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歪んだパズルのつなげ方

妄想トンデモ駄文を垂れ流すだけの場所。誹謗中傷、非難、批判など書き込まないでください。         追記、此処にある文章の一部もしくは全文を、無断で掲載するのは禁止とさせていただきます。        No reproduction or republication without written permission.

魔王伝(仮)


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魔王伝(仮)


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SAO27

そっと アナタに 送る言葉


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第七十二幕「らしくあるのは結構難しいが、多分一番魅力を引き出す」

DR~少女竜騎士物語~


 第七十二幕「らしくあるのは結構難しいが、多分一番魅力を引き出す」

 バイザーの奥から、深緑の瞳が強く自身に向けて、押し寄せてくるのをリサは感じていた。

 まるで燃え上がり、押し寄せる……エメラルドの海だ。

 こんな差し迫った状況だというのに、リサの心には不思議と焦燥や恐怖は浮かばず、静かに圧倒するグリーンの意志に打ち付けられるに任せた。

 そして、もう一つ気がつく。

 自分にかけられる他の誰の言葉よりも、フィオナから掛けられる
 攻撃的で、嘲笑的で、挑発的な言葉が、鮮烈に心に響くその理由が。
 どんな声援や励ましを掛けてくれている人よりも、フィオナが、リサの事を信じていて、槍を持って倒しに来ると信じきっている。

 その上で、リサを倒してやるっ、と子供みたいに、キラッキラの瞳で楽しんでいて。
 酷く純粋なその感情の土台には、積み上げてきた今までの練習量から来る自信。
 そこへ至るまでいくたりも苦悩し、折れかかっても自分と向き合って出した答え。

 叩かれ叩き、鍛え研ぎ澄まし、自らのシンに据えたそれこそが――腹に呑んだ槍。

 倦まず曲がらず欠けず、迷いも不安もずべて引っ括めて鎧の内に抱え込んだ、今眼の前に居るフィオナこそ、自分が本当の意味で『初めて認識した』騎士で。

 『天才』と褒めそやされる自分に対し同じ地平に立ち、上からでもなく、下からでもなく、真正面から視線をぶつけてくる目の前の少女こそが、逃げようのない自らの運命なのだ、と。

「……」

 リサの呟きは、唇の中で微かに響くも、誰に届くことはなく、だがそれで充分だった。
 それを聞くべきも、聞かせるべきも、対象は唯一人リサ本人だけ。
 故に、口角を緩ませた例外である人物は、謗られるべきであろうか、乙女の独り言を盗み聞いたのだから。



「どうやら私は嘘つきと、罵られずに済んだらしい」

 軽く肩をすくめ、態とらしい小さなため息を一つついてみせた静馬に、胡散臭げな顔を向けるアンとエマたちとは違い、ベルティーユは華のように艶やかに笑みを綻ばせ、それにしつらえたような上品な笑い声を上げる。
 
「それはもう手遅れですわよ静馬さん、この試合中で一体何度フィオナが『またやられたっ』と、悔しそうな表情を浮かべたことか」

 それで?と、言葉に出さずベルティーユが促してくるのに、静馬は言葉では返さず。
 黙って自らの握りしめた右手の腹で、己の心臓の上を軽く叩いてみせた。
 ただでさえ気障な仕草の似合わぬと言うのに、横たわって膝枕をされたままと言う状態では、最早笑いを取りに来ているとしか見えないその姿は幾つかの失笑を誘うも、ベルティーユの顔からは笑いを拭い去り、その視線をある一点へ向けさせる。

「静馬さんも騎士として、水野さんとは別の意味で失格ですわね」

 呆れたため息ながらも、静馬に戻した視線はやんちゃ坊主を見るような優しいもの。
 アンとエマの二人は、冗談でも口にしては腹をたてるだろう内容を、ベルティーユ本人が口にして居るため、流石に訝しんで軽々には賛同せず口を挟まず。
 周りの者達は、といえばベルティーユの逆鱗に触れた時の恐怖を識ってしまえば、何も考えずに追従で囃し立てるなどとてもする気にはなれない。
 そも、静馬とベルティーユの二人の会話には、アンとエマとて入り込むのに抵抗を感じるのだ、当然それ以外のものになど、踏み込めぬ空気が立ちはだかる。

「私は確かに比類ない腰抜けだと自覚してはいるが、失格とまで言われる酷い有様だったとは」

 肩をすくめ両手を広げる、どうにも芝居がかった大げさなジェスチャーに、ベルティーユが優しい笑みを浮かべ。指先で唇を抑えながら、小さく笑い声を漏らした。

「それはもう酷い有様ですわ。悩める姫に答えを教えず、強敵を見繕っては次々放り込んで、教えるのは相手を強くする方法と……静馬さん御自分には出来るぞっ、と示してみせるだけなのですから」

「成程、そう言われると何やら私は、騎士としてと言うよりは、紳士として失格のように聞こえる」

 顎を撫でしかつめらしい表情を浮かべるも、声には全く反省の色も無ければ、申し訳なく思っている香りもしない。
 それで?と、眉を片方動かすだけでベルティーユに、静馬はどう見ても楽しげな様子で、無言のままに促す。
 ベルティーユの言葉が、終わりではないことをちゃんと判っているのだ。

「でも、強くなりたいと、泣きながらでも前に進む少女騎士の……
 いえ、違いますわねフィオナにだけは、師匠として花丸ですわ」

 なるほどと、再び静馬は小さく口にしながら、真っ直ぐにベルティーユを見上げ。

「貴女にとって私は、失格せずちゃんと騎士で居られておりますか、我が麗しのベルティーユ姫?」

「ええ勿論、二重丸ですわ騎士様。
 リサが先程、どんな覚悟をしたのか教えていただけたなら、花丸にして差し上げます」

 ああそれか、と額を抑えながら、今度こそ困ったような表情を浮かべ。
 次いでなんとも情けないような、難しい表情がその顔を覆っていく。

「あまり紳士らしい言葉では表現できないのですが、それでも?」

「ええ、私こう見えてもジョストの騎士をしておりますのよ?」

 言われた静馬が目を二度ほどしぱたいて、両の手を打ち合わせる。
 ベルティーユにしては珍しい冗談、と声の聞こえた誰もが思っただろう。
 だが、アンとエマの二人は、それが冗談ではないと判っていて。

 ということは、一体どういう事なのかと巡らせた思考の先、辿り着いた答えに、とたんにげんなりした表情を浮かべそっぽを向いた。
 
「これは、失礼した。貴女の麗しさにすっかりそのことを失念していた……
 先程リサはフィオナに向かってこう言ったんですよ、『ぶっ潰してやるっ』とね」



 ☆ ☆ ☆



 ほんと、正直者の詐欺師だ……嘘はつかない。

 視線の先には、今まで見たことがないリサの姿。
 確かに『本気のリサと当たりたければ、ジョストの本戦で』って言ってたけど
 ベグライター集団が付きようがないこの環境で、ってことだとすっかり思い込まされていた。

 でも、そうじゃなかった。

 腰抜け二号を遠ざけて
 一対一で向き合って
 同じ一年の私に追い詰められて

 漸く、私に向ける目が、敵を見る目に変わった。

 上から目線じゃない
 哀れみなんか掛けられない
 自分を倒すかもしれない

 騎士を見る、そんな目に。

 天才騎士の本気、そんなものを前に凡人は為す術もない。
 ……なーんてわけないでしょ。
 アンタなんかに負ける訳にはいかないのよ、たかが天才の一年生ごときに。

 アンタが腰抜け2号と、傷なめあって遊んでた間も、コッチは悔し泣きしながら練習してきてんの。
 ピンチに成ったから本気出しますっ!なんて巫山戯た真似されて。
 むかっ腹立ってんのよコッチは、それをなに凄んで睨んで来てるわけ?ぶっ飛ばすわよ?

「上等じゃない、本気出して言い訳出来ないいま、その鼻へし折ってやるわ」

 フィオナの手が、彼女の翼の首筋を撫でる。
 彼女にも解っている、あんな無茶を何度もさせる訳には行かない。
 彼女の騎士も言っていた、無茶を指示すれば彼女の翼は、何も言わず従ってしまうだろうと。
 たとえ実行不可能な常態であろうと、彼女の望みを叶えるために。

 もうあれは使わないよ、だって必要ないもの。

 思いを伝えるよう、何度も優しく首筋を撫でながら、そっと気息を整える。
 相棒はまるで人語を解したかのように、大きく頷くように首を振るも、ちょっと拗ねたように土を掻いた。
 その仕草が「自分はまだ出来るのに」と言われたようで、思わず笑い声を上げて軽く首筋を叩く。

「そうじゃないってば、このまま勝ったらアンタが凄いだけだって言われちゃうでしょ?私にも凄い処見せるの譲りなさいよ、相棒。
 で、あいつらどっちも凄いぞってなったら最高じゃないっ」

 口角を吊り上げるや上半身を起こし、ベグライターから受け取った槍を真直ぐ上を向けると、彼女の翼は当然のように馬首を巡らせ、リサに正面から向き合う開始位置へと進む。
 これからやろうとしていることを頭に思い浮かべ、ちょっと照れくさそうに頬を染めながらも、フィオナは止めようとは少しも思い浮かばない自分を笑う。

 まーた先輩には『試合中に告白するのは関心しないねフィオナ』とか、恥ずかしいこといっぱい言われるんだろうけど……
 そんな事くらいで曲げてなんかやらない、此処でこうしない私なんか私じゃない
 小利口に、賢しげになんて、動いてやんないんだからっ



「リサッ!アンタが私に負ける理由は、アンタが十年に一人の天才騎士だからよっ」



 真っ直ぐに槍の穂先でリサの胸を指し示しながら
 観衆が息を呑んで見守るその焦点で
 フィオナは高らかに、彼女の師を彷彿させるが如く対戦相手の少女騎士を褒め称えながら

 自身の勝利を宣言してのけた。

 フィオナの宣言に、一瞬ざわめきすらも完全に止まった会場。
 その一瞬でもって、フィオナは一気にコンセントレーションを高めた。
 リサへの劣等感も、静馬への罪悪感も、ベルティーユへの嫉妬心も全て削ぎ落とし

 ただ目の前の騎士に、勝利することだけに集中する。

 本当に目の前の天才に、勝てるのだろうかという疑問
 ああまで宣言しながら、負けたらどうしようという不安
 もっと他にいい選択が有ったのではないかという漠然とした後悔

 絡みつき、足を引こうとする思考を迷いなく振り捨て。
 合図の音とともに、もやいを解かれた船のように
 ゆったりと、軽やかに滑り出す。

 先の一本を侵略する火焔とするならば、今のそれは間違いなく森林の穏やかさ。
 リサの仕掛けてくるチェンジ・オブ・ペースにも、心は何ら揺れること無く平静を保ち。
 交差の一点を見抜いて繰り出した槍は、奇しくも二人同時であったのは、出来過ぎであったろうか。

 勢いに乗って攻めくるリサに対し、柳に風とばかりの涼し気なフィオナ。
 普段の二人の態度を、そのまま入れ替えたような奇妙な相関関係に、誰も何も言えぬまま槍は交差し、爆ぜ割れたのは二本とも。
 されど、終焉の鐘が如き、重く響く金属音は一つ。

 否、続いてもう一つ、更に重い音とともに地に衝撃が疾走る。

 何が起こったのか、わからないことが何一つなかった。

 はっきりと全てがわかり、完全に自分の上を行かれただけという結果。
 仕掛けたのは同時でありながら、自分の槍は先に相手に届いたというのに……
 相手の槍によって、自分は馬上より突き落とされたのだ。

 突き出した威力を載せて相手に当たる、ギリギリの間合いで繰り出した。
 タイミングは完璧で、初動はほぼ同時ながらも、自分の方が微かに早かった。
 勝利を確信しつつもそこで緩めず、さらに肩を入れ速さとリーチを増す。

 洗練された無駄のない動きで、最短距離を疾走る槍先
 完全に相手の肩の付け根を捉えたっ、と思った瞬間には自分の体が衝撃で、無理矢理その場に留め置かれ
 ゆっくりと進む時間の中、相手が何をしたのかはっきりと見て取れた。

 自分が捕らえたのは、肩の付け根ではなく左肩で
 先に届いた自分の槍先に逆らわず、弾かれるように相手は上半身を回転させ
 『肩を入れ速さとリーチを増し』た相手の槍先は、自分の胸を貫いたのだ。

 地に墜とされた『天駆ける乙女』は、衝撃で跳ね上がったバイザー越しではなく、はっきりと己を打ち倒した、戦乙女の振り向いた顔を見た。
 そこには、嘲り、失望、蔑み、嫌悪……敗者を見下ろす感情はなく、悪戯っぽい眼をして、ただただ子供のように開け透けの笑顔だけがあり。
 


「私の勝ちだねっ、リサ」



 彼女の言っていた敗因が、どういうことなのか、漸く理解できた。
 ジョストがこんなに楽しい物なのだと、思い出しながら。

 2016.08.12

下書き2

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下書

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第七十一幕「清々しきかな騎士の心」

DR~少女竜騎士物語~


 第七十一幕「清々しきかな騎士の心」

 まだ全然完全ではないが、あれがフィオナの切り札だった。
 ベルティーユ風にいうのであれば、リサのチェンジ・オブ・ペースを着想に、その上にフィオナが積み上げてきたものだ。
 そして、フィオナも自覚しているが、練習不足な上に未完成の不完全な、実戦で通用するような代物ではない。

 誰よりもリサ相手には、本当なら使いたくなかった。

 初見の相手なら、まず間違いなく対応できずに決まることは、たった今フィオナが実証して見せた。
 静馬とカイルといった学園生のみならず、ジェイムスまでもがその才を、十年に一人の天才と評価するリサ・エオストレが、なす術もなく落馬したのだ。
 たとえ対峙した天才の名前が、スィーリア・クマーニ・エイントリーと変わったとして、落馬を免れたと断言できるものはおるまい。
 仮に断言した者がいても、それは強弁でしかなく、周りの者は頷かない。どころか、スィーリアにやんわりと否定されたであろう。

 だが、その存在は衆目さらされ、当然ながら次の対戦相手であるノエル、そして勝ち抜けば戦うことになるスィーリアが都合よく見逃してくれる筈もない。
 その技が自分に向けられる二人・・・いや、三人は当然、それ以外の者達とて知覚認識した以上、警戒し何らかの対策を瞬時に模索するのは、最早ジョストに関わる騎士やベグライターにとっては、本能的といってよい反応といえた。
 見てすぐに、誰にでも対策がとれるほどに、穴が有る未完成な欠陥品――できそこないな技ではないが。
 準決勝にまで勝ち残ってくるようなバケモノたちが、それをできないと信じられるほどに、フィオナは能天気になり切れない。

 そして、確信もしている。

 私の勝利を疑いもしない静馬先輩だけど
 新技一つぶら下げただけで優勝できる!なんて言う筈ない
 いや違う、静馬先輩なら絶対にこう言うと

 『目の前に槍持つ騎士がいて、他所を向くということは、勝負の放棄と同義だよフィオナ』

 いつも通りの気障ったらしい仕草で
 飄々と肩をすくめた態度で
 少し困ったような声色で。

 だって、静馬先輩はそれを私に背中でちゃんと教えたから。

 まさか、そんな態度をとらせる気じゃないわよね、フィオナ・ベックフォード。
 アンタの騎士が、騎士廃業してまで開いてくれた道を・・・
 最後の最後まで揺らがず示し、伝え教えてくれたことを忘れて



 余所見しながら通り過ぎようってんじゃないでしょうね!?



 自分自身を叱咤する言葉に奥歯をかみしめ
 フィオナが浮ついた、自身のココロを握りしめる。

 『本気のリサ』から一本とれたくらいで、浮かれてんじゃないわよ
 静馬先輩の片目を奪ったのが、そんな事をする為だったら・・・フィオナ、アンタを八つ裂きにしてやる。
 勝つんでしょ、リサに、ミレイユのお姉さんに、スィーリア先輩に、周りのくだらない目に

 ・・・弱い、私自身に。

「もう諦めたら?膝が笑ってるよリサ?」

 口角を吊り上げて、軽い口調で語りかけながら、フィオナはリサに満面の笑顔を向ける。
 内で吹き荒れる暴風の禍など無いかのように取り繕いながら
 フィオナがしたのは、リサの神経を全力での逆撫で。

 自分の繰り出した凄い必殺技に慢心し
 勝ちが揺らがない圧倒的有利な状況に胡坐をかき
 明らかにリサに対して、上から目線で小馬鹿にした態度をとった。

 遠くから二人のやり取りを、息を飲んで見守っていた観衆は、視線に乗せる怒りを倍増しする。
 水野貴弘も視線に憎悪をのせながら、心の内ではフィオナの慢心を嗤い
 リサにエールを送りながら、そこに気づけと必死に願った。

 しかし、全身に受ける悪意と憎悪で磨かれた針は、フィオナには届かなかった。

 届くはずがないのだフィオナには
 彼女の騎士の守りは鉄壁で
 フィオナは、彼の騎士に絶大な信頼を寄せているのだから。

 誰に誤解されようが、構わずやり遂げた姿を心に刻んでいるのだ。
 ならばもう恐れるものなど何もない
 絶対に彼女の騎士だけは、自分を誤解なんかしないのだから。

 全力で、自分にできる限りのありとあらゆる方法で、対峙する目の前の騎士にぶつかるだけ。

 リサがそれで油断するようなら、その程度の相手だったというだけのこと。
 反発し怒りに視界を狭めてしまったとしても、自分の不明を恥じるだけ。
 フィオナがリサに求め望んでいるのは、『冷静な分析による判断』で。

 それにより、フィオナの挑発が、何らフィオナの得にならないとリサが理解してくれること。
 リサが気づくことは難しく、万人には気付かれず、理解されようもない。
 なぜなら、今勝利を目指して戦っているフィオナにとって、全くのマイナスにしかならない行為であり、目的のために行われたのだから。

 誰が対峙中の相手の騎士に、実力のすべてを発揮させるためになど
 自身が悪名と非難を一身に受けてまで、挑発をしたなど思うだろうか。

 いや、それでも気付くだろう。

 フィオナが唯一の例外として、自分を誤解しないと信じた彼女の騎士
 それからもう一人、その騎士の頭を膝枕している姫の二人だけは。
 フィオナが何でそんな行動に出たのか、その起点にある感情を。

 不意を突いて、リサが何かをする前に、倒して終わりなんて・・・

 怖がって勝負を逃げたような、こんな半端な結末は、たとえ結果的に勝ったとしても、絶対に嫌っ

 全てを出し切ったリサに勝って・・・いや、違う。

 リサに勝って認められることなんて、今はもう望んでない。
 ただ見せたかった、天才騎士に凡人の私が勝利する姿を。
 静馬先輩に、ベルティーユ先輩に、スィーリア先輩に、ミレイユに
 そして、水野貴弘に見せつけてやりたかった。

 私は天才騎士なんかに負けない。

 自分のせいで誰かが騎士の道を絶たれても

 そんなことで折れたり、騎士を放り出したりしない

 だから・・・

「想いも声援も、現実にも結果にも解入は出来ない。
 叩きのめされるのが怖くないなら、かかってきなさいよ天才騎士」

 声高らかに、でありながらも、何処かからかう様ないつものフィオナが。
 真直ぐに突き出した槍の穂先を、対峙する天才騎士の胸に向け。
 口角を吊り上げた攻撃的な笑みを浮かべ、小さく顎をしゃくって見せた。



 * * *



「静馬さんは、騎士であるのに魔法もお使いなさるのね」

 頬に細い指を当てながら、ベルティーユが何処か呆れたような、同時に妙に感心したような調子で、自らの巨大な母性の象徴の陰に半分隠れるような位置にある、静馬の顔へ視線を向けた。
 流石に手術直後の麻酔も抜けきっていない状態だと、ベルティーユに見抜かればらされてしまった為に、アンとエマの二人も、いい加減に普通に座れと文句を口にすることはなく、慎ましく穴が開くほどに鋭い視線で睨み続けるにとどめていたが、これ幸いとばかりに口を開いて出てきたのは。

「山県静馬に魔法が使えても、なぁーんにも不思議じゃぁ有りませんよベルティーユ様。
 そいつは『騎士』じゃなくて『遊び人』ですから、転職すると魔法が使えるようになるんです、日本では」

 アンの発言に、流石のエマも一瞬にして顔を青ざめさせる。
 ベルティーユは大抵のことに対して、怒ったりはしないのだが、『山県静馬が騎士である』ということを侮辱とともに否定され、笑って流すことはないだろう。

 アンに非難の視線を向ける暇も惜しんで、慌てて口を挟んでなんとか話題を変えようと画策するエマだったが、ベルティーユのいつも通りの笑顔に浮かんだ冷たい視線に、言葉を飲み込んだ。
 エマが気づいた直後に、アンもベルティーユの視線の冷たさに気づいたものの、こちらはエマとは違い何ら焦ることなく、大仰に一つため息をつく。

「だから騎士を廃業した山県静馬が、役立たずってことにならないんですよねぇ。
 ただのナンパ男だったら、ベルティーユ様から何としても遠ざけてやろうと思っていたのに
 ・・・本当残念だわ」

「魔法を使えるというベルティーユ嬢の言葉を、誰かが否定してくれると私は期待していたが」

 もっとも簡単に否定できるであろう部分を、あっさりと受け入れられたどころか、それを前提としたようなアンのトンデモな言葉に、さすがの静馬も肩をすくめただけでは流せ無かったのか。
 顔に浮かんだ笑みには、ベルティーユと同じような、呆れと感心の色合いが混じっている。

 何より、アンの言葉に何ら反応しないことにより、『騎士でない』と言われたことも、静馬自身は何ら侮辱と感じていないことを示してしまい。
 それによりベルティーユがアンを非難することを封じ、険悪な雰囲気になることを、上品にさっと脇によけてしまった。
 
「御婦人の期待に添えず、大変ふがいないのだけれど。
 残念ながら賢者になれるほど、私は賢くも枯れてもいないので、魔法は使えない平凡な男のままです」

 ベルティーユに膝枕をされた、寝転ばった態勢のまま右手を胸に当て、大仰に眉をしかめて見せる静馬に。
 見守っていたベルティーユ、アン、エマの三人はそろって吹き出し。
 それによって、張り詰めていたような嫌な空気は、完全に払拭されてしまう。

「山県静馬、貴方が賢者ではないということはたった今、自身が証明しましたが。
 同時に魔法使いであるというベルティーユ様の意見を、今の貴方の行動が補強してしまったのはわかっていますか?」

 頭痛にでも悩まされているのか、エマが額に手を当てながら、じとっとした目で静馬を見据えるも。
 当の静馬はといえば、目を開けてすらいないのだから、そんな周りの微妙な表情など知る由もない。

「エマまでも、私を魔法使いにしたがるのかい?
 もし私が本当に魔法が使えるのなら、今ここで君たちに薔薇の花束でも差し出しているだろうに」

 静馬の言葉にアンがあっさりと説得され、大きく頷く姿に残る二人が噴き出しかかるのを、今度は何とか耐え、エマの眉間に刻まれている溝が一層深まる。
 やんわりとベルティーユは、エマにそれを指摘してやめさせ、一度呼吸を整えてから静馬に向き直る。

「フィオナが変わりました。いえ変わったというよりは、いつものフィオナに戻ったの方が近いのですけれど。私には今までのフィオナとは、やはり違って見えます。
 これは静馬さんの魔法という他ないでしょう?」

 ベルティーユにそうして、精神的に真正面から向き直られてしまえば、静馬がそれを躱せる筈もなく。
 小さなため息とともに、ゆるく右手の人差し指を一本立てて見せる。

「フィオナを変えたのは、私一人ではないよ。
 その内の一人は間違いなく貴女だ、我が麗しのベルティーユ嬢」

「それは確かにそうではあるのでしょうけれど・・・
 いえ静馬さんがそう仰るのでしたら、きっとそうなのでしょうね」

 ベルティーユには、静馬が自分の影響を謙遜しているのではなく。
 ましてや、実際にフィオナへ影響を与えた多寡を言っているのでもなく。
 誰かによる影響全てより、受け入れ成長に転換したフィオナこそが、称えられるべきである。
 そう言っているのだと、解り難い言葉の奥にある、静馬の心を読み解いた。

 でも、だからこそ私は、静馬さんの魔法だと言いたいのです。

 しかし、それを殿方に解れというのは、少々難しいのかしらね。

 思いのほかあっさりとベルティーユが折れたことに、アンとエマ――ベルティーユと付き合いの長いの二人は少し驚き、静馬に向ける視線には訝しむよりも嫉妬がきつく漂う。
 静馬とベルティーユの間に流れる空気が穏やかで、思考にするのも嫌だが、まるで長年連れ添ってきた夫婦のように感じてしまったのだ。

「ベルティーユ様、山県静馬の代わりにあの子を応援するんでしょ?でしたら下ではなく前を向いてください。
 多分、次か多くても二回で決める筈です」

 アンのちょっと不機嫌そうな声に、わずかに苦みの混じった笑みを返しながらベルティーユは頷き返し。
 すぐさま発言に違和感を覚え、前に向けかけた視線をアンの方へと投げかける。

「騎士じゃなくたって、いえ騎士じゃなくベグライターだからこそわかることです」
 
 ベルティーユの無言の問い掛けに、返事を返したのはアンではなくエマ。
 その答えにアンも同意を示すように無言でうなずきながら、軽く肘でエマを突いて言葉を続けるよう促す。

「あれだけ無茶な急加速をさせたなら、馬には予想以上の負担があります。
 リサはショックから立ち直っていないので気づけないでしょうが、乗っているあの子は、どこか故障でもしていないかと、とても不安なはずです」

 エマの指摘に、心臓が一度大きくなるのをベルティーユははっきりと感じた。
 フィオナの披露した技の、派手な部分に自分の目が引き寄せられ、その影となる本当にみるべきところを見逃していた。
 何より、冷静な視点でそれを見抜いたベグライターが、自分には二人もいるが。
 フィオナについているのは、ベグライターという役割ではあるものの、実際は槍を手渡すだけの役しかしない、学園に宛がわれた経験の浅い一年生。

 ベルティーユは、視線をすぐにフィオナへと向け直しながら、両の手を組み心の内で強く祈った。
 祈った内容は、フィオナの勝利でも、怪我をしないようにでもなく、事故が起きませんようにでもない。
 何かが起こったとしても、それはフィオナの決断による結果で、それをすり替えようとは思わない。

 フィオナが後悔をするような結果になりませんように。

 ただただそれだけを、麗しの乙女は義妹を見つめながら、心の底から祈るのだった。

 2016.04.10

第七十幕「お姫様は戦うに槍を用いず」

DR~少女竜騎士物語~


 第七十幕「お姫様は戦うに槍を用いず」

 鼻から息を吸い込み、口から細く息を吐きだす。
 絞り出すように深く、錐先のように細く、シャボンの玉に触れるように柔らかく。
 見た目をそのままに心をリセットしたフィオナは、心の中で天敵に悪態をぶつける。

 やっぱりそうだ、あの詐欺師めっ

 あの男のたった一言で・・・世界は一変してしまった。

 気付いてしまったのだ、自分が冷静になって相手のスキを見抜いたと思っていたが。
 なんのことはない、フィオナもまたリサに負けぬほど、緊張で身体に力が入りすぎていて。
 それが一本目、リサの怯えによる予想外な反応に槍の軌道を修正もできず、フェザーズフライで決めきれなかった原因なのだと。

 つまり、前回あった心の余裕が今のフィオナにはなく。
 本人が自覚していないことまでをも、来場直後のあのナンパ男は見抜き。
 試合中の騎士にかけるべきではない、非難や野次といったものに分類される言葉ではなく――しかしフィオナであれば決して聞き逃さない言葉をもって呼びかけ。

 きっちりフィオナに、心のリセットをさせてのけたという事実に。

 言い換えよう、フィオナの騎士は彼女のピンチに颯爽と現れ。
 姫である彼女を危機的状況からすんなりと救い出し
 のみならず、目の前にある障害を鎧袖一触討ち倒して

 フィオナの前に、道を開いてのけた。

 その手段に絶句させられ、思い出したくもないほどの羞恥心を煽られ。
 全くこれっぽっちも、フィオナに負い目や感謝の心を植え付けずに。
 誰が見ても聞いても、欠片も格好良くはなく、少しも颯爽としていない、胡散臭さを身に纏ったまま飄々と。

「そういうことするから、『たった一年なのに完璧を求めても良い』んじゃないかって勘違いするんでしょ、静馬先輩」

 幼い外見に似合わぬ深いため息を漏らしつつも、フィオナは自然にほほが緩んでくるのを自覚する。
 なによ、カッコいいじゃない・・・ちょっとだけ。
 小さく鼻を鳴らしながら、無理にも不機嫌そうな表情を作っても、頬の赤味は消える気配はなく、隠すように慌ててバイザーを下す。

 リサが何をしようが関係ない、私は私のジョストをする!・・・って、この前までの私ならばここで思ってた。

 でもそれじゃダメなんだ、ジョストは相手も槍を持ってる。

 相手のことを無視して、自分が全力を出せばいいなんて言うのは、全力でも正々堂々でもなくて、ただの甘え。
 自分はやるだけやったっていう、自己満足の言い訳にすらなっていない言い訳、自己欺瞞だ。
 相手の騎士が何をしようが、すべてを受け止めた上で、自分ができることをやり遂げる。

 私の憧れの人はそうした、私の騎士もそうしてやり遂げ、私を騎士としてこの場に立たせてくれた。

 置いてかれる訳には行かないのよ、私だけっ



 それはまるで、穏やかな春の陽差しのような疾風だった。



 開始の合図とともに、相棒である彼女の翼に掛けるべき声も出さず
 ただ静かに流れだしたフィオナの姿は、さながら遠乗りでもするようにゆったりと静かで
 一度は中断され他試合の再開に、観衆が固唾を飲んで見守っていた肩からこもり過ぎた力を抜き去り、唇からは安堵の吐息を漏れ出させる。



 瞬間、フィオナの姿が消えた。



 彼女の翼はフィオナからの何の合図もなしに、完全に彼女の要求を見抜き、完璧に彼女の要望を実現する。

 瞬時加速を幾重にも重ねた、一足ごとに速度を倍増しに、完全に想定外の遠距離からの一撃離脱。

 チェンジ・オブ・ペースだ、そうとしか言いようがなく。
 事実はまさに言葉のままであるし、定義的にもそう分類されるのは間違いない。
 だが目撃した観衆、審判、対峙したリサも、頷かずそう呼ぶことを拒絶するだろう。

 迫る槍先に焦りや恐怖を感じる事すらできず。
 リサには一体何が起きたのか、全く理解もできず。
 重く燻ぶる様な残響は長と居座り、遅れて我に返った観衆の眼が見たのは、地上に横たわるリサの姿。



 そして、根元近くまで砕けた槍を手に馬上で佇む、白い靄に包まれた少女騎士の姿だった。



「どうやらフィオナの勝ちのようだね」

 静馬の静かな声は、1ラウンド目をフィオナが取ったことを示す旗が上がるよりも先に流れる。
 ええ、とごく自然に返したのはベルティーユだけ、アンもエマもいや他の誰にも返事をするどころか、言葉を紡ぎだすような余裕はなかった。

 思考回路は、事実認識と原因認識の言葉で完全に渋滞しており。
 静馬が両目――片眼は二度と開くことはないだろう――を閉ざしたまま、ベルティーユの腿に頭をのせて身を横たえた状態で。
 旗どころかフィオナの姿すら見ていないという事実にも、頭に疑問が浮かぶ程の隙間もない。

「麗しの乙女に膝枕をされながら、女神の勝利に立ち会える。今日は私の人生最良の日かもしれない」

 いつも通りに飄々と気障ったらしい言葉を紡ぐ静馬に、見えぬと解っていながらもベルティーユは、柔らかな微笑みと慈しむような眼差しを向け、ゆったりと頷き返す。
 片目を失った静馬も、その事実を察しているベルティーユにも、表情に陰りはなく、空気に悲壮感が混じることはない。
 ベルティーユの細く繊細な指先が、静馬の額に張り付く髪をそっと弄い、小さく楽し気な笑い声を漏らす様に、ようやく周りが恥ずかしそうに頬を赤らめながら、知らず二人に固定していた視線を各々そらしていく。

「そんな日に、一体君はなんの用かな水野貴弘」

 眼を開けず身を起こそうともせず、学園屈指の美女に膝枕をされたまま、静馬は唯一視線をそらさず自分を睨み続ける相手へと声をかける。

「君がいるべきは此処ではなく、リサの所だと思うが?あれはただの落馬ではない」

「それを禁じたのは山県、お前とフィオナだ。
 そしてもう一つのほうも答えはノーだな、リサはこんなところで諦めない」

 まるで貴弘の言葉に応えるかのように、玲奈が美桜が茜がカイルが、立ち上がろうともがくリサへと激励の言葉を大声で投げかけるのが遠く聞こえる。
 静馬は己が言葉を貴弘に理解されない事に軽く肩をすくめ、やれやれと言わんばかりに首を振って見せた。
 ベルティーユがそっと静馬の頬に手を添えて、それ以上首を振るのを止めれば、当然ながら静馬は逆らうそぶりも見せずに黙って従う。

「それを、教えに来てくれたのかい」

 いや、そうじゃない・・・貴弘の俯き噛み殺した様な声は観声に溺れ、それでも静馬はそれを掬い上げる。

 貴弘は己の中で渦巻く感情と言葉を、完全に持て余していた。
 準備していた言うべき言葉も取るべき態度も、此処に来て静馬の姿を見た瞬間霧散し
 一体目の前の男に、如何ぶつければいいのかが、解らなくなってしまったのだ。

「私はカイルに、来年この大会を優勝するのはフィオナだと以前言った」

 黙り込む貴弘の代わりに、静馬は全く関係のないことを突然話だし、周囲で耳を欹てていた者達は、完全に虚を突かれた。
 取っ組み合いの喧嘩でも始まりそうな張り詰めた空気ではあるものの、対峙している内の片方が静馬という時点で、周りから様子を伺って居たもの達は、その選択肢だけはないと一種信頼していたが。
 口論、少なくとも一方的に片方が――いや、貴弘が静馬を――怒鳴りつけるのではないか、という位には悪い空気に身構えていた所に、突然の惚気としか言えない発言である。

 貴弘が真剣な顔で黙り込む程に、言いにくい言葉を伝えに来たのだ。
 それなのに黙って待ってやる所か、そんなふざけた態度をとるとは、と静馬に非難の眼を向ける者すらいる。
 だがそんな非難の視線も雰囲気もどこ吹く風、静馬は右目を開いて貴弘をまっすぐに見据えるや、口角を吊り上げて口を開いた。



「つまり、その決勝の相手に君がなってくれる・・・そういうことだろう?」



 誰も、静馬の声が耳に届いた誰にも、その言葉を理解できなかった。

 だが、ただ一人貴弘だけが、誤解なく紛れなく理解する。

 たった一言、静馬がそう告げただけで――

 静馬の騎士生命を、故意では無いと云えど断ち切っておきながら。
 静馬が槍を持たぬ事を、知らぬとは言え、自分を起因としたことであるにもかかわらず。
 謝罪するどころか、本人に向かってではなくとも否定的な言葉や態度を、臆面も無く表していた厚顔無恥を

 先の決闘によって、過去の試合が自身の敗北であったと眼前に突き付け。
 その上で敗者には何の価値もないという師の言葉を、師自身の態度で否定させ『無価値である自分』という言い訳のよりどころを奪い去ると同時に、誇りある敗者は無価値などではないと、清々しいほど鮮烈に、高らかに宣言され救われたココロと感謝の念

 もう二度と事実から目をそらさず、勝利も敗北も功も罪も賞も罰も、全てから逃げず受け止め立ち向かい背負う決意。
 最後のジョストだというのに、ジョストでの勝利を擲ち、嘲笑を受けることも受け流し、一人の少女騎士のために、最強の騎士を打ち破って見せた・・・
 そう皆に足りない理解をされ、それを否定しようともしない高潔さに、口惜しさと尊崇の念に焼かれる

 ――全てを、いつも通りの飄々とした態度でありながら、わかったと、赦され受け入れたのだ。

 男として負けたという思い
 違うんだっ、と大声で叫び皆に説明したい衝動
 だがそれを、止めはしないだろうが、目前の男が嫌がるであろうと理解しているからこそ
 貴弘は睨むような険しい表情のまま、掛ける言葉に迷い続ける。

 カイルが教えてくれなければ、今も気づけなかった。

 他の少女騎士や姫に・・・『女性』に助けられても、貴弘が救われることはないと静馬に言われ、カイルはベグライターの仕事を試合中に放棄してまで、貴弘のもとへと走り。
 目の前の現実から目を反らそうとする、貴弘の首根っこを掴まえるように前を向かせ。
 貴弘の眼に彼の師が敗北するさまを、刻み付けた。

 決闘の原因となった相手だというのに
 騎士生命を絶った憎むべき仇であるはずなのに
 過去の一点、静馬に負けたあの時に繋がれていた自分を、静馬は救い解き放ったのだ



 ユリアーヌスという、強大にして無比な竜に囚われた姫として。



 その静馬が、いま自分に向けて
 来年はフィオナと戦うのだろう?と・・・
 騎士として再び立つ事を、すなわち自分を騎士としてまだ見てくれた

「私がいまさら言うまでもないことだが・・・水野、君は天才騎士だ。
 だが、たかが天才騎士では、私の勝利の女神には勝てんよ。
 それは、この試合を見て居た君にもわかるのではないかな?」

 自然と古傷である故障した膝に目を向け、唇をかみしめる貴弘。
 静馬は、違うそうではないと首を振って見せ。
 当然ながらそれも、ベルティーユの柔らかな手によって阻止される。

「殿方同士のお話に、口を挟む様な真似をして申し訳ないですが。
 水野さん、貴方は私のことを『話していると疲れる馬鹿な女』と感じているでしょう?」

 唐突に投げ入れられたベルティーユの言葉に、不意を突かれた方は言葉を逸らす事も出来ず、思わず口ごもってしまう。
 それこそがまごう事なき肯定の現れで、アンとエマは貴弘の反応に剣呑な目を向けるが、問いかけたベルティーユ本人は、怒るでなく微笑んで見せた。

「怒ってなどおりません、だから否定の言葉を慌てて探さずとも良いのです。
 ただ私と貴方では、そうですねチャンネルが少し違い、私の言葉を真直ぐに受け止めがたく。
 貴方が受け止めようとすると、御自身の理解できる様に変換する手間が発生するということなのですから」

 アンとエマの二人が文句や非難を口にするより前に、ベルティーユ本人がさらりと笑い流してしまえば、さすがに二人は口を閉ざさざるを得ず。
 貴弘もまた、何か弁解や言い訳で取り繕う事も出来ない。
 そして、ベルティーユが一体何を言っているのかわからないという表情の貴弘に、ベルティーユの笑みが一層深まる。

「静馬さんは貴方を、侮っているのでも見下しているのでもなく、ただ純粋にフィオナを自慢しているだけですのよ?
 だから、そこは騎士として突っぱねて差し上げねば、可哀想というものです」

 キョトンとした表情でベルティーユを見つめる貴弘に向かい、では僭越ながら私がと断りを入れたかとおもうや、おもむろにベルティーユは高笑いをし。

「水野さん、貴方やリサではフィオナには勝てませんわよ。
 何しろフィオナの師匠は、貴方の師匠に勝った静馬さんですから!」

 皆が見守る中で、豊かな胸を見せつけるように背筋をピンと伸ばし、声高らかに宣言して見せた。

 一瞬あっけにとられたものの、ようやくベルティーユが何を言っているのか。
 突飛なその行動が、何をしているのかを理解し、貴弘もまた踵を揃え胸を張って、ベンチに座るベルティーユを真直ぐに見据える。

「俺は確かに錆び付いた騎士だ、でも一年後の大会で必ず優勝してみせる」

 ブランクも古傷も全てを乗り越えて、勝てる筈のない相手に勝利して見せた騎士がいるのだから。

 貴弘が胸のうちで付け加えた言葉が聞こえたかのように静馬は肩をすくめ、ベルティーユは華のように鮮やかに笑みこぼす。
 そんな三人の様子をジトーッとした目で見ていたアンが、大きくため息を一つ。

「ところでベルティーユ様は、来年その二人やフィオナには勝てるんですか?」

 リサには今年負けましたけど、と止めまで刺しに来るアン。
 流石にそれは如何に親しき仲であろうが、口にすべき言葉ではないと、エマに睨まれアンも思わず腰が引ける。
 しかし、二人の無言のやり取りは、当然ながら高笑いとともに一蹴される。

「当然ですわっ、スィーリア様の卒業した来年、私が美と武の二冠を引き継がず誰が引き継げるというのです」

 全く根拠も説明にもならぬ言葉ながら、一点の曇りもない笑顔で胸を張り、自信満々に言い切るベルティーユに、貴弘はもちろんのことアンとエマですら口を開け呆然と眺めるなか。
 ただ一人静馬だけが、当然だとばかりに一人頷き。

「ベルティーユ嬢は、やはり我が麗しの君で安心した」

「もちろん、そうでしてよ」

 ベルティーユの笑みが、大輪の薔薇のように艶やかさを増し。

「静馬さんは私とフィオナの騎士です、貴方が静馬さんを横取りなんて許しません。
 ですから貴方はお姫様から、貴方のお姫様を救う騎士にさっさと転職なさって、今すぐそちらに向かってくださいませ」

 妙に迫力のある笑顔で、そう貴弘に笑いかけ追い払った。

 2016.03.07



☆ ☆ ☆



 戦闘がなかなか進まないのは、悲恋姫の頃からの私の悪癖というか弱点です。
 解っていますが、直す気もあまりないので、ずっとこのままでしょう。
 魅力的なキャラが、魅力を発揮できずに埋もれていくのが、どうにももったいないような気がして。

第六十九幕「気障ナンパ男の詐欺師が、全て軟弱者という訳でもない」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十九幕「気障ナンパ男の詐欺師が、全て軟弱者という訳でもない」

「・・・なっ」

 さっと刷毛で掃いたように一瞬にして染まる頬。
 目の前の状況が現実ではないと、虚しく抵抗するように弱々しく振られる首。
 瞬時に思考を奪ってしまうほどに強い感情によって、絡め取られ固まる身体。
 驚愕か、はたまた怒りか、見開かれ固定される双眸。



 それはもうこれ以上はないくらいに完璧で、教科書に写真付きで載せたいくらいに見事な絶句。



 侯爵が想定外に会場に訪れた事により、試合の中断を余儀なくされ、苛立ちを募らせていたフィオナは、集中が途切れぬよう敢えて観客席へと視線を向けずに居た。
 それはユリアーヌストの決闘において、静馬が見せた騎士の背中、そこからフィオナが学んだ心構え。

 戦いの場において、目の前の相手以上に注目すべきものはない。
 たとえそれが、どんなに大切な相手でも。
 自分が守ろうとして、戦場に立ったその理由となる相手であろうとも、だ。

 しかし、その結果フィオナは、己の天敵とも言える男の存在を見逃し。
 大観衆の目の前で、あんな恥ずかしいことを大声で叫ばれるという、人生においてトップを争う様な黒歴史を押し付けられ、刻まれることになった事を考えると、あの時の言葉が今のために仕込まれた布石のように感じられる。

 かくして、集中は綺麗さっぱり霧散し

 暗く潜められていた眉は、怒りで跳ね上がり

 眇められていた双眸もまた、感情のままに吊り上がる

 俯け陰りを帯びた覚悟の表情は、鋭い風切り音を見たものに幻聴させる鋭さで、声の方へと振り上げられ。
 真っ赤に染まった顔の中エメラルドの瞳から、人を睨み殺せるのではないかと言うほど、殺気と羞恥を湛える視線が、静馬へ向けて放たれる。
 眦に浮かんだ小さな涙の粒を呼んだのが、悔しさの故か恥ずかしさの所為か、尋ねられるものなど居よう筈もない。

 ふ・・・ふっ・・・ふざけんなあぁっ!!

