向きです」
 ゴスロリ幼女は、黒いリボンを揺らしながら、目の前で怖い顔をしている詠に再度説得を試みる。
「しかし、何進大将軍直々のお声掛け、これは実質拒否権の無い命令なのです」
 ねねも厳しい顔をして、朧に心では賛成だが反対という立場を取る。
 黄巾の乱の終末期、二人は軍師として戦場に立った。
 自身の判断が間違えば人が死ぬ事を、頭ではなく肌で、身をもって何度も実感した今、確実に成長していた。
 お互い、立場も立ち位置も良く似た、似たもの同士なだけに、お互いの意見の意味も良く判っている。
 が、しかし、それ故にお互いが自説を曲げようとしないのも、やはり同じだった。

 難しい顔をした詠が、一つ唸ると、魔法の鍵の方に目を向ける。
「一影、貴方の意見は」
 詠が疲れた声でそう問うのを聞いて、方天画戟を抱えて椅子に座っていた男が立ち上がる。
「茶を飲み、菓子を食べながら話すべきだ。
 深刻な顔をすればいいと言うものでもない」
 少し遅れて三つの噴出し笑いが零れ出る。
「そうね、少し肩に力が入りすぎてたわ。
 いろいろな角度で見るのが良いわね、朧はお茶を用意させて、ねねはお菓子を持ってきて。一影、お酒飲む」
 詠の言葉に軽く肩をすくめ、首を振る。
「霞でもあるまいに、仕事中に昼間から飲まんさ」
 部屋から出て行く二人の姿を見送りながら、詠が頬杖を付きながら優しい表情を向ける。
「それならお酒は夜に。
 ・・・二人が来てくれて、良かったと思っているわ」
 詠の言葉はほんの少し弱音まじりで・・・今まで、この小さな肩に政略全てがのしかかっていた事を、強く感じさせた。
「朧は、政略軍略両面の天才だ。詠すらそれは認めざるをえない、か」
 一影の反応は全くの無感情に、詠の弱音をさらけ出して、突きつけるよう。
「ボクですらって・・・ボクが意地張って朧の才能認めないような事言わないでよね、まったく人が素直に感謝したのに」
 怒った振りをして鼻を鳴らす詠。
 自分が無意識に一影に甘えてしまった事を、今はっきりと自覚してしまったのだ。
 自分の頬が赤く染まっていくのを感じて、さらに赤面していく。

 月は話しやすいと言ってたけど、何だか一影と話していると、調子が狂うのよね・・・
 内心で一人ごちながら、溜息を一つつく。
「出会った時に『伏龍』『鳳雛』の話をしたでしょ、『別に普通』だったって。
 今ならわかる、朧にとっては普通なのよね、その二人も、自分も、ボクも。
 アンタだけが特別、それが今も変わらない。
 万人が天下を取れる才だと言う人間を、普通と言ってのける程の天才だと朧を認めるわ。でもそれは一影の知識と、物を多角的に見る柔軟さを学んだから、並ぶものの無い天才になれた。
 『伏龍』『鳳雛』と朧は、才能的には互角でしょ」
 肩をすくめる一影。

 ほんと・・・朧には甘いわね、この男はもう。

「詠の方はどうだ」
 不意に話の対象にされて、詠が僅かに動揺する。
「ボクのほう、って・・・あぁ『負けるつもりは無い』ってやつか。
 当然、今も負けるつもりはなし、『伏龍』『鳳雛』それに、朧にもね」
 腕を組んで、当然でしょと言わんばかりに鼻を鳴らす。
 それは虚勢でも、誤魔化しでもなく、今まで積んできた実績を持つ者の絶対の自信。
「でも、正直なところ一影は別。
 アンタ反則だもの・・・此処だけの話、貴方・・・先が見えているんでしょう」
 声を潜め、低い声で尋ねる詠に目配せで扉を示す。
 動揺はしない、詠は・・・それくらい読んでくると思っていた。
 だが、実際に口にされると感嘆の念が湧き上がる、流石は賈文和・・・当代きっての名軍師と詠われ、『伏龍』『鳳雛』に負けないと自称するだけはある。
「朧、ねね、立ち聞きなんて見っとも無い真似よしなさい、董卓軍の重臣が」
 扉の向こうで慌てる気配がするが、扉を開けて負けを認めるつもりは無いらしいのを、詠はじとっとした目で見る。
 ふーん、そう、そんな小手先の誤魔化しで、ボクを騙せると思われたとしたら・・・癪に障るわね。
「なぁーんだ、勘違いか。それじゃ二人っきりの今、しっかり一影を口説き落とさせてもらっちゃおうかしら」
 態々聞こえるように、少し大きな声でそう扉にむけて言った瞬間、ねねを引き摺った朧が、扉をぴしゃんと大きな音をさせて開け飛び込んでくる。
「お兄様は朧のお兄様です、取っちゃダメ・・・ぁぅぁぅ、負けたのです」
「うわぁーう・・・だから、あれは詠のワナだと言ったのです」
 扉の前で腕を組み、仁王立ちで立つ詠と目が合った瞬間に、肩を落とし騙されたとへこむ朧。
 朧の予想外の突進力に、引き摺られて扉から転がり込んでくるねね。
「まだ『負けてやるつもりは無い』わよ二人とも。さぁ座りなさい、続きをするわよ」


