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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第十三話 朧に霞む月

 
「しかし、あの後起こった事も気になる・・・」
 小刀やはさみ等の金属製品を脇に避け、ざばざば水を入れ替える。
 独り言多いな、と心のうちで一人ツッコミを入れながら、誰にもみられてないだろうなと、周囲を思わず伺ってしまう霞。


 ・・・


 客間の寝台に一影を寝かせると、朧は一影の服をはだけさせようとするが、その小さな手でいかにも手間取る。
 たまらず霞が後ろから手を出して。
「うりゃー」
 の掛け声と共に、ボタンも引き千切れよとばかりに、上着、シャツ、インナー、全てを一気に横に押し広げる。
「嬢、ほれ、手ぬぐいや」
「ぁぅぁぅ・・・助かります」
 手渡された手ぬぐいで、一気に傷口付近の血をふき取る。

 ・・・なんや、これ。

 霞が見ていたのは、恋のあまりに綺麗な切口・・・ではなく、一影の体だった。
 細身に見えて確りと筋肉に覆われた、バランスの取れた肉体、その体のありとあらゆる表面を、所狭しと傷跡が埋め尽くしている。
 古い傷跡の上に別の傷跡が走り、それももっと大きな傷跡に半分掻き消されるという、惨たらしさ。
「文遠さん、カバンとってください」
 おもわずボーっと一影の体を見つめていた霞に、いつまでも止まる様子のない血を、手ぬぐいで拭き続けていた朧が声を掛ける。
「お、おぅ。まっとき」
 何を見たのか気付かれないよう、威勢のいい声で返事をして、部屋の隅に転がる雑嚢をひっ掴む。

「中に小さな壷があるんで、持ってきてください。危ないですから、落とさないように」
 ・・・あぶないんかい。そういうことは、もっとはよう言ってもらわんと。
 ごそごそと探ると、確かに小さな壷の様な物が手にさわり、引っ張り出して朧に渡す。
 朧はそれを受け取ると、かなり慎重に封を外し、中身を少し布に付け傷口に一気に塗り込む。
「っぐ・・・ぐぁ」
 苦痛の呻きを上げ、胸を掻き毟る様に上げた手を、朧が必死になって抑えるのを見て、霞も一影の手を押さえつけ布団に押し付けると、手の甲が白くなるほど強く布団を握り、体は苦痛で暴れ、その為か傷口の縫合をしようとしていた朧は、針を思うように入れられずにいた。
「ぁぅ・・・早く傷口を塞がないといけないのに・・・」
 炙った針を持ちながら、朧が困惑した呟きを洩らす。
 気を張っていた為か、ツリ気味だった眦が下がり、不安げに揺れるその頭に、骨ばった手が置かれる感覚に、朧の俯いた顔が上がった。
「どうした朧、そんな不安そうな顔をして」
 何事も無かったようないつもの無表情、穏やかといって良い無感情な声、全く普段通りの一影が話しかける。

 アンタさっきまで、苦痛に呻き声を上げ、のた打ち回ってたやんか。

 まるで悪い幻でも見せられていたかの様な気にさせられる。
「ぁぅ・・・縫い合わせますから、動かないでいてくださいお兄様」
 あぁ、すまない。小さくそう返すと、すっかり全身から無駄な力が抜ける。
 素早く朧が縫い合わせると、先程の薬をもう一度塗り込み、布を当て包帯を巻くために、一影の上体を起こした。
 その間、声一つ上げず・・・どころか眉一つ動かす事無く、朧にされるがままになっている一影。

 なんでおんなじ薬つけられて今度は平気やねん。

「世話をかけるな」
 そう髪を撫でられた朧は、首を振り
「でも、お兄様に折角買って頂いた、お洋服が真っ赤です」
 自分の姿を見て、少し悲しそうな振りをした。
「明日、街に行くとしよう・・・もっと似合う服を買うといい」
「ちょいまち、明日って明日の事か、そんな大怪我で街歩くつもりか」
 流石に心の中で突っ込みいれるだけでは治まらなかった霞に、二人は何を変な事を言い出すのだという顔を向ける。
「ちょお、なんでウチが変な人みたいな目ぇで見られんねん。どーかんがえても、嬢と兄さんのがおかしいて」


 ・・・


 盥の水を流し、手ぬぐいや血に汚れた服などを絞って、水をあけた盥の中に放り込む。
「あの傷見んかったら、絶対妖術やっておもっとったな、今も」
 理合いを積み重ねる為、文字通り血反吐を吐いて修行してきた霞にはわかる、あれは生半可な事でできる傷の量と、出来方ではない。

 こんな言い方は好きではないが、アレは馬鹿のやる傷の出来方だ。

 体に痛みを覚えさせ、実戦で訓練してきた・・・兄さんは人ではないと言った。
 痛みに苦しむ様は、人外の存在と思わせる、無表情無感情の演技から外れているのだろう。
 自分はそれを見てしまった。
 もし意識を失っていなければ、多分嬢にすら見せたくなかったのだろう。
 だがそれはいい、よくは無いが『そう言うもの』だと納得しよう。
 盥を持ち上げて歩き出す。

 だが朧は人だ。
 人であるならば、朧の対応は異常だ。
 自ら人ではないと言う異性と二人で旅をし、兄とさえ慕い、全幅の信頼を寄せ、師として仰ぐ事など・・・どれか一つとってもおかしい、その全てを行いつつ、ともすればまだ幼い目に、女の表情を浮かばせているようにすら見えるときがある。
 憧れ、なのだろう。
 恋心と言うほどのものが、この幼い少女に芽生えているとは思いがたい。
 純粋に兄さんの存在、武、智に憧れている・・・魅せられているといってもいい。
 なまじ頭の回転が良い為に、それは非常に危ういように思えた。

 朧は・・・あの子は染まりやすい。

 素晴らしいと思う、ありとあらゆる智や技術や考えを取り込んでいく、そこには善悪の別がない。
 詠をハメたダマシの手口も一影の模倣なのだろう、軍師としては・・・それは老練と言ってもいい、しかし幼い少女がそれを平然とする事に霞の倫理観が警鐘をならす。

 兄さんは嬢を諌めて、悪い方に向かう事を、何故悪なのか説明するやろう。
 嬢もそれを素直に受け入れる、そこはあんま疑わん。二人の関係見れば、ずっとそんなやり取りしとるようにすら見える。

 なら・・・兄さんが踏み外したら。

 ・・・死んで、しもたら。

 嬢は詠を同格とは認めるだろうが、師と仰ぐほど格上とは認めていないのではないか、いや認めないだろう。
 詠はそれこそこの世界で五本にはいろうかっちゅうほどの、結構凄い軍師や、それでダメなら誰も嬢を導けへんちゅうことになる。
 兄さんが意識を失ったときの嬢の取り乱し様は、まるで世界の終わりかって位に痛々しいもんやった。
 兄さんも兄さんで、嬢にはダダ甘やからな。
 他の人間まったく近寄らせんのに、嬢だけは抱きかかえて懐にしまい込むくらいな過保護っぷり。
 でも、他の人間が嬢と関わる様に、積極的に仕向けとる。

 自分と嬢の二人で世界が閉じない様に。

「しばらく目ははなせんちゅうこっちゃな」



 客間の前までもどると、扉の前で固まったように、逡巡、葛藤している月の姿を霞は見つけた。
「なにしとるんや、月っち」
 そっと耳元に口を近づけて、ひそっと声を掛けると、飛び上がらんばかりに月が驚く。
「ひゃ・・・霞さん、その・・・ど、どんな顔して入ればいいの、かわからなくて」
 胸を押さえ、威かさないでくださいよー、と可愛らしく抗議する月に、一瞬きょとんとした顔をした霞が、爆笑して月の背を押す。
「ちょっと、霞さん押さないで下さい。まだ、心の準備がぁ・・・」
「なぁに真昼間からえっち臭い事いうてんねん。普通に入ればええやんか」
 ガラッと扉を開けて、月の背中を押し扉を閉じて向き直ると、朧と一影、二人と目が合う。

 上半身裸で、所々包帯を巻かれた姿で寝台に寝ている一影と、下着姿で一影の寝ている寝台に潜り込もうとして、一影に手で止められている朧。
「へうぅ~」
 真っ赤になって月は俯き、呆然と思考を放棄する霞、二人の姿を正に天佑と一影にしては珍しく、僅かに焦ったような声で、助けを求めた。
「すまないが二人とも、朧を止めてくれ」
 その声にすかさず非常事態だと悟り反応した二人が、後ろから朧の両肩を捕まえ、とりあえずとばかりに霞の羽織でくるむと、手近な椅子に座らせたところで、一影が小さく安堵の息を洩らすのが聞こえた。
「いいですか朧ちゃん。
 お二人が兄妹かそうでないかはこの際聞きません、如何でもいいことです。
 若い女の子が、下着姿で男性の寝所に入り込む様なはしたない事をしてはいけません」
 朧の言い分を聞くより前に、月が珍しく強い口調で、立てた人差し指を突きつけるようにして朧に迫った。
 普段儚く微笑んでいる月だけに、その迫力は見るものを圧倒し、怯えた目をした朧が、思わず一影に助けを求める・・・その鼻先に、鋭い風切音と共に人差し指がぴたりと止まり、朧の顔を・・・ゆっくりと月の方へ向かせる。
「・・・お話は終わってません。
 お兄さんは常に朧ちゃんに悪い影響を与えるものから、距離を開けて接する事が出来る様に気を使っています。
 そのお兄さんが止める事には、それ相応の理由がある、朧ちゃんならわかるはずです」
「ぁぅ・・・月姉様は、なにか勘違いなさってます」
 小さな声で抗議する朧に、キッと強い目で月が見つめ返すと、朧がぁぅぁぅぁぅと小さくなっていく。

