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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

第十話 朧は詠う影は霞まずと

 
「なぁ兄さん、ちぃと聞きたいんやけどえぇか」

 月と詠が、朧を東屋に誘った。
 日差しの柔らかな今日は絶好の散歩日和で、お茶を楽しむ・・・というのが理由の半分でしかないのは、誰にでもわかった。

 賈文和は、オレから引き剥がし、朧本人をまず見極めに来たのだ。

 『人ではない』などと言われる、胡散臭くも妖しげな相手を直接ではなく。
 朧を計り、その言葉をどの程度信頼できるかを知り、そこから此方を類推して、試しに来る・・・外堀を埋めてから、城を攻める。
 実に論理的で、理性的な判断をしたと言わざるを得ない。
 だが、賈文和よ・・・その堀は恐ろしく深い事が、解るだけかも知れない、その可能性を忘れているぞ。

 流石に誘われてもいないオレが、のこのこ同じ席に着く訳には行かないので、少し離れて護衛の為に付いて行こうと、歩きだした所に霞から声を掛けられた。
「三人の護衛ならウチも一緒に行くつもりやから、歩きながら、な。
 あんたさっきウチら二人の武には及ばん、ちゅうてたけど・・・嬢にあんたの強さはどれくらいや聞いたら
 『一対一なら誰にも負けません』いわれたんや、これって矛盾しとらんか」
 話がうやむやのうちに流されたので、適当なところで折り合いをつけて納得してくれたのだと思っていたが、霞はそこを曖昧なままにしておくつもりは、無いようだ。
「嬢のエコヒイキってのも考えたんやけど、それにしちゃー昨日の賊の切口が見事すぎる。
 真面目な話、今は使える人間遊ばしとく余裕は無い。
 嬢の話やと、天才軍師らしいが・・・ウチの体が、ちゃう言うとんねん」
 どこか凄みのある、肉食獣を思わせる笑みを浮かべる。
「天才軍師と言うのは嘘だ。武力のほうも、張文遠にそんな笑みを浮かばせるほどの腕じゃない」
「霞でええよ、アンタぁが凄いんは、ウチの血が騒いで教えてくれとる」

 つまりはこういうことだ

 斬り合いしたくてしょうがないが、自分からは月の手前ケンカを売れない。

 真名を許すぐらいあんたを認める、だからウチにケンカを売ってくれ。

 此処でオレが断ったら、霞の真名を軽いものにして辱める事になる・・・

 ふざけるなよ霞・・・オレが、そんな事をするやつを許せるはず無いだろう

「霞らしくないな・・・単刀直入に『どっちが上か、ちょっと試さへん』と言えばいい」
 凄みのある笑顔が、一瞬のうちに子供のような笑顔に変わる。例えるなら虎が猫に変わったくらいの、雰囲気の変化。
「おぉっ、エエの。ほな今やろう直ぐやろう」
 苦笑気味に目を細める一影の手を霞が引き、東屋の前にある少し開けた場に連れ出す。
その様子を東屋から眺めていた三人の表情は見事にばらばら、朧は不機嫌そうに眉を寄せ、詠は全くと言わんばかりの呆れ顔で溜息をつき、月は常に変わらず穏やかに微笑んでいる。
「霞さんらしいですね、とっても。
 朧ちゃんもそんなに心配しなくて大丈夫ですよ、霞さんはちゃんと手加減の出来る人ですから」
 月のその発言に、詠がさらに大きな溜息をつく。
「朧が心配しているのは、そんな事じゃないのよ月。同じ顔して朧の方が大人じゃない」
「詠ちゃんひどいよ~」
 不機嫌に眉をよせると、同じ顔がますます同じになり、詠がそれを見て噴出し、月が一層機嫌を悪くする。
「月姉様、詠お姉さん。どちらが勝つか、賭けをしませんか」
 
 本当・・・月より大人よこの子、早速こっちを探りに来た。
 でもね、自分が言ったんだからね、「伏龍」「鳳雛」といい勝負が出来ます、って。
 つまり互角か一歩及ばない、朧の弱点は唯一つ、経験不足。
 ボクはちゃんと忠告したからね、「伏龍」「鳳雛」に、劣るなんて思っていない・・・勝てるって。
「いいけど、一体何を掛けるつもりなの朧」
 何食わぬ顔で、いかにも娯楽の一種として受けてあげる、とばかりに言い返してみせる。
 内心では朧はここで、どう仕掛けてくるつもりかと、楽しみに待ち構えていた。
「月姉様は、どうですか」
 月に先に話を振るのは当然、この場の主は月だ不確定要素は潰す、なかなか良い師についたみたいねこの子。
「うん、それじゃぁ私は勝ったほうに馬を送ろうかなぁ」