 茶菓で肩の力が抜けたころを見計らって、一影が唐突に話を切り出す。
「オレから少し説明しよう。
 この後、皇帝が死んで何進と十常侍が権力争いをする。
 結果はほぼ共倒れだが、生き残った宦官が月に助けを求めて、相国に祭り上げて治めようとする。
 次の皇帝は弁だが、これは実質帝位に付かず、協が皇帝になる」
 敬称を全く使わない一影の言葉に、驚愕させられる詠とねね、だがそれが故に、改めて一影が人ではないと、強く認識させられる。
 この時代、この国の人間であれば、どんな無礼者でもこんな口の利き方は絶対にしない。
 皇帝とは、天子であり・・・即ち神なのだ。
「ちょっとまって、それなら月は洛陽に迎えられて、相国まで上り詰めるってことでしょう。
 なら何故、朧の意見に一影は反対しないの」
 小さな手で上品に、菓子をつまんで食べていた朧が、一影の膝の上から詠を少し見直したような顔で見つめる。
 一影の言葉遣いを正そうとせず、その内容に詠が食いついたからだ。
 だが、口を突いて出た言葉は、表情とは反対のものだった。
「ぁぅぁぅ・・・詠お姉さんは、時々おバカさんなのですよぅ」
 朧のあまりに可愛らしすぎるつっこみに、詠は怒りの毒気を抜かれて、怒鳴る事も出来ずに口を尖らせる。
「今、お兄様が仰った事までぐらいは、朧にだって読めます。
 問題はその後の『出る杭は打たれる』なのですよぅ」

 一影は未来を知っている。
 その能力はどういうものなのかは解らないが、とてつもなく凄いのは解る。
 問題は朧だ、推論と状況把握で未来の展開を予測して、一影が告げた未来を当然として受け入れている。
 まるで答えあわせをしているかの様に・・・
 そう思った瞬間寒気がした。
 頭の構造が違う、朧も人間離れしている。

 順を追って考えれば、今説明された道筋は、時間さえかければ誰にでも辿れるだろう。
 だが、それだけだ。
 複雑に絡み合った要因を解き明かし、この先に起こるであろう状況の展開を、頭の中で普通の人間が組み立てることは、絶対に出来ない。
 軍師と呼ばれる人間は、悪い状況を好転させる五手先を読み策を講じ。
 天才と呼ばれる軍師であれば、周囲の国をも含めて十手先を読み、それらを先んじて事を起こすだろう。
 だが朧は・・・まるで世界の展開を、無意識のうちに常時二十手読んで平然としているかのよう。
 それでは確かに、一般人との会話が成り立たない、見えている世界が違いすぎる・・・目の見えない相手に、花の色を説明するかのようなものだ。

 妖の世界を見るには・・・妖の目を持っていなければ、見えない。

 妖の言葉を聴きたければ・・・妖の耳を持っていなければ、聞こえない。

 妖を理解したければ・・・妖の心を持っていなければ、理解できない。

 嵐のように沸き起こる恐怖に曝された詠は、無理矢理に意識を現実の問題に引き戻し、そこに繋ぎとめた。
「発起人は袁紹、当然名を上げて乱世に乗り込みたい者が皆、話に乗ってくる、か」
 呻くような詠の言葉に、朧が頷く。
 詠の心のうちに荒れ狂っている恐怖には、気が付いていないのか、見ない振りをしているのか、全く触れてこない。
「・・・でも、烏合の衆だし。
 遠征軍の弱点である糧秣の点でも此方が有利でしょう」
「しかし、その状況では攻勢には出られぬでしょう。
 世間体や大義名分は、連合側が勝手にでっち上げてくるのですぞ」
 ねねの冷静な指摘に、詠が唇を噛み締める。
 いいわね、ねね。アンタは朧の凄さに気が付かなくて済んで。

 ・・・でも、ほんと二人が味方で良かった。
 ボクは間違ってる、怖いと言うのは個人的な感想、軍師としては・・・凄いけど、恐いとは思わなくていい。
「霞姉さん、恋姉さん、華姉さん・・・全員が騎馬の突破力を得意としています。守勢になると考えると・・・」
 普通であれば、まだそこまで行くと確定しているわけではないのだから、そう議論を止めるところだが、詠には止める気は全く無かった。
 なぜなら、一影が提議し、朧が語った展開予測は、黄巾党討伐の時に恐ろしいほどに当たったのだ、最終討伐地は冀州、曹操の手によって、であったのだから。
「そうなると、劉備の軍には楔が打ってあるので良いが・・・」
 黄巾の乱で名が売れた、程度の認識でしかない相手の名が突然出て、詠が怪訝な顔を向ける。
「楔って、何かしたの一影」
 僅かに考えるように間を空け、小さく頷く。
「涼州に来る前に、旗揚げしたばかりの劉備軍に誘われて、一度顔を合わせている」
 とんでもなく穏当な表現で説明した一影に、朧が口を尖らせる。
 どうやらまだ根に持っているようで、一影が頭を撫でてもしばらく口を尖らせていた。
「あの人たちは、とっても無礼者なのですよぅ。
 朧は『最終決戦地は冀州』と隠さず教えてあげたのに」
「そんな昔から、黄巾の乱の終結を予測して当てたとわかったら、軍師は・・・」
 朧は詠に首を振って言葉を遮る。
「鳳統さんと孔明さんは、自分で同じ予想をしてました。
 でも、お兄様は茶菓のお礼にと、孔明さんに群雄割拠の結末も教えてましたから。
 お兄様と敵対は避けようとするはずです」

