FC2ブログ

歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第十二話 恋月の思い霞の心

 
 「なんちゅうか、此処まで意地を通すと、やっとる事は只のエエ格好しいでも、カッコ良う見えるわ・・・」
 呆れたを通り越して、妙に感心した顔で霞が近づいて来て、しゃがんだままの一影の脇に潜り込むと、肩を貸すようにして立ち上がった。
 霞がそのまま歩き出そうとするのを、朧が引っ張って止める。
「なんや、早う手当てせんと、見た目より深いと命に関わんで嬢」
 霞の真剣な声色に、涙で揺れる目をそれでも逸らさずに、真直ぐ見上げる。
「私・・・私が、見ます。だから・・・荷物の置いてある部屋に」
 服どころか、真っ白い頬すら一影の鮮血に彩られた朧の、その姿に・・・

 霞は場違いだが非常に美しいと感じさせられた。

「よっしゃ、そんじゃ客室やな」
 人一人抱えているとは思えない、軽い足取りの霞に、逆に朧が置いて行かれない様に、小走りで付いて行く。
 朧が、唯一の身内が自ら治療すると言い切った以上、月達としては医師の手配も出来ず、下手に付いて行って邪魔になる事も出来ず、霞に任せて三人の姿を見送るしかない。
 後出来る事は・・・一影の無事を祈る事だけ。
「恋殿の勝利は予想通りでしたが、随分と手古摺りましたな。傍から見てると、大した武でも無い様にすら見えましたが」
 ねねも心なしか、心配そうな顔をして朧達を見送った、今の朧の気持ちを一番解るのは、ねねであると言っても過言ではない。
 そんなことは絶対に有り得ない事ですが・・・と、心に前置きしながら、ねねは思う。

 あそこで心配そうに、小走りで付いて行くのは、ねねだったかもしれないのです。

「・・・ちんきゅー、ちがう・・・恋の負け」
 予想外な恋の発言に、ねねどころか月も詠も一斉に怪訝な顔をする。
「何ですと、しかし、現にあやつは胸を斬られ、恋殿は無傷なのですぞ」
 訝しむように聞き返すねねの足元に、恋が放った何かが鈍い音と共に突き刺さる。
 それを見たねねが、驚きの表情を隠そうともせずに、恋に向けた・・・足元に突き刺さったのは方天画戟の前半分、武器を折られたと言う事だ。
「ぬなっ・・・折れてしまったのですか」
 手元に残った石突側から、犬のマスコットを器用に外しながら、恋が口を開く。
「あれは・・・試合。恋も、胸の前で・・・とめるつもりだった」
 二つになった方天画戟の恋が放った方、つまりは穂先の付いた重量部分を、ねねが持ち上げようとして力を込めるが持ち上げられず、引き摺るようにして尻餅をつく。

 恋が振り回しているのを見ると、いかにも軽そうに見えるが、その実この世界と言えども、否この世界の将の使う武器は、一般兵が持ち上げるのも困難なほどの、非常識な重量武器なのだ。
 その中で最強、無双の名を与えられた恋の武器を、ねねの様に小さな女の子が持てるはずが無い。
「突く時・・・気付かなかった。だから、全力」
 三人が黙って頷く、思い出すだに息を飲むような緊迫した場面、あそこで如何に恋とはいえ手を抜いて勝てたとは思えない。
 そして、恋の言葉通り呂奉先の全力だと頷けるほどの、鋭い一撃。
「止めるとき・・・手と手の間で、切れた」
 全力で、両手で突き出した重量物の慣性を、片手だけで・・・それも終端部を握った状態で、引き止め様としたのだ。
 その手を離さなかっただけで賞賛されて然るべき事、余人にはおよそ不可能な事を恋はやってのけたのだが、それでも踏み止まる事は出来ず、体は流れた。
 恋だけは知っている、流れた恋の体に合わせ、一影が刃を引き恋の喉に傷一筋付けなかった事を。