「月、月、そんなに睨んだらアカンて。嬢も自分が正しい思うんやったら、月をきっちり説得せな」
 ようやく助けに入ってくれた霞に小さく頷き返して、月に・・・ほんの少しまだ怯えた目を向け、向き直る。
「朧はただ、お兄様を暖めてあげたかっただけです。
 お兄様はいっぱい血を失いました。
 だから、下がった体温を取り戻すのに・・・抱きついて暖めようとしただけで・・・」
  尻窄みになっていく朧の声に、月は自分が赤面していくのがわかった。
「あの・・・私、勘違い・・・でも・・・」
「まぁ月が、何と勘違いしとったかは置いといてや、下着姿で云々っちゅうのは、月が言ってる事が正しいんちゃうか」
 ニヤニヤ笑いながら霞が二人を見比べる。
「それに、兄さんも嬢に下着姿で添い寝されると、色々大変なんやろ」
 肩をすくめて返す一影に、上手く逃げおったなと、内心舌打ちしつつも霞が朧の頭を撫でる。
「嬢は魅力たっぷりやけど、それを自覚しとかんと、自分も周りぃも傷付ける。
 魅力ってのは両刃の武器やってことや。服着て添い寝する分には月もとやかくいわんやろって、そか服はアレか」
 二人の視線が、スプラッタ仕上げになっているゴスロリに注がれる。
「ぁぅぁぅ・・・そうなのです」
 しょんぼり肩を落とす朧。
 見かねた月がポンと手を叩く。
「それなら、私の服を幾つか朧ちゃんに、少し大きいかもしれませんが。
 その前にお風呂に入った方が良いかも知れませんね。その間に用意させましょう」
「おっ、ほならウチと入ろか。たまには一人風呂以外も気分転換になるやろ」
 にんまりしながら自分を指差しそう言う霞に、朧はなんの疑問も持たずにコクコクと頷き・・・そして、首を捻った。
「はい・・・でもでも、朧は今まで一人でお風呂に入ったことありません・・・けど」

 自分の返事により空気が凍りついたのを感じた朧が、ぁぅぁぅ言いながら一影の元にとてとて走って逃げるのを霞が捕まえ、そのまま猫の子のように首根っこを掴んでぶら下げる。
 先程より迫力のある凄絶な笑顔を浮かべた月と、無理矢理貼り付けただけの笑顔の霞が、朧を人質に寝台の一影に迫る。
「兄さん、ちぃと聴きたいことがあるんやが」
 人じゃないっちゅうのはそう言うことか、この変態外道・・・喉元まででかかった罵倒を飲み込んで、冷静に裏を取りに行く。
「何だ、月までそんな顔をして」
「いいぇ、私は何時でも笑顔を心がけてますよ、お兄さん」
 フフフと笑いながらも、冷気のようなものを感じさせる、薄ら寒い笑顔。
「嬢と一緒に風呂入ってるて聞こえたんは、ウチの聞き間違いやんな」
 そんなことか、とばかりに無表情の目が軽く閉じられ
「逆に聞くが、朧一人で風呂に入らせられるのか、月達は」
 実にくだらないと言わんばかりの目で見られ、霞の持ち上げている朧をまじまじと見る。
 身長は机の天板に届かず、髪は本人の腰を遥かに超えて長い・・・この歳の幼女一人で洗えるとはとても思えない。
「そ、そりゃ、そうやな・・・あはは」
「で、ですよね。朧ちゃんはまだ小さいですよね。一人でお風呂に入るには、危険ですものね」

 動揺を隠せず、しどろもどろにそう答える二人を逃がさず、霞の手から朧を抱き取りながら、一影らしく容赦なく止めを刺しに行く。
「・・・念の為に言っておくが。
 先程朧を止めたのは、布団が血まみれだからだ」
 無表情にそういわれて、赤い顔をした二人は乾いた笑いを返すしかなかった。

 


   

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