 アンタが相手見て、冷静になって、賢しげに振る舞えって教えたんでしょ!

 それがなに?今になって全否定して・・・その上、なんで全校生徒の前で告白まがいの事しやがってんの!?

 ギリギリと感情剥き出しで歯を食いしばり、力を込めて握りすぎた槍は細かに振える。
 だというのに睨まれた静馬はといえば、試合中の騎士の感情を揺らしたことに、申し訳無さそうな顔をしてみせるでなく。
 まるで『よろしい』とでも言うかのように、大きくフィオナに頷いて見せたのだから、フィオナとしては感情のぶつけ処も不満の行き場も完全に失ってしまう。

 こっちは今、天才少女騎士と戦ってる真っ最中よ!という声が聞こえてくるような、フィオナの噛み付かんばかりの表情に、軽く手の平を見せるようにしながら右手だけを上げ。
 皆の目が集まったその右手は、流れるように己が胸へと当てられ、流麗優雅な仕草で一礼を決める静馬。
 だというのに、その顔にはいつも通りの柔らかな笑み――フィオナ曰くのヘラヘラと締りのない笑い――を浮かべていたために、結果として視線に篭ったフィオナの殺気が一桁跳ね上がるという効果を齎した。

「アンタは黙ってみてなさい!私の槍がリサを打ち倒す所をっ」

 どうして何時もこうなんだろう、言っている最中にフィオナは落ち込みかかるココロをムリにも奮い立たせた。
 せめて静馬先輩の半分・・・いや、十分の一くらいで良いけど、厚顔無恥な態度が取れればよかったのに。
 でもまぁいいわ、戦場で私――少女騎士がやることは変わらない。
 槍で信念を貫き通して勝利を得る、ただそれだけだ。

 だから先輩は、ふんぞり返って見てなさいよ。

 戦わない騎士の価値を――

 否定して
 拒絶して
 侮辱した私が

 ――証明する所を。

「だから・・・」

 言いかかる言葉を、フィオナは唇を強く結んで閉じ込める。
 それでも漏れ出ようと暴れる言葉を抑えるように、握った左手で胸を抑え顔を俯けた。
 その先の言葉は、先ほどの敢えて言葉にしなかった決意のように、言うのが照れくさくて封じたのではない。
 


 此処に来て、一番近くに居て・・・なんて、今更言える訳ないじゃない。



 たとえどんな理由や想いが根底にあったとしても、静馬を侮辱し、傷つけ、拒否し続けてきたのだ。
 もし仮に、フィオナが望むままの言葉を口にしてしまえば、静馬は何ら以前のことに触れず。
 普段通りに全く似合わない、気障ったらしいことを言うかするかしながら、望みを叶えてしまうだろう。

 だからこそフィオナには、それだけは出来ない。

 此処は意地の張りどころで、誰に馬鹿にされても曲げてはいけないのだと。
 まるで過去のそれらを無かったかのように脇に置き、自分の希望だけを押し付けるなんて、恥知らずな真似はできない。
 だけじゃない、リサから腰抜二号を引き剥がした私が今、静馬先輩にそんなことをしてもらったら、それは私の負けってことだ。

 そんな無様な負け方は絶対に嫌だ。
 ベルティーユ先輩のように、胸を張って自分を通して負けるか
 静馬先輩みたいに、無様に笑われようが勝つか、どっちかだ!



 バイザーを閉ざしながら、フィオナのエメラルドの瞳が、誰にも知られること無く勝ち気に輝く。



 ☆ ☆ ☆



「我が麗しのベルティーユ嬢、フィオナの応援をお願いしても?」

 肩をすくめながら、如何にも軽い調子での静馬の問いかけは、少し寂しくなった周囲を慮ってという意味も有ったろうか。
 スィーリアは静馬に忠告された言葉のままに、既に自らにあてられた控室へとその身を移し。
 ミレイユはといえば、僅かに逡巡はしたものの、周りの浮足立った様子から、父の言葉の正当性を認め素直に頷いてこの場を辞している。

 今や学園で一番の嫌われ者と言っても過言ではないフィオナ、そのもともと少ない応援者が二人も減り。
 その一人であったスィーリアの肩書、学生会会長という名の重石が取り去られた今、フィオナの応援者は口さがない者達の陰口を遍く受けることになる。
 故に静馬が態々そう口にしたのだ、ということはアンとエマの二人にも分かった。

 態々、静馬に言われるまでもなく、ベルティーユはフィオナを応援する。
 だというのに静馬がそう口にしたのは、他者の陰口に対し『頼まれて応援した』という傘を、ベルティーユに広げて差し出したということ。

 言うまでもないことだが、ベルティーユの傘に弾かれた飛沫は、傘を持たずに隣にいる静馬へ跳ね。
 彼自身はずぶ濡れになるのだということを、静馬本人も三人の少女達もわからぬ程に愚かではない。
 故に、アンとエマも、静馬に向ける表情は物言いたげで、視線は苦々しげだが口を挟むことはなかった。

「勿論ですわ、と言いたいところですが、一つだけ条件があります」

 花開いた大輪の薔薇のように、鮮やかで艶やかな笑みをもって迎えるベルティーユ。
 彼女は一部を除くウィンフォードの学生が思い込んでいるような、気位が高くそのくせ簡単に誤魔化される類の、頭のゆるい女性ではない。
 静馬を『誠実な詐欺師』と評したのは、誰あろうベルティーユである。
 
「それが私に叶えられる事なら何なりと」

 常変わらぬ静馬の全く似合わない、気障ったらしい口ぶりに嘲笑うこと無く。
 小さく同意の印に頷いて見せながら、澄み切ったサファイアの瞳が、ほんの短い間彼女の親友二人へと向けられる。
 それは二人が止めぬことを確認したのか、二人を巻き込んでしまうことへの懸念か。

 しかし目配せとも言えない、ただベルティーユに視線を向けられただけのアンとエマの二人は、示しを合わせたように揃ってに顔を顰め、実に不本意そうな表情を浮かべながらも、座っていたベルティーユの横から、先ほどまでスィーリアの座っていた側へと席をずれた。
 そんな二人に対し、ベルティーユの微笑みは輝きをいや増しに増し、淑やかで優美なその表情は、周囲でその場のやりとりを盗み見ていた学生たちを、あっさりと魅了してのける。

「ここに頭を置いてくださるのなら」

 そう言って見上げた静馬に、小首を傾げるように笑いかけるベルティーユが示したのは、彼女の太腿の上。
 所謂、膝枕をさせろとベルティーユに言われ、流石の静馬もどうするのだろうと、アンとエマがベルティーユの影から伺っている。

 ベルティーユは全く彼女らしいやり方で、静馬の気遣いを相手の面子を潰すこと無く、実に優雅に自分には必要ないと示してのけたのだ。
 自分からベルティーユの傘となることを望んだ以上、その申し出を静馬が受けることは有り得ない。
 ましてや構造上、座席に横になってしまえば、前席の観客の姿が邪魔で試合を見ることは出来ない為、フィオナを応援できなくなる。

 すべての要因が、静馬がそれを受けないと言っているのに、アンとエマには断言できぬ理由が一つ有った。

 ベルティーユという学園屈指の美女によるこんな誘いを、静馬が断る姿も想像できないのだ。
 その上このやりとりには、ベルティーユから自分とフィオナのどちらを取るのか、という追求あるいは告白に類する代物としての側面もあると、アンとエマ――ベルティーユの親友二人はフクザツな心境を胸に抱きながら、ともかく事態の推移を黙って見守った。

「私は確かにフィオナの騎士ですが、貴女の騎士でもありたいと思っています」

 やや困ったように微笑みながら、答えた静馬の言葉にアンとエマの目つきが剣呑なものへと変わっていく。
 ベルティーユにこうまで迫られておきながら、それでも躱そうと言い訳じみた言葉を重ねた静馬の態度に、ベルティーユが流石に居た堪れなく感じてしまったのだ。
 言うまでもないことながら、彼女達二人にとってベルティーユは大親友で、同時に最高の美女なのである。

 アンタ、ベルティーユ様を選ばなかったらただじゃ置かないわよ。
 
 山県静馬ごときがベルティーユ様に、近づこうなどと思いあがってなど居ないでしょうね。

 相反する想い、と言うよりは怨念に近い視線を正面に受けながらも、静馬はやはり全く似合わない気障な仕草で一つ肩を竦めるだけでそれを受け流す。
 それでも視線だけは、ベルティーユから外すような事はせず、さてどうしたものかなと小さくため息を一つ。
 静馬の様子から、自分の背後にいる二人の様子を悟ったベルティーユは、先ほどまでの優美な微笑みとは違う、どこか子供っぽいイタズラな笑みを小さく浮かべ。

「貴方は今回頑張りすぎました、ですのでこれは私からの罰ですの静馬さん」

 悪戯な笑顔で笑いかけながらも、ベルティーユの目は笑っていない。
 それは真剣で、言い訳も拒否も決して許しはしないと、強く強く静馬に語りかけ諭してくる。
 無言のまま笑顔を向けあい、見つめ合っていた静馬とベルティーユであったが、参りました、の一言を最後に、黙ってベルティーユに言われるがままその身を観客席に横たえ、頭を乙女の太腿へと預ける静馬。
 やっかみの視線と黄色い悲鳴を、男女からそれぞれ受けながら、飄々とそのどちらも躱し、受け止めるどころか触れさせる気配すらないあたりは、もはや諦めとともに流石としか言い様がない。
 
「右目も閉じてしまったほうがよろしいですわ、そのまま眠ってしまっても構いません」

 ざわめき立つ周囲の視線にも、渦中の二人は全く動じた風もなく、まるで普段のお茶会と何ら変わらない態度のまま語りかけるベルティーユ。
 流石に周りからの視線と、羞恥心の限界を迎えたアンとエマの二人が、今こそ静馬に食って掛かろうと口を開けた瞬間、滑りこんできたベルティーユの、どこか呆れたような微笑まし気な声に、二人は再び沈黙を強いられる。

「まっすぐ立っていることすら今は辛いでしょうに。ミレイユ様の前では我慢なさっても、私の前では無理などなさらないでください」

 何時ものベルティーユらしからぬ、拗ねたような少し怒った声色と口調。
 なにより常に男性である静馬を立て、直接的な指摘を避けた来たベルティーユが、こうまで直線的な非難をした事の意味を汲めぬ静馬であるはずもなく、静馬が解ることをアンとエマが悟れぬはずもない。
 周囲の学生からの視線や好奇の言葉など、この二人が最初から気にしては居なかったのだと。

 そんな些細な事柄や、自分達が勘違いしていた恋愛感情などという代物ではなく
 静馬がベルティーユを頼ったのは、自身の体調への懸念によるところが大きく。
 静馬の体調不良もその原因も、ベルティーユは最初っから見抜いていた。

 普段二人が、微笑みと言葉の影で優雅にやりとりをしている事は、アンとエマもはっきりとではないにしろ気がついていた。
 今日見た静馬の態度は、相変わらずの気障ナンパ野郎そのもので普段通りの軽薄さ、二人にはそう見えた。
 否・・・静馬が見せようとした、そうとしか見えなかった。

 いや、二人だけではない。
 グレイトフルもミレイユも、スィーリアですら、静馬の仕草と口調に騙されたのだ。
 しかし、唯一人ベルティーユだけが、虚像に騙されずいた。

 静馬が『誠実な詐欺師』であることを、ベルティーユだけが忘れなかったと言い直してもいい。
 『貴女の前でも情けない姿を見せたくはない』という静馬の抵抗すらも、友人として頼れと強要するのではなく、心配させたことへのペナルティーだとベルティーユは切り返し
 私怒っていますのよ?と最後に付け加えられてしまえば、もうそれ以上はどうにも足掻きようがなく、静馬も降伏せざるを得ない。

「貴女がおおらかな方で安堵しています、でなければ一体何人の男が貴女の虜になっていたことか」

 それだけ告げると静馬の全身から無駄な力が抜け、右目が静かに閉ざされる。

「私の騎士でも居てくれるというのなら、姫として厳命いたします。麻酔の抜け切らない様な手術直後の体で、無理を押して心配させるようなことは、これ以降なさらないで」

 静馬の冗談にも付き合わず、静かに諭すよう訴えかけるベルティーユに、寝転ばった格好のまま右手を胸に当て。
 目をつぶったままの静馬は、それでもかすかに笑みを浮かべながら。
 周りでチラチラと様子をうかがい、耳をそばだてている女生徒達を、一瞬で炙りだしてみせた。

「我が姫の御心のままに」

 よろしい、と子供のような笑みで頷いてみせたベルティーユの、陽光に透ける波打つ金糸の髪に頬をくすぐられる静馬の耳に届いた再開された試合開始の合図は、何処か遠く何時もより柔らかく聞こえた。

 2016.02.16

第六十八幕「捻くれ者と正直者」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十八幕「捻くれ者と正直者」

 完全な静止状態から、合図とともに弾丸のように飛び出す。

 試合開始後一秒と必要せず、見守る観衆全員に天才という言葉がどういう意味を持つものだったかを、リサは思い出させた。
 静から動へと一瞬で切り替わったにも関わらず、その移行は水が流れるように自然で、駆け抜ける速さは大気を焦がす矢の軌跡のように鋭い。

 それをさも当然のごとく両立させてしまうことが、どれ程困難で有り得ない業であるのかは、直接的には携わらぬ一般科の学生ですらも容易に感じ取れた。
 ましてや、常に騎士の動きに目を配り、パートナーのあるいは対戦相手のそこに瑕がないかと、それこそ何も見逃すまいと目を光らせているベグライター科の生徒はもちろんのこと
 日々馬に乗り技量を磨き続ける騎士科の生徒であれば、見惚れつつも臍を噛む思いで胸の内を煮えたぎらせるに十分な――品のない例えをあえてするのであれば――それだけで金を取れるほどの代物であった。

 新入生の身でありながらベルティーユ・アルチュセール、龍造寺茜という優勝候補を打ち破って準決勝に駒を進めた彼女に向かい、『運良く』などという言葉を観衆の口の中に押し戻す。
 リサはそれを、『たった一動作で』成し遂げてしまったと言い換えてもいい。
 感心とその才に対する憧れ、そして嫉妬の乗ったため息が、会場中から呆と流れだす。

 切り崩されていく二人の少女騎士の間に立ちはだかる距離、それが瞬く間にゼロへと落ち進んでいく中で、槍が交わされる予測位置が、二人の丁度中間であることに気付けたものは居ない。

 誰もがリサの動きに注目し魅了されていた、フィオナを応援していたスィーリアやベルティーユですら目を奪われ、完全にフィオナの初動を見逃していたのだから。
 やや有って我に返り視線を上げた二人が、丁度中間地点でフィオナとリサが激突すると見て取った瞬間、今にも舌打ちでもしそうな、貴族令嬢とは思えぬ程に苦い表情を隠しきれず浮かばせたのを、気配からミレイユは感じ取り遅れて悟る。

 中間地点で二人がぶつかるということは、一体どういうことなのかを。

 結論から言えば、残念ながらミレイユ達のそれは誤解であった。
 フィオナの初動は見事なものでは有った、だがリサの――天才のそれには及ばない。
 では何故リサが先んじた筈の一歩を、フィオナが詰め、追いつき並べたのか。

 原因は開始前にフィオナが見抜いた、リサの攻め気故。

 リサの踏み切りの一歩目は完璧だった。
 まさに天与の才能が故になし得たそれは、一種芸術の域にまで達すると言わざるをえない程に。
 ただ・・・余りに完璧過ぎた。

 ありとあらゆるファクターに於いて、リサが完璧であったのなら、それは何も問題ない。
 しかし、在りし日に静馬がミレイユに説明したように
 そして、今まさにフィオナが見抜いたように
 
 その天与の才が有るのは、不安定な思春期の少女のココロという土台の上。

 焦燥から胴を創ることを疎かにしたリサが、崩れた肉体と精神のバランスを立て直すのに、その天才が生み出した一歩分の優位という、絶対的で貴重なアドバンテージを吐き出したということだ。
 結果、両者ともに踏破した距離は同じ。
 だというのに、両者の内心では大きな差ができていた。

 そんな不安そうな目で。
 今にも泣き出しそうな、追い詰められた顔して。
 気ばかり焦って力み過ぎた体で。



 戦えると思ってるのリサ?



 交差の瞬間がせまり、空気は硬質化し時の進みが遅くなる。
 二人の制空圏はほぼ同じ、何方が先に仕掛けるか、フェイントか?届くのか?
 心理の綱引きが一気に最高潮に達する瞬間、観衆の集中も同様に高まり、誰もが息を呑んで見守る。

「っつぇあああぁっ」

 少女騎士達のジョストで、普通聞こえる華やかさとはおよそ正反対の、腹の底から搾り出された唸り声のような低い気合とともに、先手を取ったのはフィオナ。
 槍は大気を焼き焦がすような鋭さをもって、一直線に疾走る。
 瞬間、ギクリと体をこわばらせたリサの手が無意識に手綱を引き、呼応して馬脚が緩む。

 それが結果的にリサを救った。

 経験に裏打ちされた感覚により繰り出されたフィオナの槍は、未来予想地点へ向けられており、リサのヘルムに飾った羽飾りを掠めたものの揺らすにとどまる。
 完全に決まったものと確信していたフィオナは、一瞬茫然としたものの、短く舌打ちをしつつもすぐさま立て直し、反撃に繰り出されたリサの槍を身を捻って躱すも、いつもの鋭さに欠けたリサの震える槍先が運悪く微かに腕を掠めた。
 審判は勿論それを見逃さず、結果だけを見ればリサがフィオナのフェザーズフライを躱し、反撃を決めたという事実だけが残る。

 実況の東雲嬢は当然だが一般科の生徒であるため、出た結果を大仰に捲し立て、煽られた観衆は天才の復活に大いに沸き立った。

 が、二人の少女騎士達は、観衆達の熱狂と酷く温度差のある空気を間に挟んで、自陣へと向かいすれ違う中、短く言葉をかわす。

「何がカウンターよ、単にリサが臆病風に吹かれて竦んだだけでしょ」

 バイザーを跳ね上げたフィオナは、鼻で笑いながらリサに蔑んだ笑いを向けた。

 確かにフィオナの顔に浮かんだ表情は笑いと言える、だが眼だけが笑っておらず。
 そこに浮かんでいる感情は、軽蔑と怒り。

「あぁーあ、もう見てらんない。
 そんなみっともない姿晒すなら、騎士止めなよリサ……迷惑だし、不愉快」

 心を抉るような辛辣な物言いが、何の感情から押し上げられたのかを、フィオナは自覚していない。
 もし此処に彼女が最も嫌悪し、でありながら最も信じる男が居なかったのは、フィオナの不幸だったのか、救いだったのか。
 件の男がその言葉を聞いたのなら、間違いなくこう言うであろうから。

 『ジョストの最中だというのに、相手の騎士に愛のを囁くものではないよフィオナ』と



 ☆ ☆ ☆



 意味ありげな視線を隣のスィーリアから感じ、ゆったりとした微笑みを向ける。
 その眦に僅かに苦味が混じって見えるのは、スィーリアからの視線に僅かに誂いの色とともに、賞賛の気持ちが滲んでいるからだ。
 ベルティーユの笑みに混じった感情は苦味ではなく、彼女にしては本当に珍しいことながら、照れであった。
 証拠に彼女の親友を自認する二人はといえば、それを見て驚きに目を丸くしている。

「流石はベルティーユ、どうやら私の負けようだな」

 そんなことはありませんっ、などとベルティーユは言わなかった。
 気品と誇りを胸に背筋を伸ばし、ただ穏やかに艶然と微笑みを湛えながら、学園最強騎士にして公爵家令嬢に柔らかく微笑み返すだけ。
 自ら負けを認めた相手に、殊更自分の勝利をひけらかす下品を厭いながらも、自らのの勝利に胸を張ることによって、敗れた相手をも護ってみせる。
 ベルティーユ・アルチュセールという少女の在りように、スィーリアはただ細く笑みとともに息を吐きだし……故に、そこに言葉が更に投げかけられ、その内容を一瞬理解できずに、しばし無言で相手を見つめ返した。

「私は、スィーリア様に負けぬほどに気高く有るつもりです。
 庭園に咲く薔薇と夜空に輝く星、その美しさを比べてどちらが上かを競うなど、無粋というものですわ」

 なるほど、これはレッドが『麗しの』などと絶賛する訳だ。

 胸の内で知らず呟く自分の言葉に、スィーリアは真実敗北を実感し、噛みしめる。

「「周りに美女が多いほど、人生は幸福で鮮やかに彩られることだし」と山県静馬なら……」

 アンの混ぜっ返す言葉は、綺麗に背後から掛けられた男の声に重なり、声の主を全員が振り返る。

「流石はアン、これ程の理解者を得た私は幸せものだ」

 いつもの調子で軽く肩を竦めてみせる飄々とした態度も
 相変わらずの気障ったらしいとも感じる言い回しも
 そのどちらもが凡庸な見た目に全く似合っていないのも

 実に普段通りの静馬だが、振り返った全員の目から笑いが流れ落ち、ミレイユに至っては顔から血の気までもが抜け落ちる。

「……騎士シズマ様」

 呼びかけ、そこで言葉をつまらせてしまう程ショックを受けたミレイユの様子に、車椅子の直ぐ側までゆったりと歩み寄り、右手を胸に当てながら片膝をついて目線を合わせる。
 そのままほっそりとした小さな手を取り、指先に軽く唇を触れさせた静馬は、優しい笑みを目に浮かべつつ真っ直ぐにミレイユを見つめた。

「誓いを果たしに参りました、ミレイユ姫。
 貴女にまだ騎士と呼ばれたことが、どれ程喜ばしく誇らしいと感じているか。
 それをお伝えできぬ我が身の非才をお許し下さい」

「いいえ、いいえっ貴方ほどの騎士は居ません。
 シズマ様に姫と扱ってもらえる私こそ、それがどれ程誇らしいか」

 潤んだ瞳で、そっと握られていない手を静馬の頬へと差し伸べ、細く白い指先が頬に届く寸前、やけに大きく響いた咳払いで我に返り、火傷でもしたようにミレイユは手を引っ込めた。

「これは失礼、今日はミレイユ姫に私の友人を紹介したく参上しました」

 静馬がそっと誘導する手の先に視線を向け、今度はミレイユのみならず、全員が一瞬にして顔から血の気が抜ける。
 慌てて立ち上がりかけるスィーリアとベルティーユのすがたに、アンとエマも今がどういう状態かを悟り腰を浮かせかけるのに、皆の目が向けられている人物は鷹揚に、白手袋に包まれた手の平でその必要はないと示してのけた。

「お父様!?これは一体……」

 二人の男の間を、何度も視線を走らせるミレイユに、静馬は楽しそうに笑みを浮かべたが、もう一人の男・アスコット卿グレイトフルは、相変わらずの仏頂面のままわずかに眉をしかめてみせる。
 ミレイユが驚愕するのも当然、ミレイユとノエル姉妹がジョストに関わることを、グレイトフルは親の仇でもあるかのように嫌い、不快感を露わにしてきたのだ。
 それが、こうして準決勝の第二試合――決勝でノエルが戦う相手が決まる試合に、姿を表したのだから。

「どう言うもこう言うもない、この男が……」

 意味ありげな右目だけの視線を静馬に向けられ、アスコット卿が殊更苦々しげな表情を浮かべ、悔しそうに咳払いを一つ。

「シズマが勝負で得た権利を、ゴリ押ししてきたのだ」

 苦虫を噛み潰したようなグレイトフルの表情に、静馬という人物をよく理解している二人の貴族令嬢は、直ぐにもどういうことか思い至り。
 『ご愁傷さまです』『お気の毒様です』と、慰めの言葉を苦笑いの表情で口にする。

「権利など私はゴリ推していませんよ。こうして静馬、グレイトフルと名で呼び合える間柄で、ただお願いをしただけ違いますか?」

 侯爵家現当主を前に、常変わらぬ飄々とした口調のまま、あまつさえ名を呼び捨てにしてのけた静馬に、声の聞こえる範囲の全員が真っ青になったものの、貴族令嬢の二人はついには耐え切れずに吹き出した。

「あぁレッドだ、まったくもってお前は、何処までいっても何があってもレッドのままだ。
 左眼を犠牲に、フィオナを救った……だけではなかったのだな」

「その言い方は、少々雅さに欠けるというものだよスィーリア嬢」

 ガーゼを抑える眼帯で、隠されていない方の目だけを向けられ、ベルティーユが頷いて賛同しながら華のように微笑んだ。

「天使のような少女が、二人の男性の友情を繋ぐ橋渡しとなったのですわ」

 その一言で、ベルティーユは『本当に正確に』理解していることを示し、静馬はといえば軽く肩をすくめるだけ。

 ミレイユが貴族令嬢でありながら、供も連れずにお忍びで出歩き、その後ノエルとの会話から侯爵家の内情を静馬が読み取ったことも。
 ユリアーヌスとの決闘で、静馬が抜け目なくグレイトフルに勝負を仕掛けたことも。
 その勝負によって、静馬がグレイトフルに求めたのが、『ノエルがジョストをする自由』ではなく、『私を貴方の友人にして欲しい』などという、喫驚な言葉であったことも。

 全てわかっておりますのよ、静馬さん?

 ベルティーユは言葉では何も言わず、大輪の薔薇のような笑みを艶やかに向けるだけ。

「我が麗しのベルティーユ嬢は、明日もそんなに麗しいのですか?」

「そんなことはありません。今日のままでしたら、貴方に置いて行かれてしまいますもの」

 普段よりどこか子供っぽい表情のベルティーユの笑顔を見て、アンとエマも妙な表情を顔に浮かべつつも、二人の会話に口を挟むことはない。
 わかっているのだ、そんな顔をベルティーユから引き出してのけるのは、この眼の前に居る気障ったらしくしか聞こえない言葉を吐き、軽薄にしか見えない態度を常に取り続ける男だけで。
 そのことで嫉妬に駆られ八つ当たりをしようと、山県静馬は難なくそれをかわしてのけるのだと。

「ミレイユ、私が此処にいては学生が落ち着いて試合を見ることが出来ん。
 共に応援するのなら、しかるべき場所へ収まるべきだろう」

 二人の代わりに、非常にげんなりした表情を浮かべたグレイトフルが、止まってしまっている試合を気にかけ、ミレイユに貴賓席への移動を促す。
 グレイトフルの言には一理も二理もある。
 例えば静馬であれば、全く普段と変わらぬ態度で居るのは想像に難くはなく、事実今もそうであるが。
 一般のそれも学生が侯爵家当主の直ぐ横にいれば、野次は元より大声の歓声ですら躊躇われるのだ。

「スィーリア嬢もそろそろ準備に向かうべきではないかな。
 決勝後にインターバルが有るとはいえ、そこで慌てて鎧を着込んで、勝てる相手で無いだろうね」

 挑戦者がフィオナとノエルのどちらになるとしても、去年のような余裕はない。
 静馬はフィオナを騎士として鍛え上げ、そのフィオナは今まさにリサを相手取り、完全に優位に立っているのだ。
 静馬に言外でそう言われたと悟り、スィーリアは以前感じた事実を思い出し、強烈に痛感させられる。

 静馬は本気で私を倒しに来ている、倒せるだけの騎士にフィオナを鍛えあげて。

 故に強張ったスィーリアの耳に届いた
 静馬の続く言葉は
 スィーリアのココロを、一瞬にして空白へと染め上げる

「あのフィオナ相手なら、貴女に負けはないよスィーリア嬢。
 型に押し込められ感情を抑制し、冷静な計算によって勝利に邁進する……全くもってフィオナらしくない。
 故にスィーリア嬢、そしてミレイユ姫及びグレイトフル氏には申し訳ないが、我が女神に真なる姿を取り戻してもらう。
 何しろ私は、彼女の騎士なので」

 そう言って立ち上がった静馬は、皆が何をするのかと黙って見守る中

 

「フィオナ姫、我が勝利の女神である貴女は、そんなにも愛らしいのだから、その上賢しさは必要ない」



 胸を張り堂々と大声で、自身の女神へと実に楽しそうに、笑って見せた。

 2016.01.31

第六十七幕「踏み込む理性と抱擁する感情」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十七幕「踏み込む理性と抱擁する感情」

 互いの視線で切り結び、火花を上げた二人の少女騎士達だったが

 まるで申し合わせたかのように、同時にふいっと顔を背け合い視線を逸らした。
 
 そのまま、やはり互いに一瞥もせず、二人共に学園によって充てがわれたベグライターが待つ、自陣営へと馬を進める。
 リサの厳しいい表情が、フィオナの細めた眼の奥にすわる瞳が、静かに物語っている。



 視線の斬り合いなんかで、決着なんて付けてやるもんか、と。



 なんとしても勝ちたい、いやフィオナには――今のフィオナにだけは、絶対に負けたくない。
 リサの表情は、噛み締めた奥歯にこもる力と覚悟により、厳しくこわばり

 勝たねばならぬ戦い、敗けてはならぬ闘い――ちがうっ、この一戦は死んでも負ける訳にはいかないんだ。
 フィオナの瞳には、決死の誓と決意の炎が燃え盛っていた。

 観衆の心情は半々といったところ。
 友達だと思っていた相手に裏切られた、リサに同情的で応援するものと
 盗んだ技とはいえ、それをもって天才少女騎士に二度も勝利をおさめた、フィオナが勝利するだろうと黙って見守るもの。

 『皆が技も戦術も、リサのコピーだと非難している』

 以前フィオナによって投げかけられた言葉。
 その時の彼女の声も目も、知っているのは静馬一人であり。
 皆と同様に私を非難すればいいじゃないっ、と食って掛かるように言われながら
 極当り前に『皆と一緒』を拒否し、フィオナの言葉を否定できるのも、静馬一人だろう。

 もし仮に、あの時静馬がフィオナを諭し否定した言葉を、公の場で皆が聞いたとしても、大衆の心情はフィオナには傾かないであろう。
 静馬の言葉に踏みとどまり、改めて考える者は極わずかで、静馬の言葉は『静馬の』言葉であるがゆえに、真剣になど受け止められないからだ。
 それでも、少なくともフィオナを否定する声は今少し減ってはいたはずだが、それとてフィオナにとってはどうでもいい。

 何故なら、それは現実に起こりえなかった仮定の話。

 ――と言う事ではなく、フィオナがそれを望まず、そもそも其処に価値を見出していない。
 今更周りの有象無象に、理解してもらいたいだの、認めてもらおうだのと、フィオナは思ってなどおらず。
 なにより応援も非難も、二人の少女騎士にはもはや耳に届かぬ、雑音でしか無いのだから。

 二人の背負う圧に挟まれた空気は押し潰され、次第に会場中から声を、音を駆逐していく。

 昨日の静馬の決闘でも、雑音は押しのけられた。
 だが、今日の静まり方と昨日のソレとでは、訳も質も大きく異る。
 ある意味においては、正反対の現象により、同じ結果へと行き着いただけ。
 其処に類似性を求める類のものでもないし、求める意味も又ない。

 研ぎ澄まされ過ぎ、張り詰めたような昨日とは違い、伸し掛かり押し潰そうとして来る今日の空気の重さ。
 それで互いに相手を押しつぶそうとしている、二人の少女騎士達だけが心地良いと嘯いて見せる。
 
「槍を」

 フィオナは、思ったよりも低くなった自分の声に驚きながらも、そう促すことによって動きを止めていたベグライター役の少女に自分の仕事を思い出させ。
 槍を受け取って、開始位置へと馬足を進めて目を閉じる。
 雑音に続き視覚からも周囲を切り離すことで、不思議と怒りに青く燃えるココロは、ゆらめきを止めた。

 むしろフィオナ本人が疑問に思えるほどに、落ち着きリラックスできていて。
 試合直前なのだからもう少し緊張しなくていいのかと、少々自分の現状に呆れつつ、その原因もフィオナにはわかっていた。
 この会場の何処かで見ているだろう相手へ、試合前の今は探すつもりも気にする気もないが、フィオナは小さく舌打ちをしてみせる。

 きっちりかたきを討ってから、真正面から感謝の言葉叩きつけてやるわよベルティーユ先輩?

 だから、その為にも絶対負けない、敗けないためにも今は他のことに目を向けない。

 静馬先輩は私が勝つって言ったけどリサは天才だ、油断なんか出来ないし、綺麗になんか勝てるはずがない。



 だってリサを『そうした』のは私なんだから。



勝手に憧れて、リサに天才少女騎士になってもらったのだ
 今まで楽勝だった相手にも負ける、そんなスランプ地獄の泥沼に蹴り落とし。
 聞けば何でも答えてくれて、挫けそうになれば励ましてくれる、そんな相手と引き剥がして。

 今までのジョストで、リサが感覚で流していた部分を、悩んで考えて計算して動く様に……無理矢理に。

 だから謝らないし、許してもらえなくってもいい。

 私がリサのために用意できる、最後の一つは、倒すべき敵だけ。
 
 ここでリサが私に勝って自信を取り戻せば、リサの槍はスィーリア先輩に届くのかもしれない
 そうなれば、我が身を踏み台にしてリサを成長させた、なんて綺麗でいいお話で終わるかもしれない……
 でも、踏み台なんてまっぴらゴメンだし、態と負けるなんて死んでも出来ない。

 お涙頂戴の称賛も、周りの理解も誤解も要らない。

 石に噛じりついてでも、泥を這いずってでも、無様でみっともなくともっ

 『乗り越えるべき天才少女騎士』――リサを倒して、私が勝つ!

 眇めた眼の奥に鎮座するエメラルドの瞳は、リサの姿を完全にとらえ。
 躍起になって、視線をその全身の細部に至るまで鋭く駆け巡らせる。
 静馬が今までフィオナにしてみせ、フィオナが吸収したこと、その最初の一つ

 ほんの些細な違和感を、決して見逃さ無いこと。

 躓く前に、まるでそこで躓くのが判っていたかのように、静馬は誰に対しても庇うように動いてみせた。
 それどころか、相手が立ち止まることにも事前に察知し、まるで当り前のように対応してのけたのだ。
 動作に対しては、仕草や体重移動という部分に注意して見れば、察せられるかもしれない。

 だが静馬のアンテナは、言葉の端々にすら向けられ。
 常に情報を収集し、分析し続けていた。
 フィオナが仕組み、動かした状況の根拠は、静馬が口にしたリサへの評価。

 『感覚的に戦うのではなく、論理的に正解を導き出す時間と指標が必要なタイプ』という言葉。
 
 フィオナはそれを根拠として、そうなるべく動いた。
 故に、静馬にはフィオナの狙いは隠し果せることは出来ない。
 そして静馬は、フィオナの行動を止めなかった。
 つまりは、そういうことなのだ。
 
 私が今、同じことを不特定多数に出来るなんて言わない

 でも、特定の個人になら、ずっと見続けてきた……リサにだけなら

 出来ないなんて、泣き言は言っていいはずがない。

 若干下がった左肩は、怒りで力がこもっている、手綱捌きにラグがわずかでも出る可能性。
 唇を噛み締めた表情と眇められた眼、それからやや前のめりの体勢は、攻撃性が何時もより強くでてる。
 体勢が全体的に前傾しているせいで、お腹に力が入っていない、飛び出しで体制を崩してもたつく?
 
 よし、取り敢えずは様子見

 ……なんてしないっ、最初から取りに行くっ



 * * *



「随分と、その、あからさまな攻め気ですね」

 ミレイユがわずかに言いよどみながらも、両隣に座るグラマラスな美女二人へ、控えめに意見を求める。
 自身が騎士でないとは言え、ジョストの好きさ加減ではそこらの騎士に劣らないだけあり
 バイザーに隠れ表情が見えないというのに、フィオナが腹をくくって最初から仕掛け様としている事を、ミレイユは看破してのけた。

「ああ、それは師匠が悪い。
 そういうものを相手に見せるなと教えず、甘やかし放題で褒めた結果だ」

 額に手を当てわずかに俯けたスィーリア、声も言葉もあきれ果てているのだが、その表情は苦笑い。
 なにしろスィーリアはその『師匠』に、直接止められたのだ。
 フィオナの魅力を損なうから、そういうアドバイスをしないようにと。

「だが……」
「ええ、完全に呑んでますわね」

 スィーリアの言葉を受けてベルティーユが応える。
 呑んでる?と、ベルティーユの言葉についていけないミレイユが、眉をしかめてみせるのを、ベルティーユが華のような微笑みをもって受け止めた。
 「場の空気をですか?それとも相手を?」と問い掛けるミレイユの言葉に、ベルティーユはゆったりと首を振り、優しい微笑みの中、澄み切ったサファイアの瞳だけが深い色を見せる。

「いいえ、覚悟の槍をですわ」

 その説明だけではまだ良くわからない、ミレイユの表情が雄弁にそう訴えるのを、ベルティーユが無視するはずもなく。
 だが僅かに頬を染め、どこか照れたように小さく笑みを零し、言葉にしづらそうな顔をする。

「感覚的なもの、ということでしょうか?」

 ミレイユに純粋無垢な瞳を向けられ、ベルティーユが更に困ったような顔になっていくのを、スィーリアが笑いながら助け舟をだした。

「いやそうではなく、いまフィオナがやっているのが、フィオナからベルティーユへの告白のようなもので。
 ベルティーユとしては、心底うれしいながらも少々面映いと、まあそういうことだ」

 確かに自分自身でそれを説明するのは、何かの罰ゲームかというくらいに羞恥心を煽るのだが、誰かにそれを説明してもらうえば恥ずかしくないわけではない。
 ましてや、本人が目の前にいる状況での説明は、ある意味で自分自身で説明するよりいっそう恥ずかしい面もある。
 スィーリアがそれに気づかぬはずもなく、判っていて尚そのまま説明を続けたことに、ベルティーユはわずかにすねたような目を向けて可愛らしく睨むも、スィーリアはそれを笑って受け流した。

「それで、水野さんはスィーリア様と組まれたのですか?」

 話題を変えつつ、逆襲としてスィーリアに話しの矛先をベルティーユが向けると、ミレイユが会場を一巡り視線を巡らせスィーリアの方へと顔を向ける。
 決闘の結果、リサのベグライターから外された以上、貴弘を誘っていた誰かのベグライターになった。
 ミレイユの様子から、ノエルが貴弘をベグライターとして受け入れたとは考えられず、それならば最も可能性は高いのがスィーリアだと。

 ベルティーユは、極自然にそう思考が流れた振りをして、上品な笑顔を保ちながら話の水を向ける。
 スィーリアも、ベルティーユが『わからない振り』をして、態とそう返してきたことを察せないほどに鈍くはなれず。
 苦っぽく笑いながら軽く手を振り、それ以上お互い攻めるのは止めようと、無言のままベルティーユとの休戦協定を提示し、ベルティーユがそれにイタズラっぽい笑みを浮かべつつも同意した。

「貴弘は今更誰かに鞍替えなど出来ない、少なくとも残り二試合しかない今大会中では不可能だ。
 決闘の取り決めが『大会中』と期間の区切りない以上、再びリサのベグライターになれるかどうかは、フィオナにきいてみてその返答次第だな」
 
 言いつつ、スィーリアもベルティーユも、その許可をフィオナが出すことはないだろうと半ば確信している。
 それでも態々口に出してそう言ってみせたのは、理解できていないであろうミレイユへの気遣い。

「そう……ですね。まだ観客席に座っている、というのが答えですか」

 少し悲しそうに瞳をかげらせながら、ミレイユが視線をフィオナへと移し、誰にも聞こえないようにそっと小さなため息をつく。

「切っ掛けがあったからといって、物語のように早々人は変われないものですわミレイユ様。
 『今まで通り』が通じる間は、変化を受け入れることも、ましてやその為に自ら動き変えようとも、なかなか出来るものではありません」

 ミレイユの小さなため息を見とがめたベルティーユが、ごくごくさり気なく窘めた。
 年齢の割にミレイユは利発であり、彼女は貴族の令嬢で、かのアスコット卿の御息女なのだ。
 彼女の中に年齢分だけ築いてきた、貴族令嬢としての心構えと高潔なる志、ベルティーユはそれを感じ取り心の内で賞賛する一方で、彼女の中では当り前のそれを、広く一般に求める事はできないのだとも理解していた。

 なによりミレイユは少々、いや結構な静馬贔屓で、その分貴弘への評価が辛くなりがちでもある。

 感情的を前面に出すことが悪いとは言わないし、その根底にある貴弘の周りにいた大人達への嫌悪感もわからぬでもない。
 ベルティーユとしては、共感できる部分も少なからずあるのだが。それをこんな不特定多数の前で晒すような、はしたない真似をしてはいけないと、一般論を表に出しながら柔らかく促した。
 相手は自分より年下であるのが、家としての格や爵位でははるかに相手が上である、公然と直接指摘したり注意をしたりするような事は、相手を侮辱することにもなり出来ないのだ。

 聡くベルティーユの言葉の意味を察したミレイユが、素直に少し恥じ入った表情を浮かべ、恥ずかしそうに小声で同意するのを微笑ましく見つめてから。
 ベルティーユは視線を、闘場に立つそんな素直な反応をしない一人の少女騎士へと向ける。
 
 囲み護っている騎士達はもう居ない。
 支え包んでくれる天才騎士も、フィオナの騎士が押しのけた。
 貴女の前に立つフィオナは、お転婆姫をやめていまはもう立派な少女騎士

 舞台は完璧に整いましたわ、さぁ今こそジョストを始めなさいなリサ。

 でないと私の義妹が……一閃で試合を終わらせてしまいますわよ?