「朧ちゃんのお兄さんは、強いですか恋さん」
 月は改めてそう尋ねる。素人目には強くは見えない、それでも霞に勝ち、恋曰くは恋にも勝った・・・天下無双、人中の呂布に負けたと言わしめる相手。
 その相手のことを、強いですかと聞く月もまた、変わった感性をしている。
「強くない、でも・・・凄い、あと・・・恐い」
 攻撃が重い訳でも、鋭い訳でもない、その二つで言うなら、華雄のほうが重く、霞のほうが全然鋭い、だから武力と言う点で『強い』と言う訳ではない。

 それなのに負けた。

 対峙して先ず、粘りつくような嫌な空気に、手足が引き摺られるのを感じた。

 使い慣れた恋が、予想できない動きを一影の方天画戟はして来た。

 そして何より・・・あの透り抜けである。

 あの人は『技』だと言った『術』ではないと。

 なんとか柄で受けた攻撃の衝撃は、今まで受けた事も無い凄まじい物。

 重いのとは違う・・・

 パニック寸前の混乱

 ・・・そこに柄を切られていた、最後の罠

 手の平で踊らされた感に、恋はただでさえ妖術師のような、不気味さを感じていた一影に恐怖すら感じていた。

 恋だけが知っていた。

 最後の瞬間に合った目を、口元に浮かんだ笑みを。

 あの人は、わかっていて・・・恋にわざと胸を斬らせ。

 その攻撃を顔色一つ変えずに、胸に受けたのだ。

 恋の手元が僅かにでも狂えば、死んでいたかも知れないのに。

 平然と。

「・・・アレは、化物」
 沈黙が空間を支配する前兆を、素早く察知した詠が、すかさず話を振る。
「月は心配だろうから、朧達の所の様子を見てきなさいよ」
「えっ・・・うん、そうだね。それじゃぁちょっと行ってくるね」
 そう言って離れる月の背に、更に詳しく話す様、恋に告げる詠の声が聞こえた。



 詠に言われ、朧達のいる客間に向かいながら月は思う。
 あれは、月をその場の会話から遠ざけたのだ。
 建前としては、恋の主である月が正式に謝罪を言うべきだと、暗に言ったと言う事になるのだろうけど、お兄さんの正体について詠が踏み込んだ質問をしたいのだろう。
 何とはなしに思ってしまった。

 果たして、自分はお兄さんを心配しているのだろうか・・・と。

 何も考えずに頭に浮かんだのは、なんて馬鹿なことを考えたものだろうと言う事、心配しているに決まっているではないか、目の前で死にかねないほどの大怪我を追った相手を、心配するのは当然だ。
 しかし、本当だろうか、疑問は去らずに更に問いを重ねる。
 ・・・心配はしている、自分の配下・・・という実感は全く無いが、関係を客観的に見ればそうなる、恋が客人を勘違いとはいえ斬りかかり、勘違いが解けた後とはいえ、大怪我を追わせたのだ。心配しないほうがおかしい。
 では、それがどれほど心配しているのかとなると、即答は出来なかった。
 朧には答えられるだろう。
 立ち合いの間、片時も目を離すことなく、朧は兄だけを見つめていた。
 小さな手を握り締めて、誰に助けを求めることなく、ひたすらに兄の身を案じながら、その勝利を祈った・・・否、無事を祈った。
 恋の刃先が兄の胸を切り裂いた時、悲鳴を上げて駆け出した朧は、まるでこの世の不安を独りで表現するかのように、儚げで・・・こんな幼い子に使うべきではないのかも知れないが、恋人を失う悲恋劇の少女のように見えた。
 詠がわざわざああいうほどに、自分が心配そうにしていたのなら、それは朧の兄に対してのものではなく、朧に対してのものだ。
 確かに朧の兄は他の異性とは違う、話しやすいと言うか、人見知りの激しい私が上がらずに普通に振舞える、異性としては極めて珍しいといえる。
 非日常な出会い方をしたのも一因だろう、出会い方は幻想的といってもいい、その後の出来事が日常的といえるほど、常に命を狙われて来た訳でもない。
 だが朧の兄に対しての感情はそこまでだ、それ以上の特別な感情を抱いてはいない、私の中の冷静な心がそう告げる。