 限界だった。
 詠の顔が恐怖に引きつる。
「そんなの・・・頭が良ければ良いだけ、気が触れそうに・・・なる、わよ」
 一影が肩をすくめてみせる、まるで何でも無い事だとばかりに。
「オレが何処にも手を貸さなければ、そうなると言う話だ。ウソではないが未来図でもない」

 しかし、朧は一影ほど楽観視は出来なかった。
 圧倒的な才を前にして、恐怖に折れた人間を朧は今まで山ほど見てきた。
 その大半が、恐れ、忌避し、近寄らなくなる。
 しかし、極稀に例外として、その存在を消し去ろうとする・・・朧が、一影とあったあの晩の相手のように。
「ぁぅぁぅ・・・詠お姉さん。
 お兄様の事を、恐いと思ってしまったのなら・・・殺そうとする前に言ってくれれば、朧達二人で旅に出ますから・・・」
「馬鹿なこと言わないで・・・身内を、家族を殺そうとするはず無いでしょ」
 本気で怒鳴られた朧が身を竦ませるが、すぐに泣き笑いの表情を浮かべて、詠の胸に飛び込む様に抱きつく。
「朧は頭が良いくせに、たまに大馬鹿よね」
 髪を優しくなでながら、詠は優しく苦笑する。
「ぁぅぁぅぁぅ・・・家族は似るものなのですよぅ」
 二人のやり取りを黙って見つめていたねねが、一つ手を打って視線を集め。
「さて、それで相国に月殿が祭り上げられる、まではいいですかな」
 ねねに促されるも、応とも否とも返事が出ないことに、ねねが溜息を返す。
「涼州を護るとなると、曹操、袁紹あたりと事を構えることになるでしょうな。
 馬騰どのと密約でも交わしておきますか、今のうちに」
 腕を組んで目を閉じていた一影が、ねねの発言に小さく頷き、ねねの頭を撫でる。
「どちらに転ぶにしろ、それは良策だ、ねね。外敵にもその他にも」
 影殿、撫ですぎです、とねねと朧の抗議がくるまで一頻りねねの頭を撫でた一影は、三人の軍師を視界に納め思う。

 各軍師それぞれ視点が違い、役割が違う。
 誰もがいまや無くてはならない存在として、この陣営は組みあがってきていた。
「相国の話は、受けるしかないでしょうね、今回の何進の呼び出しと同じく。
 いまや実力の無い王朝とはいえ、賊軍の烙印を押されたらそれこそ大義名分を得た諸侯が挙って押し寄せてくる。
 断る理由を考える時間を、涼州の国力増強と袁紹、曹操の情報収集に傾ける、ねねは馬騰のところと連絡を取って。
 取り敢えずはこんな所ね、何が起こるかわかっている分、こっちは動揺しないで冷静に対応できるから、一歩先んじられる。
 月には大まかな流れだけ説明しておくわ」

 公的な話し合いは終わりと、言外に含んだ詠の言葉で、朧はとてとてと一影に近づいて、屈んでくれた首に腕を回し抱き上げてもらうと、ほっと安堵の息を洩らす。
 ねねはといえば、「恋殿ぉーー」とドップラー効果を引き摺りながら、既に部屋を飛び出して、恋の元に一目散に駆け出している。
 それをみた詠が呆れた表情を隠しもせずに溜息をつき。
 朧をみて、もう一度溜息をついてから

「ねぇ一影、貴方の知っている未来では、月は負けるのね」

 そう、さり気無さを装って尋ねる。

「あぁ」

 あっさり肯定され、詠の瞳がかげる。

「曹操のところにいる『天の御使い』って本物なの」

 消え入りそうなほど、不安げな細い詠の声にも、一影の声は揺らがず、灰色のまま。

「本物だ」

 その答えに、詠が言いずらそうにしているのを見て、何を言いたいのか悟った。

「『天の御使い』と曹操に、勝たせてやるわけには行かない。朧の為にも・・・皆の為にもだ」

 詠の不安げな表情が消え、笑顔がほころぶ。
 その眼鏡に連想し、胸の奥が微かに痛むのを感じた。

 天和、地和、人和は今頃、北郷一刀と出会っているのだろうか。
 少し懐かしむような遠い目で記憶を辿る一影の体を・・・


 現実に繋ぎとめるように、朧が強くしがみ付いた。


   

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