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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第十一話 恋は朧気幻影のごとし

 
 コマ送りで進むような時の刻みの中で、霞は一影の目を見てしまったことを後悔した。
 背筋に氷柱を差し込まれたような恐怖

 その瞳は

 命のやり取りに高揚し

 勝利に歓喜し

 自らの技が霞の読みを上回る慢心した様子

 それが・・・欠片も見つけられない

 どこか寂し気な
 
 冬枯れた色の瞳で

 そっと手渡すように『死』を送るものの瞳。

 絡み合う二人の視線が突然断ち切られたのは、霞の心が恐怖に折れる寸前だった。
 恐ろしい唸りとともに、漆黒の野太刀と霞の間に割って入る様、振り下ろされたそれは、轟音と共に地に突き立ち、二人の結末を見守っていた東屋の三人から、土煙で霞達の姿を覆い隠した。

 土煙からすかさず跳び退いたのは、突きの態勢から殺気に反応して地を蹴った一影、それを追って鋭い横薙ぎの一閃・・・土煙が二つに分かれた道を、獣の速さで喰らい付く赤髪の少女。
 感情の薄い表情とは対照的に、その褐色の肌から殺気を揺らめかせながら、音を聞くだけで背筋の寒くなる連撃で一影を追い詰めていく。
 霞の連撃を疾風とするなら、赤髪の少女・呂布の連撃は暴風だった。
 近寄るもの皆弾き飛ばし、その前に曝されれば、容易くボロボロに破壊される。

「皆、恋が守る・・・だから、お前・・・殺す」

 終わりの無い連撃の間に伝えられた死刑宣告。
 方天画戟が撓って見えるほどの重い攻撃は、受け流しをミスれば一撃で、野太刀を砕いてそのまま体を両断してのけるだろう。
 体捌きでかわし続けるには無理があるが、刀を折られては攻防全てを封じられる。
 なにより、この体がどこまで出来る代物なのかを計るには、呂布以上の存在はいない。

 呂布は、唯一本物の戦闘の天才だ。

 本能的に戦う事のできる、張飛や孫策それに春蘭達を称するのに天才と呼ぶが、術理や思考の途中経過、即ち過程を全て無視して、最良の答えを感覚的に選ぶ事が出来る戦闘の才の持ち主達、彼女達を天与の才の持ち主とは認めるが・・・一影は『天才』とは認めない。
 星や霞それに関羽達の様に、戦闘において理合いをつきつめて戦いを構築する、いわゆる秀才型の者たちとて先天的な天与の才を持っている。
 その多寡は個人差が当然あり、感覚と理合いのどちらを頼りにするかの違いなだけ、どちらが上と言うものではない。
 天才型と呼ばれる人間は、攻勢においてその感覚を十全に生かし優れるが、守勢においては、秀才型の積んだ理合いに届かない為安定感に欠けると、一影は己の内で結論付けている。
 故に感覚と理合いを両立し、あまつさえ途中でスイッチしてくる霞は苦手なタイプなのだ。

 それら全てを力と才覚だけで、歯牙にもかけずにあっさり踏み越えていくのが呂布である。
 肉体的にも才能的にも、あらゆる将を軽く凌駕する・・・正しく並ぶものの無い、無双。

 小細工も、技も、策も

 唯々前進し制覇する絶対的な強者が

 目の前で武器を振るいながら

 「お前を殺す」と宣言した絶望的状況に
 
 一影の心は、波立たず静まり返る。

 小細工、技、策、その他、ありとあらゆる物を使ってでも呂布に追いつけたならば、他の誰にも追いつかれることは無いのだ。
 目眩ましに惑わされず、真意を見抜く呂布の天才をも、読みきり、読み勝てるのなら・・・
 牽制に、横薙ぎに一閃して距離をとり、気息を整える。
「お兄様」
 朧の珍しい程大きな声の呼びかけに、マフラーの内で唇をゆがめて笑う。