 睨むような真剣な眼で見つめベルティーユは、今大会において自身を打ち倒したリサに向け、心の内で語りかけるようにエールを送る。
 否、それは単純なエールとは少し色彩の違う想い。
 届かない警告、聞こえない勇気づけ、リサと対峙するもう一人の少女騎士への称賛。

 そして、険しい道を切り開き、この場をリサとフィオナの二人きりにしてみせた
 自分の友人である一人の騎士を、ただただ誇らしく思う気持ち。

 あまりフィオナばかりを構っていては、私少し拗ねましてよ静馬さん。

 2016.01.01

第六十六幕「曇のち晴れ、所により暴風雨」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十六幕「曇のち晴れ、所により暴風雨」

 空は雲ひとつ無く晴れ渡り、澄み切った空気は窓から流れこみ、肌を流れるように吹き抜けていく。
 身に纏った母からの贈り物である鎧は、昨日から何度もチェックし調整も終え、早朝軽く流して乗った愛馬の調子も上々だ。
 泣いても笑っても今大会で戦うのは後二試合、一年生の身で準決勝まで駒を進めた者は二人だけ。
 その二人しか居ない一年生同士で、準決勝の試合は行われる。

 ついに念願のリサとの試合が、もう始まろうとしていた。

 だというのに、控室で一人座るフィオナの心は、少しも沸き立ってこない。
 原因など考えるまでもなく一つしか無い……
 いや、原因足り得るものは一人しか居ない、少なくともこの学園には。

 あの後静馬は、鎧を外すどころか汗を拭うことも許されず、入場口で待ち構えていた綾子に捕まり。
 少し困ったような苦い笑みを浮かべただけで、抵抗する事も何かを言葉にする事も無く。
 いつもの全く似合っていない気障ったらしい仕草で、フィオナに肩をすくめて見せただけで、どこかへ連れ去られた。

 祝勝会か残念会のどちらかにはなるだろう、そう冗談めかしてタルトタイムに用意されていた物は、主役も店主も不在のままで開く類のものではなく。
 ベルティーユからの誘いも、スィーリアからの声掛けも断ったフィオナは、一人寮室へと戻って携帯電話を握りしめていたのだが、結局現在に至るまで何の連絡もない。
 そもそもフィオナは携帯の番号を静馬に教えていないのだから、連絡など来るはずもない。

 その事に気付いたのは、いつの間にか眠っていて、朝目が覚めたベッドのなかでで。
 睡眠により取り戻した、わずかばかりの冷静さが気づかせた事実に、思わず手の中にあった携帯電話を振りかぶり、投げ捨てそうになったのは誰も知らない事実。
 そんなフィオナの感情の推移をみるに、ベルティーユが『静馬がお転婆姫扱いをしている』という評は、正鵠を射ている。

 校医とはいえ、綾子は美人の若い女である。
 その綾子に手を惹かれて姿を消し、以降二人の姿を見ることがない状況に、校内を席巻する噂は下品なものが多くなり。
 聞きたくなくとも、自然と耳に入ってくる。

 とは言え、そんな根も葉もないうわさ話にフィオナの心がかき乱された、ということでもない。

 態と聞こえるような音量で、近くでうわさ話をするような相手には、当然だが黙って聞き流してなどやらず、下水溝でも見るような嫌悪と蔑みを大安売りした視線を向けて黙らせた。
 更に言うまでもないことではあるが、『フィオナの姉』の座を争っていた二人が、そんな下賎ば心根しか持たぬ者を、何時迄もフィオナに近づけさせるようなこともさせなかった。
 なにより静馬の女神は、そんじょそこらのお綺麗な女神様とはわけが違う。

 あの決闘を見て、まだ静馬を馬鹿にして笑う対象だと認識する者達を、フィオナは人間として扱うことを止めていた。

 それでもフィオナは最下級生であり。
 如何に敵を強気で切り捨てても、心は脆く細い傷つきやすい少女である。
 またフィオナがフィオナである以上、それを素直に表に出せるはずもない。

「この前私がドラゴンになること止めたんだから、今日もちゃんと止めに来なさいよ、ばか」

 無人の控室に溢れる小さな呟きは、誰に届くこと無く、小さく砕けて散る。
 握りしめた手は、ガントレットに覆われ無骨であるのに、酷く弱々しく見え。
 ただでさえ細く小さい体は、今にもオレてしまうのではないかと不安になるほど儚げで
 少女が口にしたドラゴンとは、まるで対極の在りよう。

 体を鎧う甲冑が重ければ重いほど、少女の心はやせ細り、立ち上がるのも困難で

 フィオナは漸く、ベグライターが騎士に寄り添い支えることの出来る唯一の存在という事を、思い知らされていた。

 試合で実際、槍を持って戦うのは騎士だ。
 タクティクスを考え、実行するのも自分一人で充分だ。
 馬の世話だって、今日まで自分でやって来た。



 ベグライターなんて、ほんとうに強い騎士には必要ない。



 今まで散々フィオナがいい続けてきた主張だ、それが間違っていたとは思わない。
 いや、それが正しかったとフィオナはいま、誰よりも強く噛み締め確信している。
 ほんとうに強い騎士には、ベグライターは必要ないのだ。

『でも、体が動かないんだから、しょうがないじゃない』

 自分自身に言い聞かせるような、心の内での呟きに、返事が返ってきたことにフィオナの顔は跳ね上がる。
 掛けられた声は酷く穏やかで柔らかく、叱咤でも激励でもない。
 だがフィオナの窶れ乾いた心へ、染みわたるかのようで。

 俯き光の消えた力ない瞳に、何時もより一層強い意志の炎が灯らせた。

 この場に、仮に他の誰かが居ても、フィオナに返ってきた返事は聞こえなかっただろう。
 何故なら、フィオナのつぶやきに返ってきた言葉は、誰かの口からではなく、フィオナの心の内から響いてきたのだから。
 

『どうやらそこが、分かれ道のようだよ?』

 そんな一言が、フィオナに心を縛り付ける鎖を引きちぎらせ、負け犬の瞳を返上させ……
 騎士の心構えと、負けん気を取り戻させた。

 そうだ、泣き言なんて負けた後だっ

 なにが『体が動かない』よ、悲劇のヒロインぶってバカじゃないのっ

 歯ぁ食いしばって、這ってでも勝ちに食らいつきなさいよ……

 私は、誰が認めなくても、あの人が認めて、守ってくれた、騎士でしょっ!!

 あまり年頃の娘がすべきではない気合の掛け声と共に勢いをつけて立ち上がり、ギュッと一度強く目をつぶって、強く息を吐きだす。
 
「たかが天才少女騎士の一人や二人、私が負けるはず無いじゃないっ」

 言い切ると同時に控室の扉を開くと、まるでタイミングを合わせたかのように、大歓声が流れ込んでくる。
 もう一組の準決勝の勝敗が決したのだと頭では考えながらも、どちらが勝ったのだろうという興味は浮かんでこなかった。
 多分スィーリア先輩が勝ったのだろうと、なんとなくは考えつつも、どちらが勝とうが関係ないと、心がその思考を寄せ付けない。
 どころか、アレほど渇望し待ち望んでいたジョストだというのに、これから戦う相手が天才少女騎士リサであることですら、今は何故拘っていたのか不思議にすら感じてくる。

「ねぇ、これって失恋なの?騎士静馬様?」

 呆れた口調で態と声に出して自分にも聞かせながら、静馬を真似て少し気障ったらしく肩を竦めてみせる。
 静馬よりその仕草は似合うものの、静馬ほどに自然には出来ず、気恥ずかしさに頬にわずかに朱が差す。

 本当、先輩はこんな時まで三枚目だ。

 心のなかで悪態をつくも、それは照れ隠し以外の意味を持たず、フィオナにも本当はわかっている。
 こんな時に思い出したのが、『頑張れ』でも『負けるな』でもなく、あんな言葉だった訳も意味も。

 静馬は今までフィオナに向かって、一度足りとも『がんばれ』などといったことはない。
 『負けるな』などと、フィオナの勝利を危ぶんだことすら無い。

 彼女が言われたのは『相手はたかが天才だ』とか、『私の勝利の女神だ』とかで
 何の実績もない新入生のフィオナを、心の底から強いと賞賛し、優勝すると信じ欠片も疑っていない。
 その静馬が言ったのだ、本気のリサと戦いたいのなら本戦でだと。

 今フィオナは、リサとの対戦に以前のようなこだわりを感じていない。
 だが、いやそれ故にというべきか、『リサとの初めての対戦』に、油断も慢心も心からそぎ落とし、光に切り取られたような入り口、戦いの場へと独り足を踏み入れた。

 * * *

「これは……」

 通路から光指す闘技場へと鎧った姿を表したフィオナを見たスィーリアが、思わずと言った風に漏らした言葉に、隣に座るベルティーユも小さく相槌を打つ。

「流石は静馬さんと、驚くべきか、呆れるべきか、悩みますわね」

 ベルティーユの返しが可笑しかったのか、それとも自身が同じことを考えていたのか、スィーリアも小さく笑みを浮かべながら、全くだと頷く。
 間に挟まれるように座るミレイユはといえば、確かにフィオナから昨日までとは違うものを感じながらも、二人のやりとりについていけるほど確たるものを感じてはない為、助けを求めるように視線を彷徨わせ
 ベルティーユの隣に座るアンとエマと視線が合い、二人に揃って首を振られる。

 スィーリアとベルティーユ、二人は揃って貴族の令嬢だが、ジョストの騎士だ。

 同じことを感じたければ、貴族の令嬢というだけでは足りない。

 貴女も槍を持ち、その身を戦場に晒す騎士にならねば、踏み入れない領分である。

 首を振った二人は、ベグライターとしてベルティーユについてジョストに関わってはいるが、スィーリアやベルティーユと同じ感覚を共有できていない、ミレイユ側の人間だとその目が告げている。
 そして多分、今二人の騎士が感じていることは、この場にいる他の騎士達も感じることは出来ており。
 しかしながら、騎士でないものに伝えるには、言葉というものがどれだけ不完全であるかを思い知らされることになるのだと。

 ミレイユもただの子供ではない、持って生まれた利発さと、淑女として学び修めてきたものがある。
 そうまで二人に釘を差されておきながら、『次の試合はどちらが勝ちますか?』などと、能天気に口にできるわけもない。
 これが身内、それも仲の良い姉とふたりきりであったなら、気軽にそう口に出来もしただろう。
 あるいは相手が静馬であったなら、その質問も許されたかもしれない、彼はミレイユのことを『姫』として扱ってくれるから、少しの我侭も甘えも笑って見逃してくれるだろう。

 だがその静馬も、昨日から姿を消してしまい、今はどこで何をしているのかすら知れない。
 しかしそんなミレイユにも、会場のざわめきが何に驚いているのかはわかった。

「騎士シズマ様は、天才騎士を一人、戦場に立つ前に倒されたのですね」

 フィオナに対峙する端に姿を表したリサの傍らに、水野貴広の姿はなかった。

 * * *

「……逃げなかったんだリサ」

 どう声をかけるか散々悩んだ末にフィオナが口にしたのは、やはりと言うか当然というか、そんな攻撃的で屈辱的な言葉だった。
 とは言え、狙って神経を逆なでするような嘲りの声色ではなく、素直に驚いたような、そしてどこか感心したような響きがそこには有った。
 事実フィオナはリサが逃げずに、一人でも立ち向かって来たことに感心していたし、共感もしている。

 自分からベグライターを拒絶しておきながら、フィオナは控室で独り押しつぶされそうになった。
 リサは無理やりフィオナによって、ベグライターから引き離されたのだ。
 スタートの状態が違うというのに、それでも一人で立ち向かいこの場に立ったリサに、フィオナは意識しては居ないものの、素直に感心し賞賛していた。

 しかし、普段の積み重ねや今までの言動の実績が、フィオナの言葉が素直な称賛――それも僅かな尊敬すら含まれている――などとは受け取らせず、リサの表情が苦味に染まる。

「でもどうせ私が勝つんだし、今からでも棄権したら?」

 リサの表情が露骨に歪んだのを見て取ったフィオナが、今度は明確に意識して挑発を投げつける。
 だが、憎らしげに態と口角を釣り上げた笑みをリサに見せつけながら、フィオナの内心はといえば

 また、やられた……あの詐欺師っ、だった。

 散々ポーカーフェイスを覚える必要ない、感情を素直に表現すればいいって繰り返して私に印象付けて。
 相手の表情とか感情に、目が行くようにしかけてたんだわっ
 あームカつくムカつく、何がムカつくって、あの気障ナンパ男の思惑通りに、ちゃんと私が必要なときに気付いちゃうのがムカつくっっ!

 そうよ気付いたわよっ
 相手が誤解したのを利用もできるわよっ
 リサは今ココロに余裕が無いから、こっちが誘導してるのに気付け無いのもわかったわよっ
 でも、私が勝手にアンタの技を盗んだだけなんだから、恩になんてきてやんないわ
 ざんねんでしたーっ、べーだっ!

 心のなかで静馬にあっかんべーと、子供のように舌を出しながら
 リサに見せる表情では、フィオナは厭味ったらしく嘲りせせら笑う。
 だが、続くリサの言葉にフィオナの顔が顰められる。

「フィオナ、かわいそうな人」

「……なんですって?」

 憎まれるのも恨まれるのも良い、蔑まれるのも罵られるのもわからなくもない。
 だが、リサがたった今自分にしたのは、上から目線で、哀れんだのだ。
 フィオナの目が鋭く睨みつけ、頭が急速に冷えながらも、ココロが青い炎に燃え上がる。

 よくもっ……よくも私を哀れんだなっ、リサ・エオストレッ!

 こんな屈辱はない、こんな馬鹿にされ方はない、こんな見下し方はない。
 なにより自分のことを見ようともせず、最初から認めようとしなかったリサにこんなことを言われる筋合いもない。
 確かについさっき尊敬もした、ずっとリサに憧れても居た、だがこんなことを言われて許す訳にはいかない。
 


 何故ならこれは、フィオナのために戦った、静馬をも侮辱する言葉。



「貴女を見ていると、昔の私を見ているようで辛い。
 自分の力を過信して、一人でも大丈夫だと思っていたあの頃の私と」

 怒りのあまり目の前が真っ白になるのを、フィオナはリサの言葉を鼻で笑うことで吐き出し押さえつけた。
 しかし漏れでた声は、先程までの嘲り誂うような声とは違い、そこには怨嗟の響きがこもるのを隠しようもなかった。
 
「ふん、あんたなんかと一緒にしないで。いつまで人を見下せるつもりで居るのか知らないけど、堕ちた天才ごときに負けるわけ無いでしょ」

 斬り捨てるように言葉を吐き捨て、リサとの会話を打ち切りながら
 フィオナは小さく笑い優しげな声色にもどし、一言最後に付け加える。

「もし挫折して騎士をやめるときは言ってね、その時は私がベグライターに使ってあげるかもしれないよ。
 ……リサが水野貴弘をお情けで使ってあげたみたいに」

 リサが怒りの篭った鋭い目でフィオナを睨みつける。
 だがフィオナはそれを上回るほどの憎しみの瞳で、真っ向からリサの視線を受け止めた。

 アンタが先に先輩馬鹿にしたんでしょ、何に睨んでんのよ
 黙ってやられっぱなしになってなんか、やるわけ無いでしょ
 おんなじことやり返されて、思い知ればいいんだわ。

 大会準決勝なんかじゃない、これからやるのは決闘、そうでしょリサ?

 2015.12.07

第六十五幕「間違えて学ぶにも、間違えていい限度はある」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十五幕「間違えて学ぶにも、間違えていい限度はある」

 透明な雫は、柔らかな頬の曲線を伝い零れ落ちる。
 最初のひと粒が零れた後は、留まることを忘れてしまったかのように、いつ迄も落ち続けた。
 涙を流している事を、本人は気づいていないのだから、止めることなど出来ず、気づいたとしても流れるに委せたであろう。

 試合は静馬先輩の惨敗。
 1ポイントも取ることがないままに、先輩の人生最後のジョストは終わった。
 目の前に横たわる現実は、これ以上はないくらいに順当で、冷たく、当然の結末。

 これで私はもう、ウィンフォードに居ることは出来ない。

 心のなかでつぶやいた言葉に、フィオナは自分でも予想外に、ショックを受けないことに戸惑った。
 視線の先にある『紅の騎士』の姿を見つめる瞳には、決闘が始まる前より強い光が宿っている。
 国内最強の天才騎士に、ハンデを背負ったまま、そんな事実も踏み越えて戦ってくれたのだ、私のために。
 勝てないと誰よりも理解して尚、人生最後のジョストだというのに

 『最後にぎりぎり間に合って、戦うことが出来てよかった』

 あの人はきっと、いつもの飄々とした口調で言うのだ。
 軽く肩でもすくめながら、最後のジョストを花道のように勝利に飾ることを望まず。
 あの人は騎士だから、勝利なんかの為に戦ったりはしない。

 知らず駆け出していた私を、今度は誰に止められることもなかく。
 背に誰かの言葉が投げかけられたが、それを耳が拾いあげても、心は拾ってはくれなかった。
 今はそれでいい、思い返し冷静になって分析すれば、その時はそう判断したのだと思う。
 だがその時の私は何かを考えても判断してもおらず、ただ一心に他の全てに目も耳も向けていなかった。

 今まさに決闘を終えた二人の騎士が、馬を進めて言葉をかわすその場に向かって、気ばかり焦った脚がなかなか運んでくれないことにもどかしい思いをしながら、少女の浮かべた表情が示している。
 風に舞う涙の雫は、悲しくて流れているのでも、悔しくて流したものでもない、純粋な嬉し涙だと。

 私は絶対にそこに居なければならないと、半ば強迫観念に突き動かされて
 観客席から通路を通って闘技場へ踏み入った瞬間、万雷の拍手に迎えられ圧倒された。
 もちろん自分へ向けられたものではなく、戦った二人への称賛の証としてのものだ。

 熱に侵されたような思考は、それによってにわかに我に返り、今まで幾人もの人に言われた言葉を思い出す。
 逸る心を苦労して抑え、ゆっくりと二人が向かい合う地へと、しっかりと踏みしめるように歩を進める。

 スィーリア先輩のお兄さんのほうが、先に私の存在に気付いたことには、少しだけ不満。
 だがそれも仕方がなかった、此方に向いている左目を完全に閉ざし、その目尻から朱筋を頬に曳く静馬先輩から、私は完全に死角に入っていたのだから。
 それでも先に気付いてほしいと思うのは、ただの我侭でしか無い……

 でも、気付いて欲しかった。
 
 その想いが思いの外大きなため息になって口をついて出ると、片方の騎士が軽く肩をすくめて見せる。
 なんとも言えない空気が漂い、もしかして自分がなにか言うべき沈黙なのかと、少々動揺してフィオナが口を開きかけたところで、ユリアーヌスが一度深い溜息を付く。
 その表情は普段以上に厳しいが、以前のような威圧感も、突き放したような冷たさも感じない。

「もう少し何とかならないのか、その女性の扱いや戦い方は」

「まだどちらも結果を出していない今
 たとえ私の女神が来ようが、私は相手の騎士から目を切りはしない。
 戦い方のほうは、天才騎士の貴方や水野のように戦えと非才の私に言うのは、残酷というものだよ」

 ユリアーヌスの言葉は、死角に入るフィオナの存在に、静馬は気付いていると言っており。
 それでも、未だ戦場に身を置く以上は、振り向きも声をかけもしないと静馬は宣言した。
 既に勝負の判定は、審判によりユリアーヌスの勝利と下されている。
 観衆の大半も審判の下した判定を、そのままに受け取っており、彼らにしてみれば静馬の発言は世迷い言でしか無い。

 だが、これは試合ではない。
 騎士が二人、槍持て騎乗して戦ったが、ジョストでもない、決闘である。
 故に、勝敗を決する事ができるのは、ジョストの審判でも連盟でもなく、決闘を戦った二人、お互いだけ。

 つまり、静馬は今こう告げたのだ。

 貴方がまだ納得がいかないのなら、私はまだ槍を置かずに納得がいくまで戦うが、どうする?と

 無言のままに発せられた静馬の意思表明は、その場の二人に誤解されることはなく。
 それがハッタリだと思うようなものは、この場に居るはずもない。

 握りしめられていたユリアーヌスの右手が解かれ、バイザーの縁に静かに触れる。

「私の負けだな山形静馬」

 敬礼、この場で貴方と戦う気はないという、騎士同士の交わす姿礼。

 幕を引いたのはユリアーヌスの静かな一言。
 だが同時に、その一言で最終幕が開いたのだ。
 それと悟ったフィオナの心は焦れつき、波たつ

 この最終幕が上がった時、一人の騎士が、騎士でなくなったのだから。

「どう煙に巻いて言いくるめるか悩んだことが、まるっきりバカの様な潔さに、さて私はどう反応すべきだと思うフィオナ姫?」

 そこで間を外すから、見た目通りの三枚目に落ちるんだって、何でわかんないのかしら、この男?

 ……とは、流石にフィオナも、もう騙されてやりはしない。
 静馬が狙ってそうしていることも理解しているし、それが何を狙ってのことかも、いい加減気付かずに居られるには、長く近くにいすぎた。
 何よりフィオナには、今もっと気になることが2つあり、そんな静馬の三枚目演技に付き合ってやるリソースは、あっさり削減されていた。



「相手が負けを認めたのに、騎士である静馬先輩がそれを躱すつもりですか?」



 以前スィーリア先輩に静馬先輩が言った言葉を、流用して突き付けてやった。
 自分が言った言葉に背くなんてこと、出来ないでしょ?私が先輩を騎士だって認めてしまえば。
 だから、さっさと騎士らしくちゃんとすればいいのよ。

 面頬の内で静馬の口角が吊り上がり、軽やかに馬から降りると、首を傾け目が優しく細められた。
 その表情をみて、フィオナの心はひとつの言葉でうめつくされる。

 …またやられたーっ!

 絶対静馬先輩は、私にこれを言わせようとしてたんだ。
 わざとナンパ男の時みたいな事を言って、私を誘導してこの言葉を引きずりだして。
 フィオナが真赤になった顔を伏せ、歯を噛み締める。
 もし許されるのであったなら、両手で耳をふさぎ、目も閉じていただろう、これから聞こえる言葉に備えて。

「フィオナ姫の騎士として、貴女の名誉を髪一筋とて傷つける事はいたしません」

 ジョストの騎士としてもう立つことはない、しかし自分は貴女の騎士であることをいま認められたのだから。
 堂々と胸を張り、その胸に右手を当て、これ以上ないほどに優雅に静馬はフィオナに向かい、片膝をついて礼をしてみせた。
 ベルティーユにも、スィーリアにも、ユリアーヌスにすらしなかった、高貴なるものへ向ける姿。

 本当に大切にしている相手へ向けた、慈しみの目を向けながら。

「貴女に、この勝利を捧げます」

 周りから一斉に上がった黄色い悲鳴、東雲嬢のアナウンスがそこに拍車をかけ、聞こえなかった範囲の女生徒が何が起こったのかを知り、更に黄色い悲鳴がわきおこる。
 耳まで真っ赤になったフィオナは、ギュッとスカートを握りしめ、なんとか叫ぶことをこらえた。
 耳元に心臓があるみたいに、頭が鼓動一つごとにくらくらする。
 こんな時に大声を出せば絶対に倒れる、そうしたら静馬先輩なら絶対遠慮なんかしないで、私を抱き上げて運ぶ。
 倒れちゃダメだ、倒れちゃダメだっ!此処で倒れたら明日からウィンフォードになんか居られない!!

「君の名誉を護るため槍を取る騎士がいる、この時点で君にとっては、決闘の勝敗など大きな価値を持たないだろう。
 だが私も騎士だ、我が名誉にかけて君が騎士であることを、今後誰にも侮辱はさせない。
 今回事の発端になった私の弟子に成り代わり謝罪を、どうか許して欲しい」

 馬上から軽やかに地に降り立つと、ユリアーヌスはヘルムを脱ぎ去って脇に抱え、頭を下げる。

「ではもう一つの方も、貴方が責任をもってくれるということでよろしいかな、ユリアーヌス卿」

 公爵家という大貴族の跡継ぎであるユリアーヌスに、頭を下げられるという事態に、驚愕のあまり固まるフィオナを横目に笑いながら、静馬が常の如く飄々とした口調で問い掛けた。
 内容を知らぬユリアーヌスは怪訝な表情を浮かべるも、静馬は内容を伝えようとはせず、ついにはユリアーヌスが内容を知らぬまま頷かされる。
 満足気に一つ頷き、静馬が少し大きめなため息を漏らす。

「私の悪竜退治譚も、姫を二人も救出したことだし、此処で幕としよう」

「なんだそれは、私が悪竜だったと言いたいのか山形静馬」

 顎を撫でる指が朱に濡れるのも気にせず、静馬は軽く肩をすくめた後、はっきりと一つ頷いた。

「私にとってではなく、囚われの姫にしてみれば、貴方は『悪竜の位置に居た』ということですユリアーヌス卿。
 そも貴方は決闘中に私を悪竜呼ばわりしたのだ、そこは痛み分けとしてもらわねば」



 * * *



 『やっぱりアイツは騎士王だったな』



 誰かが漏らしたつぶやきには、誤解のしようもないほどの嘲りがあふれていた。

 所詮は口先だけの張子の虎。
 見ろ、結果は誤魔化せない、誰の目にも明らかだ
 手も足も出ないどころか、自滅したただの道化でしか無い。

 誤魔化しようもないほどの結果を、口先で言いくるめたアイツは、騎士ではない。

「今の発言をしたものが、騎士科の生徒でないことを祈る。
 もし騎士科の学生であるのなら、今直ぐ転科し今後一切ジョストに関わるべきではないっ」

 皆の視線が集まる先、発言者であるスィーリアの口から出た声には、普段のような暖かさも柔らかさもなく。
 忠告の体でありながらも、実際は命令――否、嫌悪の吐き捨てであった。
 聞いた者皆が受け取るそれは、その発言したもののみならず、発言を擁護したものに、二度と関わりたくないという強い拒絶の感情。
 普段から攻撃的なフィオナやアンが言ったのではなく、温厚なスィーリアが口にしたという事実が強く示している。

 今の戦いを見て、一般の学生であればその感想であってもぎりぎり許されるだろう。だがそれも、心の内に描いただけであったならで、口に出しては許されない代物であると、鋭い眼光が無言のままにしらしめる。
 ジョストに関わるベグライターと騎士、両科の生徒であればありえない感想であり、アレを見てこの感想であるならジョストに関わるのを止めるべきだ、本人のためにも、周りのためにも。
 のみならず、静馬への陰口だから直ぐにも周りが同調してくれると、いつもの調子で口にしたのだろうが。
 賢しげに陰口を叩くような、品性下劣なものが騎士を続けるなど、騎士へのジョストへの侮辱であり、唾棄すべきことで、吐き気すら催すとスィーリアは言っているのだ。
 
 スィーリアが身に纏う鋭い空気を避けるように、多くの者が視線を逃した先は、陰口の蔑称がつく切っ掛けとなりながら、その嘲りを理解しないベルティーユ。

「やはり静馬さんは、騎士王の名に相応しい騎士でしたわね」

 色香に満ち溢れている容姿を誇りながら、無邪気な子供のような笑みを浮かべて喜ぶベルティーユに、アンとエマがげんなりした表情を隠そうともせず、実におざなりに『そうですね~』と返事をしているいつも通りの光景に、逃げるように人が周りへと寄っていく。
 いつも通りの緩んだ空気に、引き攣り気味の笑顔を浮かべた女生徒が、愛想笑いを浮かべて追従する。

「さすがはベルティーユ様、山形静馬の実力を見抜き友誼を結んでいたのですね」

「それほどでも、ありますわ」

 ……そう答えてくれるものだと期待した、あるいは馬鹿にしたというべき、口先だけのおべっかだと誰にでも解る安っぽい称賛に、アンとエマが慌てて止めに入ろうとするが、その言葉がベルティーユの耳に入った瞬間、空気が完全に凍りついた。

「……今、なんとおっしゃいました?」

 底冷えするように低く抑えられた声が漏れだしたのは、艶やかな見惚れるほどの唇。
 そこから流れでた言葉が、白くけぶるような冷気を纏っているような幻視をし、スィーリアからの逃げ場としてベルティーユに寄ってきていた女生徒達は、ようやく自らの失策に気づく。

 安っぽく持ち上げておけば、調子に乗って高笑いする馬鹿女としか見ていなかった目の前の少女が
 下級生にどれほど馬鹿にされようとも聞き流すような、おおらか過ぎだと感じる目の前の女性が
 嘲りすらも気付かずに、微笑んでいるような目の前の少女騎士が

 本気で激怒した時に放たれる怒気は、スィーリアから向けられた怒りなど、比べ物にならないほど、強く深く恐ろしい物だった。

 どちらも怒らせてはならない相手だったのだと、遅まきながら思い知りながら、それでもベルティーユの逆鱗がどこだったのか全く理解できず、それ以上弁解することを完全に封じられてしまう。



「このベルティーユ・アルチュセールを、ジョストの腕で友人を選ぶと侮辱なさっておきながら
 まさか逃げられるなどと考えて……更に侮辱を重ねたりは、しないですわよね?」



 冴え冴えと輝く美貌は高貴にして、絶対的な存在感と格の違いに気圧され、否呑み込まれて瞬く間に周囲の人間の思考を停止していく。
 高みから下知される言葉は、絶大にして絶対。
 逆らう気力も根こそぎすり潰されて、頭を押さえつけられる恐怖心と威圧に、青ざめた顔をすぼめた肩の間に俯かせ、震えながら視線を合わせることを必死に避ける以外の何も出来ない。

 生徒達は思い知らされる事になる。

 貴族とは、民から搾取し得た富で、傲慢に振る舞う凡庸な者達、などというのは自らの貧困な想像から生み出された、嫉妬をこねくり回して創りだした偶像にすぎないと。
 貴族とは、その身分や社会的システムが出来上がる以前、力によって人々を押さえつけ、支配した者達の末裔が名乗る称号で。
 それでありながら尚、尊称をもって呼ばれるのは、騎士道と呼ばれる誇り、その精神性の高さ故。
 よって、誇りを嘲笑う行為……即ち侮辱に対し、騎士は、貴族は、絶対に許しはしないということを。

 それを理解していない学生が

 ジョストという競技の、とはいえ『騎士』を目指すなどということは

 最大級の侮辱であるのだということを。

 2015.11.16

第六十四幕「掲げる槍の向く先は」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十四幕「掲げる槍の向く先は」

 ふざけた真似を……

 ユリアーヌスがそう思っているのは、遠目ながらもスィーリアにははっきりと見て取れた。
 その怒りの根幹もまた、正確に理解している。
 気づくことが出来るものは多くはないが、スィーリア独りでもない。

 当然ながら仕掛けたであろう静馬を除いても、本人であるユリアーヌス、妹のスィーリア、そして貴弘、この三人は実際に気づくはどうかは別としても、気付いておかしくはない。
 いや、とスィーリアは小さく首を振り、やわらかな金髪と香りを少しだけ周りへ振りまく。

 他の誰が気づかなくとも、その三人は気づかなければならない。

 何故ならこれは、レッドから三人に宛てたメッセージなのだから。

 今のこの状況、両者のポイントこそ違ってはいるが
 貴弘が騎士としての歩みを止めてしまった、静馬との試合の再現。

 あの時は、静馬の槍は鐙ではなく貴弘の脚をとらえ
 貴弘は突然襲ってきた激痛と、踏み支えるべき左脚の感覚の喪失により体勢を崩し
 左側へとつんのめるように倒れこむのを、手綱を手繰って無理に落馬を回避しようとさばいた。
 
 そのまま落馬してしまえばよかったのだ、というのは結果論でしか無い上に
 貴弘には受け入れられないどころか、発言者は敵意の篭った視線を返されるだろう。

 貴弘は騎士である、一割、一分、一厘、否たとえそれが零であったとしても、勝利の方向へと向かう者だ、自ら諦めとともに敗北を選びはしない。
 そも師匠であるユリアーヌスが常に貴弘に言葉でもって刻み込んでいるのだ、勝利以外の結果は不要、敗北した騎士など弟子にはいらぬと。

 ある意味において、ユリアーヌスの教育は間違ってなど居なかったと、貴弘のとった行動が証明した形である。

 故に、落馬を回避するために必死でバランスを取った貴弘の、起死回生の一打として下方から突き出された槍が捉えたのが、静馬の左目だったことに罪はない。
 どころか、あの状況あの体勢で、逆転の一手に食らいついた闘争心、発想……起点は何でもいい、ともかくその行動をとった事こそが、貴弘がスィーリアに並ぶ天才騎士であると、静馬が信じる所以である。
 言うまでもないことながら、貴弘の槍に拠って負った傷に対し、静馬には恨む気持ちも何もなく。
 後から勝利を敗北へと、結果をすり替えられたことに対しても又、何ら不満はなかった。
 
 顔になど当てられる方が悪い。

 シンプルに静馬の意見の根幹を表してしまえば、そういう事である。
 完全に虚を突かれ、ジョストの最中だというのに隙を作り、油断した自分の罪であり、恨むのであれば自身の間抜けさと未熟さだ。
 むしろそんな事をしてのけた、貴弘が凄いと純粋に感心た。

 貴弘を恨んだとするならば、親兄弟のみならず血縁縁者一同から顔を合わせるたびに、未だに『未熟者』と言われ続けることにであり。
 それに続いて、『あれが戦場であったなら死んでいたのだぞ』と、長々と説教を聞かされることにである。
 視力を失い距離感をなくし、ジョストを禁じられたことに対してではない。

 だというのに、貴弘はあの試合で負った傷と敗北により、負け犬として腐っている。

 昔の『完全な状態だった自分』に、挑む前から勝てるはずがないと、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。
 ユリアーヌスの『敗北したモノに価値はない』と言う教えに甘えて、自分を無価値と言い訳して甘やかし。
 でありながら、ジョストから離れるでなく、ベグライターとして打ち込むでなく、騎士復帰を完全に捨てるでなく、ただ……その場に蹲った。

 静馬には信じられなかった、もう少し正確に表現するのであれば、全く理解が出来なかった。

 貴弘の考えも、感情も、とった行動も、価値観も、何もかもが。
 理解できないモノに対し、人は怒りなど抱かない。
 呆れるか、突き放すか、無視するか――人はそういう対象から、距離を取るよう反応をする。

 そして、物理的距離は、時間とともに心的距離を生み出す。

 幸いにも、様々な者達の思惑と、幾多の要因が複雑に絡み合い、貴弘は静馬の情報を掴めず。
 静馬が貴弘から距離を置くのは、さほど難しくはなかったとスィーリアはみていた。
 まるで知らない相手のように、特に関り合いを持たずに生活するだけ。
 ただそれだけで、二人には接点が最初からなかったかのように、全く良好な赤の他人同士として生活圏を確立できた。

 数年掛けて作った距離を崩したのが、一つ歳下の少女二人。

「それが、フィオナとリサという二人なのは……皮肉なものだ」

 ――片や嫌われ者の凡才、片や頭ひとつ以上抜けた天才――

 レッドがフィオナを放っておけなかったのも解る

 もっとも、アイツを問いただせば『その美しさゆえに』とでも答えるのだろうがな。

 内心の呟きと同様、漏れでたスィーリアの言葉は誰の耳にも届くことはなく。
 苦味の強い、だが楽しげな笑顔に、気づくものもない。

 * * *

 槍を新たにした静馬と、ユリアーヌスの間に犇めく無音の針は、鎧など意にも介さず両者を刺し貫いていく。
 だというのに、静馬の口角は吊り上がり、それは『わらい』という形をとった。
 楽しそうな『笑い』ではない、蔑んだ『嘲笑い』でも、ない。

 そんな高度な感情作用ではなく、静馬の浮かべたそれは――威嚇。

 今これから、この研ぎ澄ました牙で、喰らい破るぞという警告。

 彼我の実力差を、誰よりも実感している筈の静馬が、そう示したのだ。
 未熟な子供の根拠無い強がりや、独りでなんでも出来ると調子に乗っての発言とは、重さが違う。
 バイザー越しに静馬を睨んでいた、ユリアーヌスの目が鋭く細められ。
 僅かに顎を引いて深く息を吐きだすと、肩の力を意識して抜き、その分だけ腹を締める。

 後は腕をかすめるだけで、此方の勝ちだ。

 ……そんな甘えた事を、ユリアーヌスは欠片も意識に乗せては居なかった。
 甘えが油断に繋がり、末節を汚すような無様を晒すつもりはなく。
 何より、勝ちを拾うような真似を、しようなどと考えすら浮かばなかった。

 ユリアーヌスは、公爵家という大貴族の嫡子であり、ジョストの騎士である。
 如何に相手が格下であろうが、反則しかしてこないような無頼であろうが
 正面から実力を持って、それをねじ伏せ、押し通る以外の道を、進めるはずがない。

 それをやれるだけの実力が備わっているのだ、ならば当然そうする。
 仮にそれだけの実力がなかろうが、ユリアーヌスならそうするであろうし。
 なにより、なせるだけの実力を身に付ける努力を、積まずに居るはずもない。

 敗北した騎士になど価値はないという彼の哲学は、口先だけの格好つけではなく。

 実際の血と汗と努力とによってしか、打ち立てられぬのだから。

「圧倒的不利に追い込まれようとも、無理に用意した状況。
 その舞台で『騎士』に討たれ――悪竜退治の英雄譚を、此処で再現し――あの娘にそれを見せ付けることが貴様の望みか?山形静馬」

 ちらと刹那静馬から視線を切り、向けた先には静馬が庇い、決闘の原因となった少女・フィオナ。
 まるでその瞬間を狙ったかのように、開始の合図が二人の騎士を最後の瞬間へと解き放つ。
 故に、彼は現在対峙している相手の――山形静馬の面頬の奥で、唇紡いだ無音の言葉を聞き逃す。



 それはこう紡がれたのだ……『ユリアーヌス、敗れたり』と



 開始合図の寸前、闘いの意味を求めて対峙する者から目を切った。
 『圧倒的優位』を感じて出来た心の余裕、それが緊張に狭まっていた視野を広げたが故の行動。
 それを、集中力の欠如――油断と言わずなんとする。

 だが、静馬が勝ったと告げた根拠は、そこにはない。

 ユリアーヌスは気づくべきだった、否、気づかねばならなかった。
 只管に静馬が続けている攻撃の焦点が何処に有るのかを。
 気付き得るほんの僅かな隙間、其処に意識を向けさせないための、静馬の喫驚な行動だったのだと。

 雄叫びを上げ、観衆を驚愕に陥れ、相手の身を強ばらせた?
 否、雄叫びを上げたのは相手の萎縮を望んでではない。

 柵を突き静馬から距離感が完全に失われていると油断させた?
 否、柵を突いた目的は相手の油断を誘うためではない。

 鐙を切って相手の攻撃から速さ、強さ、鋭さを奪った?
 否、鐙を切った目的は、相手の攻撃を鈍らせるためではない。

 否、否、否、全てが否。

 もはや完全に閉じた左目から、真紅の筋を駆け抜ける空間へと曳きながら。
 残った右目でユリアーヌスを睨めつける静馬には焦りの色はない。
 決闘の前から左目が耐え切れず、途中で遠近感が完全に失われることは判っていた。

 だから最初の一本で、柵に目印を付けたのだ。

 ポイントを取られる不利を負ってまで、両者が全力で対峙した時に、槍を交わす位置に。
 それを頼りにしての目測が、どれだけの精度を持つのかを試したのが二本目。
 結果は、一本目を捨ててまで打った手が、見事に仕事を果たすと証明してみせた。

 では鐙を切った本当の理由はどうか。

 言うまでもないことながら、貴弘との最後の試合の再現の為、ということはもちろんある。
 だが、それならば何故『貴弘にしたように』脚を突かなかったのか。
 再現というのなら、痛みとそれに伴う集中の阻害も再現すべきであろうに。

 再現されたのは状況だけで、状態は別物ではないか。
 だというのに、当時を知るものは誰も彼も現状を、当時と全く同じものと受け止めている。
 いや、そう思うように静馬に誘導されたというのが正しいのか。

 その奥にある静馬の狙い、鐙を奪うことで相手のチェンジ・オブ・ペースを封じた、等とは気づきもせずに。

 急加速も急減速も出来ない以上、両者がぶつかるのは目印を付けた、まさにその場所になる。
 それも鐙を失ったことにより、ニーグリップでしか自身を支えられず。
 静馬同様に上体を真っ直ぐに保たねば、槍も突き出せない。

 無理な体勢から攻撃し落馬すれば、静馬に一本となり。
 槍を突き出さねば、それも反則となり静馬が一本得る。
 突き出すには物語の騎士のように、被弾面積を小さくすることも出来ない体勢を取る以外にない。
 
 では残る一つ、雄叫びを上げた理由は何だったのか。

 己を奮い立たせるための、闘争の息吹
 日常から戦闘へと意識を変換するための、精神的儀式
 我こそが其方を倒す者と知らしめるための、示威の咆吼

 然り、されどどれもが真実の正解にあらず。

 カイルからの指示を聞き逃さぬための静寂
 柵を突くという結果を一層笑い事にするための虚仮威し
 そして何より、自身の相棒である夜風を脅かす為の手段

 其処までわかっても尚、静馬の思惑が読み取れる者はない。
 であるが故に、ユリアーヌスは静馬の狙いに気づくことはなく
 全ては静馬の思惑通りに事態は駒を進めゆく。

 先に動いたのは静馬だった。
 繰り出された槍は唸りを上げ、気弱なもので有れば腰が引けるほどの鋭さをもって、通常のジョストとは違う打ち下ろし気味の変速軌道を駆ける。
 されど対するユリアーヌスはといえば、それに釣られて槍を繰り出すような真似はせず、静かに鼻で笑った。
 多分に挑発されたことに対する意趣返しを含む、精神的なバランスシートとしての感情の発露。

 だが事実としての側面を見れば、無理からぬ事。
 静馬の槍は、ユリアーヌスに届かぬ距離で繰り出されたのだ。
 如何にこの瞬間、急加速を行ったとしても決して届くことのない、物理的距離による安全。
 距離感を失っていると、相手が信じても何もおかしくはない、ありえない程に酷い失態……いや醜態。

 しかし、避けるまでもない筈の静馬の攻撃が、標的をとらえ鈍く軽い金属音を響かせる。

 静馬の槍先が捉えたのは、今度は柵ではなく、ユリアーヌスの乗る馬の額。
 言うまでもなく鎧われている其処を突かれようと、多少の衝撃は受けるものの痛みで怯むことなど無い。
 何より距離を見誤った突き故に、突かれたと言うよりは掠めたという程度で、静馬の槍はあっさりと弾かれた。

 それでも乗馬が一瞬怯む気配を見せたのを、鋭く察知したユリアーヌスは、巧みな手綱捌きをもって己の攻撃意志を彼の相棒へと伝える。
 その意を受けた馬は見事に彼に応え、ユリアーヌスもまた応えた馬の動きを無駄にせず
 鐙を失ったままとは思えぬほどに、腰肩腕の動きで完全に槍に威力をのせた突きが繰り出され

 今度は槍を払われること無く静馬の胴――それも音からでも解るほど正確に真芯を捉えた一閃
 仰ぎ見て確認をするまでもなく、勝敗は決した。審判が下したのはユリアーヌスの勝利。
 予想通りに一方的に勝負が進み、結局終わってみれば、静馬は1ポイントも取れぬままという惨敗。



 だというのに、歓声はなかった。


 
 ここまで無残な結果を見せてやれば、ジョストにおもいを残すまい……

 まさしく有限実行、実力を持って相手を、手も足も出させずにねじ伏せた勝利
 惨敗という結果を以って、残るであろう静馬の未練を断ち切った
 残酷といえばこれほど残酷なことはなく、優しいといえばこんなにも不器用な優しさもない

 やや厳しい顔で振り向いたユリアーヌスの視界の端で、小さな影が揺れ落ちる。

 審判の下した判定は、確かにユリアーヌスの勝利。
 されど、審判が下せるのはジョストの勝敗についてでしかない。
 その光景を見守っていた観衆の反応は、沈黙。

 なにより……

「騎士らしく潔く敗北を認めるべきなのは、どちらかなユリアーヌス卿?」

 舞い散る漆黒の羽根の向こうから

 瞑った左目の眦から血飛沫を零したまま

 馬首を廻らし、まっすぐに見つめる静馬が

 兜に刺した真紅の羽根を揺らしながら、穏やかに微笑んだ。

 2015.10.25

第六十三幕「汝は悪竜なりや?」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十三幕「汝は悪竜なりや?」

 試合の大勢は既に決した、場内がそんな緩んだ空気に包まれる中、遠く二人の騎士がそぐわぬ表情を浮かべていることに注視し、のみならず重視できた者は、当然ながら多くはない。
 観衆はウィンフォードの学生である以上、わざわざ言うまでもなくジョスト好きである。

 されどと言うべきか、実際にジョストに関わることのない一般科の生徒はもとより、槍持て戦うことのないベグライター科の生徒にも、今の一本が何をもって静馬の反則とされたのかは理解できない。
 否、それどころか騎士科を含めたほぼすべての生徒が、今回くだされた結果が何故なのかがわからない。

 何故ならば、彼らには一瞬の交差に、凝縮された時間を見る目はなく。
 その際に幾重にも応酬された、高度な攻防など理解出来もせず。
 ただ単純に、騎士の双方の槍が繰り出され、片方が胴を捉え、もう片方が槍を砕いた。
 そんな結果以上の何物をも、そこには見いだせなかったのだから。

「ちゃんと貴女には見えていたようですわね、フィオナ」

 横から伺うように微笑みかけるベルティーユ、そこには余裕があり、何より意地の悪さというものが欠片もない、純粋な称賛と喜びといった感情に満ち溢れていた。
 静馬に続く二番目に苦手な相手として、フィオナが認識しているだけあって、流石にフィオナも今更噛み付いたり挑発まがいの物言いを、強くしようとは思わない。
 それが全くの無駄であり、ともすれば逆に自分の隙とされかねないと、正しくそう学習している。

 更にはフィオナがベルティーユに投げかけられた言葉は、こうも告げている。

 装具不良で反則を取られたのなら、既にこの時点でユリアーヌスが2ラウンド先取で、勝敗が決している。

 つまり取られた反則は、装具不良についてのものではないと。

 ほんの少し前まであわや大喧嘩かと、一触即発の空気であったフィオナ達。
 だというのに、ベルティーユは全く空気を読まず。どころか、あっさりそんな物を踏み越えて声をかけてきたとあってか、ベルティーユはフィオナの中の苦手ランキングにおいて、不動の二位を確立してしまい。
 フィオナの反応もまた、呆れたため息を盛大について見せると言う、ややトゲの方向が異なるものであった。

「相手の動きが止まった瞬間に、静馬先輩の槍が当たったところまで、全部見逃してませんよ」

 それでも素直に反応することは沽券に関わるとばかりに、フィオナがぶっきらぼうに答えてみせるのを、ベルティーユは酷く楽しそうに見つめながら、サファイアの瞳は綺麗に輝く。
 どれだけ失礼で非友好的に絡もうと、構わず全部を受け止めて包み込んでしまうそんな空気に、フィオナは改めてベルティーユを苦手だと意識するも、やはり嫌いにはなれない事も再認識させられてしまう。

 この人、変態じゃない女版静馬先輩みたいで、やっぱり苦手……

 っていうか、なんでこんな変な人ばっかり静馬先輩の周りって集まるの?

 完全に自分の事を棚上げして、内心で愚痴りながらも、前にもこんなことが有ったなと思い出す。
 前回とはベルティーユと静馬の立場が逆で、その時は自分が気付けなかった事を静馬に指摘されたのだ。
 いやとフィオナは内心否定する。前回は静馬に質問されたのだが、今回はベルティーユに肯定された。

 そして今回は前回と違い、気付いたこと全てを並べ立てては居ない。

「反則とされたのは、兄様の槍を左手で払い除けた行為だ。私は『払い手』と呼んだのだが静馬には笑われた、名前をつける程の技でも何でもないし、そもそもそれではカルタの技だと」

 フィオナの表情が、スィーリアの言葉によって、あからさまに不機嫌になる。

 そのbrush offだか『払い手』だかを、静馬先輩は前に試合で使ってて。
 つまりそれって、スィーリア先輩が見た時点では『払い手』は反則ではなかったって事。
 反則だったら静馬先輩は、例え負けようとも絶対に試合では使わない。

 ミレイユの言っていたことと統合すると、静馬先輩が腰抜け男と試合したあとで反則になって
 試合中には反則ではなかったのに、遡って反則だからと勝利を、優勝をとりけされたんだ。
 法の不遡及なんて根本原則を覆すような理不尽に、静馬先輩は黙って従った?

 あれ?それじゃなんで今、先輩は使ってるんだろう?

 もう反則だってわかってるのに……なんか静馬先輩らしくない。

 最初っから勝つ気はない?いや違う、先輩は詐欺師だけど嘘はつかないし騎士だ。

 最初から負けるつもりで槍を持ったりはしない……でも、それじゃどういうこと?

 フィオナの心に迷いの種が芽吹くも、それは静馬に対する不信の花を咲かせることはなく。
 眉間にしわを寄せながら、顎に手を置き小さく首を傾げる。
 悩むフィオナ、されど時は止まらず、その思考は無情に流れる合図の音で断ち切られる。
 慌てて俯けていた視線を上げたフィオナ、のみならずその周囲からも、息を呑み言葉を失う嫌な沈黙が一瞬にして湧き上がる。

「……なんで」

 走りだした騎士の姿を凝視するフィオナは、この瞬間でなければすぐにも視線を切り、ベルティーユかスィーリア、あるいは綾子に、ともすればミレイユにまですら問いただしただろう。
 いや、相手にも答えなど考えつかないと理解して尚、食って掛かり答えを求めていたかもしれない。
 フィオナの、そして彼女が食って掛かったであろう対象者たちの視線の先で……

 静馬は、一本目と同様の、変則の構えをとっていたのだから。

 フィオナの顔は真っ青で、その心の内で理解不能な現状と、不安が渦巻いていた。
 最初の一本目で、完全に一人相撲の結果、相手の側に槍先を届かせることすら出来なかった。
 そんな構えを静馬が再び取るなど、さすがのフィオナでも考えもしなかった。

 今変則の構えを取るというのは、完全に一本を捨てることと同義である。
 二本目が反則行為によりポイントにこそならなかったものの、その槍が国内最強とまで言われる騎士に、隙を突いたとはいえ届いたのだ。
 誰がどう考えても続く三本目は、『反則をせずに、水平突きを行う』以外の選択はない。
 それ以外を選ぶということは、即ち自らの勝利を捨てることにほかならず、勝負を捨てることはジョストにおいて、そして騎士としても又、最も唾棄すべき恥ずべき行為である。

 うそでしょ、まさか先輩は

 騎士であることを、捨てた?

 右手で無意識に痛む胸を抑え、フィオナは苦鳴を噛み殺す。
 静馬が誰よりも騎士であろうとしていることを、少女は知っている。
 故にそれを、死んでも手放すはずがないとも確信している。

 その静馬が、自ら騎士を捨てるという行為の、重さに

 自分のせいだ、自分がもっとうまく立ち回らなかったから
 リサのやる気を焚きつけるのに、集団でいるところに向かったりしたから
 先輩だけが割り込めるところで、かばってなんかもらったから
 静馬先輩から、私が騎士を奪い取ったんだ

 少女騎士は、滲む涙を歯を噛み締めてこらえる

 たとえフィオナがそう思い、そのまま言葉にして静馬に謝罪したとしても、静馬が決してその謝罪を受入などしないとわかっているから。
 飄々といつものように、『私は騎士なので、姫を救うのは当然ですが?』と、フィオナのネガティブ発言を真っ向否定してしまうに決まっている。

 だから、私は、その事に後悔なんかしちゃダメだっ

 誰に嫌われてもいい、笑われてもいい、でも俯くな、前を向け

 静馬先輩が守ってくれた私を、意地を通せっ!

「わたし…私を助けてくれるんでしょっ、静馬先輩っ!!」



 * * *



 重い金属音が鳴り響き、槍がどちらかの騎士の真芯を捉えた事を、音だけで知らしめていた。
 下された判定結果は、無情にもユリアーヌスに2ポイント。
 少女の想いも声援も、現実に有る実力差とハンデを、覆すほどの解入力はないことを、結果は冷たく示し。
 そしてまたそれは、2ラウンド目、ひいてはこの試合のリーチが掛かったことを、僅かな希望にすがる者達の前に、厳然と突き放すように事実として据えた。

 だがその影で、擦り付けるような金属音が小さく響いていたことには、誰も気付けなかった。

 何が起こったのかを目視した者は居ないが、折れている静馬の槍、そしてユリアーヌスの足元に転がる鐙が、そこで何が有ったのかを観衆に、類推と理解をさせる。
 審判がユリアーヌスに駆け寄り、装具の交換をするよう指示する言葉を、静馬はほんの一言も差し挟むこと無く途中で止めてしまった。

 鼻で笑ったのだ。

 怒りに染まる審判の視線を向けられてもものともせず、どころか意識を向けもせずに、静馬の眼はただユリアーヌスにまっすぐ向けられている。
 言葉では何も言わず、ただ片方真っ赤に充血した様な静かな双眸で、言葉もなく語りかけていた。

 何時からこれは決闘ではなく、ゲームに成り下がったのかな?

 『安全のために』鐙を変えたいのなら、どうぞご自由に

 此方は今までどおり、この壊れた面頬のまま試合を続けてもらって、一向にかまわない。

 私は、決闘に来た騎士なので。

「折れた槍は交換しても、鐙や鎧を交換するつもりはない」

 納得がいかない表情のまま審判が、鐙を拾い上げ小走りに戻るのも、情報として入ってこない程に、二人は馬首を巡らせた愛馬の上に身を置いたまま、動かず視線を交差させる。

「革を引きちぎるとは、馬鹿力は相変わらずだな。そして良くも仕組んでくれたものだと少々感心している」

 とても感心しているとは思えないほどに、平坦で突き放すような物言いに、静馬が軽く肩をすくめてみせる。

「この状況に貴様が何を狙っているのかも見えた。だが、結果は望んだものにはならないぞ山形静馬、今ここに居るのは貴弘ではなく私だ」

 そこには絶対の自信と、絶大な自負が有った。
 圧倒的な練習時間と蓄積された経験の裏打ちが有った。
 過信、驕り、油断の入り込む隙間もないほどに、研鑽された実力が有った。

 鐙を失い、踏ん張りの効かないと言う状況に追い込まれて尚、優位は覆らない

 その姿を見るもの皆の胸に、絶対的に訪れる安心感がそれを、保証してもいる。

 何より静馬は、ユリアーヌスが勝利に片手をかけているこの状況で、未だ0ポイント。
 鐙を失うことは体の動きにも、槍の速さ重さ鋭さ全てにも関わってくるとはいえ、その程度のアドバンテージを得たところで、これほどの実力差、ここまで追い込まれた状況で今更どうこうできるものでもない。
 見ていたものが失笑混じりに下した評価は、みっともない最後の悪あがき。



 最後くらいは、騎士らしい潔さを見せればいいものを、最後の最後までヤツは騎士モドキだ。



 そんな想いの乗った視線に、三百六十度全方位から貫かれていながら、静馬は春の微風に撫でられた程にも気にした風もなく。

「私は今から水野に変わってもらっても気にしませんが?」

 重ねる言葉は緩く、ユリアーヌスの頬をなでて耳まで届く。

「退けとでも言うつもりか、此方を騎士ではないと貶めた貴様が」

 もちろん静馬がそんなことを口に出しては居ないことを、ユリアーヌスも忘れたわけでなく。
 それがあくまで静馬の表情から、自分自身が生み出した幻影であることはわかっている。
 だがそこで、『私はそんなことを口に出した覚えはない』などと静馬が言いはしないということも、また理解していた。

「貴方は騎士だ、ジョストの。それは連盟も、国も、皆もそう認める。
 私も騎士だ、だがジョストのではない。
 ジョストの騎士で居られなくしたのは、誰でもない貴方だ」

 非難する、どころか実に楽しそうに、この上なく誇らしげに告げる静馬は、左手を己が胸に当て、折れた槍先でユリアーヌスを示す。
 芝居がかった大仰な仕草は、あいも変わらず洗練されていながら、悲しいほど全く似合わない。
 
「ユリアーヌス卿、その『麻疹』は私が此処で治してしまうが。竜になどなられては困ると先に言っておく」

「くだらん、があえてその言い草に乗ってやる。悪竜を此処で退治し、この国の騎士が精強だと教えてやろう。
 いくら小細工を重ねたところで、悪竜では騎士に勝てんとな」

 同時に視線を切り、それぞれの側へと背を向け合う姿に、実況の東雲状が圧倒的なポイント差や有利不利を無視して、これでもかと言わんばかりに言葉をつぎ込み会場を盛り上げていく。

 騒がしい彼女の豊富な語彙でまくし立てる声を背で拒絶し、二人の騎士は既に音のない世界に我が身を置いていた。
 ユリアーヌスの表情は普段よりも一層厳しく、内心では自分がうまく静馬にのせられた事に、腹立たしく感じながらも、別段後悔をしている様子はなく。
 ならばその不利をも、実力でねじ伏せればいいだけだと、冷たい怒りを眼に冴え冴えと漲らせていた。

 さて、あんな品のない挑発までして、ようやくここまで漕ぎ着けたが

 応援までしてくれたのに、こんな様を晒した私に勝利の女神は、微笑んでくれるかどうか。

 視線を向けた先に見えたフィオナの表情に、静馬が一人静かに笑みを浮かべる。
 静馬は無言で折れた槍を高々と天に突き上げ示し、立てた槍を力強く胸の前へと引き寄せる。



 『私の勝利の女神様は、口が悪くて怒りっぽいのがチャームポイント』そう言ったのは、私だったな。



 笑いに細めた左目から、朱色の珠が溢れ、頬に紅の筋を描く。

 2015.10.13

第六十二幕「無敗の騎士王は、それでも笑みを消さず」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十二幕「無敗の騎士王は、それでも笑みを消さず」

「ファイヤッ!」

 鏡のように静まり返った空気の中、再び上がった叫び声に、観衆は今まさに二人の騎士が槍を交わさんとする一点に集中し、空間が重圧に呑み込まれる。
 つばを飲む音すら、否、呼吸をすることすら止めて見つめた焦点。
 意外なことに、仕掛けたのは静馬からだった。

 一度大きく上半身を半身に捻ってから繰り出された槍先は、緊張に凝り固まっていた大気を斬り裂き、唸りを上げて打ち下ろし気味に突出される。
 対するユリアーヌスは、先手を取られた事による動揺は欠片もなく、静馬とは正反対にこれぞジョストの騎士と教科書に載せられるべき、オーソドックスにして完璧な姿勢から、体幹の振れぬ無駄も余剰もない、故に鋭さと伸びのある突きが、大気を焦いて駆る。

 交差は一瞬

 鈍い音は二種

 静馬の槍は折れ、ユリアーヌスの口元が歪む。

 息を呑んで一本目を見守っていた観衆からは大歓声が上がり
 ようやく我に返ったフィオナが思い出したかのように酸素を求め
 顔を判定の方へと振り向けて、自分が今見たものが真実で、見間違いではなかったのだと自分を納得させる。

 入っていたのは2ポイント、ただしユリアーヌスにだけ。

 実力通りの結果と言ってしまえばその通りで、何ら疑問を挟む余地はない。
 だというのに、フィオナはショックを受けていた。
 自信満々と言うよりは、いつも通りの飄々とした態度で静馬に勝利を誓われ、ココロの何処かで期待していたのだ。

 人の心というものは誤解する。
 見たいもの、求めるものを目の前にすると、それは顕著に現れてしまう。
 あるいは、それは厳密に言えば誤解ではなく、置き換えによる錯覚と言うのかもしれない。

 想像あるいは空想とは、己の中にある材料だけで世界を組み上げることで。
 例えば『天を駆ける』という言葉に、人は地上から見上げて見える、直ぐその辺りを飛んでいる姿を想像するが、それは『天を駆ける』という言葉を選んだ者の言葉を冒涜している。
 想像した光景を言葉にするのなら、それは『空をとぶ』でしかない。

 つまり、人は自分の知覚認識できる範囲に、想像の中で置き換えてしまい、それを真実と信じ込む。

 相手が国内最強の騎士で、ジョストの現役プロで最強とすら言われている騎士であるのに。
 何故か、ほんの僅かな気付きや奇策、あるいは覚悟を持っただけで、『あっさり倒せてしまう程度』の存在と置換え、それが事実であると勘違いする。
 もしくは、実は静馬がとんでもない実力者で、秘められた実力を発揮してユリアーヌスにあっさり勝ってしまう、そんな夢物語のようなことを。

 そんなフィオナの中の幻想を、今の一本は完全に打ち砕いてみせた。

「今、静馬先輩の槍……柵に当たりましたよね」

 二人の騎士がすれ違いざまに槍で突き合うジョストという競技で、騎士同士が接触しないよう間には柵が設けられている。
 騎士は相手を左正面に見ながら、柵に沿ってそれぞれの側を馬に走らせ、右手で持った槍でお互いの特定部位を突くことでポイントを得、あるいは落馬や”羽根落し”で勝負がきまる。
 そのお互いを隔てる柵に静馬の槍は当たり、相手の騎士まで槍は届いてすら居なかった。

 それがフィオナの見た事実である。

 現実は情けも容赦もなく目の前に据えられ、目を逸らすことも出来ずに

 只々フィオナの中にある幻想を、打ち砕き粉微塵にしてしまった。

 フィオナのつぶやきに答えは沈黙しか帰ってこず、その事が静馬を応援していた者達の胸に去来している、絶望の深さを示している。
 静馬の体は鈍ってなどおらず、突き出された槍先は鋭く疾く、スィーリアすら凌駕するのではないかと言える程のものであった。
 そういう意味では、静馬は秘められた実力を発揮し、フィオナの期待に応えたのだ。
 しかし、どれ程鋭い突きであろうとも、静馬からは遠近感が完全に失われており、試合にすらならないのが現実。

 これが静馬にとって、人生最後のジョストであるというのに。
 涙が滲んでくることに、フィオナは歯を食いしばって耐える。
 現実は残酷で、決して物語のように上手くは行かない、そんなことは判っていた。

 たった一度ミスしたからなによ?試合はまだ終わってない

 なのに、自分のために立ち上がってくれた、たった一人の騎士を見捨ててひとりぼっちにするつもりなの?

 ベルティーユ先輩に言われたことはなに?アンタがしなきゃいけないことはなんなの?フィオナ・ベックフォード!

 * * *

 戻って来る静馬を迎えたカイルの、なんとも言えない不可思議な表情に、いやぁ流石にプロの一撃は効くな、と全くいつも通りの飄々とした態度で声をかけ、折れた槍を渡し代わりの槍を受け取る静馬。

「まだ最初の一本だ。
 決闘は始まったばかりなのだから、そんな世界の終わりのような顔をしなくても良いだろうに」

 どころか、逆にベグライターであるカイルの方が励まされ、そこに居るのが虚勢を張っているのでも無理に明るく振舞っているのでもない、文字通り何時もの静馬で思わず吹き出して笑う。
 それに拠って視界が開けたのか、ようやくカイルも自分の仕事を思い出し、ため息を付いて上げた顔には小さな笑みが浮かんでいた。

「言われたことは出来ていたか?目的も何も教えないので、文句を言われても受け付けんがな」

 交差する直前、そして静馬が槍を繰り出す直前、叫び声と言っても過言ではない大声で指示を出したのはカイルであった。
 静馬が無言で首肯する所を見ると、要求通りの完璧さでカイルの合図は静馬に届いたのだろう。
 そして指示を受けた静馬の反応の速さも、体の流れも、カイルから見て見事といえる程に、流れるように自然で文句のつけようもなかった。

 だがベグライターとしての実力が高いからこそ、掛ける言葉が見当たらぬのも皮肉なことに事実。
 二人の騎士の間には、実力差以上に厳然と横たわるハンデキャップがあり、それをひっくり返す魔法のような術は、如何に超一流を自称するカイルとて見つけられはしない。

 しかし、小さな笑いは言葉とともに、不敵な笑みへと変化する、否……変化させた。
 此処で心配そうな顔や言葉を向けるようでは、ベグライターとしては話にならない。
 カイルの中での矜持は自身にそう告げ、萎えかかる己のココロに鞭を当て奮い立たせる。

 ベグライターは戦場で孤独になる騎士の、唯一絶対の味方で、ただ一人だけ騎士の心に寄り添うことを許された特別な存在。

 自分が無理を言ってまで静馬に承諾させた特権を、寄り添わず支えず孤独にして何が親友か。

 騎士の気づかぬ敵の情報も見付けられず、取るべきタクティクスをアドバイスも出来ず、その上脚まで引っ張るような無様な真似は、死んでもできん。

 腹に呑んだ言葉は決して表には見せず、だというのに静馬には何故だか全てを見透かされているようなきになるも、そのことですら心地良いと感じている。
 それもお互い様で、馬鹿話もやったし腹を割って真剣な話をしたことも有る、静馬の考える事や心模様をカイルとて同様に見透かすことが出来るのだ。

「次はどうするんだ?」

 故にこの一言は、可能な限り気軽な風を装って、静馬の心という湖面に投げ込んだ一石。
 そこに広がる波紋の形で、先から感じている違和感の正体に気づき、カイルは表情を凍りつかせる。

「……お前」
「何だそんな真剣な顔をして、愛の告白ならせめてドレス姿で頼む。もっとも私にも選ぶ権利というものが有る事はわかってほしいが。次は流石に水平に突いてみようと思う」

 聞こえて来る嘲笑を見回すように視線を一巡り巡らせ、静馬は軽く肩をすくめると、目線である方角をカイルに示してみせた。

「友情は十分に心に刻んだ、と言う訳でさっさとカイルは、あの場へ駆けつけるべきだと私は思う」

 片目を瞑ったまま口元を綻ばせて言う静馬の言葉に、右腕を大きく横に振り、左手を胸に当て我が身が此処にあると示し返したカイルが、強い感情の篭った視線で、正面から静馬の瞳を睨みつける。

「親友の最後のジョストを放り出してか?ベグライターの責任と仕事を放棄してかっ!?」

「人として、ベグライターとして、その意見には賛同し敬意を抱く。
 そんな相手に親友と言われたことを、身に余るが誇りにも思う。
 だが男だろう?男なら姫の危機にそんな戯言を掲げるのは、ちょっと情けなく私は思う」

 ぐっと言葉に詰まるカイルに、やれやれと態と大仰にため息を付いて見せ、静馬は言葉を重ね退路を埋めていく。

「姫を救うのは、王子か騎士の役割だ、別の姫や少女騎士の役割ではないよ」

「オレはベグライターだ、そういう事ならそれはオレの役割じゃない」

「一体何を言い出すんだカイル、男は生まれた時から姫を救うための騎士だ。
 王子になれるかどうかは……まぁ、なかなかに難しい問題だがね」

 * * *

 一本目が終わった後、すぐに二本目が始まらず会場はざわめきだした。
 何か有ったのかという憶測よりも、山形静馬が怖気づき試合を止める交渉でも始めたのではないか、という嘲笑が上回ったのは、当然の成り行きである。
 騎士科に在籍する目端の利く生徒であれば、静馬の槍が柵に当たったことを見逃さず。
 何が起こったのかと誰かに尋ねられれば、何も抵抗を感じずにすんなりその事実を口にし説明するだろうから。

 その上、その憶測を増強するかのように、内容までは聞こえないが静馬とカイルが言い争い、その結果ベグライターをしていたカイルがその場から立ち去ったのだから、好き勝手に憶測は加速して広まっていく。

 反射的に立ち上がり、駆け出そうとするフィオナの体を捕まえたのは、ミレイユだった。

「何すんの離してっ」

「嫌です、離しません」

 相手がスィーリアやベルティーユであったなら、フィオナは力尽くで振り払っていただろう。
 だが相手は自分より年下の、見るからに華奢な少女だ。その少女が力では自分にはかなわないとわかりながら、それでも腕を掴んで止めた。
 それもおよそ少女に似つかわしくない程に、強い言葉の拒絶を伴って。

「貴女は何をしに、どこへ向かうつもりですか」

「そんなのっ……」

 反射的に口に出しそうになった言葉に、フィオナの体が凍りつく。

「そうです、騎士シズマ様が決闘しているのは、貴女に『そんな事をさせるため』ではなく、『そんな事をさせないため』です。だから貴女から、そんな事をしようとしないでください。
 あの方の決闘を、誇りを、泥に投げ入れるような事……しないで」

 ゆったりと独り開始位置へと馬足を進める静馬の姿に、ユリアーヌスが静かに左手でバイザーを下げる。

「シズマ様は騎士で」

 静馬が音もなく円弧を描くよう、天を指し示す槍の穂先を下げ、持ち手と水平の位置で揺れること無く止まる。
 そのまま、まるで先程の変則的な構えなど無かったかのよう、一分の隙もない完璧なオーソドックススタイルへと、流れる様な自然さで槍は構えられた。

「貴女は、シズマ様が認めた騎士で……」

 気息の練りこまれた攻性の空気が、二人の騎士の中間で不可視の鬩ぎ合いを繰り広げ。
 声援も罵声も、あらゆる音が遠のいていく世界。
 二人の騎士は互いの息遣いをはっきりと耳で捉え、二対の眼が互いの眼光と視線で、試合開始の合図がなる前に、既に相手の動きを絡め取ろうと応酬がなされている。
 


「あの方が、護るべき姫君なんです」



 無音の世界だというのに、開始の合図の音は聞き逃されることはなく。
 二人の騎士は弦より解き放たれた矢の如く、互いの間に横たわっていた筈の距離を、恐るべき速さで殺し接敵す。

 再び二種の鈍響が場を駆け抜け、闘技場は二騎の騎士を除き一瞬、完全に静止した。

 静馬の側のポイントを示す旗が揺れ動くも、旗は降ろされポイントが入ることはなく。
 初動とは逆に、ユリアーヌスが1ラウンド目を得たと、結果は示されるのみ。
 誰も何も言わない、その結果が正しいとも、おかしいともとも。

 何故なら槍が交差する一瞬の攻防で、何が起こったのか、何がなされたのか、見抜けたものはほんの数人だけ。
 それ以外の観衆は、一体何が起きたのかを、正確に知覚することが出来なかったのだ。
 速すぎて見えなかったのではない、余所見をして見逃したのでもない。
 ただ見えず、それ故その審判結果が、正しいのか間違っているのかの、判断する基準を自分の中に構築できず、誰かの下した判断を鵜呑みにするしか出来なかっただけ。

 馬首を巡らせ開始位置へと戻り行く騎士二人は、馬場で柵越しに当然すれ違う。

「それが貴様のジョストか」

 掛けられた声に、冷ややかとすら言えるほど、薄い笑みを浮かべる静馬。
 とても0ポイントのまま1ラウンド取られた騎士が相手に向ける顔ではない。
 ユリアーヌスの表情はといえば、対照的に苦く憎々しげなもの。
 二人の浮かべるべき表情は、本来逆であるべきだ。

「第一線から退いていたので、その間になされたルール変更については、不勉強で申し訳ない」

 全く悪びれた風もなく、飄々とした態度で軽く肩をすくめて見せる。

 前回とは逆に、今はユリアーヌスの槍だけが折れているのだから、判定の結果としては何ら不思議なことはない。
 折れた槍の持ち主の方にのみポイントが入ったのだ、槍が折れるほど相手の芯を捉える正確で強力な突きが、勝負を決したと考えるのが素直な思考の流れ。
 だが二人の騎士が浮かべる表情は、真実はそんな素直な風貌をしてはいないと告げている。

 そう、現実は全くの別物だった。

 ユリアーヌスの槍先は静馬の体に触れることは出来ず、逆に静馬の槍はユリアーヌスの胴をとらえた。
 であるのに静馬にポイントは入らず、ユリアーヌスが1ラウンド目を何故得たのか?
 答えは単純にして明快、ユリアーヌスが1ラウンド目を得たのは、1本目の2ポイントに2本目で得たポイントを加算し、規定の3ポイントに達した為ではなく、静馬の反則により与えられたもの。
 
 それ故に、静馬が得たはずの2ポイントは、当然ながら無効となり未だ0ポイントのままである。

「ユリアーヌス卿、貴方は何か勘違いしているようだが……私は此処にジョストをしに来ているわけではない。
 何よりまだ勝敗もついていないのに、私の全てを見たように言われても、困る」

 2015.10.09

第六十一幕「理解と誤解と誇りの位置関係」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十一幕「理解と誤解と誇りの位置関係」

 鋭い風鳴りが聞こえてくるような錯覚を覚えるほど、静馬の振り上げた腕は無駄なくピタリと動きを止め、伸ばした指先は一点、ユリアーヌスを穿つように真っ直ぐに指し示される。

「貴方は認めないだろうが私は騎士だ。必ずや囚われの姫を我が手、我が槍にて救い出す」

 静まり返った大観衆の前で高らかに、相も変わらず気障ったらしい台詞を恥ずかしげもなく宣言する静馬に、観客席から嘲笑が沸き起こる中、フィオナの周りだけがそれぞれ異なる反応を示した。

 スィーリアとベルティーユは、その姿を柔らかな微笑みをもって見守り。
 アンとエマは、げんなりした表情を隠そうともせずに額に手を当て。
 綾子は苦り切った表情を浮かべながらも、どこか諦めたようなため息をつく。

 ミレイユは赤らんだ頬に手を当て、フィオナはといえば赤面して俯いた。

 何やってんの、あの馬鹿

 なんでジョストの場にたってるのに

 騎士じゃなくて、ナンパ男の方が出てんのよ。

「シズマ様ー頑張ってー」
「ちょっとっ、こんな時ぐらいシャッキリしなさいよっ先輩!」

 声援と声援のような罵倒が隣り合って届くと、観衆からの笑い声はいっそう大きくなり、ユリアーヌスも思わず苦笑いを薄っすらと唇の端に浮かべる。

「これ以上恥の上塗りをすることはない、結果はすぐに出る」

 ユリアーヌスの唇から放たれた言葉は、挑発としか受け取れぬものながら、挑発ではなかった。
 少なくともスィーリアと静馬は、それがただ事実を告げているだけなのだと理解しており、反発も怒りも心に湧くことはない。
 しかし、二人を除く観衆はユリアーヌスという人物を理解してはおらず、静馬に向けられる嘲笑の声は一層深まるのを止めようもない。

 だがそれも、所詮は外の現象。

 馬上の二人は一瞬だけ鋭い視線を絡めあい、同時に馬首を巡らせ背を向ける。

 大騎士のようにゆったりとした足取りで戻ってきた静馬の表情に、迎えたカイルが苦い顔を向けながらも、かすかに笑って肩をすくめた。

「思ったより落ち着いているな静馬、あのユリアーヌス卿が相手だってのに、全く普段通りに見えたぞ。それで、オレに出来ることはないのか?」

「もちろん、ここまで付いて来たのだから当然手伝ってもらう。まず一本目なのだが……」

 身をかがめ、声を潜めた静馬の言葉を聞き終えたカイルが、怪訝な表情を浮かべる。
 一体それに何の意味があるのかを問い返そうと顔を上げ、カイルは動きを止めた。

 左側が大きく破損したままの面頬を着け、手早く後ろに手を回し飾緒を結び、兜をかぶり直した静馬の目は、親友を自認するカイルをして初めて見るもの。

 完全に『入り込んで』いて、余計な声が届くことはないと、見た瞬間にカイルは悟らされる。
 あるいはこう言い換えるべきか、静馬の姿は余りに静けさに包まれており、音を立てることを本能的に避けたのだと。
 それでもカイルが動けたのは、己がベグライターとしての絶大な自負か、それとも静馬の親友であるゆえか、伝えねばならぬという強い使命感なのか。

「バイザー無しでのジョストは、現ルールでは禁止されている。そんな装具では不戦敗だぞ静馬」



「だから言っただろうカイル、私はジョストで勝つつもりはないと」



 掛けられた声に、カイルは一瞬にして総毛立つ。

 身に纏う静けさは変わらず
 静かに流れる声は普段通りに穏やかなまま
 それでも、誤魔化しきれないほどの焔が、静馬の内に灯っているのを認めて。

「お前……」

 それを認め表情を変えたのは、カイルを除けば対峙するユリアーヌス以外にはほぼ居ない。
 否、他の者は気付き得無い、何故なら静馬になど目を向けていない為に。
 騎士が突く『標的の板』の方に、気を向けるものなど居ないのだから。

「そうか、つまりはそういう事なのだな山形静馬、良かろう真の実力というものを見せてやろう」

 * * *

 ベルティーユの息を呑む音に、ちらりと視線を振り向けたフィオナは、祈るように手を組み合わせた綾子の奥、手を握りしめて小さく体を震わせるスィーリアを見つけた。
 俯き何かに耐えているのではない。
 ましてや、神に祈りを捧げるよう、両手を組んでいる訳でもない。

 フィオナがそこに見出したスィーリアの表情は、いつもの毅然とした姿からは考えられない、頬を染め目を輝かせた、車椅子の上で静馬を見つめるミレイユと全く同じ憧憬の眼差し。
 それが黒の鎧に身を包む国内最強の天才騎士、彼女の兄であるユリアーヌスへではなく、静馬に向けられているのを不思議な気持ちでフィオナは見つめていた。

「……ジョストは弱いって言ったのに」

 口をついて出た言葉は、完全に無意識のもの。
 以前スィーリアに、静馬のファンなのだと言われた時、同時に彼女はフィオナに告げたのだ。
 『静馬は騎士としては強くない』と、間違いなく。

「ああ言った。
 静馬のやることは、『ジョストでは反則』と連盟に定められた、騎士らしくないという理由で。
 アイツはその事に一度も抗議したことはないし、反則とされた技をそれ以降使ったことも無い。
 だから、二度と見ることがないと思っていた、アイツのあんな姿を」
 
 一瞬足りとも静馬から視線を外そうとせぬまま、スィーリアがフィオナに答えたのは、そんな予想もつかぬ言葉で。
 それ故に、続く言葉も当然ながら、その場の誰も予想がつく筈のない代物。

「だから私はアイツに、私だけの異名を贈ったんだ、『最強』の意味を込めて『レッド』と。
 しかしフィオナ、だからこそレッドはこのジョストに勝てない」



 ユリアーヌスの低く冷たくすらある呟きは、歓声に阻まれ静馬までは聞こえない。
 されどベグライターから、槍を受け取ったユリアーヌスが身に纏う気配に、手の中で槍が重量をましたように錯覚し、静馬の口角が面頬の内で吊り上がった。
 聞こえずとも届く、揺らぎない馬上の姿から、立ち昇る充実した気力から。

 どんな言い訳も出来ぬほど、相手が実力でねじ伏せに来ていることが。

 ユリアーヌスを見ていた大多数が、その気迫に気圧され一様に息を呑む。
 必然、場は水を打ったように静まり返り、空気は質量を持つかのように重く立ち込めた。
 秒針が時を刻む度に緊張感はいや増し、皆が息苦しさを感じ始めた頃、試合開始の合図の音が、全く釣り合わぬ清々しさで流れ落ちる。

 直後、それは起こった。



「おおおおおおっ」



 腹の底から搾り出された大音量の雄叫びは、闘技場内全ての者の心臓を跳ね上げさせ。
 声援、歓声、アナウンス、その他全ての声上げる行為を、駆逐し呑み込む。
 全員の視線を振り向かせそのまま固定した、真紅の騎士を探した観衆の目が、そこに見出したのは……

 槍を握る右手を、槍投げのように後方に大きく伸ばした異様な姿。

 腋をしめ、腋の下に一種抱えるように槍を固定する、そんな常識以前の『ジョストの騎士はこう槍を構えて戦うもの』という、当り前の姿勢を完全に無視した姿。

  獣じみた咆哮、ジョストらしからぬ異様な構え、それらに受けた衝撃から一人また一人と精神を立て直した観衆は、一様に『ちゃんと真面目にジョストをやれ』と怒りがわきあがり。
 改めて原因である男に視線意識を向け、開いた口から、文句を漏らすこと無く、閉ざした。

 胸を張り、背筋をまっすぐに伸ばした馬上の静馬の姿は、勝つための技術や、セオリーとして成り立った優位――腋を締めやや前傾姿勢で槍を構え隙を伺う、被弾面積を小さくするように身を屈める――を全く無視し。
 そんなものを当り前として受け入れる騎士達を、笑い飛ばさんばかりに堂々たる姿。
 いや、騎士だけではなく静馬のその姿は、そっくりそのまま観衆の心中に湧き上がった文句を、真正面からココロへぶつけ返す。

 ジョストではするべきではない
 試合では正しくない
 勝負ではありえない

 物語の中にのみ存在する、騎士の姿がそこにあった。



「どうだフィオナ、レッドは格好良いだろう?」

 不意に耳に流れ込んできた声に、初めて自分が静馬に見とれていた事実を知らされたフィオナ。
 だが、此処で素直には頷けなかった。

「あんな変則の構えで、槍をつけるんですか?体だって鈍っているのに」

「まだ、気付け無いのだな」

 どこか笑いを抑えきれないような声のスィーリアに、もう一つ笑みに和らぐ気配が揺れる。
 
「いくら男性とはいえ、普段から鍛えていない方に、鎧を身にまとって落馬した相手を抱き止めるなど、不可能ですわよフィオナ?」

 一体、フィオナの中で静馬さんは、どれだけ凄い理想像と比較されているのかしらね、と上品に笑うベルティーユに、フィオナの頬が一気に朱に染まる。
 全くだ、とスィーリアも笑って賛同しながらも、相変わらず視線は今まさに槍を交わさんばかりに肉薄しつつある、二人の騎士から離れる気配はない。
 二人の金髪の美女に訳知り顔で笑われ、自分だけが答えに届いていないと言われてしまえば、如何に相手が上級生だろうが、フィオナがそこで恥じ入って引き下がるはずがない。

「槍を扱うことって先輩たちにとっては、体を鍛える事と同程度の意味なんですね」

 相手を小馬鹿にした――静馬言うところの誂うような――フィオナの物言いに、さすがの二人も瞳を怒気に染めずには居られなかった。
 如何にフィオナに甘い二人と言えど、その発言は下級生の生意気や、ドギツすぎる冗談として聞き流せる範疇を大きく外れている。
 言葉面だけで見るのであれば、それは普段のフィオナが口にするような、幼さ故の反発の表れにも見えなくはない。

 だが、違うのだ……

 フィオナが口にした言葉は、『貴女達にとってのジョストは、所詮健康体操程度なの?』と怒りよ失望に拠って発せられたものではない。
 直接的ではないというだけで、ほぼ直接的に『お前たちは本当に騎士なのか?』と言い放ったに等しい。

 如何にスィーリアとベルティーユであろうと、流石にこれは聞き流せない言葉だった。
 笑いは顔から消え、嘲られたと感じ強く深い視線をもって、誇りを傷つけられた屈辱で、二対の瞳は氷の冷たさと鋭さをもって、小生意気な下級生を斬り裂きあるいは刺し貫くかに見えたが、二人は視線を向けた先にその姿を捉えることが出来なかった。
 
 そこに見出したのは、紅蓮の怒りを滾らせた瞳をもって、二人を迎え撃つ少女騎士だけだった。

 あるいはこう言い換えようか、侮辱されたと感じた二人より前に、一人の少女が耐え切れぬほどに侮辱されたと感じ、あの言葉はそれに対しての返礼だったのだと。
 今少しわかりやすく事実を説明するのならこうだ。

 先ほどの台詞は、ケンカを売ったのではなく、売られたケンカの領収書を叩きつけたのだ、と。

 小刻みに震える肩、握りしめすぎて白んだ拳、強く噛み締めすぎて今にも痙攣しそうなこめかみ。
 フィオナは全身で自分の体を抑え込んでいた、怒りに手綱を明け渡し怒鳴ることを、湧き上がる悔しさに二人をひっぱたくことを。
 フィオナが頬を朱に染めた理由は、羞恥ではなく激怒であった。

 仮にその少女騎士の胸の内から、その時に言葉が溢れだしていたならこうだ。

 静馬先輩が、体を鍛えることなんて当り前だ、先輩は騎士なんだから。
 なのに二人は、そんな当然の話で何で自慢げにしているの?
 それとも何?二人にとって、静馬先輩が体を鍛えていたのは『自慢』するほど『意外な事』だった訳?
 そりゃ、あの変態気障ナンパ男の姿を見たら、汗をかくのも嫌がる口だけのモヤシ男に見えるわよ?