 あぁ、月の天然っぷりって本当に癒される。

 朧も最初から月は標的にしてないみたいだし、それじゃボクも少し攻めてみるか。
「一影と二人で住む家が欲しい、とかいわないわよね」
 一瞬で真っ赤になって、あうあう言い出す朧、あんたの弱点はそこなのはお見通し。
「ぁぅぁぅ・・・それは、とっても素敵な提案なのです」
 両の手で赤くなった頬を隠すように照れる朧・・・ちょっと・・・一影襲わないわよねこの子、その反応は予想外よ。
 月も、思い込んだらまっしぐら、予想外に強引なところとかあるし・・・まぁ、一影は常識人みたいだから・・・大丈夫・・・よね、多分。

「じょ、冗談はさておき、何を賭けるの」
 強引に話を引き戻すと、朧はえへへと愛らしく笑いながら。
「月姉様との入浴権を、詠お姉さんと勝負です」
 そんなものが欲しいなんて、まだまだ子供だわ、ボクの警戒しすぎだったかな。
「一緒に入りたければ入れば良いじゃない、ねぇ月」
「うん、三人で一緒に入ろう、朧ちゃん」
 朧は満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「それじゃ決まりです。まさか月姉様から三人でなんて言い出してもらえるとは思いませんでした」
 なにか引っ掛かる言い方したわねこの子。
 月なら三人ではいろうと言い出すに決まっている、朧だってそんな事解っているでしょうに。
「朧は当然お兄様に賭けます。詠お姉さんは、張遼さんで良いですよね」
 何で賭け続けてるのよこの子。

 ・・・決まっている

 ・・・解っている

 ・・・ってまさか、この子、ボクと月の台詞、一語一句ほぼたがわず読んで、この話を振ってきたとしたら・・・

 まずい、やられた。

「あ、そろそろはじまるよ詠ちゃん」
 のんびりした月の声、この子はぁー。
「ちょっとまっ「お兄様、勝ったら月姉様が三人でお風呂に入ってくれるそうです」・・・くっ」
「えっ・・・えええええ詠ちゃん、どう言う事、私がお兄さんと一緒にお風呂・・・」
 おろおろしたかとおもうと、真っ赤になって俯く月。
 朧は此方の隙を突いた、経験不足を補うかのように、自分の幼さを前面にし、此方の油断を引き出して、ボクと月本人の承認印を得たのだ。
 本人が何に印を押しているのか、わからないうちに。
 今更、口から出た言葉を飲み込めない、月にもボクにも退路をあけているのだ、たった一つ、霞が勝つという。
「朧は本物の軍師と言う事よ月。もう今となっては、霞にがんばってもらうしかない所まで、朧の策が完璧に決まったってこと」
「へうぅー、は、恥ずかしいよ、男の人と一緒にお風呂なんて・・・」
 してやったり、と言う顔をしている朧を探した詠は、その表情を見つける事は出来なかった。
 そこには、心配そうに小さな手をきゅっと祈りの形ににぎり、儚げな眼差しで一影を見守る、
幼くもいじらしい少女がいるだけ・・・それを見た詠は人知れず小さな溜息をつく。
 
 不安を紛らわす為にやる事が、騙しや罠を張り巡らせた知略、そう考えると、とんでもない奴なんだけど・・・

 知略張り巡らせた罠が、大好きな人が傷つく不安を紛らわすため、と考えると何だか可愛らしく思えるわ。
 同じことを言い換えただけなのに。

「霞、負けたら今晩の宴は、アンタお酒ぬきだからね」
 そう声を上げて思った。
 そう言えば・・・月は最初から朧の不安を見抜いていた・・・はぁ、裏の裏は表か。

「なーんか変な事になっとるが、こっちは端から手ぇ抜く気なんぞあれへん。いっくでぇ」
 手にした飛龍偃月刀を、石突きを前に大きく後ろに振りかぶる。
 小手調べは無し、いきなり全力で攻撃してくるつもりなのをあからさまにみせている。
 はっきり言うが霞は俺の苦手なタイプだ、戦う事に意味を求めず、戦いに意味を求める、故に慢心しない。
 天与の才に胡坐をかかず、絶大な術理を積んで無駄を削ぎ落とす事で得た神速は、用兵のみならず個人の武においても変わらず、そのくせ自分の勘に丸投げすることも出来る柔軟さがある。
 理合いの動きを感覚で動かすのだ、言い換えるなら、本来天才型の霞には足りない安定を理合いで埋めている。星はその比率が理に傾いている分、鋭いが読みやすい。霞は星に鋭さで劣るが読み難い・・・星と同じことをしようとすれば殺られる。