 では、朧に対する私の心配は何だろう。
 私と同じ顔をした、幼い少女が気にならないと言えば嘘になる、自分の分身のような親近感を持っている。
 私と違って、朧は素直に感情を表に出す、その分傷つき易い、朧が傷つくのが恐いのだ、そう考えると納得しやすい。

 だが、それは正解ではない事も解っている・・・つまり私は

 朧が兄と一緒にいる事で傷つくと考えていて・・・

 それなのに朧が兄を特別扱いし、傷付けられるのも構わない、とするその態度が・・・心底羨ましいのだ。

 気が付くと、いつの間にか二人にあてがっていた部屋の前で立ち尽くしていた。
 いつからそこに立っていたのかは分からないが、目の前の戸を開けるのを躊躇っていた。
 兄が傷つき、その姿を見て心痛めている朧に対する後ろめたさか、それとも朧を羨ましいと思ってしまった自分を恥じる心が、戸を開くべき手を止めているのか・・・否と心の深い部分から、自分への問い掛けに対する答えが返ってくる。
 躊躇いを生んだのは、本能的に嗅ぎ取ってしまった恐怖。
 魂が朧の兄と言う存在を、恐ろしいものだと嗅ぎ取って、その手を止めたのだと。
 朧は私の想像もつかないほど頭の良い子だ、見せ掛けや外見に騙されるような馬鹿ではないし、相手が恐ろしいものだと感じ取れないはずが無い。

 そんな子が、自分の全てはあの人のものだと言った。

 あの人のなにが、朧にそう言わせるのだろう。

 私に見えていないなにが、朧には見えているのだろう。

 月の思考は深く沈み、戸の前に立ち尽くす・・・。



 少し離れた洗い場で、月と同じように考え込む姿を見せているのは霞だった。
 血に曇った小刀や、鮮血に染まった手ぬぐいを洗いながら。

 あの恋が負けた、天下無双とうたわれた呂奉先が。
 負けた相手は身体能力こそ将と比べて遜色ないが、その武力自体は全く大した事の無い・・・自称軍師。
 自分が戦った今でさえ、その評価は変わらない。
 何かの間違いだとか、妖術の類だと思いたいところだが、そう思考停止に逃げてしまえば自分は歩みを止めてしまう・・・それが何より恐かった。
 武を極めんとする歩みを止めることは、今までの自分をやめる事、つまりは自分を捨てる事に他ならない。
 自分が自分である、そう寄って立つ所を捨てて生きて行くのは、一体どうやって生きればいいのだろう。
 今までの自分を全否定するような、そんな生き方をして、心が保つのだろうか・・・考えるだに恐ろしく、軽く身震いをして考えるのをやめる。

 恋が『負けた』即ち、刃を止めそこなったその瞬間まで、自分が負けたのは兄さんが妖だからだと心の中で考えなかったと言えばウソになる。
 自分の攻撃が当たらなかったのは、技量が足りないのではなく、相手の技量が自分を上回っていた訳でもなく、兄さんの体には刃が当たらない、そう言う類の妖術が掛かっていて、自分は勝負には負けたが、先に体を刃で捕らえたのは自分だ、だから本当は自分が勝っていた・・・そう考えていた。
 兄さんは、斬る事ができないデタラメな妖怪なのだと。
 それが恋の刃で胸を斬られ、鮮血を撒き散らし、失血のあまり意識を失った。
 自分の刃は兄さんを透り抜けたのではなく、かわされていたのだ、足を止めた・・・いや踏み込みながら。
 如何すれば、そんな事ができるのか。
 答えは極めて単純、間合いを外せばいい。
 上体を大きく前傾して足を半歩だけ踏み込み、敵の攻撃を更に半歩踏み込む様に見せながら、上体を大きく退き刃が通り過ぎた瞬間に上体を強引に前に捻じ込む・・・実に簡単な目眩ましだ、説明されれば誰でも成る程と頷けるだろう。