 あっ……そういうこと。
 私が静馬先輩を『そう』だって思い込んでると、二人は考えてるってこと。
 この学校で、一番長い時間過ごしてても、私じゃ気付けっこないって言ってる訳か。
 いや、違う……私より自分の方が、静馬先輩を理解してるって言いたいのね。

 入学早々何であんな早朝

 静馬先輩と練習場で出会ったのか

 気付けないほど馬鹿だって言ってんのねそれ。

 フィオナが二人に対し牙を剥き噛み付く寸前、場内に響き渡る大声が、再びざわめきを斬り伏せ静寂を縫い止めた。
 だが、今まさに交差せんとする二人の騎士の姿に、視線はその発言者を探す為に彷徨うことはなく。
 その言葉の意味を探ろうとする思考も、やはり湧き上がらない。

 故に、この言葉が意味を持つのはこの場に唯一人、静馬にだけであった。

「セットッ!!」

 2015.10.04

第六十幕「詐欺師は常に態度を変えず」

DR~少女竜騎士物語~


 第六十幕「詐欺師は常に態度を変えず」

 綾子の言葉で、静馬によってフィオナにかけられていた魔法は、儚く綻んでいった。

 最初に静馬に出会った日の、タオルを取り損なった理由。
 カイルに顔を殴られた静馬に、綾子が血相を変えて飛びついた訳。
 そして片目を……左目をつぶってみせる仕草が、余りに自然である意味。
 唯一静馬に受け止められた平手打ちが左手、即ち『静馬の右側』からのものであったこと。

 ウソもつかない、隠しもしない、でも真実とは逆のことを見せようとする。

 ただの変態気障ナンパ男にしか見えないのに、誰よりも騎士であろうとする。

 ほんと、先輩は詐欺師だ。

 いったい自分はどれだけ静馬に騙されて。
 どれだけ騎士を魅せられて
 どれだけ、あの人に救われてきたのか。

 涙が零れ落ちそうになるのを、きつく唇を噛み締めて耐える。
 そうしなければ、今にも叫びだしてしまいそうになるのを、抑えられない。
 小さな両手を握りしめ、フィオナは真っ直ぐに姿を表した、紅の騎士の姿を見つめる。

 * * *

 水野貴弘を中心と据えた集団は、フィオナたちとはまた別の一角に集まっていた。
 観衆の外来を想定していない闘技場の観戦席は、ごく僅かな貴賓用の特別席を除けば、よく言ってシンプル悪く言えば簡素な作りで、闘技場をぐるりと一周取り囲む。
 当然ながらそんな作りであるために、場所によって人気不人気が大きく別れるのは言うまでもなく。
 陣取る場所によって、観衆の質が大きく変化するのもまた、言うまでもない。

 ほとんどが埋まった観戦席、やはり人気が高いのが丁度中央部分を横手から見るのに適した場所で、貴賓席の設置されているのも当然その条件を満たしている。
 もっとも貴賓席は一般観戦席とは階層自体が異なるため、来賓の数が増えると一般観戦者が追いやられる、というようなことはない。

 ウィンフォード学園に態々入るような学生は、言うまでもなく皆ジョストが好きで、必然長手方向の一番いい席の競争率は上がる。
 だがウィンフォードである、騎士を養成する学校だけあって、誰が言うでもなく騎士課の生徒が優先され、次いでベグライター課、最後に一般課の学生という順が暗黙の了解があり。
 その枠組みを超えて優先されるのが、戦う騎士の個人的な関係者である。

 今回の静馬とユリアーヌスの決闘は、静馬の人生最後のジョストという側面はありはするものの、その事実を知る者は多くなく。
 多くの学生にとっては、ウィンフォード学園の学内大会という、お祭りのエキシビジョンでしかない。
 綾子の養護教諭としての顔は、ある程度の融通をきかせることは出来たものの、最初から会場入りしていた訳ではないため、誰かを押しのけてなどということも当然出来ず。
 フィオナ達に静馬の関係者として、優先的に席を宛がうなどということは、出来るはずもない。

 彼女たちが試合直前まで静馬の控室にいながら、労せず最もいい席を確保できたのは、あくまでエマがベルティーユのベグライター役をアン一人に任せ、ベルティーユの試合が終わった後にはアンが合流し。
 静馬の控室にも行かずに、本来は貴族として貴賓席に行くべきミレイユの分まで、頑張って席取りをしていた結果である。
 貴弘達の方はと言えば、全員が大会参加の騎士やベグライターの集団であり、あくまでメインは自身の参加する大会。
 エマとアンが席取りをしていたフィオナたちのように、最前列の席という訳にはいかず、見やすい場所などと贅沢なことを言える筈もない。まとまった席を確保できただけでも御の字、というところだろう。

 それは観戦席にいるほかの騎士たちも同様で、従来の大会ではここまで席取りが殺気立つことはない。
 だがこの決闘で戦う一人は現役国内最強の騎士で、間近で見られるチャンスを逃すまいと騎士課の生徒が殺到、更にはその騎士が家格、騎士としての実力、そして何より美麗な外見とあって、観戦席に女生徒の姿がやけに目立つ事となり。席事情が極めて悪化したのも、二つの集団の環境を分けたと言っていいだろう。

 貴弘達の居る辺りはかなり外周近くで、周りから聞こえてくる声には、眉をひそめたくなる様な内容がチラホラと見受けられる。
 試合前から実力差が歴然であり、悪名高い腰抜けの騎士モドキになど、無様なやられ役以外の何も期待されていない。
 その点についてだけは、騎士課の生徒達もその他の女生徒達においても変わることなく、故にカイルと共に姿を現した静馬の姿など、よくて一瞥されるだけ、悪ければ見向きもされない。

 だがフィオナ達以外で――実況の東雲嬢を除けば――静馬の姿に視線を釘付けにされた者がいた。

 ミレイユの姉であるノエルは、綾子と何事か言い合っていた妹が、静馬の姿を見つけるなり車椅子から身を乗り出すようにして見つめ、両手を組んで祈りを捧げる様を見て、自然と静馬に視線を向け。

 貴弘は静馬の姿を見た瞬間フラッシュバックを起こし、唇まで紫になりながら震える体を隣に座る美桜に支えられ、保健室へとの誘いを弱弱しく拒否しながらも、静馬から目を離せなくなっていた。

 最後の一人の茜は、殴りつけられたかのようなショックを受け、唇を噛み締め顔をうつむけながらも、視線は鋭く斬りつけるように静馬を睨む。

「・・・たばかられた」

 関節が白むほど強く握られた拳は、揃えて据えられた太腿の上で震え、漏れ出た声は怨嗟と共に自らの不明を恥じいるような響きを持って流れ出る。

 腰抜けの口先男だと、信じて疑いもしなかった。
 鎧を見るまで、その男の姓が山県だと気づきもしなかった。
 私は一体、今まで何を見ていたんだ・・・

「ちょっと茜、一人で納得して落ち込まれても、こっちはリアクションに困るのだけど?」

 ノエルは状況に一人取り残されたリサを気遣って、茜の言葉の端を捕まえる。

「山県の姓を名乗り、あの鎧を受け継いでいるなら。アイツは日本で最も有名な騎馬軍の末裔だ」

 苦々しく吐き出す言葉には、己の未熟を呪うようなドス黒い感情がこめられていた。
 ジョストの騎士にして、日本人でありながら、その事に注意すら向けていなかった事は、茜にとってはそれだけの不覚。
 茜にそれだけの感情を見せつけられ、遅れて貴弘もその原因を――茜が何を言っているのかを悟る、悟らされる。

「たまたま苗字が同じだから、あやかったという事じゃないの?」

「ノエルは気付かなかったか違和感に?
 アイツは馬に乗るときに右から乗った・・・あれはアイツが『そう』だという証拠だ」

「それならなおさら、先祖伝来の鎧でジョストなんて、やらないんじゃないですか?」

 リサの問い掛けに周りが肯定的な空気になっていき、茜が思わず顔をしかめる。
 普段生活している分には気にもならないが、たまに根本的な部分での考え方や価値観の相違が表面化すると、自分がこの国の人間ではなく留学生――外国の人間なのだと思い知らされる。
 説明することも考えたが、得てしてこういう差異は、説明されても本当の意味でお互いが踏み寄れないものだと、茜は経験則から思い留まる。
 同じ日本人として反射的に貴弘に救いを求める視線を向けたのは、無理からぬというよりも自然な流れであろうか。
 そこでようやく貴弘の異変に茜が気付き、茜の息をのむ気配につられ、ノエルとリサの二人も遅れて知る。

 紫にまで染まった唇

 顔面は蒼白となる程に血の気のひいた顔

 焦点の合わぬ漆黒の双眸

 貴弘には茜の視線など、欠片も届いてはいなかった。
 彼は今まざまざと、記憶の底に封じていたトラウマを引き摺りだされ、目を閉じても消えることのない記憶を再生されており。
 恐怖に負けて叫びだしも、パニックになって暴れもしないのは、静馬との距離があることと、当時から数年たったことを差し引いても、貴弘の精神力が誇るべき強さを持った故であった。
 
 * * *

 馬上の人となった静馬は、カイルから槍を受け取り、遠くに対峙する相手を目を眇めて確認すると、重さとバランスを確認するよう手にした槍を縦に横にと数度振り回し、風切り音に忙しなく耳を動かす夜風の首筋を優しくなでる。

「それで、こんな調整期間の短いジョストに、勝算はどのくらい有るんだ?」

 あくまで普段通りの口調で冗談めかしてはいるものの、カイルの目つきは真剣そのもの。
 肩をすくめた静馬から返ってきた言葉もまた、いつも通り根拠の無い自信に溢れながらも、カイルの期待していたものと酷くかけ離れた内容だった。

「一体何を言ってるんだカイル、そんなもの有るわけがないだろう」

 実にあっけらかんと、これから戦おうという騎士本人に断言されてしまい。
 どころか、大丈夫か?と逆に心配されてしまっては、流石のカイルも口をあんぐり開けたまま言葉も出ない。

「ちょっと待てっ、お前あの娘に必ず勝つと誓ってみせたのだろ!?ジョストに勝って名誉を守るって……」

 少なくとも静馬がフィオナのことを大切にしており、騎士として静馬が誇りにかけて誓った以上、そこには勝ちの道筋が有るはずだと。
 自分には見当もつかないが、静馬には勝算があるのだと、ある意味でカイルは呑気に構えていたのだが、その信頼はあっさりと覆された。



「そんな出来もしないことを私がフィオナに?嘘をつかないことが、数少ない美徳だと自負する私が?」



 カイルと静馬の付き合いは長いとはいえないものの、一年の入学早々からなので丸一年程の付き合いになる。
 親友を恥ずかしげもなく自称するだけ有って、その期間教室で寮で厩舎で会話し、あるいは馬の世話を共にしてきた。
 時には将来の夢や恋愛話といった、今思い返すと羞恥のあまり暴れたくなるような内容も有り。
 ウィンフォードにおいて、最も静馬と時間を共有してきたのは、自分だという自負も有る。
 故に、静馬の言葉の意味を――静馬が一体何を言っているのかを――カイルは正確にとらえた。

 ああそうだ、確かに静馬の言うとおりだ

 こいつは、敵を打ち倒すといったし、勝つとも言ったが

 ジョストで勝てるとは、一度も言わなかった。

 だが、あの娘は騙されたって怒るのわかってるだろ?

「お前、そんなだからモテないんだぞ静馬」

 自分の頭を乱暴に掻き毟りながら、苦り切った表情でカイルが吐き出す言葉に、静馬が堪え切れずに吹き出しついには大笑いしだす。

「自分の騎士を見る目が曇っていたからといって、それを私に当たらないで欲しいものだな」

「ふん、なんとでも言え。人生最後のジョストを、派手に負かしてくれる相手とさっさと挨拶してこい」

 そう言って差し伸べるカイルの手に槍を引き渡し、中央へと馬を進める静馬に習うように、馬上の人となったユリアーヌスもゆっくりと中央へ馬を進めてくる。

「よく逃げずに来たとでも言えばいいか?」

「そんな安っぽい台詞を吐かれても困る、そも決闘を仕掛けたのは私で、受けたのが貴方だ」

 軽い口調の応酬は、たった一往復で終わりを告げる。
 強い瞳で静馬を睨んだユリアーヌスの口から漏れたのは、怒りを結晶化させ敵意で磨きあげた憎悪の糾弾。
 
「貴様は何故あんな真似をした」

 水野貴弘の脚を静馬は狙って壊したのだと、ユリアーヌスは信じてを疑わず、憎しみの感情もあらわにその事実を突きつける。

 今までこんな風に、正面切って非難されたことはなかった。
 誰かがそうしてしまえば、公式に表で確定しまう。
 誰もが心の内で判っていながらも、曖昧な言葉で焦点をはっきりさせずに誤魔化した理由。
 
 過去一度として弟子など取らなかった最強の騎士が、初めてとった弟子を潰した相手に騎士を続けさせ無い為、連盟が公式記録からも騎士序列からも、静馬の名を削除させたのだということが。

「それを問うのか、騎士である貴方が」

 軽く肩をすくめながらも、以前全く同じ返しを貴弘にしたことを思い出し、静馬は内心妙に納得もした。
 貴弘にとってユリアーヌスこそが理想の騎士像で、それは今も変わらず貴弘の中に根付いており。
 だから水野は、まだ蹲っているのか、と。

 貴弘の中では、静馬との試合はジョストですら無く。
 故にあの時の負傷が試合中の事故ではなく、ただの理不尽な出来事で。
 だから、周りも連盟も『そう』動いたのだと。

 納得したのだ、気が付いたのではなく。
 それは即ち、疑っていたことを確信しただけであり。
 相手が今の言葉では自分の言っていることを受け止めないと、理解したということでも有る。
 
「あれがジョストであり、私が騎士であるが故に」

 あくまで静馬の本心でありながら、どこか皮肉っぽくも聞こえる物言いに、ユリアーヌスの顔に浮かんだ歪みが深まるのも当然。
 『あんな真似』等といった以上、ユリアーヌスにとっては、事故であっても許せぬ騎士らしからぬ行為であるのに、故意であったと静馬に真正面から胸を張られたのだ。
 加害者が居直っているとしか思えず、神経は逆なでされる。

「それが貴様のっ」「問われ答えた、次は私が問う番だ。貴方が感情をぶつける番ではないよ」

 言葉を遮りながらきっぱりと断言する静馬に、そこまでの話の流れは断ち切られ、ユリアーヌスの口は半ば強制的に閉ざされる。
 大変結構、何ら悪びれた風もなく鷹揚に頷き返しながらそう告げ。一旦視線を外して回りを見回し、ある人物の姿を見つけた静馬の口から安堵の息が漏れる。

「では問おう、貴方は一体いつまで責任転嫁をするのを止めない?」

 静馬の言葉に眉を跳ね上げさせたユリアーヌスの顔は、一瞬にしてドス黒く染まる。
 当然だろう、騎士が大観衆の前で真正面から『責任転嫁』――即ち、卑怯者と罵られたのだ、これ以上の侮辱はない。

「勝利が当然で敗北した者は不要と言い、それを有言実行する貴方は素晴らしいジョストの騎士だ。
 だが同時に、指導者として同じことを言う貴方は欠陥品と言わざるをえない。
 敗北しない者に師などいらない、敗北したものを見捨てる師など、不要どころか有害でしか無い」

 軽く肩をすくめながら、静馬は片目をつぶってみせる。

「弟子が敗北した理由を相手に見つけ、八つ当たりなどされても困る」

 2015.09.20

第五十九幕「過去からの手紙」

DR~少女竜騎士物語~


第五十九幕「過去からの手紙」

 踵が床を蹴りつける音が、どんどんと自分の精神を追い詰めていくのを自覚した。

 額を流れる汗は悪意をもって目に流れ込み、自分を形成するモノが一歩ごとに重量を増し、足を止めようと圧し掛かってくる。
 呼吸は浅く速く、スカートの裾は脚をからげようと、先程から引っ切り無しに纏わりつく。
 苛立たし気に絡みつく白衣の裾を払いのけ、柊木綾子は走っていた。

 綾子は悩み答えを出せずにいた、スィーリアに静馬が決闘をすると聞いた時から、たった今まで。

 元騎士としての綾子と、医者としての綾子、二人の意見は真っ向から対立し。どんなに悩み考えたところで、答えが出る筈がないということもわかっていたのに、結局は静馬本人の意思を尊重する、という立ち位置に消極的に自分が転がり落ちた。
 いや、消極的に転がり落ちたのだから、そこに綾子の『立ち位置』などがあるはずがない。

 静馬の最後のジョストが始まるという時間になって、それを止めにも応援にも行けない自分に気づいたとき、いかに自分が愚かな選択をしたのかようやく気付けた。
 そして、その愚行が最も後悔する選択だと同時に悟り、唇を噛み締め溢れそうな涙を振り捨て、ようやく答えを出しに向かった。
 静馬の姿を目してしまえば再び迷うかもしれない、躊躇い言葉にできないかもしれない。

 しかし、最後の最後、その場から逃げてはいけないのだと、精いっぱいの勇気を振り絞って。

 元騎士の綾子でも
 医者としての綾子でもなく
 ただの、柊木綾子としての答えを胸に抱いて。

 辿り着いた控室は既にもぬけの殻、へたり込んでしまいそうな震える膝、悲鳴を上げている肺に鞭打って。
 既に走っているとは言えない速さで、光差す闘技場入り口へとその身を推し進め・・・・・・ついには、足が絡まり派手に前のめりに身を投げ出す。

 現実はそんなに格好良く、物語のようにはいかない。
 自分が決断をしたから、それでぎりぎり間に合うなんて、そんな都合のいいことは起こらない。
 何しろここまで結論を出すことから逃げてきたのは、ほかならぬ自分なのだから。

 情けなさに涙が溢れてくるのを、もはや止めようともせず・・・・・・冷たい床に、無様に身を投げ出す感覚がいつまでも襲い来ないことに、ようやく我に返りあたりを窺った綾子の最初に視界に入ったのは、憎々し気なエメラルドの瞳。

「・・・・・・先生、そろそろ自分の今の格好に気付いてください」

 不機嫌を声にしたらきっとこんな風になる、そんなお手本のような声色が耳に流れ込み、冷静さをわずかに取り戻した綾子の、視界と言わず認識世界が一気に広がる。
 耳に飛び込む複数の黄色い悲鳴と同時に、フィオナの言葉に押し流されるように現在の状況を理解した。
 静馬の腕の中で、胸に顔をうずめる様にして抱きかかえられている自分に、気付かされてしまった。

 相手は自分の甥と同年代の子供だというのに、異性を感じてしまい。
 気恥ずかしさと胸の鼓動は抑えようがなく、血流は巡り肌が熱を持っていく。
 浮かぶ疑問にこたえられるだけの冷静さも、羞恥心は根こそぎ消し去ってしまっていた。
 
「先輩も、さっさと降してあげたらどうですか?いやらしい」

「心外だねフィオナ、私は君との約束をこうして公言通りに守っているというのに」

 綾子を抱きかかえたままとは思えないほど、実にいつも通り肩をすくめて見せた静馬だが、片膝をつき綾子の足をそっと地におろす。
 『約束って何ですか、約束って?』と、すかさずフィオナが詰め寄るのに、静馬が片目をつぶって『君の試合の時に、その手はいつ使うのかと聞かれたのを覚えていないかな?』と、あっさり逆襲してのけるのを、どこか遠くの出来事のように呆然と見つめていたが、頭を一つ振って綾子が静馬をまっすぐに見つめる。

「静馬君」

 掛けられた声の調子に、静馬もフィオナも軽口を引っ込め、周りで見守っていたカイルやベルティーユ達も、思わず息をのんで、綾子の続く言葉を待った。

「赦して、とは言わないわ」

「もちろん赦しませんよ、貴女は私に赦されなければならない、何物をも背負ってなどいない。
 今まで自責の念に責められ続けた貴女には、すべてを語る権利がある」

 穏やかに流れる静馬の声に、綾子はゆっくりと首を振った。
 それだけで、綾子が出した答えを悟ったのか静馬の笑みが淡くけぶり、肩を竦めながら片目をつぶって見せる。

「それに私の記憶が確かなら、貴女はこう言った筈です『学生は多くを間違い、正解を選び取っていく』と」

 ちらっと気づかわしげな眼を、車椅子のミレイユに向けたのも一瞬。
 綾子は一つだけ大きなため息をつくと、カイルを目でせかした。
 ほらいい加減行くぞ、カイルに肩を叩かれ促された静馬が歩みだす背中に、フィオナの言葉が当たり砕ける。

「待ってっ!先輩にとって・・・・・・ジョストって何ですか?」

 彼女にとってのジョストは、存在証明の場。
 『無くては生きていけないもの』ではないが、決して軽く手放せるものではない。
 静馬がジョストをしている姿どころか、練習している姿ですらフィオナは見たことはないが、それでも自分にとってより静馬にとってのジョストは、はるかに重いと感じていたからこその一言。

 捧げられたフィオナが、ちゃんと理解しておかなければならない。
 聞くのは怖かった、同じ重さで静馬に返せるモノを、彼女は自分の中に見いだせずにいたために。
 しかし、今が最後の機会なのだと理解して、勇気を振り絞り震える声をしぼりだす。

 それが失われてしまう決闘後ではなく決闘の前、まだ静馬の手の中にあるうちに聞かねばならぬ事だから。

「一番楽しい遊び、かな?」

 飄々といつもと変わらぬ調子で答える静馬。
 人生、空気、生きる意味、そんな言葉が返ってくるとフィオナは半ば覚悟していた。
 だが静馬から返ってきたのは、『無くては生きていけないもの』ではなく『遊び』。

 楽しいからやっている趣味だと、いかにも静馬らしい軽い口調での返答に、フィオナの肩から力が抜ける。

「負けたら承知しないですからね静馬先輩?」

「君が私を応援してくれている限り、私に敗北はないよ」

 背を向けたまま軽く手を振る仕草は、嫌になるほど自然で
 しかしどうしようもないほど、やはり静馬には似合わなかった。



 * * *



 静馬の背が、闘技場入り口から差す光の中に消えていくのを見送った綾子は、フィオナの手を握って無言のまま引き摺る様に、観客席の方へと歩き出す。
 驚きで反射的に振り払ったフィオナだが、予想外の強さで握っていた綾子の手は離れず。
 握る手の強さと同様の、険しい表情のまま振り向くも、何も言わずに綾子はフィオナの腕を引いて歩を強める。
 その手は、二人が観客席の最前列へと腰を下ろすまで、はなされることはなかった。

「貴女は、静馬君の最後のジョストを、一瞬も見逃してはダメ」

「遊びだから、それほど気にしなくてもいいって・・・・・・静馬先輩が気を使ってくれたのを、無にしてもですか」

 フィオナもバカではない。
 静馬が意地を張ってでも『いつも通り』を押し通した意味は当然わかっていた。
 そして、こちらが真剣で必死な表情や、泣き顔を見せてしまえば――そんなに必死になっている姿を見せてしまえば、静馬のそんな気遣いを、真っ向否定してしまうこともわかっている。

 だから、軽口を返して見せたのだ。
 相手の優しさや気遣いを、気付けないバカな娘として振舞った。
 騎士にとってのジョストが遊びのはずがない、そんなことはフィオナが一番実感している。

 だって、静馬先輩が普段見せない真剣な表情なんて、あの状況で見せるはずないから

 あの人は騎士で、守るべき相手の前で、相手が不安になる様な事、する筈がない

「そんな静馬さんが喜ぶような、素直な反応ばかりして見せるから、貴女は静馬さんからお転婆姫扱いを、まだされてしまうのですよフィオナ」

 少し困ったような、どこまでも愛おしそうな微笑みを湛えたベルティーユが、自らの顎に指を這わせ小首をかしげて見せる。
 咽るような圧倒的色香を伴う仕草、だというのに伸びきった背筋、身に纏う気品のせいで、爽やかさすら感じさせるのはベルティーユの人柄ゆえだろうか。

「どういうことですかっ?」

 やや唇を尖らせたフィオナが藪にらみに睨みつけるも、そこはベルティーユ。
 ゆったりと微笑みをほころばせ、艶やかな笑みへと咲き誇り、フィオナの反射的な噛みつきなど軟らかく受け止めてしまう。

「お腹がすいたから、早く仕事を片付けて食事にしよう。そう思った経験は貴女にもあるでしょう?」

「ありますよ、それが何だって言うんですか」

「静馬さんならこう言いますわよ?『それが答えだよフィオナ』って」

 ベルティーユの物言いにどきりとさせられる、頭の中でベルティーユの言葉が、静馬の声と笑顔で再生されたのだ。
 同時に胸が痛んだ、悔しさにベルティーユへ向ける視線が、無意識に険しくなる。
 それにも苦い笑いを返しただけで、ベルティーユは足りない言葉を継ぐ。

 また静馬さんの詐欺にあっているわよフィオナ、苦い笑顔はそう告げ、言葉では別のことを告げた。



「『生きるために必要』な食事を、忘れてのめり込むのが、『一番楽しい遊び』ではなくて?」



 ベルティーユのいう事に、ぐうの音も出ない程完全にやり込められ。
 ふぐっ、と悔しそうに唇を噛み締めたフィオナの、ベルティーユを睨む目が一層恨めしそうに歪む。

 あの詐欺師は心底詐欺師で、わざとわかりやすいウソをちらつかせ、そこに気づいた者を安心させて騙した。
 何よりズルいのが、本当にちゃんと嘘をつかずに詐欺する手口だ。
 なのにベルティーユ先輩は、まるで普通の会話でもしていたみたいに、あっさりその詐欺を看破して騙されていない。

「レッドドラグーンって何ですか、ベルティーユ先輩も知ってるんですよね?」

 本来であれば、ここは綾子に尋ねるべき場面。
 スィーリアの言っていた『答えるべき相手』に、フィオナが思い浮かべたのが綾子だったのだから。
 だが名指しで指名した相手はベルティーユ、『自分の知らない』静馬のことを、綾子に聞くのを無意識に嫌がったのか、はたまた単純な八つ当たりなのかは、フィオナ本人にもわからないが。

 フィオナが口にしたのは前置きを何もかも排除した、単刀直入な問いかけ。

 金だ銀だ暗黒だと近年のファンタジーでは、最強のドラゴンは真新しくあるいは禍々しく派手な色を纏っているが、フィオナもミレイユも、いやベルティーユやスィーリアとて同じく、子供の頃に聞いたお伽噺に出てくる悪いドラゴンは赤竜だ。
 そして、静馬が以前フィオナに向け告げた言葉は、未だフィオナの中に残っている。

 『騎士はドラゴンを育てないが、ドラゴンは騎士を育てる』

「先輩が、私を育てたドラゴン、っていうこと・・・・・・ですか」

 これが、一度だけジョストを見せられる静馬から、フィオナへの最後の教育なのだ。
 まるで、もはや死すべき定めの竜が、最後に伏したる我が身より流れる血をもって
 己を倒した英雄に、不死身を与えるかのように。

 綾子に引かれた手の強さが、そう告げているようフィオナには聞こえ、無意識に小さく痛む胸を押さえる。
 はたして、フィオナのかすれた声による問いかけに、答えは返ってきた。
 しかし、それは全く予想外なところからによるもの。

「レッドドラグーンはジョスト連盟が付けた異名で、『赤き竜』ではなく『赤き竜騎兵』という意味です。
 ですからシズマ様は嫌がったんですよ。連盟はあの方を竜騎兵と呼び・・・・・・騎士とは認めなかった」

 今にも消えそうなほど儚く、痛々し気な微笑みを浮かべながら、言葉を差し出したのはミレイユ。
 よりにもよって、唯一の自分より年下の相手に、過去の出来事を告げられたフィオナ。
 全員の視線が感情をのせてミレイユへ向けられるも、最初から想定済みなのか、ミレイユは特に反応することもなく、静馬の姿が現れるであろう辺りを見つめている。

「公式大会への出場は数年前に一度だけ、初出場のその大会で初優勝なさっています。
 しかし、その優勝は後から取り消され、公式記録から削除されてしまった」

 ミレイユは痛々し気な微笑みのまま、視線を静馬からフィオナの横にいる綾子へとむける。
 一瞬交差した視線に、フィオナが気圧されるほど、底冷えするような氷の瞳。

「その時の対戦相手、のちに繰り上げ優勝になったのが・・・・・・」

「水野貴弘・・・・・・私の甥よ。
 貴弘が騎士を続ける事を断念したキズを負わせたのが静馬君。静馬君の騎士の道を断ち切ったのが貴弘。
 試合後直ぐに病院に運ばれたから、貴弘は相手の鎧姿は知っていても、顔も名前も知らない。
 調べようと思った時には、もう公式記録からも騎士序列からも、静馬君の名前は消されてしまっていた」

 綾子先生が静馬先輩のことを気にしていたのは
 好きだからじゃなくて、自分の甥っ子が騎士をやめた原因だから?
 静馬先輩がジョストを禁止されたのって、あの腰抜け男に怪我させたからってこと?

 連盟、そう静馬先輩のジョストを禁じたのは連盟だ
 何故?試合中に相手を怪我させたから?それが将来有望な天才騎士だったから?
 それとも、スィーリア先輩のお兄さんの、弟子だったから?

 フィオナの頭の中をめぐる、とりとめもない考えを、ミレイユの弾劾の剣のような一言が一閃で切り捨てる。

「でも、貴女は知っていた、ユリアーヌス卿も、スィーリア様も。
 なのにシズマ様のことを、水野貴弘には黙っていた。
 それは・・・・・・彼が騎士に復帰する重荷にならないため、ですか?」
 
 沈黙が一瞬にして場を支配する、それ以外の答えはそこにはなかった。

「シズマ様はおっしゃってました、『スィーリア様に比肩する男の騎士を知っている』って、『水野貴弘は天才騎士だ』って。
 でも、そうやって周りが甘やかして罪にも負けにも向き合わせないから、彼は『自分が捨てられた』という思いに逃げる癖の付いた、負け犬のままなんじゃないんですか」

 貴族の子女が使うには余りに品がなくきつい言葉、だがそれ故に伝わるミレイユの心。

 彼女は貴弘を非難しているのではなく、『負け犬』に甘んじさせている周りを非難しつつ、二人の騎士がジョストから失われてしまったことを嘆いている。
 彼女は本当にジョストが大好きで、ジョストで戦う騎士の姿に憧憬を抱いているのだと。

 故に、綾子は苦く躊躇いの表情を浮かべながら、それでも言葉を切り出した。

「向き合わせるには重すぎた、当時の貴弘は丁度貴女くらいの年齢。
 そんな子供が、師に見捨てられ、一生完治しない傷を負わされ、夢を断ち切られ、毎日悪夢にうなされて飛び起き、食事もできない程絶望していたの。
 貴女の言っていることは正しいけど、『貴方のせいで相手の騎士は、もうジョストが出来ない』なんて追討ち、貴女が家族なら言える?私には無理だった。
 ・・・・・・だから、いまの静馬君も私には止められない」

 最後に差し挟まれた言葉は、余りに不吉な響きを持って流れ、氷の手に心臓が撫でられる。
 ミレイユだけでなくフィオナを含む皆が、弾かれた様に一斉に綾子を振り向く顔は真っ青だった。
 もう一言も綾子の言葉を聞いてはいけない、そう理性は告げているのに、耳を塞ぐこともその場から離れることもできず。
 ゆっくりと、ルージュのひかれた唇から、凍える言葉が吹きすさぶのを、ただ見ていることしかできない。

「決勝で貴弘は最後の一本を反則で落としたの。
 その反撃で、貴弘は脚に完治しない傷を負ったけど、静馬君は騎士の道を断たれたってさっき言ったでしょ。
 貴弘が静馬君から奪ってしまったのが距離感、薄ぼんやりしか見えていないのよ、静馬君の左目は。
 だけじゃなく、極度の集中や緊張状態が長く続けば最悪・・・・・・だからドクターストップがかかった」

 フィオナが反射的に何かを口にする寸前、綾子が冬枯れた立木の様な淋しい笑みを向け

 呟きのように小さく流れる言葉が、それを押しとどめる。

「あの人は騎士なのよ、誇りを持ち、名誉を重んじ、驕らず、言葉の重さを知る」

 2015.08.31

第五十八幕「見えるもの、理解したものは、実感の前には無力であり」

DR~少女竜騎士物語~


 第五十八幕「見えるもの、理解したものは、実感の前には無力であり」

 板金同士がぶつかり合い、こすれ合う音を置き去りにするように、石造りの床を打ち鳴らす足音の響き。
 荒い呼吸と上気した頬が、季節はもう初夏にかかっていると言うのに、吐き出す白い吐息を幻視させ。
 額を流れる汗を拭うことも忘れ、散るにまかせたそれが時折目に流れ込んでは、かすかな痛みを伴い視界を滲ませる。

 そのまま辿り着いた扉に手をかけ、力任せに開け放たれたそれは、壊れるのではないかというほど大きな音をたてるも。
 ぼやけた狭い視界の正面に、まさに探していた顔を見つけた主には、その音が耳に届いていなかった。
 今少し正確に記すのであれば・・・・・・

 ただ一点、探していた相手の存在以外のなにも、その時彼女の世界には存在しなかった。

 故に、呼吸も整わないままに、走ってきた勢いのまま、相手の胸に飛び込み。
 自身が鎧っている事も意識にはなく、板金が強く打ち付け合う金属音を鳴り響かせながらも。
 少女の意識は目的の相手から、僅かも逸れることはなかった。

「先輩っ!私、私勝ったんです、ストレートで。だからっ……」

 胸に飛び込んだ、満面の笑みを浮かべた少女は顔を上げ。
 鼻の触れ合うほどの距離で静馬を見あげ、真っ直ぐにそらされることのない深い瞳を見つめながら。
 そこに戸惑いでも羞恥でもなく、何時もと変わらない穏やかな感情のたゆたいを見つけ、ゆっくりと落ち着きを取り戻したフィオナが、邪気の無い笑みを浮かべる。

「ようやくリサと戦えます」

 他の誰が聞いても、フィオナの言葉は正しくない。
 謹慎明けの練習試合、そしてつい先日の大会予選でと、今まで二度フィオナはリサとジョストで闘い、そのどちらでも勝利を収めている。
 だというのに、静けくも淡い笑みを浮かべた静馬は、小さく、だがはっきりと頷き返した。



「リサとの『初めての』対決だが、恐れることは何もない。相手はたかだか天才だ」



「ドラゴンですら無い相手に、負ける筈がない、か?」
「勝利の女神とは比ぶべくもない、ですわよね」
「シズマ様の優勝候補には、名前の上がっていない方ですからね」

 耳を打つの三種の声色に、ん?とフィオナが怪訝な表情を浮かべて周囲を見回し、そこで初めて取り囲むように苦笑いで見つめてくる三人の美女 ―― 内一人はフィオナより幼い少女 ―― の姿に気付く。
 驚きのあまり目を見開くも、「なんで?」と問うような事はせず、次にとったフィオナの咄嗟の反応に、ミレイユを除く二人の瞳が色を変えた。

 はじかれた様に抱きついていた体を離しつつも、異性の胸に飛び込んで抱きついた姿を見られたことに、羞恥で顔を染めるでなく。
 静馬を背後に護るよう軽く腕を広げ、地を踏みしめて胸を張る姿に、二人は何を見たのか。
 振り向くフィオナの勢いに、珠の汗が散ったのを幼い美少女は見逃したが、現役騎士である美女二人は気付かぬ筈もない。

 『お洒落で、汗をかくことを嫌い、練習にもあまり熱心ではない』

 学園中の皆に、そう誤解のままに見られるよう仕向けてきたフィオナが、汗も拭かずに鎧姿のまま控室に飛び込んできたのだ。
 そんな姿を見られることを、一番嫌いそうな『腰抜け気障ナンパ男』の目の前へ、いや腕の中へ。
 この段になってようやくそうと理解した二人が、フィオナにとっての静馬がどういう存在なのかを知る。

 そうか、そういうことかレッド、お前は最初から本気で、私に忠告していたのだな。

 お前は・・・・・・お前だけは本気で、私を倒しに来てくれていたのだな。

 ジョストを禁じられていながら、それでも恨まず曲がらず諦めずに。

 目頭が熱くなるのを振り捨てるよう、スィーリアはたまらず口を開いた。
 声が震えなかった幸運に、自身の自己抑制力を内心で存分に称えながら。
 当然、口をついて出た言葉は、静馬に対する感謝のものなどではない。

 そんな無粋はできない
 そんな無様はさらせない
 そんな無極の想いを言葉でなど、伝えられるはずがない。
 
「フィオナは知らないようだがな、日本の武士は合戦の前夜、身辺より女人を遠ざけ、身を潔斎に保ち、命を預ける武器と共に過ごすと聞く」

 スィーリアが一体何を言いたいのか理解できぬフィオナではなく、それを聞いたとたん真っ青になって静馬より身を離し、唇を引き結んで顔をうつむけた。

「スィーリア嬢の兄妹愛に文句を言うつもりはないのだが、出来れば直接兄君を激励する方向でお願いする。
 勝利の女神の顔を曇らすような、私の敗北を奨励するのではなく、ね」

 重い音と共に立ち上がり、先程とは逆に静馬がフィオナの身を己が体でもって隠すよう踏み出した。
 だが空気が硬度を持ったのも一瞬、いかにもいつもの静馬らしい砕けた仕草で、肩をすくめ片目をつぶってみせると、あっさりほんの一言でシリアスな空気を霧散させてのる。

「フィオナが姫としてせっかく、私を武士ではなく騎士として扱ってくれて、私にしては珍しく恰好が付いたというのに・・・・・・そこに水を差されては困る」

 その一言は、気品と誇りを備えた貴族の御令嬢三人を、一斉に噴出させる程の破壊力を持っていた。

 * * *

「おい静馬、そろそろ時間だ」

 戸口から顔だけ出してカイルが声をかけて来たのは、静馬の投げ込んだ爆弾による笑いの渦が、ようやく収まり始めた時だった。
 あるいはカイルが、貴族の御令嬢に恥をかかせることを避け、気を使ってのタイミングだったのかも知れない。
 カイルは静馬と並ぶほどの変人で誤解はされやすいが、少なくともその程度の気遣いの出来ぬ男ではなく、ここウィンフォードの学生でもある、恥や誇りの重さを知る者である。

 そのカイルがなぜ今ここに来たのかといえば、当然静馬のベグライターとしてである。
 静馬はベグライターに名乗りを上げたカイルを、「必要ない」と断ったのだが、カイルはそれを頑として受け入れなかった。
 正式な届け出の必要ないエキシビジョンであったため、こうして多少強引に付きまとわれ、断ろうとすれば『友人としての手伝いの範疇だ』と強引にねじ伏せられたうえで、カイルが切った啖呵が

「どうせ連盟から目をつけられるだとか、そんな無用の心配をしていたのだろうが、いいかオレはベグライターである前にカイル・L・オルブライトで、お前の親友だ。もう一度断ってみろ、連盟に殴り込みに行ってやるぞ?」

 と、まるで冗談のような声色と内容であったものの、向けられた瞳には冗談の色彩がなかった。
 結局は静馬が折れざるをえず、とはいえ戦う相手の実力こそ嫌になるほど知ってはいるが、静馬が槍を持った姿すら見たこともないカイルが、如何に自称超一流のベグライターであっても、タクティクスの組みようもなければアドバイスのしようもない。

 夜風の世話を静馬が誰かに任せる筈もないため、実際カイルが出来る事といえば、試合の場で槍を渡すくらいのものである。そういった意味では、まさしく『友人の手伝いの範疇』でしかなかった。
 だが、いやだからこそカイルはこの試合の静馬のベグライターを、他の誰かにさせることは考えられなかった。
 ましてや、ベグライター無しで最後のジョストに友人を向かわせる、そんな事が出来る男でもなかった。

 そのカイルが戸口から顔をのぞかせた姿勢で固まる。

 静馬は確かに鎧を身に纏ってはいるものの、戦う相手は自分よりはるか上の実力を持ち、さらにはそんな相手に、必ず勝利するとまで宣言した騎士が。
 さらにはこれが静馬にとって、生涯最後のジョストであるというのに。
 今まさにその試合が始まろうかというときに、まったくいつもと変わらぬ調子で美少女四人と談笑していたのだから、呼びに来たのがカイルでなくとも絶句して固まっただろう。
 いや、カイルでなければ怒りだしていたかもしれない、ジョストを侮辱するなと。

 だが、カイルの口から漏れ出たのは力無い呟きのような、まるで譫言のような声。
 浮かべた表情は、驚愕と困惑の二つ。
 皆がそんなカイルの反応に不思議そうな顔を向ける中、スィーリアだけがなぜかそれを見て自慢げに笑み返す。

「・・・・・・レッド・・・・・・ドラグーン」

「流石だなカイル、超一流を名乗るだけはある。知っているものがまだ他にいるとは思わなかった、いや覚えているものがと言うべきか」

「どおりでいくら調べても、騎士序列からも公式記録からも、静馬の名前が出てこない訳だ」

 苦々しげに吐き出すカイルに、静馬は飄々とした何時も通りの態度で肩をすくめる。

「出来れば、その不名誉な渾名はやめてくれ。私とて騎士の端くれなのだ。それに折角我が麗しのベルティーユ嬢が、私には壮麗すぎるほどの新たな異名をつけてくれたのだしね」

 苦い笑顔を浮かべる静馬、フィオナはそこから視線を外した。
 静馬は今まさにジョストに臨む直前の騎士だ、ナンパ男であるはずがない。
 故にたとえ幾ら問い詰めようがせがもうが、静馬本人が『不名誉』と言った以上、静馬の口からそれ以上の説明はなされないと早々に悟ったのだ。
 
 フィオナの視線がカイル、ベルティーユと辿り、スィーリアで止まる。

「フィオナが言いたいことも、聞きたいこともわかる。だが、私から説明することを静馬は許しはしないだろう」

 スィーリアの返答に、反射的にかみつきそうになるが、寸前フィオナが気付いて口を噤む。

 スィーリア先輩は、意地悪な人ではない。それどころか、リサや水野先輩とも親交があるのに、今もまだ私に気軽に声をかけてくれるかなり私に好意的な人だ。
 最近はからかってくることもあるけど、わざわざこっちが気になる様な態度をとって、そのうえで答えを教えない、というような真似をしてほくそえんで見続けたりしない、絶対。
 だからわざわざ『私から』なんて言ったのだ。

 静馬本人から聞け。

 現にスィーリア先輩は『そう言っている』、と勘違いさせてからかっているが。
 違う、別にもっと相応しい、答えるべき人間。
 説明しても『静馬先輩が許す』人間がいる、と言っているんだ。

 一体誰が・・・・・・あっ、そうか、あの人か。

 とある人物を思い描いたフィオナを見て、スィーリアとベルティーユのみならず、ミレイユまでも小さく口を押さえながら笑みこぼす。

「・・・・・・なんですか、みんなして」

 不機嫌に聞き返すも、それは三人の笑みを止めるどころか一層深めることしかできず、さらにフィオナの不機嫌さを強める役にしかたたない。
 スィーリアとベルティーユが自分のことを妹のように思っているというのは、昨日の静馬の説明によってフィオナは知っていたし、今までの二人の会話や態度を思い返してみると納得もしていた。
 実際この年齢での二年の年の差というものは、無意識に相手に『完璧』を求めてしまうほどに大きく感じるものだと、実体験を経て理解もしていた。

 しかし、明らかに自分より年下のミレイユに、二人と同じような微笑ましいものを見る目を向けられては、はいそうですかと素直に受け入れられるフィオナではない。
 仮にフィオナが抑えきれずに、そのことでミレイユに突っかかっていっても、たぶんミレイユは難なくかわすだろう、短い会話の中でも実年齢に見合わない聡さと品格 ―― 静馬が言うところの貴族精神 ―― を、スィーリアはミレイユから感じていた。
 それ故にスィーリアは、フィオナにミレイユへ噛みつかせなかった。

「いやなに、静馬の言っていた通りだと思っただけで悪意はない」

 許せと苦笑われてしまい、フィオナも毒気を抜かれかかるが、ん?とスィーリアの言葉に引っ掛かりを覚える。

「静馬先輩、怒らないですから正直に答えてください。一体どんな説明したんですか?」

「怒らないから正直に言えといわれ、怒られなかったためしが私にはないんだが」

「いいから答えてください!」

 怒らないからと言いながら、もう既に怒っているという、矛盾にすらなりえない現実を、静馬は実に楽しそうに笑い。フィオナに一層きつく睨まれて両の掌を向け、全面降伏の意思を表明する。



「フィオナは自然体でいる姿が一番美しいので、ポーカーフェイスを覚えろなどと、魅力を損ないかねない忠告はご遠慮願う、と」



 思わず噴き出したのは、空気を読んで今まで口を挟まず見守っていたカイル。
 反射的にそちらの方へきつい目を向けるフィオナが、言葉を口にする寸前、幾重にも折り重なる音を身に纏うようにして、静馬がゆっくりとベンチから立ち上がる。
 明り取りの窓から差し込む光に照らされた静馬の立ち居姿に、フィオナは思わず息をのみ、唇に乗りかかっていた文句も、零れることなく息とともに飲み込まれてしまう。

 古ぼけ、所々に補修の跡や、朱の塗装に剥げも見られる、明らかに西洋風の物とは趣の違う和鎧。

 これが人生最後のジョストだと知らなければ、自分の鎧の手入れすらきちんとできないのかと、フィオナは反射的に罵っただろう。
 喉元までせりあがった罵倒を呑み下したのは、静馬への騎士としての信頼か、あるいはあまりに自然なその佇まいが故か。
 威圧感でも存在感でもない、だが静馬の姿には息をのませるだけのものが確かにあった。

 あえて言葉にするのなら静けさ。
 諦めているのではない、決して見せはしないが、その穏やかな姿の内には烈火の意思があり。
 その核となるのが握り締められた拳よりも尚固い覚悟であることが、フィオナにはわかる。

 唐突にフィオナは、自分が陶然と静馬に見惚れていた事実に気づき
 同時に、自分が涙の粒を零していることにも、気付かされた。
 目の前にいるこの騎士が、自分に全てを捧げ、自分の名誉のために戦うのだという事実に、逃げ様もない実感を伴ってようやく今理解が追いついたのだ。
 ベルティーユが言っていた事を、ようやく理解できたと言い換えてもいい。

 騎士が生涯を掛けて貴女の名誉を護ると誓ったのだ

 それを受け止めるのにはお姫様でなければ、重すぎる。

「あー、そのフィオナ・・・・・・あまり真剣に悩むことはないよ。何しろ恰好よく宣言しておきながら私のことだ、ころっと負けてしまうかもしれない」

 たった一言で、フィオナの肩に入りすぎていた力がストンと抜け落ち、唖然とした表情で静馬を見つめ返し。
 みるみるその表情が険しさを増していき、それでいながら口角が笑みに跳ね上がっていく。

 ほんと、この人はこういう事平気で言うから、腰抜けだってみんな誤解するのに・・・・・・

「勝つって約束したんだから、絶対に勝ってくれなきゃ困りますっ!
 変態気障ナンパ男の肩書に、嘘つきまで付けられたいんですか先輩!?」

「それはもう、貴女から頂けるものならどんなものでも喜んで、フィオナ姫」

 どうせ守る相手のことしか考えてないんでしょ?

 自分がどう思われるかなんて後回しで

 ほんと、かっこ悪い変な人だよね先輩は、ねぇ騎士静馬様?

 2015.08.23

第五十七幕「優雅なる淑女の戦い」

DR~少女竜騎士物語~


 第五十七幕「優雅なる淑女の戦い」

 華やいだと言うには、少々耳にうるさ過ぎる喧騒にウィンフォード学園は包まれていた。
 平日の平常授業時より学園内に居る生徒数は少ないはずであるのに、どこを見ても生徒の姿で溢れており。
 いったい普段はどこに身を潜めているのか、などと馬鹿なことを思わず考えてしまうほど、目の前に広がる光景は雑然とした様相をみせていた。

 学園祭というものは不思議なもので、学校行事である以上生徒たちがこれまでこの学園で学び、身につけてきたものの発表の場でありながら、同時に祭りという側面を持っている。
 どういうことかといえば、今まで過ごしてきた中で得た成果を学園側へアピールする、所謂『文化活動発表会』という部分は建前で。
 その実、各クラスでの出し物という自主的な団結と活動によって、結果的にそれまで生徒たちが学園生活で、何を学び何を身につけたのかの報告を、祭りという浮かれた環境で自然と見せる発表の場である。

 つまりは、今まで築いてきた人間関係、仲の良い相手やグループで協力し、あるいは競い合い。
 緩いとまでは言わないものの、普段より厳しくもない空気の中、生徒たち自らが定めた合格ライン
 それをクリアするために、挫折と苦労と妥協と達成を共に味わう、学生生活で得られる資産である。

 ・・・である以上、もはや言うまでもないとは思うが。

 当然の帰結として、こうなる。

「一方的な言い分で追い出される学園に、義理立てすることなんて無いんじゃないの先輩?」

 非常に悪目立ちする白制服姿の静馬の周りに、近寄る生徒など居るはずもなく、周りの混雑とは無縁の快適な移動が約束され。
 特別免除と言うクラスメイトからの気遣いで、クラスの出し物への参加という雑事からも開放され。
 元々クラブ活動などという煩わしい物にも囚われていない静馬は、自由に学園祭に参加することを皆から許されていた。



 もう少しわかりやすく言い換えるなら、ハブられてボッチだった。



 親友であるはずのカイルは、静馬の姿を見るなり引き攣った顔で一言、「スマンッ」と断るなり走り逃げ。
 ベルティーユはといえば、クラスからというよりは学園内で完全に浮いているものの、そんなことですらも楽しんで流せる豪の者であり、静馬の白制服姿如きの変事はさらりと流したが。
 その友人たるアン・エマの二人がその状況を最大限利用し、『ベルティーユと三人だけ』を堪能するために、同じ境遇である静馬を追い散らすという暴挙に出た。

 結局、非常に悪目立ちする白制服に普段の悪名が重なっても、普段と変わらずに話しかけられたのは

 今や静馬をも凌ぐ悪名の持ち主であるフィオナだけで。

 まさしく学園側の意図した通り、『普段の積み上げてきたものの発表の場』として機能していた。

「学園などというよくわからないものには、確かに義理立てする必要性は感じられないのだが、私が此処で反抗的な態度を取ると、とある美女が煩わしさに悩まされ表情を曇らせることになる。
 それが我が麗しのベルティーユ嬢の勝利に、一点の曇となりかねない以上、私にはそんな真似をする気にはなれない、とまぁそういう事だよフィオナ姫」

「勝利ぃ?」

 あからさまに正気を疑う様なフィオナの表情にも、欠片も気を悪くした風もなく。
 「で?どこに向かってるんです?」と眉間にしわを寄せたまま問い掛けるフィオナに、相変わらず柔らかな笑みを浮かべたまま一つ頷き返すと、静馬はさり気なく手にしたパンフレットを見やすいように傾ける。

「フィオナが出場を思いとどまってくれたおかげで、私としては何に気兼ねもなく彼女に投票できる」

 エメラルドの瞳が紙面の文字上を流れ行き、鼻にしわを寄せるだけでは留まらず。
 「うわぁ……」と思わず口から出てきたのは、嫌悪の声。

 最も目立つ色でパンフレットに書かれている文字は、ミス・ウィンフォード・コンテスト。
 学園生徒数の約半分が参加するという、学園一の美女を決定する学園祭一番の目玉イベントで、言うまでもなくそこには原因というより餌があり、注記にもはっきりと書き記されている。

「出る訳ないじゃないですか、こんな変態を喜ばせる為のもの。これ、先輩が実行委員じゃないんですか?」

 『出場者は当日水着着用のこと』たったその一文だけでも、フィオナが静馬を見る目が生ゴミでも見るように変わるが。
 更にその後に続く文字に、軽蔑で唾でも吐きかけそうな顔になる。

「残念ながら選に漏れてしまって、私は一般参加者だよ」

 軽くいつもの通りの気障ったらしい仕草で肩をすくめて見せ、フィオナの嫌味を受け止めもせずにあっさり受け流すも、フィオナの瞳から疑惑の色は抜けない。
 先日飾り付けの修繕作業に参加した静馬は、自分には参加の義務はないと告げており、冷静になればフィオナにも静馬が学園祭の実行委員ではないことが解るのだが。
 フィオナの中にこつこつと積み上げてきた、静馬に対する変態のレッテルが、フィオナから冷静さを奪い、先入観を強化している。

「歴代優勝者のビキニ率が、ワンポイントアドバイスって赤文字で書いてあるんですけど?」

「ああ、実に見事な戦術的着眼点だね。
 それを書いた者はそのたった一言で、学習の成果と能力の高さを此処に発表したと言っていい」

 確かに傾向と対策を、データを元に考えて、最も有効な手段を見抜いてはいる。
 だがその天秤のもう一方に掛けられているのは乙女の羞恥心で、それを載せている受け皿は男の欲望だ。
 一種潔癖症ではないかというほど、そういった方面に対する強い嫌悪感を抱くフィオナが、頭でどれだけその有効性を認めても頷けるはずもなく。
 「ええ、そーですねー」と、返事が棒読みになるのも仕方がない。

「流石に知名度がモノを言う為に一年時に制覇とはいかなかったが、我が麗しのベルティーユ嬢がビキニ姿で現れれば、目を奪われぬ男など居ない」

 まるで自分の事であるかのように、誇らしげに胸を張って断言する静馬。
 チクリと痛む胸に眉を寄せながら、フィオナがジトッと静馬を睨み上げ鼻を鳴らす。

「それ、胸の大きさで男を釣ってるって言ってるんですよね?」

「ん?ああ、それは違うよフィオナ。
 もし君がこのコンテストに出場して水着姿で現れたなら、私は君に目を奪われるだろうし。どちらに票を入れるべきか悩み、自分を二つに引き裂いてしまうかもしれない」
 
 ごく当り前に、普段通りの口調でそんなことを言われてしまえば、どんなに静馬が気障な物言いに全く見合わない平凡な外見をしていようが、静馬の相手をすることに最近慣れてきていようが、一年生のフィオナが受け流すことなど出来るはずもなく。
 声の聞こえる範囲の女生徒をも巻き込んで、顔どころか首筋までを紅潮するのを止められはしない。

「は、はぁ!?するわけ無いじゃないですか、水着でステージに立つなんて恥ずかしいことっ」

「フィオナはまだ静馬さんに抱き上げられ足りないのかしらね」

 恥ずかしさに声の大きくなったフィオナに、背後から掛けられた声は笑いに彩られ。
 別種の羞恥に赤く染まった顔を振り向けたフィオナが、噛み付く言葉を吐き出せない程の光景が目の前に広がっていた。
 いや、光景ではない。フィオナが一瞬にして呆けたのは、目の前で微笑む唯一人の人物、その水着姿。

 何より、先ほどの記事の戦術的有効性を認めざるをえない程に、凶悪なまでの母性の象徴が、反発し何かを言えば重ねた言葉の分だけ、発言者に惨めさを感じさせる質量をもって、目の前にあった。

「まだお姫様としての自覚が足りないのは、フィオナだけのせいではないのでしょうけれど」

 そう言って視線を静馬へと移すベルティーユは、隠す素振りも無く黒ビキニに包まれたそれを、まるで見せ付けるように堂々と胸を張った立ち姿で優しい笑みを浮かべた。

「だめですよ静馬さん、いくらフィオナが可愛いとはいえ、そんなお転婆姫扱いをなさっては」

 流石にそこまで言われればフィオナにも、ベルティーユが静馬の何を窘めているのかが解るが。

 静馬先輩が、私のことをお転婆姫……つまり、子供扱いしてるから
 
 私が女の子としての、自覚が出来ない?

 あんな恥ずかしいこと、いっぱい言われてるのに?

「私は女を安売りして媚びを売るような真似、したくないって言ってるだけです。
 だいたい水に入るわけでもなく水着で人前に立つなんて、貴族としてどうなんですか?」

「この国の、貴族の立場まで気を使ってくれるのはありがたいが、あえて言わせてもらうと、まったくもって今の意見はフィオナらしくない」

「ってスィーリア先輩まで!?」

 水着姿の迫力美女がもう一人増え、さすがに二人の胸の絶対的質量に圧倒されたのか、フィオナが無意識に半歩静馬の影に隠れる。

「何が私らしくないって言いたいんですか?」

 眇められた目、尖らせた唇、トーンの下がった声、眉間によったシワ、それら全てがフィオナの本心が負けを認めつつも素直に表明できず、なんとか先の憎まれ口を叩いた事を示しており。
 
「確かに少々気恥ずかしさも感じなくはないが、これは女性としての魅力を競う闘いだ。
 それに対して闘いもせず敵前逃亡など、勝利の女神の名が泣くぞフィオナ?」

 すんなりと伸びた長い脚で、まるで仁王立ちのように立ち、胸前で腕を組むスィーリア。
 少し驚いて見せながらも、それがスィーリアにしては珍しいからかい……というよりは、極親しい物にしか見せないじゃれつきなのだと、すんなりと見て取ったベルティーユ。
 スィーリアに寄り添うようにしながらも、静馬に此方も少し困ったような笑みを向け、片目をつぶってみせる。

 静馬さんだけではなく、スィーリア様まで、フィオナをお転婆姫扱いなのですね。

 では、貴方だけを責めるのは間違いなのでしょうね、失礼いたしました。

 無言のベルティーユの問いかけに、静馬も声に出しては何も言わず、軽く肩をすくめ返すだけ。
 静馬が何を伝えているのか、ベルティーユは聞き間違わず、顔に浮かぶ笑みがイタズラっぽいものへと色合いを変える。

「学園祭なのですから、学生としましては楽しんでしまったほうが勝ちではなくてフィオナ?」

 ベルティーユのそれは正論で、正論すぎる分だけフィオナには痛い。
 本人に自覚が無いため、改善も回避もできないのも当然だが、フィオナが先程から突っかかっているのは、ベルティーユにである。
 今はスィーリアにもだが、元々話をしていた静馬に対しては、突っかかっていた訳でも文句を言っていたわけでもなく。
 つい先程のスィーリアがやっていたように、言葉でじゃれついていただけの、いつも通りの不器用なコミュニケーションで……それを横から二人に割り込まれて反発しただけ。
 
 さらにいうのであれば、二人には充分でフィオナには不足している部分に対する、コンプレックスが原因であり。

 タイミング悪くそんな話題をしている最中に、知りうる中でも最大級の二人が現れたため

 噛み付く気力も叩き潰されてしまって、子供っぽくふてくされているだけだったりする。

「心配しなくとも飛び入り参加なさい、などと私は言うつもりはありませんわ。
 私もスィーリア様も、飛び入りなどで簡単に倒される程、女として魅力が低くはない自信がありますもの。
 ですから、これから一年かけて準備して来年、精一杯可愛らしい水着姿で正々堂々、私の手から優勝トロフィーを奪ってお見せなさいな」

 ベルティーユの言葉に、スィーリアが口角を釣り上げる。

「これはこれは、随分と素敵な手袋の投げ方だなベルティーユ」

 スィーリアにもわかっているのだ、いや間違わずに聞き取ったというべきか。
 今ベルティーユは、こういったのだと。

 今年の優勝者である私に、来年逃げずに挑んでみせろ。

 即ち、今年の優勝は貴女ではなく私です、とスィーリアを前にして宣言してのけた。

「ええ、三人もの友人が私の優勝を信じてくださっていますもの。
 それにスィーリア様がいる今年優勝してこそ、私にとっては価値のある勝利ですわ」

 誰もが認める才媛、前年度ミス・ウインフォードにして、女性ですら見惚れる美貌の生徒会長、そんなスィーリアを前にして、増長も気負いもてらいもなく自然体に言ってのけるベルティーユに、スィーリアの口元もほころぶ。

「より古き友を裏切ったなレッド、私が優勝して掣肘を加えてやるぞ、楽しみに待っていろ」

「静馬さんを守るためにも、これで負けられない理由が又一つ増えてしまいましたわね」

 二人笑いあいながら、肩を並べて控室の方へ去っていく後ろ姿には、余人の声をかけられる隙がまるでなく。
 でありながらも、近寄りがたさや張り詰めた空気などというものもなく、ただただ触れることの叶わぬ高貴な華が揺れるよう。
 離れていく二人を見守っていたフィオナが、二人の会話が聞こえない距離になって、ようやく大きく息をついた。

「ミスコンが始まる直前だっていうのに、水着姿で何しに来たんですかねあの二人?」

「見ていてわからなかったかい?」

 それはまた可哀想なことだねと、全く似合わない気障な仕草で肩をすくめる静馬に、先程まで二人に向けていた目とは全然違う眼差しを向けた。
 明らかに、今日の静馬は欠片も信用していない、最低のナンパ男だと信じて疑っても居ないのが見て取れる。

 どーせ、自分に水着を見せに来てくれたーとか、くだらない妄想を言い出すか

 勝利の女神にあやかりに来た―とか、恥ずかしいこと言うんでしょ

 あんな大きいの目の前に四つも見せつけられた静馬先輩なら、何トチ狂ったこと言い出してももう驚かないわよ今日は。

「二人共にアプローチが婉曲的すぎたようだね、もっとストレートに伝えればいいものを」

 フィオナを見つめ、優しい笑みを浮かべながら、いつの間にか手に入れていた缶ジュースを差し出す。

「初めての大会を前にしたフィオナが、学園祭を楽しめているか心配して見に来たところで、出会った相手がライバルだと認識したんだろうね」

 まだ冷たいジュースを受け取りながら、フィオナが首を傾げる。
 ミスコン出場者は事前申請があり、すでに出場者はお互いを認識しているはずだし。
 そもそも美人で目立つ二人だ、今更出会ってライバルだと認識するには遅すぎる。
 なによりベルティーユの言葉にも、スィーリアにライバル心を抱いているのが、隠されもせずに有った。

 明日からの大会のライバルと言う意味であるなら、もっとおかしい。

 それじゃ、一体何のライバルなの?

 流石に静馬先輩も、自分を取り合う恋のライバル……なんて言わないわよね、この腰抜け男じゃ。

「まだわからないかい?スィーリア嬢もベルティーユ嬢も、譲らず主張していたよ、『フィオナの姉の座は渡しませんよ』と」

 2015.06.14

第五十六幕「馬鹿と煙と高い所」

DR~少女竜騎士物語~


 第五十六幕「馬鹿と煙と高い所」

「ねぇ先輩、私達こんな事やってていいんですか?」

 投げ掛けたその声は、怒っているのではなく、疑問に思っているのでもない。
 眉尻を下げて、深い溜息を付くフィオナの表情は、非常に珍しいもので。
 どちらかと言えば呆れているというより、どこか諦めたような色合いの強い声である。

 それに対して実に楽しそうな笑みを向けながら、手にした紙製の花飾りを静馬が手渡す。

「何故そう思うんだい?何の不思議も疑問もわかない所だと私は思うが。さて、他に何かこれ以上に優先すべきことがあったかな」

 片目をつぶりながら、軽い仕草で静馬が両腕を広げてみせる。
 そこには言葉の通り、何も疑問を持たないどころか、何故そんなことを?と問い掛けるような表情。
 フィオナのように深刻な、あるいは真剣な部分を、何処かに置き忘れたような、心の底から楽しんでいる様があるのみ。

 それにあてられ、はあっともう一度盛大にため息をつくとともに、フィオナは眉間を指で抑えて数度首を振りながら、心の内でそっとぼやいた。

 ダメだこの人、今は間違いなく腰抜けナンパ男だ。

 静馬の差し出す花飾りを受け取り、先輩もっと右、とぶっきらぼうに命令しながら、それでも真面目に手際よく飾り付けていく。
 言うまでもなく、フィオナのぶっきらぼうな物言いごときで腹を立てる静馬ではなく。
 それどころか、仰せのままにと、言われるがままごく従順に位置取りを変えていく。

 静馬はもとより学園でも割と有名な変わり者で、フィオナは新進気鋭の学園での嫌われ者だ。
 他に組んでくれそうな相手は、居なくはないのだろうが……
 気兼ねなく声をかける相手として、真っ先に思い浮かぶほどには仲はいい。

 もっとも、いまもってフィオナは静馬の騎士として以外の部分は、最低の唾棄すべき変態だという認識と態度では有るのだが。

「先輩、私に絶対に勝つって誓いましたよね?」

 腹立たしげに一度、腿の間にある静馬の頭を手の平で叩きながら、怒った声で問うフィオナ。
 自分の身の安全のためにか、その手には力は込められていないが、ここウィンフォード学園において、下級生の女子が上級生の男子の頭を叩く、などという一種屈辱的な行為が行われたのは、多分これが初めてだろう。

「ああ、フィオナ姫の為ならば、身命をなげうってでも必ずや勝利致します」

 だがその屈辱的な行為というものは、相手に伝わらなければただの身体接触で。
 『私は腹を立てている』との示唆も、相手が読み取ってくれなければ役には立たない。
 高度で上品な言い回しや態度というものは、馬鹿を相手に使うと踏み越えられるのだ。

 胸に手を当てて実に優雅に、この上なく気障ったらしく肯定する静馬に、声の聞こえたらしい近くの女子の一部が黄色い声を上げるが、フィオナは正反対にげんなりした顔になっていく。

「そう言うのいいです。と言うかやめてください、どんどん信じられなくなります」

 冷たく早口で、一刀両断に斬って捨てる。
 最初に出会った時は赤面させられ、すっかりペースをかき乱されたが、それなりに長い時間を付きまとわれてきたせいで、フィオナにもすっかり耐性ができたらしい。
 下から伺うように視線を上げる静馬の頭を、もう一度ぺしりと叩きながら、頭を動かさないっと鋭く叱責する。

「それ以上なんかやったら、本気で警察に突き出しますからね」

「ありがとう、と私は言うべきなのだろうね」

 は?また訳の分かんない事を言い出したわ、このナンパ男。

 表情に出すのを少しも控えようとしないフィオナ、とは言えその表情を静馬が見ることは難しい。
 というのも現在二人はお互いの顔を見るのに、多大な努力を要する位置関係に有る為だ。
 まあもっとも、仮に今のが真正面から向き合っての会話であっても、多分フィオナは控えなかったのだろうが。

 口をへの字に曲げ、藪睨みの目の上で眉間に深く縦皺が刻まれるほど、強く眉を寄せている。

 年頃の若い、それも学園でもかなり上位の美少女がするのは、さすがにどうかと思われる表情……

 絶対に煙にまかれてやるもんかっ!と言う決意のもと、完全に静馬を警戒し。
 最初から何も信じる気のない、この上なく胡散臭そうな表情が浮かぶのは、正しくフィオナが静馬と言う人間を理解した証であり。
 それを踏まえた上での、素晴らしい学習能力の高さの証でも有る。

 警察に突き出すって脅して、感謝の言葉を言うバカってなんなの!?

 だいたい年下の女子から、バカにされて素っ気なくあしらわれたのよ?

 それで何嬉しそうに『ありがとうというべきなのだろう』とか言っちゃってんのよ

 ほんっと、騎士やってるときと変態やってる時は別人だわこの人。

 心のなかでグチグチと文句を並べ立て
 静馬の続く言葉を待つ間、自分の愚痴に更に腹を立て
 その腹立ちで、更に愚痴るという不機嫌スパイラルを加速させていくフィオナ。

 一度大きく息を吸い込みながら、静馬は軽々と肩をすくめてみせる。
 その態度から、見ずとも今のフィオナがどんな表情を顔に浮かべているのか、静馬には伝わっているらしい。

「フィオナは今、私の勝利を信じて疑わないっと言い切ってくれたのだからね。それに、ほんの少し頭を動かすだけで、警察に突出される状態においてくれても居る。
 騎士が勝利を誓った姫から向けられる信頼として、これ以上のものはない」

 あ?……あっ……ああああーっ!

 やられたっ、またやられたっ!

 変態ナンパ男なんかじゃなくて、先輩最初っから騎士として答えてたんだ。

 でもそれじゃあ先輩は、決闘間近のこの時期なのに、今こうしていることのほうが練習より大事だって、本気で思っているってこと?

 そんなの、普通は騎士がそんなふうに答えるはずないって思うじゃない。

 だって、先輩にとっては、最後のジョストなんでしょ!?

「先輩はズルいですっ!」

 頭上から飛んでくるフィオナの非難に、少しも悪びれる風もなく。
 相変わらずの飄々とした態度で、フィオナを肩車したまま、人一人分の体重がかかっているとは思えないほど、やはりいつも通りに肩をすくめる。
 
「それは心外な意見だね、確かに決闘まで時間のない今、寸暇を惜しんで練習に励むべきという意見はわかる。
 なにしろ私はフィオナに、必ず勝つと言う誓を立て、フィオナはその勝敗によって将来の進路すら左右されるのだからね」

 少しもフィオナの『ズルい』という非難の意味を取り違えず。
 さりとて紙の花飾りを手渡す手を止めることなく。
 内容の重さに似合わぬ軽やかな声と話術でもって、静馬はフィオナの意見を肯定する。
 つまり、フィオナはあれほど警戒していたにも関わらず、いつも通りすっかり静馬のペースに巻き込まれてしまっていた。

 あーもうっ、この人はっ!

 ほんとに、正真正銘悔しいくらいにいつも通りだ

 静馬は相手の意見が、間違っていると断定出来る状況でない限り、深く斟酌し基本的に肯定する。
 その上で相手の意見に軽々しく迎合せず、その価値を認めながらも、私はこう思うと自分の意見を提示するのだ。

 これはやられると非常に苦しい。
 何が苦しいかといえば、理詰めの正論押しで有るというのに。
 相手に認められているために、感情的に反発することがなし難いのだ。

「だが我々は学生で、学園祭準備の手伝いを学生会会長直々に頼まれれば、それを助けるというのはかなり優先度の高いものだと思う。
 なによりその学生会のうら若い美貌の女性から、本義的に我々には回って来ない仕事を、申し訳無さそうに頼まれたとあれば、騎士であると自認するこの身には断ると言う選択肢がない」

 頭上のフィオナにもよく見えるように手の平を上に向け、それでも先ほど言われたように、頭を動かすことなく正面を向いたまま告げるさまは、さながら観客のいない舞台で一人演じる道化。
 それでも静馬は、演じきることに僅かも躊躇わず、観客のいないことにも痛痒を感じておらず。

 どこか微笑みながら、さて君はどう思う?と、静かに問いかけた。

「わかった、わかりましたっもう。スィーリア先輩の最後の学園祭なんだから、成功させてあげたいのはわかります。私だって手伝うのが嫌だって言ってるんじゃないです」

 昨日突然のにわか雨に振られ、事前に用意してあった部分に修繕が必要になったのだ。
 校舎内の飾り付けや、校舎外であっても機能という点ではほとんどが無事であったが、素材が紙の部分には大きく被害が出た。
 それは主に、看板の装飾や飾り付けという、力はいらないが手間のかかる部分。

 一度やった部分の戻り作業というものは、『本来やらなくても良かったもの』『やっても進捗状況は進まず、ただ前の状態にまで戻す』という精神的な枷があり、普通にそれをやるよりも一層時間がかかるもので。
 学生会の呼びかけにより、脚立が全員に回り切らないほど多くの学生が修繕作業に参加したというのは、瞠目すべき動員力であり。
 学生会が生徒により支持されていることの、これ以上ない程に目で見ることのできる証明であり、それだけのことをしてきた実績による結果でもある。
 現にフィオナもこうして今まさに、脚立の代わりに静馬に乗って手伝っているのだ。

 学園祭の翌日がジョストの大会で、練習をフィオナ自身が出来ないことに対して文句を言っているわけではない。
 静馬とユリアーヌスとの決闘が、学内ジョストの大会において、エキシビジョンとして正式に告知されたことについての文句であり。
 学園祭当日に練習など出来るはずがない、出来るとすれば学園祭を明日に控えた今日が最後なのだ、という聡さから出る焦りである。



 今日が最後だというのに、フィオナは未だ静馬が鎧をまとっている姿どころか、槍を構えた姿すら見ていない。



 これではフィオナが不安になり、静馬に食って掛かるのも当然だろう。
 たしかにちょっとは、自分のために戦うと言ったジョストより、スィーリアを助ける為に修繕を優先したことに対する、過敏な乙女心の作用も有る。
 
「すまないなレッド、短期間で最終調整をしなければならないお前まで駆り出す羽目になって」

 にこやかではあるが晴れやかではない表情の、スィーリア本人がこうして会いに来てしまえば。
 知らずと唇が尖りだしてしまうほどには、心に引っかかってはいるのだ。

「公爵家としては、どこの馬の骨とも知れない、ジョストを禁止されている様な騎士に負ける訳にはいかないでしょうし、使える手は全部使えばいいんじゃないですか?」

 スィーリアは自分に対してフィオナから初めて、こんな嫌味を向けられたことに驚きを隠せず、一瞬言葉を失ったが。
 そこで激発することもなく、どころか涼やかな笑みを浮かべると、銀鈴を転がしたような美しい笑い声を上げはじめる。

「そうだなフィオナ、お前の言う通りどんな手を使ってでも、守らねばならない体面というものは確かにある、だがそれは今ではないよ。
 私の兄は言葉が少々冷たく聞こえがちで、お前の反感を買ったのだろうが、どこに出しても何ら恥ずべきところのない立派な騎士だ。
 そうでない者がレッドの最後の相手として立つなどといえば、たとえそれが兄であろうと私が反対していた」

 スィーリアはフィオナをイタズラっぽい目で見上げながら、わずかに首を傾げると金糸の長い髪が沙のように流れ。
 その姿は同性のフィオナをして見惚れさせ、頬を赤らめるほどに美しかった。

「前に言っただろう?私はレッドの熱狂的なファンなんだ。正直兄には聞かせられないが、どちらを応援しているのかと聞かれれば、レッドだ」

 嫌味を言った相手にさらりと言い切られてしまい、今度は逆にフィオナが驚きのあまり言葉を失わされた。

 だが我に返ったフィオナは、震える唇を噛み締め、ごめんなさいという言葉を飲み下した。
 言えない、言わない、言ってはならない。
 それはフィオナがフィオナでなくなってしまうから。
 フィオナという少女を守ろうとしている、静馬の誓いを地に投げ捨てることになってしまうから。

「なら、私がスィーリア先輩に勝っても構わないってことですよねっ」

 言った、言ってしまった。

 頭の何処かでそんな声が聞こえた気もするが、そんなことに気を取られている余裕はフィオナにはなく。
 ただただ必死に、目の前の美女、学生会会長、公爵家令嬢から視線を逸らさぬ、それだけに全力を注ぐ。
 挑戦でも挑発でもなく、フィオナがやったのは、真正面からバカっ正直に喧嘩を売ったということ。

 口角が優雅な曲線をもって、ゆっくりと吊り上がり。

 青く澄み切った瞳を収めた目が僅かに細められ、獰猛で冷酷な光を放つ。

 彼女スィーリアは、確かに大貴族である公爵家の御令嬢だが、ただのお嬢様ではない。
 ジョストの天才、神に選ばれし少女騎士、学園最強騎士の称号を冠する戦女神。
 そんな少女に、フィオナの一言は、威嚇ではない笑みを浮かばせた。

「それこそ、望むところだフィオナ」

 ふっと表情を緩ませ、スィーリアは一度静馬に視線を向けると、踵を返し背を向ける。

「だが、そろそろレッドの首を締め付けている太腿をゆるめてやれ。その馬鹿者はたとえそのまま失神しても、決して自分から苦しいなどと言いはしない」

 ひらひらと柔らかく手を振りながら、おかしそうに口を手で抑えながら立ち去る、スィーリアの背後に取り残された二人は……

 全く別の理由ながら、赤い顔をしてしばらくその背を見送って居た。

 2015.01.14

第五十五幕「少女騎士には騎士王とて負ける」

DR~少女竜騎士物語~


 第五十五幕「少女騎士には騎士王とて負ける」

 静馬の言葉に、フィオナの引き結んだ唇が震え歪む。
 今のは、間違いようも無く、疑う事も出来ないほどに、真っ直ぐな『騎士としての言葉』だ。

 だから・・・つまり、それは・・・

 次の決闘が騎士・山県静馬の最後のジョストであると言うことで

 今まで騎士として静馬が積み重ねて来た、練習も情熱も研鑽も

 その何もかもを、フィオナの名誉を護る為の次の試合――否、決闘に捧げると言っているのだ。

 だがそれは、こんなに突然捧げられて良いものでも、こんな関係の相手に捧げて良いものでもない。
 フィオナが貴族の令嬢で、静馬がその騎士であったなら。あるいは、二人が将来を誓い合うような、恋人同士であったのなら、完全ではなくとも十分な理由となる。

 しかし、二人の関係と言えば良くて友人。
 ともすれば、ちょっと仲の良い先輩後輩の間柄。
 いや、フィオナを良く知らぬ第三者が任意の一瞬を切り取って見せられれば、その突慳貪な態度から、嫌がる後輩の少女に纏わり付く先輩の男、にしか見えないだろう。



 なにより、一年生の少女が受け止めるには、『今までジョストに掛けてきたもの全て』は大きすぎる。



 自身が騎士であり、ドラゴンになってでも強くなりたいと願うほどに、ひたすら努力を重ね。
 早朝に、屈辱で唇を噛み締め、独り悔し涙を流し。
 学園中の誰からも非難され、責められ、せせら嗤われ。

 お前など騎士ではないとまで貶された自分をただ一人庇い。

 その名誉を護る為に槍を持ってくれた騎士の『全て』である。

 昨年まではほんの子供で、今ようやく大人に、そして一人の女になろうとしている少女には、動揺し怖気づき、すぐに頷けないのも当然であろう。



「ノエル様に言伝をお願いなさっていたのは、そういう事だったのですね」



 すっと、ごく自然に差し挟まれた涼やかな声は、優しくその場を包み込みながら、静かに無理なく会話の流れを逸らしてのけた。
 笑みの中にあって、真摯に向けられた吸い込まれそうなほど深い蒼の瞳。
 込められた視線の引力に吸い寄せられて、静馬がフィオナからベルティーユへと視線を移す。

 そこに優しく嗜める様な色彩を認め、静馬は自らの胸に右掌を当て、小さくベルティーユへと頭を下げた。

「流石は我が麗しのベルティーユ嬢、御慧眼に脱帽いたします。
 ミレイユ姫は私を騎士だと言ってくれる数少ない御婦人でね、これをお知らせせねば不義理に口も利いて貰えなくなってしまう。
 いや、私が自らに口を利くことを禁じてしまうだろう。
 本当はブランクで錆付いた水野を相手に、余裕の勝利で格好良く一方的に勝つのが理想だったんだが」

 カウンターの奥にいる貴弘へ、片目を瞑って笑いかける静馬に、貴弘本人ではなく美桜がムッと眉を寄せる。

「貴弘君は負けませんからっ」

 美桜の可愛らしい抗議の声に、静馬は笑いながら肩をすくめて見る。

「実に惜しい、その台詞はぜひあの場で言って水野の退路を絶ち、槍を持たせて欲しかったな美桜嬢」

 いつもの通りに飄々と答える静馬の声に、ようやく落ち着きを取り戻したフィオナが、ちょっと恨めしそうにベルティーユを小さく睨む。
 ベルティーユがああ促したことにより、作り出された時間なのだと理解できないのではなく、そう理解していながらも、感謝より先にそのスマートな話術が羨ましいと羨望してしまうのが、フィオナと言う少女なのだ。

 それと解っているから、睨まれたベルティーユのほうも腹を立てるどころか、ことさら慈愛に満ちた笑みを向け、無言のままに『どうぞ貴女も身につけなさいな』と頷いてみせるものだから。
 余計にフィオナは、自分とベルティーユの差を自覚させられて唇を尖らせることになり、それを見たアンとエマの二人に笑われて頬に朱が差す。

 ベルティーユ先輩は、相っ変わらずおせっかいだわ。

 態と憎まれ口を心の中で呟いて見せる、フィオナもやはり相変わらずなのだが、その『相変わらず』を取り戻して落ち着かせることも、ベルティーユの狙いであった為に――頬を膨らませることは堪えたが――その分余計に唇をとがらせる。
 だが、今はまず先程自分の中で引っかかった事案を優先させるべきと、気持ちを切り替える。

 ブランク、そうブランクだ。
 少なくとも一年間、先輩はジョストをしていない。いや、それどころか練習だってしていないはずだ。
 入学の理由を聞く限りだと、入学前からそうみたいだし、一体何年槍を持っていないのか。
 すっかり錆付いたそんな状態で、先輩曰く現役最強の一角と目される相手と戦うなんて、いくらなんでも無茶・・・いや無謀で、勝つなんて無理だ。
 先輩にだってわかっているはず、いやきっと誰よりも一番解っている。

 奇跡や偶然での幸運で、実力差が覆ることなんて、お話の上でのことだけだなんて。

 誰よりも冷静に騎士の実力を測り、誰よりも冷徹に騎士を評し

 きっと誰よりもジョストが好きで、ジョストを愛して止まないこの人に解らない訳がない。

 気障で腰抜けで変態で――
 誰よりも騎士であろうとする静馬先輩が、ユリアーヌスさんの実力を見誤って楽観して見せたり。
 戦う前から勝利を諦めるなんてこと、するはずも、出来るはずも無い。

「ベルティーユ先輩みたいな、精神の話って訳じゃないですよね」

 不機嫌そうな表情を作って向けながら、フィオナは心の内で苦い呟きを洩らす。

 第一、ブランクどころか・・・完治していないその腕で、本当に槍を振るえるの?

「勿論だとも、今回の決闘は先のベルティーユ嬢と美桜嬢が行ったものとは、全く状況も意味合いも違う。
 前にも私は君に告げたが、フィオナが誰よりも高潔な騎士であることを、私は誰にも否定させないし、侮辱するのなら、その全てを打ち倒してでも取り下げさせる。
 たとえそれが他のどんな騎士だろうと、国王だろうと、君自身であろうとも。
 そのために必要となるならば、私は相手が誰だろうと必ず勝利するだろう」

 勝たねばならない

 負けられない

 ・・・いや、そうではない。

 絶対に勝利すると誓ったのだ、騎士が。

 実力差がある  ―― 相手はトッププロで、先輩は養成学校の学生だ。
 ブランクがある ―― 相手は現役で、先輩は半分引退した様にろくに実戦も練習もしていない。
 負傷がある   ―― 外傷はふさがっているだろう、でも傷を庇った生活で筋力も落ちているはずだ。



 いくつもある困難を、全て踏み越えて勝利して見せると言ったのだ、私の名誉のために。



 知らず震える体を、フィオナは無意識のうちにきつく抱きしめた。

 貴女はどうするのフィオナ?
 頬を赤らめて感謝の言葉を口にする?
 どうやって勝つつもりか胡散臭げに尋ねる?
 呆れた表情を浮かべて、いつも通りに悪口を言う?