 息を深く吸い、細く吐く。
 野太刀を静かに抜き放ち、右体側に立て、左足を半歩つめる『天の構え』。
 心を鎮め、半眼で霞を見据える・・・それにしても、この世界の女性は両極端に過ぎる。
 本人は全く気にしていないのだろうが、胸にサラシを巻いただけの上半身に、腰剥き出しの袴なんて・・・一体何の冗談だ。
 視覚心理戦・・・なんてことは無いだろう、知っている限り武将は皆女性ばかりだ。
 さて、仕掛けるか、待つか・・・どうする霞。

 対する霞の心は乱れに乱れていた。
 正確に表現するのなら、相手の事が全く読めずに、興奮していた。
 あないな細っこくて、ひょろ長い剣で打ち合うたら一合で砕ける、したら当然動き回って速さで撹乱するしかない・・・やのに一影は静まり返った夜みたいにピタッと構えてこっち伺っとる。
 まさかあの剣で受けるんか、それともウチの攻撃より先に当てられるとでも言うんか、この神速の張遼より速く、アカン・・・めっちゃワクワクして来た。
 それなのに、なんやのこの指先が凍えるような、膝に圧し掛かってくるようなこの寒気は・・・
「凄い・・・凄いなぁ、構え見ても何を狙ってるんか全く読めんのは、ウチ初めてかもしれん。
 嬢は自分で戦う訳でもないのに、見抜いたんか、これを」
 無造作に、一影が間合いをつめた瞬間、霞の偃月刀の刃が煌く光が弧を描いた。
砂塵が舞い、吸い込まれる様に、白刃が一影の左腹から右の胸に抜ける、小さな悲鳴が遠くで上がる中、手首を返して刃を反転させると、唐竹割りに頭頂から切り落とす、それは練習ではない咄嗟に出た実戦での連撃。
 完全に捉え、確実に死に至らしめる、繰り出した霞が攻撃し終わってから、しもたやってまった・・・と後悔した、直後、恐怖に直面する。

 武器が体透り抜けおった・・・

 そんなん恋だってやらんわ、どんだけデタラメやねん、本当に化け物か。
 斬っても斬れない相手をどうやって倒す、どうすれば倒せる。
 頭の中が混乱する直前に、霞は思考を感性に丸投げした。
 左右から横に薙いで袈裟斬りの三連撃、範囲攻撃で強引に間合いに入らせずに、力押しにプレッシャーを跳ね返す。
 というより、冷静な思考状態を取り戻すまでの、時間稼ぎに距離を取る・・・刹那、衝撃が手に伝わる。
 最後の袈裟斬りに合わせる様に、一影の放った抜き胴が偃月刀の柄に当たった・・・その軽い音が響いたときには、一影は霞の後方一メートルの位置で野太刀を肩に、見下ろすように霞の目を見据えている。
 一切の言葉の無い一影の問い掛けを、霞は誤解しなかった。
 武器を破壊する為の力んだ攻撃など当たらない・・・張文遠の神速を見せてみろ、それを真正面から破ってやろう。
 そう・・・いまの気の抜けた一撃は告げていた。
「ほうかい、ウチの土俵で戦ういうんやな。
 詠、医者呼んどき、見さらせ、これが神速の所以や」
 ギシリと力の込もっていた四肢から力みが抜け、猫科を思わせる伸びやかでしなやかな一閃、それに続く終わらない連撃。
 それは正に変幻自在の刃の舞い。
 空を切り裂く音は次第に高く細くなり、体捌きでかわし続けていた一影が、ついに野太刀で受け流し、距離をとる。
「・・・お兄様が、受けた」
 朧の細く消え入りそうな声に、少なからぬ驚きの色が潜んでいるのに気が付いた詠が、朧に詳しく問いかけようと視線を横に移したその一瞬で、状況は急変する。
 霞の、首を狙った横薙ぎの一閃に身を沈み込ませた所を、それを読んでいた霞が石突で腹を狙って突き入れる。咄嗟に身を捻ってかわすが、バランスを崩した一影の隙を見逃さず、霞は刃が最短距離を疾る様に斬り下した。

「もろたで」

 勝ちを確信した霞は、気が付かなかった。
 何故、わざわざ一影が身を捻るという動きで、石突を交わしたのか、その思惑を。
 勝ちを確信した霞は、知らなかった。
 膝を撓め重心を不安定にし、その重心を任意の方向に傾けることで出来る最速の移動術、即ち『縮地』の存在を。

 言葉の最後が、唇から零れ落ちた時には、一影の体は偃月刀の間合いから野太刀の間合いにまで、影のように音も無く忍び寄っていた。
 正対する霞にすれば、いきなり目の前に現れた様にみえたかもしれない。
 捻りで体に溜めた力を、解き放つように突き出された漆黒の野太刀の切先は、真直ぐに霞の喉へと突き出された。


   

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