 そうか・・・呂布はオレを凌駕すると、朧にもそう見えているのか。

「不安か、朧」
 呂布を目で牽制しつつ、呟く問い掛けは当然ながら、遠く東屋にいる朧の耳には届く事は無い。
 剣先を目線の高さまで下げ、野太刀を真直ぐ呂布の喉へと狙いをつける様に構えた、その背中に帰ってくるはずの無い返事が届く。
「いえ、一対一なら・・・お兄様は、絶対・・・絶対負けません」
 細く震える声が、涙を零している事を教えてくる。
 それでも、信じる。
 泣きながらでも止めずに、信じて見守ると、朧はそう言っている。

 その歳で、そんなにイイ女になって如何するんだ朧・・・つり合う男がいなくなるぞ。

 方天画戟を紙一重でかわし、追撃の蹴りを肘で迎え撃ち、距離をとるために跳び退く・・・と見せかけて突きを出すが当然のようにかわされ、赤い髪を数本引き千切ったところで、本当に跳び退く。
「朧、お前は」
 突き込んでくる呂布の穂先の出鼻を剣先で抑えて勢いを殺し、連撃に持って行かせずに、刀身をそのままに、自身の体を逃れるように回転させ、太刀が後を追う・・・その刀身を呂布は無造作に、裏拳で掬い上げるように弾いた。
 図らずも大上段の構え・・・否、図らずもでは無かった。
 此処までは一影の読み通りの展開、燕飛の太刀で方天画戟の逆側から攻撃を仕掛ければ、呂布は避けず、攻撃を弾いて此方の体勢を崩しに来る。
 隙を突いた上、呂布にとっては初見の技であっても、必ず最良の対応・・・素手であっても崩しに来ると解っていた、否・・・呂布の天才を信じていた。
 そして、体勢を崩されて大上段の構えと言う隙を、呂布が見逃すはずも無く、方天画戟は容赦なく胴を薙ぎにくる。
「笑っていろ」
 唸りを上げて迫る方天画戟のその穂先を、膝を抜き大上段から突き落とした柄尻で真上から叩き落し、そのまま強引に間合いを殺し水平二段突き・・・小さな鮮血の華が二つ咲く。

 一つは呂布の左の頬に

 もう一つは一影の左の肩口から

 此処まで仕込んで読み通りにことが運んでも、最後の最後に一枚上を行かれる。
 此方の剣先は呂布の頬を掠めただけだが、方天画戟は羽織の袖ごと肩の肉を少し持っていった。
「化物め・・・」
 一影の口の端が僅かに上がる。



「アレは一体何者なのです」
 後ろから掛けられた怪訝な声に、戦闘に魅せられていた月と詠は、我に返って声の主を振り向いた。
「大した武でもないのに・・・恋殿が攻めあぐねるなど、ねねは初めて見たのです」
 幼い声は恐ろしいほど冷静に戦闘を読み取っている。
「霞さんと試合をして、霞さんが剣を突きつけられて負けそうになった所で、恋さんが割って入って・・・」
 対する月は完全にパニックになって、事の起こりを口にするが、その姿が逆に詠の理性を繋ぎ止めた。
「ねね、恋を止めて、あの人は月の命の恩人なの。恋も本気で戦ってるみたいだし、早く止めないと大変な事になる」
 二つ縛りにした髪が、ブンブンと振れるほど激しく、背後から現れた幼女の肩を掴んで揺さぶる詠。
 ・・・その手が、不意に止まった。
「恋が攻めあぐねている・・・今そう言ったわよね、ねね」
「た、確かに、そう言いましたぞ。だからねねはこう聞いたのです『アレは何者だ』と。
 音に聞こえる豪傑だとしても、恋殿が本気を出せばもって数合。
 それをアレはかすり傷とはいえ一太刀いれた、とても人とは思えませぬ。
 何より、本当に武力自体は大した事が無い、少なくともねねにはそう見えます」
 頭を激しく振られ、足元がふらふらと覚束なくなりながらも、言葉は整然としている幼女ねねの姿を知っていたから、詠は偏見にとらわれずに、朧の才を見抜く事ができたのかもしれない。
「そんな事より、はやく恋さんをとめてねねちゃん。お兄さんが危ない、もう怪我もしちゃって・・・」
 悲痛な月の訴えに、ねねが少しばつの悪そうな顔をして口を開くが、そこから声が漏れるより前に、答えは別のものから返って来た。

「月姉様、朧は・・・怒りますよ」

 その内容に驚かされ。
 三人が、黙って戦いを見守る朧に近寄る。
「朧ちゃんは知らないかも知れないけど、今お兄さんと戦っている人は・・・」
「呂奉先、です。
 お兄様が言っていました、軍神や豪傑と言われる人は多い、でも呂布だけは本物だ、人では呂布に勝てないと」
 袖で涙をぬぐい、三人を・・・陳宮を正面に向き合う。
 あまり変わらない目線の二人が真正面から目線を交わす。
 剣を合わせる音、刃が空を切り裂く鋭い音、短い気合の声・・・全ての音が意識から消えて行き、無言で語り合う朧と音々音。
 朧が小さく頷くと、音々音が元気良く頷き返して朧の手を取り、今尚戦っている二人に向け大きな声を同時に上げる。
「恋殿、そいつは敵では有りませんが負けてはダメです。恋殿は天下無双なのですぞ」
「お兄様は、人ではないと仰いました。朧は信じています、絶対・・・絶対無敵です」


 かわし切れなかった斬撃はそろそろ二桁になろうか、かろうじて致命傷を受ける事だけは防いでいるが・・・
「一張羅が、もうボロ布だ」
 羽織を剥ぎ取って呂布に向かって投げつける、一瞬視界を遮るも、方天画戟を肩に担ぐようにした、自然体の構えを取る呂布に動揺は無い。
 その影に隠れる様に攻撃を仕掛けられても、それを返り討ちにする自信も実力もある。
 広がった羽織が地に落ちたとき、一影は一歩も動かず元の地に立っていた。
「・・・降参・・・するの」
 微かな動揺と失望の声、それは野太刀を鞘に納めた一影の姿を、そこに見つけた呂布が洩らしたもの。
「悪かった」
 そっけない謝罪に、僅かに呂布の肩が下がる。
「・・・あやまるの」
 そう言いつつも方天画戟をおろそうとしない恋、何かを感じ取っていた。
「あぁ、人として剣士として勝とうと欲をかいた。武器の間合いも、武力も・・・今までは何とかしてきた。
 人を捨てる覚悟が・・・足りなかった」
 目を閉じ自嘲気味にそう言うと。
 一影が手を振り上げ、野太刀を足元の影に突き立てた。


 ドボンッ


 有り得ない音と共に、三尺以上ある野太刀が縦に沈む。
 その様子を見ていた、誰もが驚愕に息を止める中、朧と恋だけが、一影の目に覚悟の光が灯るのを見つめていた。
「恋も・・・あやまる。最初、弱いと思って、馬鹿にしてた・・・ごめん」
 ぺこりと小さく頭を下げる恋、戦いの最中でなければ思わず頭を撫でたくなるような、可愛らしい仕草に、苦笑がもれそうになる。
 ついさっきまで、殺されかけていた相手だと言うのに。
「お互い、声援ももらって負けられん。武力自体は上がらんが、間合いは同じ土俵に上がらせてもらうぞ、呂布」
「恋でいい」

 一影は小さく頷くと屈み込み、何かを拾うように右手を伸ばす。


「なら恋、剛法しか知らない恋に」


 伸ばした右手が、地に落ちた方天画戟の影を握り


「こいつの柔法を見せてやる」


 影から漆黒の方天画戟を引きずり出し、かがみ合わせのように肩に担ぐ。飾りの玉や房までもが再現される、当然石突の犬のマスコットまで。
「同じ武器・・・でも、慣れてる恋が勝つ・・・来い」
 目の前で起きた非現実な現象にも、全く動揺を見せずそう言い放つ恋。
 だが、そう考えてくれたなら、一つ目の仕掛けは掛かった。
 武器を持ち替えただけ、恋のほうが使い慣れている、そこは正しい。
 決定的な錯覚を二つ起こさせるための仕掛け、慣れているのは確かに恋だが上手く使えるのは恋とは限らない。
 恋の動きは見えていたのだ、北郷一刀であった時から、故にあれだけの恋の攻撃を・・・精神力を著しく削りながらも、致命傷を受けずにかわしきれた。

「・・・受けるなよ、恋」

 受けようとして、恐怖のどん底に突き落とされろ。

 相反する想いと共に洩らした、呟き。
 取り分けて鋭くも無い、方天画戟での下段薙ぎ払い。
 穂先を合わせる様に打ち返す恋、お互いの刃が打ち合う衝撃に備え、無意識に恋の握りに力がこもる、それは経験から来る無意識の身体反射。
 その目の前で起こった事に、恋が驚愕の表情で跳び退く。

「・・・透り抜けた」
 跳び退いた分の距離は、それを読んでいた一影の踏み込みで完全に殺され離れず、空を切り裂く鋭い音と共に突き出された漆黒の方天画戟を身を捻って避ける。
 しかし、まるで生き物のように刃先は止まらず、恋の動きを追って流れるようにそのまま斬り下げが続く。
 暴風の様な恋の攻撃に比べれば、涼風のような静かな攻撃・・・しかし恋は冷や汗をかいていた。
 咄嗟に戟で受けようと反応する恋が、何かに恐怖して地を蹴って距離を取りざま戟を振り下ろす。
 精確に此方の弱点を狙ってきた今までの攻撃とは違い、踏み込ませない為だけのうろたえた荒い一閃。

 ・・・それは読みきっているぞ、恋。

 その戟に刃を添わせる様に合わせ、振り抜く戟の後ろから、後押しするように打ち込んで増速させ、恋の体勢を崩し逆胴に薙ぐ。
「・・・くっ」
 力任せに振りぬいた戟を引き戻し、筋肉が軋む様な音をさせながら、柄を此方の戟と体の間に滑り込ませ、受け止める恋。
「・・・今度は、受けれた」
 何故、と疑問を目で問う、童女の様な透明な瞳。
「透り抜ける武器ではなく、透り抜ける技を使っていたからだ」
 力の押し合いになったら確実に負ける、勝つには・・・真正面から不意を撃ち続けるしかない。

 本物の天才と唯一人、自身で認めた恋相手にか。

 洩れそうになる弱音を飲み込み、戟を曳いて押し込もうとする恋を、逆に引き込もうとするも、あっさり察せられお互いに瞬発的に左に踏み込み、片手薙ぎを打ち合う。
 恋は気付いただろうか、俺が同じ動作をしたと言う事、その意味に。
 お互いの刃が掠め合い、耳障りな音が二人を繋ぐ中間点で響く。

 瞬間、膝を抜き恋の方へと倒れる様に重心を落とし込む。
 対する恋の動きを見て、舌打ちと共に苦笑が洩れる。
 地を蹴りつけて、此方に向かい一気に間合いを殺してきたのだ。

 突き出される二本の方天画戟

 胸を貫きに来る紫の戟

 喉を穿ちに行く漆黒の戟

 時が止まったように動かない

 一瞬の静寂の後

 大輪の華が咲く

 咽るような鉄錆の芳香を溢れさせ

 朱く

 紅く

 漆黒の刃は恋の喉に触れる様にとまり、紫の戟は一影の胸元を斬り裂いた。
「お・・・お兄様ぁ」
 悲鳴とも言語とも言い難い声と共に、音々音の手を振り払って東屋を飛び出し、一影の元へ駆け寄る朧。
 転びそうになりながらも、必死に走り寄って来る朧を、片膝をついて抱きとめた。
「不安にさせたか、朧」
 背を軽く叩くようにして、洩らした呟きはいつもの無感情な声であるのに、やけに優しく聞こえる。
「だって、だって・・・呂布は本物の天才だって・・・呂布にだけは負けるかもしれないって・・・お兄様言ってました。
 死んじゃ嫌です・・・朧を、置いていかないで」
 しゃくり上げながら、小さな手でぎゅっとしがみ付く朧の頭を、あやす様に撫でる、その姿勢のまま急速な失血で、一影は意識を失った。



   

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