「静馬先輩が負けるような事があれば、私もウィンフォードを辞めます。
 でも、負けなかったら・・・謝罪は勿論ですけど、貴方にはリサのベグライターを降りてもらいます!」

 立ち上がり、胸の前で組んでいた腕を解いて勢い良くテーブルに両手を着いて、ぐっと身を乗り出し
 顔を突き出し、真正面の一点、カウンターの後ろにいる水野貴弘をエメラルドの瞳で強く睨みつけ。
 右腕を伸ばして、決して逃がさないとばかりに指を差して示し、周りの客も気にせずにはっきりとそう断言してみせる。

 その姿が、恐ろしさよりも可愛らしさを引き出してしまうと見えるのは、はたして静馬の贔屓目だろうか。

 余りに一方的で勝手なフィオナの言い分に、拒否を口に仕掛ける貴弘の言葉は、あっさり出鼻を挫かれてしまう。



「その答えは、騎士としては満点ですけれど・・・さすがに静馬さんが気の毒ですわよフィオナ」



 僅かに首をかしげ、こめかみを上品におさえながら、小さく首を振るベルティーユ。
 豪奢な金の巻き毛が優美にゆれ、かすかに花の香りの混じった甘い香りが振りまかれる。

 へっ?と思わぬ横槍を受けたフィオナが、ベルティーユの方へ首を向けると、眉をひそめたなんとも情けないような、残念なものを見るような顔を見つけた。

 ベルティーユにしては珍しく隠そうともしない、はっきりとしたため息と共に苦笑をされてしまい。
 一体自分の何が、ベルティーユにそんな反応をさせているのかが全く解らずに、すぐ隣のアンとエマにも視線を向けるが二人にも視線を合わせてもらえず、黙って首を振られる。

 フィオナにしてみれば、静馬への全幅信頼――いわば運命共同体として自分自身の進退すら全て預けたと表明したのだ。
 誰よりもジョストで勝つことに拘り、ジョストを辞めるとなれば鎧を贈ってくれた母への裏切りともなりかねない、そんな決死の決断をしたというのに。
 それが、言葉では半分は肯定していると言いながらも、態度では完全否定されるようなことになっている。

 えっ?あれ?と、焦って他の面々の顔を視線でめぐらせる

 貴弘は、はっと何かに気付いて、慌てて右下方へと視線を逸らして、眼を合わせようとせず。
 ノエルは、ベルティーユとは違い明るい悪戯っぽい笑みを浮かべ、家の妹が喜ぶわ~などと態とらしく独り言を言ってみせる。
 美桜の反応がフィオナにとっては一番意外だった。
 彼女は、何故かフィオナに怒った顔を向けて、どこか羨ましそうに、頬を膨らませて睨んでいた。

 なんで私がアンタに睨まれるのよ・・・

 訳がわからない状況に混乱するフィオナの耳に、少なくとも敵対的ではない言葉が届く。

「完全に、山県静馬の自業自得です、ベルティーユ様」

 しれっとした口調と声で告げられたエマの断定に、当の本人である静馬が笑い出したせいで、やや硬化しかかっていた空気が緩む。
 でも・・・と、なおも言い募ろうとするベルティーユに、今度はアンがきっぱりと首を横に振ってみせる。

「似合わない真面目な顔なんてしないで、いつも通り口説いときゃよかったのよアンタは」

 アンに鼻で笑われて、いや全くその通りだね、と軽く肩を竦めて見せる静馬。
 アンとエマが軽口を叩き、静馬がそれに乗ったせいで、場の空気とあいまってベルティーユの台詞も『その一種』だと軽く流されてしまう。

 いや、静馬がそうなるように、あえてエマの言葉を掴まえたのだが。
 それが解るベルティーユとしては、なんというか梯子を外されたような、どこか腰のすわりの悪い気分になり、ついつい静馬を小さく睨みつけてみせる。

 貴女に言われたように、フィオナに答えを強要しなかったと言うのに。

 私は睨まれなければならないのですか?

 小さく唇の端を上げて見せながら、静馬も横目でベルティーユに笑いかけ。
 仕方ありませんわね静馬さんはと、誰にも気付かれないよう、ベルティーユも小さくため息をついてみせる

 ・・・といういつも通りには、ならなかった。

 大輪の薔薇のように、華やかで艶やかな笑みを浮かべ。
 いまだに問題点のわかっていない――少なくとも本人は意識していない――フィオナに真っ直ぐにその笑みを向けて。
 穏やかな透き通る声は、静かに緩んだ空気を流れ行く。

「騎士が生涯を掛けて貴女の名誉を護ると誓ったのですよ?
 でしたらフィオナ、その誓いを受ける貴女は騎士ではなく、お姫様であるべきなのです。
 いいえ、お姫様でなければいけませんわ」

 ベルティーユに促され、ようやくフィオナが事実へと辿り着く。

 珍しく真面目な表情で、騎士としての誓いを口にしたのと。
 学園の退学やジョストを禁じられていた、などという衝撃の事実にばかり頭が回り。
 そのことばかりに気を向けすぎて、その発言の内容にまで頭が追いついていなかった。

 ・・・生涯を掛けて名誉を護るって。

 それって・・・

 一気に耳まで真っ赤にし、体勢が固まって変えられぬほどに動揺しながら、それでも首を捻って静馬を睨みつけ。

「なっ・・・なななっ、なにこんな、こんな時にいってるんですかっ!バカっ!変態っ!」

 思い切り大声で怒鳴りつけたつもりが、上ずった声でかすれる様に響くのが精一杯。
 耳の奥でやけに鼓動が大きく聞こえる中、フィオナは急速に視界が狭まり、暗く沈んでいくことに何の抵抗も出来ず、素直に意識を手放した。

 2014.11.16

第五十四幕「胸にありて輝ける光」

DR~少女竜騎士物語~


第五十四幕「胸にありて輝ける光」

「ねぇ先輩って、あの人と知り合いなんですか?」

 フィオナの何気ない問いかけに、珍しく静馬が一瞬だが言葉を失い、続いて大声で笑い出した。

「まさか、ユリアーヌスさんは公爵家の跡継ぎで、現役最強の騎士の一人だ、まさに雲の上の人だよ。ただ、水野の師匠だからね、大会の会場で見かけたことが有り、顔は知っている。
 流石の私も、数度それも一方的に見かけただけの相手を『知り合い』とは言いにくいね」

 肩を軽くすくめ片方の目を閉じてみせる静馬に、本当に?と疑わしげな顔をしていたフィオナが、あれ?っと表情を変えた。



「先輩って・・・ジョストの大会に出たことあったんですかっ!?」



 真っ正直にそう反応されてしまえば怒る事も出来ず。
 そも静馬がフィオナに怒った事など今まで一度も無く。
 当然ながら今回もやはり、怒るどころか、大笑いしだした。

「君は忘れているだろうが、私は一応騎士科の特待生なんだよフィオナ。如何に推薦者が比類なき美貌と発言権を持つスィーリア嬢とはいえ、公式記録の一つもないものをあっさり認めて受け入れるほど、ウィンフォード学園は特待生を安売りはしていないよ」

 自分で一応って・・・

 フィオナは半ば諦めの表情を浮かべながら、心の内で一人突っ込みつつ。失礼な上、行儀悪くも、手に持ったフォークで静馬を指し示し。
 端からまるで静馬の言葉を信じていないフィオナは、テーブルに身を乗り出すように顔を寄せ、声を潜める。

「で、本当のところはどうなんですか?」

 この人、嘘はつかないけど、本当のことを言うって訳じゃないのよね。

 わざとこっちが誤解するような言い方をしてみたり、さりげなく話題をすり替えたり。

 話の内容って言うより先輩の答える立場が、騎士か騎士じゃないかで信頼度が百八十度反転するから、その見極めを間違えないようにしないと。

 フィオナの見たところ、今回の質問はジョスト関連だし、まず間違いなく騎士として答えてくれるだろう、それ故に信頼できる。
 しかも、話の焦点をユリアーヌスとか言う名前の、スィーリア先輩のお兄さんのことから、さりげなくスィーリア先輩の賞賛を経て、ウィンフォード学園のことにずらして行った。

 嘘をつかない、その為に答えたくない問題から、しれっと話題をそらした。

 それってつまり、あたりってことだ。

「あら、それは私も聞きたいですわね」

 穏やかな笑みを、フィオナとは反対側から投げかけるベルティーユ。
 
 完全にねらったこのタイミングでの発言、もう騙されないぞという美少女二人を前に、静馬も両の掌を二人に見せるよう軽く手を挙げ、無条件の降伏を示して見せた。

「私ごときが麗しの乙女を前にしては、抗うすべも無い。それにもう隠していても意味の無いことだし正直に白状してしまうと、私はジョストを禁じられていてね。
 その禁を破らぬよう監視する為に、ウィンフォード学園は連盟の要請を受け、入学を許可したんだよ」

 言われて納得する。
 いやむしろ、それ以外の理由があるものかと。

 あの妙に悪目立ちする白制服も
 騎士科に属していながら、槍をもった姿を誰も見たことが無い事も
 それでありながらも、退学もさせられず、特待生であった事も
 静馬本人にたった今告げられるまで、気付きもしなかった。

 違う・・・そうではない・・・

 賢しい頭脳は気づいてしまう。
 届いてしまった答えは余りに薄汚れ、嫌悪感を呼び起こす。

 騎士であるなら、己が名誉の為にも『連盟からジョストを禁じられている』などとは、口が裂けてもいえない。
 そう、本人からはなんら理由を説明することが出来ず、それでも禁じられた以上、槍を持って答える事もまた出来ずに、風評被害に曝されてもただただひたすらに耐える事しか出来ない。
 だというのに、連盟もウィンフォード学園も、なすべき説明責任を果たさず、一人の騎士をその状態に追い詰め、置き続けた。

 ベルティーユは、こみ上げて来るものをひたすらに耐え、潤んでくる眼を見せまいと、震える唇の端を無理矢理にもあげ、笑みを浮かべる。

 此処で涙など零してはならない、それがたとえ友としての寂寥のものであろうとも。
 相手は――この目の前にいる騎士は、その状況にあっても泣き言一つ言わず、常に涼しげに微笑んでいたではないか――背筋を伸ばし張った胸に騎士の誇りを抱きながら。
 その騎士が、貴族の姫君ではなく騎士だと称えてくれた。

 そんな自分が、その信頼を、その賞賛を、その敬愛の念を、裏切ることなどして良いはずが無い!

 騎士として、貴族として、なにより山県静馬の友として・・・

 ベルティーユ・アルチュセールには、それだけは出来ない。

 賢しい頭脳は気付いてしまう。
 静馬がそれを、今告げたと言うことの意味を。
 悔しくて悲しくて、そしてとても誇らしくて、テーブルの下でスカートを握り締める手が震える。

「あらダメですよベルティーユ様、そんなに我慢なさっちゃ」

「そうです、お体に触りますよ。と言うわけでベルティーユ様は、少々『お花を摘み』に行かれます」

 両脇に据わっていたアンとエマが、まるで台本でもあるかのように同時にすっくと立ち上がり、かがみ合わせのように息のあった動きのまま、ベルティーユの両腕を左右から抱き上げると。
 ちょっとあなた達!という、ベルティーユの慌てた抗議の声を無視して、相変わらずの姦しさを道中振りまきながら、三人連れ立って席を離れていった。

 レストルームの扉を閉じた所で、アンとエマが未だ両脇から腕をがっちり確保しながらも、無言でハイタッチを交わす。
 公衆の面前で年頃の娘が、トイレに行ってくると大々的に喧伝されると言う大恥をかかされたことに、顔を朱に染めたベルティーユが二人を睨み。
 何事か文句を言おうと口を開くが、二人はベルティーユのほうへと視線を向けてはいなかった。

「ダメですよベルティーユ様、相手はあの山県静馬です」

 短い冷静なエマの声は、何時もよりもほんの少しだけ、叱責の色を滲ませている。

「アイツが遠慮なんかしないのは、胸をガン見されたときに解ってるでしょ?眼が腫れたら絶対ばれます。
 だから落ち着くまでは、一時恥を掻いてでも距離と時間を」

 普段とは違うアンの落ち着いた声色と、腕に込められた温もりと力強さ。

 二人とも視線を合わせようとはせず、その横顔で――ベルティーユが半泣きになっている事には、自分達は気がついていないし、今はただ三人でトイレに行っただけだと、平気な顔をしてそう告げている。

「何でそこで、あなた達が私を泣かせるようなことをするのですか・・・全くもう」

 なんとか口に出来たベルティーユの震える抗議の声を、二人はうっすら笑みを浮かべながらも、礼儀正しく聞こえなかったフリをしつつ。
 両腕の動かないベルティーユに、エマがすっと差し出し当ててくれたハンカチで、遠慮なくちーんっと鼻をかむと、弱弱しく丸まりかけていた背筋が伸ばされた。

 今にも泣き出しそうなほど心は弱っている。
 頭の中は、足場の定まらないままにぐらぐらとゆれ、ネガティブな思考を必死に支えている
 何とかできたのは、表面をただ取り繕うことくらいで、本当に気持ちを切り替えることなど、日を跨いでも出来るかどうかわからない。

 だが、それで十分だった。

 二人はそこで強がる自分を非難はし無いし、見下しもしないと知っているから。

 私なら、意地を通すと信じてくれているから。

「咄嗟に連れ出す言い訳の腕前をもっと磨きなさいな、ここでは深呼吸も出来なくてよ二人とも」

「あ、そこで咄嗟に誤魔化さないで良いようになる、と言う発想にはいかないんですねベルティーユ様」

「流石ですベルティーユ様!ご自分が完璧とは程遠いことをしっかり自覚なさっているとは」

 エマの冷静なツッコミと、アンの馬鹿にしているんだか、心酔しての手放しの賞賛だか判断の困る、どちらにしろろくでもない返答に鷹揚に頷き返しながら。
 ベルティーユはいつもの艶やかで、華やいだ笑みを二人に向けて浮かべる。

「当然です。
 貴女達二人は私の大親友なのですから、今後とも私に足りないところはフォローしてくれると、大いに期待しておりますわよ」



 ☆ ☆ ☆



 遠くのほうからくぐもった声色で、『おーっほっほ』と妙に聞き覚えのある笑い声が聞こえてくるのに苦笑いを浮かべながら、フィオナはちょっと羨望に染まった目線を、そちらのほうへと向ける自分に気付いたが・・・それを誤魔化そうとはしなかった。

 一般には、貴族の御令嬢とその取り巻き、としか見られていないあの三人だが。
 何度か顔を合わせ、何故だかベルティーユに気に入られその回数が増えていくうちに、三人が世間一般で言われているような関係ではないのだと自然と気付かされる。

 呼称こそ様をつけてはいるものの、二人が本当の取り巻きであるのなら、あんな風に一歩間違えば侮辱とも取れ、相手の怒りを買うような冗談や軽口は絶対に口に出来ない。
 ただひたすらに相手のご機嫌を取り、相手の身分や権力を後ろ盾に『虎の威を借る』はずだ。
 あの二人は、横柄でつっけんどんな態度をとっているように見えるから、皆がそう誤解するが。
 あの人達は誰に対してでもそういう態度で・・・一番そういう態度を取られているのが、実はベルティーユなのだ。

 ってことは、あの二人の先輩が取り巻きだって見えてる原因は・・・ベルティーユ先輩が、いつもそれを笑って流しちゃってるから?

 横柄でつっけんどんな態度って言えば、あのスィーリア先輩のお兄さん?も結構酷かった。もうなんか、典型的なイジワル貴族って感じ?

「あれ?でも先輩、ユリアーヌスさんと決闘するんですよね?」

 二人は騎士だ、って昔のあたしだったら認めなかっただろうけど、その二人が決闘をするとなると、それはジョストでって言うことになるんじゃないの?
 それってさっきの静馬先輩が言ってた事と矛盾しない?
 だって、ジョストをさせないためにこの学校に連盟が入れさせたんでしょ?

 それなのに、決闘だからってジョストなんてして平気なの?

 行きほどには姦しくなく帰ってくる三人組にちらっと笑みを向けてから、静馬はゆったりと大きくフィオナに頷き返す。

「フィオナの名誉は必ず守って見せるよ」

「じゃなくてっ!それってつまり・・・」

 言葉に出来ずフィオナは、静馬の右腕を掴んだまま小さく震えだす。

 腕を掴んでいなくとも解るほど、眼に見えて震えているフィオナ。
 戻ってきたばかりで何の事情もわからないベルティーユは、それでもそっと後ろから寄り添って支え。優しくその髪を手で梳くように撫で付けた。

 ベルティーユはもとよりエマも、そしてアンまでもが、軽口であろうと静馬を非難するなどと言うような真似をせず。

 それでも、妹のような少女をこのままに、誤魔化しを口にするような真似はし無いでしょうね?と無言で先を促してくるのにも、静馬はやはりゆったりと頷き返した。

「それは違うよフィオナ、君が私に負い目を感じることなど何一つ無い。
 何しろ今回の件に関わらず、私は本年度でウィンフォードを除籍処分にされる事は、既に決まっているのだからね」

 同じテーブルに着いたフィオナとベルティーユ、アン、エマのみならず、ウェイトレス姿の美桜とノエル、カウンターの奥にいた貴弘に至るまで、余りに軽い口調の静馬の告白に絶句させられた。

 自主退学と除籍処分とでは、大きく違う。

 学園へ参加しない、出来ないという事実は同じだが、除籍処分は文字通り『学籍を強制的に処分される』と言うこと。
 経歴には大きく傷が付き、それが名誉を重んじる騎士なら尚のこと大きく響く。
 今後の進退に、致命的な傷を残すのだ。

「スィーリア嬢からつい最近伝えられたことでね、秘密にしていたわけではない。だからそんなに皆、無言で睨まないでくれ、逃げても無駄と解っていても、思わず逃げ出したくなる」

 空になったコーヒーカップを、相変わらず顔に似合わぬ優美とすら言っていい仕草でちょっと持ち上げて。
 お代わりが欲しい旨を、ウェイトレスの二人に口に出さずに示しながらも、静馬はフィオナからは視線を外さない。
 誤魔化す気は無いのだと、真っ直ぐに向けられた瞳から、フィオナも意思を読み取って頷くが、それでも寄せた眉と、ちいさく尖らせた唇が、納得できないと言う思いを明確に示している。

「弱ったな、むしろ私は感謝して居るのだが・・・ウィンフォードを辞めても別の養成学校は受け入れてはくれないからね。
 つまり、私は除籍によって一生ジョストは出来ない。だから、今回の事は本当にユリアーヌスさんからの手向けなんだ」

 黙っていてもいずれは追い出され、放校処分にされればジョストは一生する事が出来ない。

 騎士になる道が閉ざされ、どう考えても絶望し、取り乱して八つ当たりで喚き散らしても、誰もそれには非難できないような悲惨な状況。
 どころか痛ましそうにまわりも同情の眼を持って受け入れるような状況でありながら、誰も静馬がそれをするとは思っていない。

 どころかやはり静馬は相変わらずキザったらしく笑いながら、なんでも無い事であるかのように。
 いつも通りの飄々とした空気を身にまとったまま、飼い殺された上に処分されると言う、ひどく残酷で残虐な相手の行為に対して、まるで他人事のようにどこ吹く風といった表情である。

「そんなんで・・・そんなんで良いんですかっ、こんな終わりなんて、あんまりじゃないっ!」

 掴む腕が痛いほどに力を込め、悲痛な叫びを上げるフィオナに、あぁ全く持ってその通りだね、と笑みを浮かべながら静馬は頷き返し。



「だからどうか最後に騎士として、貴女の名誉を守らせていただけますか、フィオナ姫」

2014.10.28

第五十三幕「騎士の在りよう」

DR~少女竜騎士物語~


 第五十三幕「騎士の在りよう」

「お前・・・本当に騎士なのかっ!」

 怒りと共に怒声を浴びせる貴弘、その手は握り締められ、今にも振り上げられんばかりに震えていた。

 ぶつかり合い、お互いを磨きあい高めあう
 試合においては戦術や騙し合いはあるが、それは試合の中だけでのこと
 貴弘にとってのジョストとは、そういうもので。

 いま、目の前で起きているような、試合後に相手に対して投げかけられる嘲りや
 侮辱をもっての挑発などという行為は、到底騎士のとるべき態度ではなく、貴弘には認められない。

 ましてや技を盗む為に、友達だと偽ってリサの傍へと擦り寄り
 目的を果たすなり掌を返して、裏切り傷付けたフィオナがそれをすることも
 トラウマを克服しようと、歯を食い縛って立ち上がるリサの努力をせせら笑うことも

 これまでのフィオナの全てが、貴弘にとってすれば受け入れることも、認めることも出来ない。

 そのフィオナが、嘲りながら『無様だからもうジョストを辞めろ』と口にした言葉に、リサのベグライターは、眩暈がするほど頭に血が上っていた。

「はぁ?何言ってんの?騎士ですよ。
 あなたみたいに途中で逃げ出した負け犬じゃないし、リサみたいに臆病者でもない、立派な一人前の騎士ですけど」

「まがい物の・・・偽物の癖にっ」

 今まで理性で抑えられていた拳が、重ねられる侮辱の言葉でついには怒りに震えながら振り上げられた。
 貴弘は自分を嘲笑われても、これほどには怒りをあらわにしなかっただろう。
 だがベグライターとして自分の騎士を、なにより愛する少女をこうまで侮辱され、笑って許せる腰抜けに成り下がってはいられなかった。

 目の前で嘲笑する少女へ、その拳が振り下ろされる寸前。
 背後に立つカイルの手が、慌ててそれを掴んで止める前に
 フィオナの前へ割って入った静馬は、振り下ろされた拳を掌で受け止め

 手加減無く、躊躇も無く、貴弘を力任せに殴り飛ばした。

 誰もが起こった事態に驚愕し、呆気に取られているさなか、胸のポケットからハンカチを抜き出し。
 別段怒った風も無く、静馬はそれを地に倒れた貴弘に投げつける。
 一体何が起こったのか解らず、呆然とそれを見上げて固まっている貴弘に、軽く肩をすくめて見せながら、その口から出た言葉は飄々とした何時もの口調。



「あいにく手袋は切らしていてね、申し訳ないがそれで代用させてもらう。
 自らの発言を取り下げ、今すぐフィオナに謝罪するならよし、そうでないなら・・・君に決闘を申し込む」



「まてレッド、いま学園で決闘は禁じられている事は解っている筈だ。そんな事をすれば即刻退学処分も・・・」

 言葉を口にしながら、スィーリアは絶望的な気分に陥っていた。
 水野は決して発言の取り下げも、フィオナに対しての謝罪もしはしない。
 何故なら、フィオナの複雑な心を彼は理解していない以上、その嘲りの態度が実はリサの克己心や反骨心を煽る為に、わざとフィオナが口にしたとはわからない。

 そして何より彼女の憧れである騎士は、たった今スィーリアが口にした言葉では、絶対に止まりはしないのだから。

「侮辱に対する決闘を、退学などという理由で私が取り下げるとでも?
 そんなことに屈することを甘んじて受け入れるくらいなら、私は騎士ではいられない。
 喜んで退学にしてもらう」

 はたして彼女の予想通り、胸を張り高らかに宣言する静馬を見て、スィーリアは片手で自分の顔を覆った。

 ああ、これはダメだ。

 静馬はもう、何を言っても止まらない。

 これが私が魅せられ、あこがれた姿だ、あれこそがレッドだ。

「なんで・・・」

「なんで?それを騎士に問うのかい、元騎士の君が?
 確かに、フィオナはレディとしてはどうかと思うほど口汚くリサを罵り、その上で水野、君を侮辱した」

 静馬の言葉に、立ち上がった貴弘が睨む様な目を向けながら、無言で頷く。
 それこそが貴弘が拳を振り上げた理由で、なぜ静馬がフィオナを庇うのかの理由どころか、そこまで理解していながら何故庇った?という、いわば貴弘の問いを補足し、補強しているに過ぎない。
 むしろ、静馬がフィオナを庇ったのは間違いだった、と独白しているようにすら聞こえ、強弁されるだろうと構えていた貴弘の眉をしかめさせた。

 ・・・が、静馬の背後に庇われるフィオナは、真っ赤な顔をして目を伏せた。

 どうして静馬先輩は、こう見ていて恥ずかしいんだろう。
 普通、自分を気遣ってくれる人を振り払ってまで叩き付けた決闘の相手になら、もっと喧嘩腰で話すでしょ。
 なのに、何でこの人は・・・相手が唖然としちゃうぐらい、相手の正当性を主張してるの?
 いいじゃない、年下の女の子に暴力を振るおうとしたからって理由で。

 胸の内で文句を並べ立てながらも、フィオナは心の奥底で、自分の言葉を全て否定していた。

 これが静馬先輩なんだ。
 自分が正しいから、相手が間違っている、じゃなくて。
 自分の正当性を立証する為に、相手の間違を粗探しする訳でもなく。

 この人は、ただ・・・

「だがその前に、か弱い下級生を上級生が囲み。よってたかって試合中の騎士に対し、掛けるべきではない侮辱の言葉を浴びせ、あまつさえ拳を振り上げた。
 騎士が動く理由は、他にまだ必要かな?
 私は並ぶ者の無い腰抜けだが、戦うべき時に愛想笑いで誤魔化す卑怯者ではないよ」

 恥ずかしいぐらいに、騎士なんだ。

 静馬の上着の裾をぎゅっと握ったフィオナの顔は、恥ずかしそうに赤く染まりながら、どこか微笑んで見えた。



 * * *



 握った手がスチールのデスクに振り下ろされ、肘を突いた逆の手で顔を覆い首を振る。

「なんで、こんな事に」

 洩れでた声は呟きのように小さく、怨嗟のように低く、泣き言のように震えていた。

 それは決して非難を目的として洩らした声ではなかったが、目の前でそれをぶつけられた相手の胸を、容赦なく貫きえぐる断罪の矢となり、その場に身動きも反論もさせずに貼り付けにする。

「本当に申し訳ない」

 普段の姿からは想像もつかないほどに、項垂れた美貌の学生会会長の懺悔の言葉に、自身も項垂れていた顔を上げ、自分以外の存在がこの空間にいたことを綾子は思い出す。

 たった今、目前の相手に伝えられた言葉によって、自らの内に呼び起こされた感情の禍が、余りに暗く大きすぎたために、一瞬にして自分以外の全てを認識できなくなっていたのだ。
 それ程の激情を呼び起こした原因は、言うまでも無く静馬が彼女の甥に、決闘を申し込んだという事実。

 しかし、それでもと綾子は自分の感情の爆発を恥じる。
 如何に公爵家の令嬢で学生会会長と言えど、目の前の相手は学生であり、自分は保険医とはいえ大人であり教師である。
 想定できる中でも最悪に近い事態を前にしようとも、感情を吐き出して良い場面でも相手でもない。瞬時にそう思えるほどには、綾子はまだ冷静さを欠ききってはいなかった。

「いいえスィーリアさん、貴女を責めた訳ではないの。
 まるで非難のように聞こえてしまったわね、ごめんなさい少し配慮が足りなくて」

 足りなかったのは、配慮じゃなく冷静さね。

 内心で独りごちる綾子の顔色は真っ青で、今にも倒れそうなほどどこか危うく見える。
 現在二人がいる場所が、保健室というのは冗談にしては笑えず、しかしこの上なく適していた。
 というのも、現在治療を終えた貴弘は友人連中に連れられ既にこの場を去っており、戻ってくる心配は無く。
 そんな騒ぎが有った以上、学園側もジョストの練習を初めとした馬場の使用を禁じ生徒に下校を促した為、これ以上けが人が運び込まれてくる事はまず無い。
 一つ深呼吸をして、綾子が頭をリセットし、現状を確認する。



 事実としては『静馬が貴弘と決闘』という事態は、回避された。



 先日のベルティーユと美桜の決闘騒ぎにより、学生会は決闘というものを全面的に禁止していたし、貴弘も元騎士とはいえ、いまはベグライターである。
 ジョストによる決闘などという事態にはならないと、スィーリアも高をくくっていた。
 スィーリアの懸念は、あくまで『決闘』という様式を静馬が使用し、それを学園側に突かれることに対してのもの。

 貴弘はジョストで戦うことに関し素人でもなければ、決して戦えないわけではない。
 だが、槍を此処一年以上持っていないとはいえ、静馬は現役の騎士である。
 決闘法としてジョストを指定する様な卑怯な真似は、静馬が騎士であれば出来ない。
 静馬はスィーリアにとって、憧れるほどの『騎士』なのだから。

 そして、静馬はやはりスィーリアやフィオナが思っていた通り、決闘の方法は貴弘が決めろと宣言した・・・までは良かった。

 だが、そこに全くの予定外で予想外の異物が混入し、事態は予測の出来ない結末へと導かれる。
 奥歯を噛み締めたリサが、顔を上げて静馬を睨み

「私が貴弘先輩の代わりに、その決闘を受けます!」

 覚悟を決めてそう叫び出す為に、小さく口を開き息を吸い込んだところで、その場に新たな登場人物が現れたのだ。



「ならば私が、その決闘を代理の騎士として受けてやろう。学園を追放される貴様への手向けだ」



 剣帯にサーベルを吊るした金髪の美丈夫が、氷のように鋭く冷たい視線を静馬に投げつけ、口元を僅かに歪めていた。
 「兄上!」「師匠!」という驚愕の言葉が上がった通り、割り込んできたのはスィーリアの兄であり、水野貴弘の元師匠で、現役最強の騎士とも目されるユリアーヌスその人。
 周りで上がる驚きの声も聞こえぬかのように、突然の――ジョストをするものなら知らぬ者の無い有名人である――第三者の出現にも驚いた様子も見せず。
 静馬は相手の視線を難無く受け止めてみせながら、常変わらずに飄々と軽く肩をすくめて見せた。

「なるほど、弟子の負いきれない重責を師匠が代わる、というのは筋が通っている。
 が、良いのですか?無名の学生ならまだしも、高名な騎士の貴方が私と槍を交えても。
 連盟は黙っておりますまい、何しろ貴方は高潔すぎる上に強すぎる、ほんの少しの傷も彼らは抉じ開けようとするでしょう、ユリアーヌス卿」

 その場に居る人間の表情は、二つに分かれた。
 静馬が言っている意味が、解らぬ大多数の者は困惑し、解る少数の者は苦々しげに鼻に皺を寄せる。

「そのような心配は無用だ、卒業した学園の後輩に稽古を付けてやるだけの事に、連盟が何を言おうが関係ない。何より貴様には個人的に思うところが有る」

「それは奇遇ですね、実は私にも貴方には思うところが有る。しかし、残念ながら口下手なので、言葉でどう伝えたものかと思っていたところです」

 穏やかな声と口調であるのに、周りで聞いているもの全ての背筋が震える。
 わざわざ言葉にしなくとも二人はお互い知っているのだ。

 ウィンフォードから追放する生贄になったものと

 その追放劇の原因を作ったものだと

 だが、それにしてはユリアーヌスの静馬へ向ける眼光は、同情や哀れみにしては鋭すぎ。
 静馬の迎え撃つべき言葉は、相手の言葉に迎合しすぎていた。

「ドクターストップが掛かっていると聞くが?」

「それが騎士が戦わない、何かの言い訳に?」

 静馬の言葉にユリアーヌスが、口角を吊り上げ無言で頷く。

「では、後は槍で語るしかないな」

 皆が固唾を呑んで見守る中、ユリアーヌスは当然とばかりに静かに告げ、それに静馬が黙って頷き返す。
 もはや言葉を交わすべき時は終わったのだ、戦うべき理由の説明も、戦う意志の確認も。

「日時の指定は私から、場所はここウィンフォードで」

 それもまた当然とばかりに、ユリアーヌスが頷き返すだけで踵を返す。
 別れの挨拶も、再会を約す言葉もまたそこには無いままに、ユリアーヌスはその場を立ち去った。
 その後姿が見えなくなるまで、誰一人として口を開くことは無く、虚脱感に染まった空間に立ち尽くす。

 ただ独り、静馬のみが穏やかな表情にありながらも、僅かに目を細めて

 決闘はもう取り下げられない。
 二人の騎士が戦うと口にし、お互いにその意志を相手の中に認めたのだ。
 もう誰にも止められはしない。
 たとえ諍いの突端となった少女達でも、学生会会長でも、決闘を申し込まれた水野貴弘であっても。

 2014.09.16

 

第五十二幕「想いは宛ら槍の如く」

DR~少女竜騎士物語~


 第五十二幕「想いは宛ら槍の如く」

 ガチガチと小さく金属同士が触れ合う音が煩く耳に響く

 それはほんの小さな音であるのに
 大音量で押し寄せる遠くの歓声に消えることなく
 近くで話しかけてくる声すらも邪魔する事も阻むことも出来ず
 耳から飛び込んできて、心まで滑り落ちてくる。

 次第に『ガチガチ』が心に溜まっていき
 まるで出来の悪いブリキのオモチャの様に、間接がギクシャクとしか動かなくなっていく。
 その呪いをかけたのは、遠くに見える、冷たく嗤うエメラルドの瞳。

 言葉はない。
 声も届く距離ではないが、その瞳は確かに言っていた。
 いや、冷たく喉元に突きつけていた。



 よくもまぁ、出て来れたもんね、と。



 あの日からの試合内容を知っているのならば、当然そういわれるだろう。
 以前は相手にもならず、寄せ付けもしなかった騎士達に、ボロボロに負け、悪口も陰口も嫌になるほど聞かされた。
 本当は辛くて逃げ出したくなったけど、私は一人じゃなかった。
 ずっと隣で一緒にいて、支えてくれる人がいた・・・だから、歯を食い縛って、泥を嘗め、砂を噛んでも、逃げ出すことから耐えてこられた。
 信じて、励まして、ずっと隣にいてくれると、そういってくれた人を、もう二度と疑いも裏切りもしたくなかったから。

 だから怖い。

 フィオナは昔の私だ。
 独りで他には何もいらないと思い込んで、勝てるつもりになっている。
 もしそんなフィオナに勝ってしまったら・・・フィオナは独りで、悪口も陰口も、敗北の喪失感も無力感も何もかもを背負って立てるのか。
 その重さと辛さを知ってしまった今、自分がフィオナをそんな所へ突き落としてしまうのが、酷く怖い。
 
「本来の実力を出せば、勝ちは揺るが無いだろう」

 茜はそう言って肩を叩き、何も心配していないという笑みを向ける。
 リサの内心の葛藤など、知りようが無い。
 いや、むしろ茜どころか誰にしてみても、そんな葛藤をリサが今更しているなどと、想像だにしないだろう。
 それほどまでにリサは勝ちを積み過ぎていた

 そして、敗北に無関係であり・・・無頓着すぎた。

「本戦で戦おう」

 リサの小さな背にかけられた言葉は、重く冷たくリサの胃の腑の底に積み上げられる。



 * * *



 試合の歓声を背に受けながら、静馬は真剣な表情のスィーリアに、深く頭を下げられていた。

「済まないと思っている。だが、これは・・・」

「いえ、貴女が全力でそれを阻止しようとしてくれた事を疑ってはいませんし、その上で学生会の会長とはいえ、学園側の決定を覆せない事は、仕方が無いとも思っています」

 どこまでも穏やかな調子の静馬に、スィーリアの表情が一層陰る。
 この学園に来るように半ば強引に誘ったのは彼女で、だというのに今、静馬を守ってやることも出来ない事実に、自身の無力さを突きつけられたのだ。
 それなのに、静馬はただ穏やかにそれを受け入れる姿勢を崩さない。

 いっそ、感情に任せて怒鳴りつけ、罵られた方がどれだけ気持ちが楽だったことか。

 いや・・・そう考えることこそが、甘えだな。

 静馬は強い、私もここは歯を食い縛ってでも、事実を受け止めねば、対等に立てなくなってしまう。

「ジョストの出来ない騎士など、学園が金を出してまで騎士課に置いておく方がおかしい」

 何時ものように飄々とした物言いで、軽く肩をすくめる静馬の表情は笑顔、そこには僅かな苦味すらない。

「ちがうんだレッド、そうじゃないっ。それなら入学の時点で問題になっている筈だ。
 今回の件の真実は違う。学園が動くよう働きかけた者がいて、学園はその人物の発言を無視できなかった。
 卒業生の騎士達、そのレベルの低下というなんら君とは関係のない、具体性の無い印象での判断で・・・君は、その相手に対して、学園から生贄にされたんだ」

 いつになく辛辣な物言いをするスィーリアに、今回の事の発端となった人物を静馬はようやく悟る。

「この学園の誰よりもジョストを愛し、誰よりも努力を惜しまず、誰よりも研究熱心な騎士を、学園は手放そうと・・・いや、追い出そうとしている。
 騎士養成のための、このウィンフォード学園がだっ!」

 間接が白むほどに強く拳を握り締め、血を吐くように苦しげに、言葉を吐き捨てるように呻くスィーリア。
 それが今回の裁定を下した――即ち、学園をそう動くように促した者の意見を、突き放さずに唯々諾々と受け入れた、学園理事達への侮蔑なのか、問題提起を行った人物への怒りなのか。
 あるいは、そこまで理解していながらも、何も出来ない自分自身への怒りなのか。

「それは根も葉もない買い被りだねスィーリア嬢。
 むしろその賞賛は全て、貴女へこそ向けられるべきだ。私には重過ぎる」

 軽く肩をすくめながら、静馬は踵を返し、優しげな眼差しをスィーリアに向ける。

「そろそろフィオナの試合を見て応援しないと。
 試合には何も心配はないが、フェザーズフライで決めでもしたら、約束を破ることになってしまう」

 穏やかにそう促されてしまえば、スィーリアも当の被害者本人に向けて、それ以上加害者の愚痴を並べ立てることなどできるはずも無く。普段は凛と張られた背を、少し丸めながらその隣に立って、今まさにフィオナが戦っている戦場へと歩を進める。

「貴女がそう気に病む必要は無い。いや、むしろ気に病まれては困る。
 この一件のせいで貴女が実力を発揮できないままに勝ったら、私はフィオナに一生恨まれてしまう」

 直ぐ隣から流れてくる小さな声、そこにはからかう様な笑いの成分は一欠片も無く、反射的にスィーリアが静馬の表情を伺う為に、首を捻って顔を向けた。
 スィーリアのその反応をみて、静馬は酷く自然に片目を瞑ってみせるが、やはりその仕草は全く似合わない。

「どうやら、遅過ぎはしなかったようだね、私の忠告は。
 確かに、フィオナが今まで戦ってきた相手は同じ一年生ばかりで、唯一実力が学園内で通じるだろうリサとの試合は、リサの心が不安定な状態での奇襲だ。
 そこから、フィオナの実力は龍造寺女史やリサにも及ばないと判断し、その上早朝以外では練習している姿を見ないことに、圧倒的な練習時間の不足と自力不足との判断もあるかな?」

「待てレッド、それ以上は忠告ではなくフィオナに対する背信だ」

「残念だがスィーリア嬢、そのたった今言ったフィオナというのは、先程の判断をくだした『貴女の中のフィオナ』だ。
 私の勝利の女神はそうは言わない、慢心し実力を出し切れない騎士と戦うなど、恥ずべきどころか唾棄すべき事だと――そんな相手と戦って勝っても、自らの名に、勝利に泥を塗るだけ、とそう言うだろう」

 胸を張り、声も高らかに宣言する静馬の姿に、スィーリアがしばし動きを止め、知らず見惚れる。

 近づいて大きくなっている筈の、試合の歓声すらも完全に耳に流れ込んでこず。

 周りの木々も建物も、その目に映りながらも、見えることは無い。

「いいかなスィーリア嬢、我が親愛なる友人殿。
 貴女は独り高みに立ち、並ぶ者の無い騎士だ。リサにノエル嬢、龍造寺女史、そして我が麗しのベルティーユ嬢、彼女らの実力を持ってしても貴女の牙城は崩せまい。
 だが、私の勝利の女神は違うぞ。
 彼女は正々堂々誇りをかけて、バカッ正直に全力で優勝に向かっている」

 そんなことは、言われるまでも無くわかっている、スィーリアの鋭い眼光が潜めた目から大気を翔け静馬を射抜くが・・・それにも静馬は一つ、大げさに肩をすくめて見せた。

「残念だが、貴女はまだ良く解っていない。
 フィオナは貴女が考えているより、遥かに大馬鹿で気高い騎士だ。全力で自身の勝ちにマイナスとなる事を行いながら、同時に本気で勝利を求めている」

 いったん言葉を切った静馬が、指を一本顔の前に立て、スィーリアの視線を真っ直ぐに射貫く。



「いいかね、フィオナにとっての貴女は――憧れの先輩であり、尊敬する偉大な騎士であり――優勝への道に転がっている、ただの石ころに過ぎない」



 そこまで言われて、ようやくスィーリアも静馬の言葉通り、自分がフィオナを誤って認識・・・いや、危機感が足りなかったのだと気付かされた。

「多少毛色の変わった無名のBクラス騎士、などと彼女を見ているなら、羽根を散らして地に堕ちる事になる。
 ごく普通に勝利を重ねて来た天才を、彼女は既に一人フェザーズフライで沈めているのだからね」



 * * *



 一言で言ってしまえば、見るべき所のない試合だった。

 シーソーゲームでもなければ、フェザーズフライのような華もない、逆転劇と言うドラマチックな展開も無い、という意味でも・・・それ以外の意味でも。
 リサはジェイムスの言葉通り、確かにちゃんと騎士になってはいたが、フィオナというトラウマ本人を前にし、その動きは無意識に縮こまり。
 静馬の予測通り、最初から最後まで一方的な流れのままに、フィオナの勝利が確定した。

 天才であり、この短期間で騎士としての心構えが出来たとはいえ、まだ一年生の少女である。
 姉のように慕っていた女性を、試合中の事故とはいえ怪我をさせ
 その上さらに親友に裏切られ、自身の拠ってたつ場所をこそげとられた

 信じられない程に、負った心の傷は深く、この短期間で塞ぎきる事は出来ようはずも無い。

 勇気が足りないのではなく、覚悟が足りないのでもない。
 敢然と自らのトラウマに立ち向かい、戦いを挑んだリサをそう評する者がいたのなら、それは勇気も覚悟も持った事のない臆病者だということだ。
 しかし、心情を鑑みず、現象的な事実だけを、ただ事実のままに評するに、とある魔王の言葉を借りて済ますのであれば

 ・・・無様、とほんの一言で切り捨てられるのも、また事実。

「もうやめたら?かつての天才が落ちぶれた姿を曝すのって、見てて痛々しいし」

 優しげな声を、笑みと共に投げかけるフィオナ。
 勝者が敗者にかけるべき言葉などというものは無い、故にこれは言葉をかけたのではなく、事実を客観視した現状を、目の前にわかりやすく突きつけただけ。
 あるいは、嘲笑とされるに相応しい代物だが、それはフィオナの心情を知らぬ者にのみ見える虚像。

 だが、それ故に『嘲笑』は一般解とされる。
 冷静に判断すれば、此処でフィオナがリサを嘲笑することに、なんらプラスの要因が無いとわかるのに。
 いや、むしろ試合中の言葉のやり取りから、リサが反発し奮起するだろう事が、誰にでも容易に理解できるというのに。

 彼女は、フィオナはそうとしかリサに声を掛けられないのだ。

 自らの心を見せられぬほど、不器用で意地っ張りな、静馬の勝利の女神であるのだから。

 唇を噛み締め俯くリサの周りには、ベグライターである貴弘の他にもカイル、茜、美桜が集まり、口々にフィオナの言葉を否定していく。
 
「む・・・なによ、わらわらと集まって来て」

 口では呆れたように装いながら、フィオナが苦々しい顔をする。
 それを多勢に圧倒された為と、リサ側の面々は見て、気を緩めた。
 だが、事実は全くの逆である。

 ああ、これが静馬先輩が言っていたことなんだ。

 だから、ベルティーユ先輩も『ここにいない』んだ。

 それなのに、どうしてベグライターのこの人は、そんなことがわからないの?

 それなら、静馬先輩がリサのベグライターをやったほうが・・・

 ジクリと胸が痛むのを、フィオナははっきりと自覚した。
 自分も、ベグライターである水野貴弘にも解らないリサのことに、静馬とベルティーユが届いていた事に、フィオナは今酷く嫉妬していることを。

「そうやって、殻の中で怯える雛のままなら、もうジョストなんて辞めちゃいなよリサ」

 2014.09.15

第五十一幕「気遣いと距離感」

DR~少女竜騎士物語~


 第五十一幕「気遣いと距離感」

 空気は氷のように張り詰め、振れる肌をひりつかせていた。
 吹きすさぶ風は、桃色の小さな花弁を散らしながら通りぬけ
 ただ静かに今から始まる騎士同士の戦いを、見守ることを決めたかのように
 一度、一際大きく吹き抜けると、舞っていた桜吹雪は、どちらにも引かれること無く
 ただゆっくりと地に吸い込まれていく様に落ちていく。

「因縁の対決って、先輩の国では言うんでしょう?」

 口角を吊り上げながら、凄味のある笑みを浮かべるフィオナ

 その身は既に鎧に包まれ馬上にあり、ヘルムの留め金を自分自身に教えるように、大きな身振りで音を立て掛ける。
 視線の先には、静馬ではなく一人の少女騎士の姿
 いや・・・一人の少女騎士と、その周りを囲むように取りまく友人達の姿が有る。
 故に、フィオナは、そういう顔で笑う事を選び、そうするしか無いのだ。
 たとえその内心で、どれだけリサが調子を戻したのか。
 敗北のショックから立ち直れたのかを、心配していようとも。

「いいや、それは私の祖国に対する間違った認識だね。
 うちの国ではこう言う、『赤い糸で結ばれた運命の二人』とね」

 吹き出しかけるのを慌てて手で抑えたのは、隣に立っていたスィーリア。
 一瞬きょとんとした表情を浮かべたフィオナが、次の瞬間には真っ赤な顔をして静馬を睨むが。
 静馬は飄々としたいつもの態度のまま、物理的に今にも噛み付いてきそうなフィオナに、いかにも涼し気な顔をして軽く肩をすくめる。

「恋する乙女とその想い人との、大観衆の面前での逢瀬なのだから
 私は何も間違ったことは言っていないよフィオナ」

 それはいつもの静馬が口にする軽口の類・・・と、静馬に近しいものなら聞き流しただろう。

 だが、学園側から割り当てられただけの、ベグライターである一年生の女生徒が、悪名名高い『無敗の騎士王』の事など詳しく知るはずもなく。
 どこか気まずそうな表情を浮かべつつも解らないように、一歩二歩とゆっくり後ずさる姿にフィオナが焦って両手と首を振り、身をかがめ静馬の耳を引っ張りながら、小声で怒鳴りつける。
 
「ちょっと先輩!?大きな声でそういう誤解を生むようなこと言わないで下さいっ
 私そっちの趣味はない、普通の女の子ですからっ」

 あっさり悪ぶっていた態度を静馬に崩されるフィオナに、遂に耐えられなくなったスィーリアが、春の青空のように晴れやかな笑い声を上げる。

「レッド・・・流石に、っく・・・それはフィオナが可哀想だ・・・あはははは」

 落ち着いた大人っぽい面しか見たことのないスィーリアの、実に少女らしい楽しげな笑い声に
 フィオナのみならず、ベグライターの一年女子も、此方の様子を伺っていた生徒たちも皆、目を丸くして驚き
 親しげに静馬の肩を叩く姿に、更に驚きを重ねる。

「これから試合をする後輩に、もっとなにか言うことって無いんですか?」

 憮然とした表情を浮かべ、憎々しげに睨むフィオナだが、顔の赤みはまだ引いておらず
 だそうですが?先輩、と両手の人差し指でスィーリアにしれっと対処を押し付け、スィーリアの笑いの発作を止めさせるが、そこは流石にスィーリア
 フィオナとは付き合いの長さが違うのか、あっさりと静馬に逆襲をしてのける。

「なんだ、レッドともあろうものが、こんなに可憐な少女の願いを叶えないのか?」

 此処で反論してしまえば、フィオナを侮辱することになりかねないと早々に悟って、静馬もあっさりスィーリアの反撃に降伏し
 態とらしくため息を付いて見せながら、軽く肩をすくめる。

「ジョストの世界には、こんな諺がある『ドラゴンは騎士を育てるが、騎士はドラゴンを育てない』
 この言葉には色々解釈が有るんだが、さて君の解釈はどうかなフィオナ?」

 ・・・ああそれから、と槍をフィオナに差し出しながら、代わりにタオルを受け取り。
 さもついでのように軽い口調で静馬が付け加えるように言葉をつぐ。

「リサの仕上がりは完璧だそうだよ。
 私にも・・・リサはスランプから完全に復調している様に見える、恐ろしいことにね。
 なのでまぁ、君なら軽くストレート勝ちをするだろう」

 大仰な仕草で優雅に一礼をし、なれた仕草で片目を瞑って見せ
 
「何しろ君は、私の勝利の女神であり。
 ドラゴンすら倒す騎士になるのだそうだから」

 そんなフィオナの試合が始まろうかという直前の会場、静馬の隣に並んで見学していたスィーリアの元に、一人の女生徒が早足に近寄ってくる。
 額にはじっとりと汗をかき、息を軽くあえがせながら、やっと見つけましたーと脱力したように告げる相手の脚がもつれるのを、静馬の手が抱き留めるよりはやくスィーリアの手が支え。
 二言三言、小声で言葉を交わすうちに潜められたスィーリアの声の調子が変わり・・・ちらっと静馬の顔をどこか睨みつけるように一瞥した後、女生徒の肩を抱くようにしてフィオナと静馬から距離をとるよう歩き出す。

「済まないが少し席を外す、その間に始まってしまったなら私の分も応援を頼むぞレッド」

 それを見たフィオナが、心底楽しそうに意地悪く笑いながら、態と聞かせるために吹き出してみせた。

「静馬先輩、その腕どうするんですか?」

 まだ伸ばしたままの、空を切った静馬の右腕を、顎で示して見せながら。
 珍しく来た反撃チャンスを見逃さず、これ幸いとばかりにニヤニヤと小憎らしい表情で、止めまで刺しに来るフィオナ。
 残念ながら彼女は騎士で、武士の情けは持ち合わせていないらしい。

「勿論、次なる御婦人の危機に使うつもりだよ。
 そういえば以前フィオナに、そういう時は私の名前を呼んでくれとお願いしたことが有ったね」

 あっさりと追撃をかわし、動揺もない様には一片の曇もない。
 未だこういう言い合いでは言い負かすことは愚か、影を踏むことすら出来ないでいる

「っ!スケベ、何時まであんなこと覚えてるんですか!」

 軽く顎に指を当てながら、静馬が目をつぶる。
 
「うん、今考えてみたのだが・・・きっと私は死ぬまで忘れることはないだろう」

 真正面から凄くいい笑顔で、穏やかに笑われ
 ようやく赤味が引いてきていたフィオナの顔を真っ赤に染めたのは、怒り故かはたまた羞恥か
 八つ当たり出来る物も、投げつける物も近くには何もない馬上で有るため、フィオナはきゅっと手を握りしめ身体は小さく震えていく。

「あぁ済まない、どうにも私はデリカシィというのに欠けて・・・お手をどうぞ」

「トイレ我慢してるんじゃないわよっ!この変態っ変態っ変態っ!」

 うら若い乙女が、トイレなどという言葉を大声で怒鳴りつけてしまえば
 予選に参加する騎士も、それを観戦に来ている一般生徒も、いったい何事かと一斉に声の方を振り返り
 其処かしこで、クスクスと笑い声が漏れ出すのは、当然の結果で・・・

「ちょっとっ、はやく助けなさいよ先輩っ緊急退避!」

 馬上から手を伸ばし、理不尽に静馬に文句をつけるフィオナに、文句を言い返そうともせず
 手慣れた様子で軽々と抱き留めると、人垣をするすると駆け抜けて静馬は人気のない場所までフィオナを抱えたまま走って抜けた。
 本戦とは違い予選での試合会場は、野外の開けた闘技場であるため選手控室や、試合場と観客席の敷居が曖昧である。
 それでも馬の控え場やランスラックの辺りは、出場選手以外立ち入らないという暗黙のルールがあり。その辺りまで来てしまえば、衆目も歓声も少し距離をとれるのだ。
 コンセントレーションを高めたい選手が、この辺りには多くいるのもそんな理由である。

 つまりはこの辺りで騒いでしまうと、周りの選手たちからは恨みの目で見られる。
 なにより緊張でガチガチに成っているのだから、周りの事など眼にはいらないという計算と共に
 文句を言いたいフィオナを連れてくるには、静馬的にも都合が良かったのだ。

 

 そういう複雑で入り組んだ状況により、こうして参加選手でもなければ、ベグライターでもない静馬が、フィオナの直ぐ側に居れるのだが
 逆を返せば、そうでなければフィオナはあんな恥ずかしいことを、公衆の面前で怒鳴ることもなく・・・
 まぁ結論から言えば、静馬に引っ掛かってしまったフィオナが悪い・・・主に運が。

「リサにはこの間の美桜嬢の様に、『ベグライター集団』が付くのだろうが、フィオナはそれに抗議するつもりは・・・どうやら無い様だね。
 私もそれが正解だと思う、『ベグライター集団』を引き連れている限り、リサはきみには勝てないしスィーリア嬢にも勝てない」
 
 ・・・え?

 相変わらず、どうしてそういう結論が出るのか、全く途中経過が不明だが・・・
 唐突にまともなことを言い出した静馬に、面食らったフィオナがぽかんと口を開けて凝視する。

「どうして・・・ですか?」
 
「天才という言葉に皆が騙されているが
 リサは励まされて勢いに乗って押すタイプでも、感覚的に戦いをこなしていくタイプの騎士でもないからね。
 冷静に整理して論理的に正解を導き出す時間と指標が必要なタイプで・・・
 『頑張れ』や『大丈夫』『自分を信じて』と言われれば、言われた分だけ自分の内に迷いを残すタイプだ」

 我が麗しのベルティーユ嬢であれば、逆に勢いに乗っただろうから、予選で当たらずに良かった。

 片目を瞑って見せながら、静かに紐解いていく謎掛けの答え
 だから静馬は言ったのだ、軽くストレート勝ちをするだろうと。
 ジョストのことに関しては、ふざけも嘘もない

 それが絶対の真実かどうかはわからない、が少なくとも静馬の中では事実なのだ。

「ベルティーユ先輩を侮辱するなら怒りますよ。
 あの人は、相手にそれを許すから、自分もそれをやるなんて事はしない。
 じゃなかったら、あんな馬鹿みたいにフェザーズフライ狙いに行くはずないでしょ」

 トーンの下がった声で、鋭い眼差しを向けてくるフィオナに、静馬の口角が吊り上がる。
 その表情を目にした瞬間、フィオナは悟った・・・この会話もまた罠だったのだと。

 ・・・っまた、やられた!

「だっ、第一静馬先輩はリサの試合を見てないんでしょ!
 なのに無責任にそんなこと言って、一体何を根拠に・・・」

 反射的に思わず反発していってしまったのだが、言葉を口にしながらフィオナもだんだん、自分の言葉がそれ程間違っていないことに気づく。
 静馬自身が以前言ったのだ、リサの試合を見たことがないと。
 ということは、静馬が騎士としてのリサを見たのは、謹慎明けのフィオナとの試合だけ。
 あの状態のリサを見て、全部わかった気になっているなら、リサを見誤っている。

 本当のリサは、あんなものじゃない!

「確かフィオナも一緒に居たはずなんだが・・・
 『子猫のように可愛いね』と挨拶をしたら、彼女は真っ赤になって
 理由を見つけてその場から離れた事があったのを覚えているかな?」

 フィオナが思わず頭を抱える、一体どこの世の中に『子猫のように可愛いね』が、挨拶だと思う女性が居るのだろう。
 それなのに、言った本人は挨拶だと言いはるどころか、疑問にも思わず、自分がおかしな事を言っているという自覚すらないときた。
 怒っていいのか呆れていいのか、罵ればいいのかすら解らず、深い溜息が思わず突いて出る。

「・・・ええ、ありましたね」

「いや、そんな感心した目で見られるほどのことではないよ」

「かっ!・・・んんっ、感心なんてしてません。
 もうどうにもならない変態気障男なんだなって、ちょっと同情しているだけです。
 それで、その挨拶が何か?」

 怒鳴りかけたのを何とか抑えた反動で、声も口調も投げやりな感じに成る。
 先輩に向かってあまりにも失礼な態度なのだが、静馬はそんなことを気にした風もなく
 いや、まいったなぁ、などと頭を掻いて少し視線を落とした。

「いまのが答えだったんだが、なんと言えばいいのか。
 上手くは説明できないが、仮にフィオナに同じことを言ったら、場所にもよるが照れて大声で言い返してくるだろう?
 だが、リサは『理由』を見つけてから、その場を『離れた』んだ」

 たった一言の――本人曰く――挨拶を交わしただけで

 試合を見たこともない騎士の傾向を・・・見抜いた?

 なにそれ?えっ?静馬先輩って・・・もしかして、凄い騎士なの?

「本気のリサを相手にして勝ちたいのなら、本戦で当たるしかない。
 この間の試合のように、『リサの戦い方』で勝つのではなく『フィオナ』が勝ちたいのならね。
 リサが予選通過することを祈ってるよ、君のために」

 遠く歓声が上がるのが聞こえ、フィオナが我に返り、理解する。
 前の試合が終わったことを告げるその歓声は、勝者と敗者が生まれた事を示し
 次の試合の選手は直ぐ入場になるので準備して下さい!と、大会運営委員らしき女生徒の声に二人は並んで歩き出す。

「なに、そんなに緊張することはない、相手はたかが天才だ。
 私の勝利の女神が負けるいわれがない。
 まぁ・・・」

 と横を歩く静馬が、フィオナの顔からゆっくり視線を下げて、有る一点で止まり目を逸らす。

「ちょっとっ、なに目を逸らしてるんですか!
 違いますからね、リサより私のほうが勝ってますからね!」

「ああ、いやそうだきっと勝ってるとも、鎧の上からでは判り難いだけで」

 相変わらず目を合わせずに、全く信じていないような口調で、頷いてみせる静馬の態度
 まるで熱り立つ子供を宥めるように、ただ合わせているだけにしかフィオナには見えず
 セクハラ発言に羞恥心が煽られたためか、全く自分の言うことを信じない態度に対する苛立ちか

 真っ赤な顔のフィオナが、乾いた音とともに

 手の平の大きさ分だけ、静馬の頬に顔の赤さを共有させた。

 2013.08.21

第五十幕「価値も心も」

DR~少女竜騎士物語~


 第五十幕「価値も心も」

「本来ならば誰が相手であろうと、こういうことは話す訳にはいかない
 何故なら、誰かに肩入れする事も、どちらかに勝たせるような事もしちゃならん
 それを解って、その上で聞いてるんだな静馬?」

 強面の男に真正面から睨みつけられ、それでも静馬は目をそらさず頷き返した。
 ジェイムスの目の前にいる静馬は、全く普段通りに・・・フィオナが言うところのへらへらとした笑顔を浮かべ
 しかし、その目だけが真剣を通り越し、怖いくらいに鋭くジェイムスの瞳の奥に切り込んできていた

「わかった、リサ嬢ちゃんの馬は問題ない。
 貴弘がベグライターになって精神的にも安定している、何より二人の間の信頼関係は以前より強く結ばれている以上、その部分の脆さは乗り越えるだろう」

「準備期間の短さはどうでしょう?」

 静馬の問いかけに、ジェイムスが強く笑い飛ばした。
 問うまでもなくお互いがそこには同じ答えを持っている
 それを態々口にしたということは・・・つまりは、そういうことだ。

「今のリサ嬢ちゃんに勝てる騎士はそうそう居ない、ちゃんと騎士になったぜあのお嬢ちゃんは」

 * * *

 手にしたティーカップを空中で止め、迎え入れるために開けた口をそのままに
 じとーっと静馬を睨むのは、優雅に微笑む美女の両脇に控える二人。
 そんなマグマも一瞬で凍りつきそうな視線を前に、軽く肩をすくめ手にした紅茶の香りを楽しみながら、実におかしそうに静馬は破顔する。

 言うまでもないが、このテーブルに静馬がつく際に件の二人とは既に一悶着が有り。
 此方も言うまでもないが、親の仇を見るような視線と口調で噛み付いてくる二人の舌鋒を、飄々と練達のマタドールさながらに躱し
 まるでそれが何時もの挨拶であるかのように、視界からすんなりと外してその場の女主人であるベルティーユに、真紅の薔薇を一輪そっと差し出して微笑みかける。

「貴女は幾多の白バラをお持ちのようなので、此方をどうぞベルティーユ嬢」

 他の誰がやっても気障ったらしい仕草も、静馬に掛かれば苦笑する以外ない笑いにすり替わり
 二人が残念なものを見るような目をし、何かいう気力を根こそぎ折られた所を、ベルティーユに無言で席を勧められ今に至る。

「それで久しぶりに顔をお出しになって、一体静馬さんはどんな弁解を?」

 いたずらっぽく片目を瞑ってみせるベルティーユ
 大人びている美女が、たまに見せる子供っぽい仕草に、静馬は両の掌を向けてあっさり降伏してみせる

「これは手厳しい、ただし訂正を一つ、弁解はしません。
 弁解をするのなら勧められようとこの席に私は座らないし
 ・・・そんな男が貴女と同じテーブルに着く事を許しはしない」

「それなら結構です、お話をお続けになって」

 贈った薔薇のように微笑むベルティーユに、静馬も内心で困ったような溜息を付く。

 まったくベルティーユ嬢にはかなわないな。

 ベルティーユがそう問い掛け、静馬の返しにそう応える事により
 アンとエマの二人がこれ以降、静馬が『此処に居ること』に対して不平不満を口にするのを、前もって釘を差したのだ。
 多くを語らず、そっと水を向け必要な答えを静馬からごく自然に引き出した
 ベルティーユの上品で洗練された話術に、頭が下がるやら気恥ずかしいやら・・・全く以てかなわないと思い知らされる。

「最初に謝罪を、今度の大会において貴女が優勝をする芽は無くなってしまった
 その原因の幾ばくかを私は担ってしまったようで、その件に関しての非難は甘んじて受けます」

 大会を前にした騎士に向かい、面と向かって優勝できないと口にする。

 アンとエマが殺気立って立ち上がりかけるのも当然。
 よく知りもしない相手からであれば、下品で侮辱的な挑発であるが
 友人という立場に有る静馬からの言葉は、この上なく屈辱的で許されざるほどの侮辱的行為

 だが、ベルティーユはそんな二人を軽く手を上げるだけで抑え、柔らかい笑い声を上げながら小さく頷いて静馬に続けるように促す。
 その余裕と懐の深さこそベルティーユが、すぐに顔を真赤にして怒り出すような、安いプライドしか持たないそこらの三文貴族ではない証。
 
「実は私の口の悪く短気な勝利の女神が、リサを天才騎士に叩き上げてしまってね。
 今のリサなら、スィーリア嬢にもニ割ほど勝機が出てしまった・・・
 なにしろリサのベグライターはあの水野貴弘だ、はっきり言うともう少しバランスを考えてコンビを組め!と文句を言いたくなるレベルの凶悪さでね」

 肩をすくめ、苦っぽく笑ってみせる静馬に、ジト目の二人が突っかかる。

「フィオナに負けてから、リサって子は一回も勝ててないのアンタ知らないの?」

「今のリサは精彩に欠ける・・・と言うよりは、見る影もないという状態ですよ山県静馬」

 二人の反論に大きく頷き返し、紅茶を一口。
 ベルティーユのベグライターを務める二人だ、当然ベルティーユの勝利に影を指すような相手は、警戒し分析している。
 その二人が口をそろえて出した結論に、静馬も異論はない。
 最後の試合から土日を挟んだ今日、予選が始まる。
 たった二日で、泥沼に陥ったような不調が完全回復するなど有り得ない。
 確かに二人が言うとおり、あり得ないのだ・・・

「二人の意見は全く以て論理的で否定のしようもない。
 だからこそ、私は態々此処に来た甲斐があるとも言える。
 凡百の人間と同じ秤では測れない、天才という言葉の意味を思い知ることになる」

 リサと水野という、二人の天才が
 二人で勝利を目指すという・・・現実の残酷さを。

 酷いペテンだ

 生まれてきた時点で、覆せない

 本当に、酷いペテンなのだ

 片方だけであれば、なんとか油断や隙を突けば戦い様がある。
 とは言え隙があるというだけで、そこを突いて勝利をおさめるのは容易ではない
 だが、何をやっても全て相手のほうが上で、全く相手にならないというのとは違う。

 現にフィオナがやってみせたように、いくら天才とはいえリサはまだ子供で
 水野にしたってベグライターとしては、経験は浅いのだ付け入る隙はある
 そして、実際二人はフィオナが囁いた水野の過去で分断され、対立しリサは精神的な脆さを露呈した。
 フィオナは――本人は知らずにやったのだろうが、実に見事に二人の天才を各個撃破したといっていい。

 逆説的に、そこまでやらなければ勝てないのだ、天才というものには

 そんな天才が、二人で組んだという事実。
 二人で組んで尚、努力し続けたスィーリアという天才には
 今のリサの状態では二割程度しか勝機はないという静馬の判断

 それを聞いて

 ベルティーユは

 相変わらず、華のような笑みを浮かべていた。

「謝罪は受けました。
 あの日から随分と経って、改めてそれを言うというのは静馬さんらしい律儀さです。
 それで、今日は一体どんなお話を持って来てくださったのでしょう?」

 アンとエマの二人は、ベルティーユが口にした返答に、違和感を覚える。

 ベルティーユは以前静馬が言ったように、本物の貴族精神を持っている
 今回のように誠意を持って謝罪をするのなら、一見それが侮辱のような内容であろうと、その謝罪は受けるだろう。
 その上で、侮辱となる部分についてなにがしかのリアクションを起こす、そういう性格であることは付き合いの長い二人にも解っている。
 では、一体何処に違和感を覚えたのか

 侮辱となる部分にリアクションを示さない

 たしかにそれはおかしいが、実はおかしくはない。
 侮辱と感じたのはアンとエマのふたりであり、ベルティーユと静馬の二人は、それを侮辱とは考えていない。
 何故なら、ベルティーユは大会に優勝するという様な・・・
 否、試合の勝敗というような小さな部分において、ジョストと言うものを捉えていないから。

 戦う以上は最善を尽くし勝利を目指す。
 その部分は疑いようがないが、それより一回りも二回りも大きな視野で、ベルティーユはジョストというものを捉え
 試合の勝ちと負けと言う、たった二つの結果とは別次元で捉えているといってもいい。

 では、どこが?

 そこまで考えて、ようやく二人は気づく
 ベルティーユの口ぶりが、余りに静馬の言葉に対して軽いのだ。
 まるでどうでも良い事のように、いや・・・
 
 そう、まるで、そのやり取りには

 形式的な価値しか無いかのように。

 様に、では無く。
 ベルティーユに取っては、正しく形式的なやり取りなのだと、答えに至る。
 『改めて』とベルティーユは言ったのだ。
 つまりそれは、既に謝罪の意をベルティーユは静馬から受け取っているということで
 それが何時かというのも、その言葉のうちにある。

 即ち、ベルティーユはフィオナがリサを試合で負かしたあの日に、すでに今日の事態を知っていて。

 そして、静馬もまたそれを認識しており、その場でベルティーユに言葉によらぬ謝罪をしていたということ。

 アンとエマ、気づけなかった二人が愕然とする中、静馬とベルティーユは何事もないかのようにごく自然に会話を続ける。

「ああ、実は先日アスコット卿の御息女とお話をする機会があってね」

「まぁ、随分とおモテになりますのね
 それとも私をジェラシーで拗ねさせたいのかしら静馬さんは」

 まさか、と肩をすくめ片目を瞑ってみせながら、背凭れにゆったりと身を任せる。
 
「私は貴女に嫉妬をしてもらえるような、ハンサムでもなければ立派でもない男ですよ。
 それに、相手の女性も私では到底吊り合わない。
 ・・・が確かにミレイユ姫と、我が麗しのベルティーユ嬢でなら釣り合いは取れる
 どちらも目がさめるような美女で、頭が良く気品のある女性だ」

 静馬が口にしたミレイユと言う名を、ほっそりした指を唇に当てながら、小さく口の中で繰り返し記憶をたどるベルティーユ。
 ストロベリーとバニラがお好みの、小さなレディでと、小出しにヒントを提供する静馬だが、余り交流のない相手なのかベルティーユの記憶からはなかなか浮かび上がってこない。

「ジョストが好きで、姉上がこの学園にいるノエル嬢と言えば?」

「残念ながら、余り面識が無いですが、ノエルさんでしたら。
 それでミレイユさんとはどんなお話を?もしや今度の大会の優勝者と言ったお話ですか?」

 ふわりと空気が柔らかくなるような笑みに、静馬が眩しそうに目を細めながら頷き
 ティーカップを置いてから、ゆったりと両の手を組む。

「ジョストの方は、残念ながらミレイユ姫がノエル嬢の優勝を頑として譲らず
 では当日一緒に見学をしましょう、という約束をして事なきを得たのですが・・・
 実はもう一つの方でも意見はわかれてしまったので、その件に関して激励を」

 激励?と小さく首を傾げるベルティーユ。
 ジョストの大会――予選当日に、貴女は優勝できないと言った口で
 激励と告げる静馬に、思わず吹き出してしまいそうになりながら

「学園祭で、ウィンフォード1の美女を決めるコンテストの方では誰が優勝するのか、と聞かれたので
 我が麗しのベルティーユ嬢以外が優勝するなどという事はあり得ない、と
 もしそんなことがあり得たとしたら、きっと皆の目がおかしいのだから、来年は私が出ても優勝できるに違いないと返答してしまって」

 さすがに耐え切れずにベルティーユが吹き出し
 釣られるように、それまで真剣な顔をしていたアンとエマも、後を追って吹き出した。
 
「それは、ちょっと見てみたくもありますが・・・
 流石に来年、静馬さんと優勝争いをする訳には行きませんわね
 それに、スィーリア様がいらっしゃる今年に優勝してこそ価値も有りますもの
 頑張るというのはなにかおかしいですが、期待に応えてご覧に入れますわ」

 自信に笑みを輝かせ、ただでさえ存在感の有る胸を張り
 嫋やかに微笑むベルティーユの笑顔を見て
 静馬も安心したようにほっと息をつき、大きく頷く。

「どうやら私は嘘つきにならずに済みそうで安心した。
 やはり貴女は素敵だ、我が麗しのベルティーユ嬢」

「スィーリア様ではなく私の名を上げた、静馬さんの判美眼を証明して差し上げます」

 どこか子供っぽい仕草で、ベルティーユが片目を瞑ってみせた。

 2013.08.16

第四十九幕「休日は案外休めない」

DR~少女竜騎士物語~


 雲ひとつない空を見上げ、大きく両腕を真直ぐにのばして伸びをする。
 もう早朝とはいえない時間だが・・・
 それでも微かな朝の空気が、ゆっくりと肺を満たしていった。

 石畳で舗装された路をゆっくりと歩く。
 通学で通いなれた道の続きだが、学園を少し離れると雰囲気がやはり少し違うことに気付く。
 夜に少し雨が降ったのだろう、空気は澄み切っており街路樹の葉が青々としている。

 少し蒸すな、と無意識に胸元に手で風を送りながら
 制服とは違う緩い服装、それも部屋着以外を使うことに成るとは思いもしなかった。

 あの日、リサに出会って自分の存在を目にもとめられず、悔しさに噛み締めた屈辱の日から、自分は休みなどとっている暇はないと、ひたすらに練習をしてきた。

 リサを始めとする、他の騎士達の練習や試合から技を盗みだすように神経をとがらせ
 見て盗んだ技を再現できるよう、ひたすらに繰り返す日々。
 人目につく日中はその動きを、その意味を図書館で調べ、あるいは人に尋ねて・・・

 そんな生活には、制服と部屋着以外必要ではなかった。
 フィオナも年頃の少女である、もちろんのことながら人並みに洒落っ気はある。
 いや寧ろ、同年代の少女たちに比べても、その傾向は強いほうだと言えた。

 『必要ない』というのと、『持っていない』はイコールでは結ばれない。
 使う機会や時間が取れなかっただけで、それなりには揃えているし。
 ちゃんとお気に入りや、余所行きの服装というものは持っているのだ。

 証拠に、制服と部屋着しか使わない生活を、自ら選びおくっていながら
 諦めるのではなく、なんとかお洒落をしたいという心の現れが・・・
 制服を着ながらでも出来る、自己主張の白いベレー帽。

 そんなフィオナであるから、こうして久々に服に気を使って街を歩いてみれば、思い悩んで固まってしまっていた気分が晴れる。
 ・・・と同時に、思っていた以上に自分は視界が狭く、まだまだ子供なんだと思い知らされるが
 こうなったらいっそ子供だと認めて開き直ってしまえ!と、評判のアイスクリーム屋さんで元気よくチョコミントを頼んだ所で、後ろから腕が伸び、硬貨が触れ合う音とと共に声が聞こえた。

「ラムレーズンとストロベリーも一つづつ」

 * * *

「助かったよフィオナ、いいタイミングで注文をしていてくれて。
 今日は随分と蒸し暑いからね」

 近くのベンチに歩み寄った静馬は、すぐ隣に止められていた車椅子の少女に、ストロベリーアイスを渡しながら礼を言ってくる。
 二つ頼んだので当然連れがいるだろうと、フィオナはすぐにも別れようと思ったのだが
 横から割り込んだのではなく、偶然知り合いがいたので一緒に注文してもらったのだ、と言う事を説明して欲しいと頼み込まれた。
 
 本来ならそんなことを聞いてやる義理はないのだが・・・

 フィオナが財布を取り出す前に、三つ分のアイスクリームの精算は完了しており
 自分の分の硬貨を突っ返そうとしたが、静馬の両手は塞がっていて
 なにより、この暑さで溶け出す前に届けたいんだがね、と肩をすくめられてしまうと
 確かに長々と言い争うより何より、アイスのほうが重要という結論に至った。

 まったくっ・・・あいっ変わらず、こういう気障男なところがムカつく。

 いっその事、向こう脛の一つも蹴りつけてやりたい衝動に駆られるが
 初対面の小さな女の子の前で、そんな暴挙に出るわけにも行かず
 癪なことに、アイスを奢られた事実を無視できないフィオナは、渋々と静馬について行かざるをえない。

「初めまして、ミレイユと言います。
 騎士シズマ様とは・・・」

「友達と言っていただければ無上の喜びです、ミレイユ姫」

 言い淀んだミレイユの言葉をごく自然に継ぐ静馬に、ミレイユが天使の微笑みを以って頷き
 はいっお友達ですと、とても嬉しそうに宣言してから、静馬に指摘され溶けかけのアイスを慌てて舐る。
 そんな子供っぽい仕草に魅せられ、フィオナはいつの間にか苛立ちが霧散して・・・

 どう対応すべきなのか戸惑った。

 ミレイユは静馬を、様までつけて騎士と呼んでいる上、何処か憧れを抱いた様な目で見ている。
 いくら誰に誤解されようと気にもしないと、公然とリサに憎まれ口を叩いて挑発したフィオナとはいえ
 流石に小さな女の子であるミレイユの目の前で、あこがれの対象である静馬を、変態だの、ナンパ男だのと罵れるはずもない。

 実際の所、フィオナはウィンフォードの学生では珍しく、静馬のことを『騎士として』は認めているのだが
 少なくとも、現在ミレイユを相手にしている静馬の姿は、どう見ても気障ナンパ男でしか無く
 男としての静馬の評価は、まったくブレずに最低から動く気配もない。
 故に、ミレイユと同じ様に『騎士様』などと静馬を呼ぶなど・・・想像するだけで鳥肌が立ってくる。

「彼女はミレイユ姫とも、少なからず縁の有る騎士ですよ」

 言いながらフィオナの方へ向かって、片目をつぶってみせる。
 あいも変わらず、不自然さのないその仕草は、見ている方が気の毒になるほどまったく似合わない
 
「何しろ私が、『大会で優勝するのはスィーリア嬢かフィオナだ』と言った直後
 『優勝するのは私だ』と、貴女の姉上に面と向かって宣言をされたのは、彼女だ」

 まあ、と驚いた顔を見せるミレイユに、ノエルの面影を見つけたフィオナが、あの時の・・・と思い出す。

 ていうかなに?まったく知らない他人みたいなフリして知り合いだった訳?

 そりゃぁ妙に訳知り顔でふつーに話してるとは思ったけど

 いつも通り美人相手で、ナンパ男の本性が出ただけだと思ってたら

 それは見事にフィオナの誤解で、ノエルと静馬が知り合いになったのはつい先日のこと
 以前タルトタイムで顔を合わせた二回の時には・・・互いが相手のことをどれだけ知っているかはさて置き、知り合いといえる関係ではない。
 何しろ、静馬も言っていた通り、ノエルが貴族のご令嬢であるという事実は、その二回の時点で彼は知ってはおらず
 相手のことを認識して言葉を交わしたのも、二度目に会った時が初めてだったのだから。

 これは完全に、静馬の普段の行いによるフィオナの勘違い。
 いや、誤解せずにちゃんと理解されていた事による、勘違いというべきか?
 
「つまり、あの人がそう言うように、わざと名前を挙げずにそう仕向けたんですか先輩?」

 じとーっという目で見るフィオナ。
 完全に静馬のことを疑っている目ではあるが
 まさか、と静馬が肩をすくめると大きな溜息を付く。
 
 どうだか、あの時の静馬先輩はナンパ男じゃなくて、騎士として私に答えてくれてた

 ってことは、あの人に対してもナンパ男じゃなくて、騎士として応対してたってことで

 つまり・・・静馬先輩は、リサや茜先輩、それにベルティーユ先輩より

 目の前の子のお姉さんが、危険だって私に教えたってことだ。

 完全な誤解のままフィオナが至った結論は、何故か限りなく正解に近いという不思議。

「それじゃ、最初に謝っておかないと。
 残念だけどウィンフォードには天才が二人いて、貴女のお姉さんは優勝できないから」

 そっけないフィオナの言葉に、胸の前で小さな両手を合わせたミレイユが、ぱっと笑顔の花を咲かせる。

「天才騎士とはスィーリア様と、たしか・・・リサさん、でしたよねシズマ様?」

 くるくると表情を変えるミレイユの瞳に頷き返し、静馬は珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべると
 ハンカチを差し出して小さく唇の端を指で示す。
 躾のしっかりしているミレイユが、アイスの飛沫も気づけぬほど、此方の話に意識を向けていたことがおかしかったのだろう。
 わずかに紅い顔をしながらハンカチを受け取り、どこまでも上品に小さな唇をミレイユが拭い終えるのを見守って

「ミレイユ姫は聡明で、それ故に誤解するよう彼女は態とそういった物言いをしたので
 姫に騎士と呼ばれる我が身としては、それから護らなければならない。
 彼女はリサではありません」

「ということは、貴女がシズマ様が言っていた優勝候補のもう一人、フィオナさんなんですね!
 なんて素敵なんでしょう、もしよろしければお話を聞かせてもらっても?」

 ・・・え?あれ?もしかして、この子・・・静馬先輩の同類?

 自分の姉が優勝できないって言った相手が
 正体を態と誤解させるようなことを言ったのに
 なんで怒ったり不機嫌にならないで、目輝かせてるのよ・・・

「ああそれは良い、何しろ私はフィオナほど馬鹿で高潔な騎士を見たことがない。
 きっとミレイユ姫もフィオナと話をすれば、彼女のファンに成ることうけあいです。
 何しろ彼女は、私の勝利の女神・・・」
「わーっ、馬鹿!こんな公の場所で変なこと言わないで!」

 食べかけのチョコミントを、静馬の口に無理矢理突っ込んで黙らせ
 振り返ったフィオナの視界には、気まずそうに視線を逸らし先程より一層頬を赤らめたミレイユ

「あ・・・そ、そうでした、私急用を思いつきました!」
 
「お願いだから、誤解で変な気を回さないでっ」

 * * *

 門柱灯に照らされるミレイユが、貴族の御令嬢としてぎりぎり許されるレベルで、大きく手を振るのに手を振り返しながら、フィオナが疲れた笑みを浮かべる。

 結論から言えば、フィオナのミレイユに対する感想は、この上なく正解であった。

 あの後、場所を移して話すことになったミレイユは、フィオナがどれほどはぐらかそうと
 それこそ最終的には大人気なく、ミレイユを不機嫌にさせて自分に話しかける気を削ごうとしても、全くそれに頓着せずにふわりと受け流し・・・でありながらも、フィオナをガッチリと同じ笑顔で捕まえる。
 これっぽっちもフィオナの思惑通りになど動いてくれないまま、逆にフィオナを振り回し続けた。

 それも、この上なく上品な対応で、優雅に柔らかく微笑みながら。

 此方が振り回されていると気付かないか、気づいても笑って許すしか無い状況で。

 所謂、完全に逃げ場の無いようにして、手玉に取られた状態。

「・・・あの子の、姉か」

 ノエルの悪戯っぽい笑みを思い浮かべながら、この上なく深い溜息をつくフィオナの横で、静馬は小さく鼻で笑う。
 耳ざとくそれを聞きとがめたフィオナに、睨み殺すような目を向けられ、静馬は即座に両の手の平を向けて全面降伏の意思を伝える。
 普段であればそれでも噛み付いてくるのだが、流石にミレイユに振り回されっぱなしだったためか、フィオナもそれ以上何かをする元気が無いらしく、再び溜息を付く。

「したたか此処に極まれり、たちの悪いことに・・・ミレイユ姫のアレは天然なのでかわしようもない」

 肩をすくめて見せる静馬に、がっくりと肩を落としたフィオナ。
 その意見が正しいと自分でも解っているだけに、静馬に八つ当たりも出来ず
 
「でも、静馬先輩が偶然出会った私を巻き込んだのは、確かですよね」

 まさか、と片目をつぶって見せながら、静馬が地面に屈みこむ。
 突然何をやりだしたんだろう、と疲れきった顔を向けるフィオナに
 静馬は屈みこんだまま、フィオナの顔を見上げ、小さく笑った。

「あれは偶然なんかじゃなくて、運命だよ」

「あー今日はもうそういうのいいです、色々疲れたんで。
 ていうかさっさと帰りたいんで、何やってるかわからないけど、せめて先輩くらいは普段通りにして下さい。
 いつまでもそうしてるんなら、置いてきますよ先輩」

 普段のキレのないフィオナのツッコミに、本当におかしそうに笑いながら立ち上がり
 お許しが出たので、では失礼して、と声をかけるや・・・ずばっとフィオナを抱き上げる。
 背後で、聞き覚えのある声の黄色い悲鳴が聞こえたような気もするが、混乱したフィオナにはそれを理解する余裕など無い。

「なっ・・・な、なな」

「確かに、人通りも疎らになってきているが。
 おぶっていくより、普段通り抱き上げる方がいいとは
 私もフィオナ姫に随分と信用されたようで、これは重畳」

 怒鳴りかけたフィオナが、寸前で思いとどまり、慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
 疎らになったとはいえ、周りにはまだ人影が有り
 今は苦笑や、やっかみ半分の視線を投げかけられているだけだが
 そんな中で怒鳴ってしまえば、間違いなく周りじゅうの視線を一気に集めてしまう。

 冷静な判断をしているつもりで、全く冷静な判断を出来ていないフィオナ

 大声の一つも上げれば、流石の静馬も弁明のためにフィオナを抱き上げたままではいられず
 そのまま非難を浴びせかければ、周りからは静馬が・・・酔っぱらいか何かだと思われ
 フィオナに対しては、同情的な視線に変わるであろうに

 顔を周りから見えないように伏せ、身を縮こまらせながら
 フィオナが押し殺した声で口にしたのは・・・
 
「できるだけ人に見られないように。ぜっ、全速力で女子寮まで!」

「姫の望みとあらば、身命に変えましても」

 いつもの通り全く似合わない優雅な一礼を、フィオナを腕に抱えたまましてのけた静馬が
 正しくフィオナの命令通り、人一人抱えているとは思えない身軽さで夜の街を駆け抜ける。



 その行動がどう見えるのかを、後日フィオナは思い知らされることに成る。



 早朝、朝もやに包まれる練習場で。
 にやにやと、普段からは考えられないほどに、誂う気満々のスィーリアによって。
 
「やぁフィオナ姫、今朝はレッドに乗っていないのだな。
 所で、ゴシップを規制するなと私は言われたが、私が記事を持ち込んでも構わないかな?」

 2013.07.20

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