 飛龍偃月刀を、本気で振り下ろす張文遠相手に、見破られないようにやってのけろ、と言われなければだが。

 その結論に行き着いてゾッとする。
 武力が大した事ないなんてとんでもない、あの男が武器にしてるのは、単純な攻撃の速さやら重さやら鋭さとして、万人が目に見て判るもんじゃない。
 素人目には・・・いやさっきまでのウチも騙されとった、一般兵並みに見えるだろう、がそれすらも罠や。
 間合いや距離感を狂わされ、呼吸まで外され、自分の体が自分の足枷になる自縄自縛状態のこっちを、あない冷たい目ぇで見てる相手に、勝てるはずない。
 嬢がいっとった『一対一なら絶対無敵』ってありゃホンマや。
 冷静になって考えるとようやっと判ってくるが、戦っとる時に兄さんは絶対にこっちを冷静にさせん、ありとあらゆる手段で、こっちを崩してくる。

 背筋を冷たい汗が流れていく。

 たまたま味方として腕試しに刃をかわしたから、今こうして冷静に思い返して分析できたが、敵として戦場で会っていたなら・・・攻撃が擦り抜ける化物に、ただ斬り殺されとったっちゅうことか。
 やっぱ恋は凄い。
 そんな化物と互角にわたりあったんやから、そして多分・・・もっかいやったら勝つんやろうな。
 やっぱ本物の天才や。
「・・・ってマテや」
 思わず焦った声が口を突いて出て、霞は自分の声に我に返る。
 そうや、自分の言葉で気ぃつかんふりしとった事に気付いてもうた、恋は天才やってのはエエ、ありゃー天が与えた無双の才やとウチも認める。

 ・・・なら兄さんは。

 アレは天才でもなんでもない。
 刃の下に身ぃ投げ出すときのあの目ぇは・・・自分の読みに賭けて自分捨てたあんな目ぇを、恋がしとんのを今まで一度だって見たことない。
 武を極めんとウチは今までひたすら突っ走ってきた、お陰で『神速』なんて二つ名で呼ばれるようになった・・・それで終点とは思わんが、今までやってきた事の結果としては満足しとる。
 しかし、それでも色んなモンを選ばずに振り捨てて来た・・・それでも恋には届かんかった。

 兄さん、アンタはホンマ物の天才、呂奉先に追いつく為に、一体どれだけのモン捨てて来た・・・何が残ってる。

 木製の盥に両手を突っ込んで、愕然とした表情で俯く霞。
「あぁ、そう言うことか・・・ウチはアホやな」
 最初っから、兄さんは答えを言っとるやんか。
「アンタ、人ではないて・・・最初に言うてたな、嬢が」

 
 ・・・そんなものまで捨ててるんか、兄さん


   

~ Comment ~

あれ? 

そういえばねねが恋から真名で呼ばれてない?
恋なりの勝負の感じ方の差から、なのかな・・・

Re: あれ? 

コメントに感謝を。

七週目は伊達じゃないですね・・・その部分は恋の複雑な感情の結果です。

自分の見えている世界が、ねねには見えていなくて。

恋は敗北感を感じてちょっと落ち込んだりしているしかし、ねねは何の疑いもなく勝利を信じていて
申し訳ないとか、イラつくとかといった色々な感情がいりまじって、結果ねねとの距離として「ちんきゅー」とねねを呼んでいたりします。
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

無料アクセス解析
現在の閲覧者数: